強面な将軍は花嫁を愛でる

小町もなか

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27.ルシャナ

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「毎日お寂しくはないですか~? せっかく両思いになれたというのに。本当にユージン様も少しは気を利かせて副将軍とかに行かせればいいのに」


 チャドラは無理難題を口にするが、本当にそうなればいいと思っていないのは明らかだ。単にルシャナを慰めようとしているだけなのだ。


 自分の主が将軍で領主であることが自慢のチャドラにとって、マンフリートは誇るべき主なのだ。さらに上を行くのがリチャードであり、ずっと長い間彼に花嫁を探し続けていたほどだ。


 その彼の御眼鏡に無事かない、リチャード曰くルシャナは花嫁として最高点をマークしているらしい。やはり伝説の人だというのが付加価値を高めているというのだが、よく理解できていない。


(伝説の定義を誰もわかってないんだよね。ただ異世界からやってきて、肌白いだけという理由で。魔法が使えるわけでもなく、何か突出している特技があるわけでもない自分が、伝説……。変な感じかも)


 ただ、そのおかげでマンフリートの妻になれたのだから、わからなくてもいいと開き直っているところだ。


 しかし、妻になったのならば、夫に恥を掻かせてはならない。文字が読めない妻など前代未聞だろう。


「今日は、文字とこの国の歴史を教えてくれるんだよね。リチャードが教えてくれるのかな?」


 するとチャドラは眉をひそめて、少し間をおいて〝いいえ〟と言う。そんなに嫌な相手なのだろうか。


「ユージン様です。まあ……歴史学においては、たしかに適任といえば適任なんですけどね。なんで忙しい方なのに、わざわざこんなところまで」


「そうなの? なんで適任なの? リチャードもすごくわかりやすく教えてくれるからよかったのに」


「一応学者でもありますから。どうせ、ユージン様がゴリ押ししたのでしょう。ルシャナ様に何か用でもあるのですかね。ということで本日の午後にいらっしゃいますので、よろしくお願いしますね」


 まだ不服そうではあるが、宰相にそう言われてしまえば誰も文句は言えない。


 いつものように昼食が食べ終わった頃に日が昇るという生活にすっかり慣れ、いつの間にか体も順応している。


 まだこちらに来てからそれほど時間は経過していないと思うのに、ラジェールを思い出すことがほとんどなくなっていたことに、今さらながら気づいた。


 生い立ちを知ったマンフリートの気遣いなのだろう。チャドラに至っては落ち込む暇がないほど、予定を詰め込むので、考える時間を与えられなかったというのが幸いしているのだろう。


「ルシャナ様、こちらの準備はできましたよ」


 チャドラがそう言ってまもなくして、リチャードはユージンを連れてきた。


「いらっしゃいませ、ユージン様。ご無沙汰しております」


 淀みなくそう言うと、ユージンは微笑む。


「元気そうで何よりです。といっても今はマンフリートが出張中なので、さぞや私に対して苛立っておられることでしょう。そう思われるのはさみしいと思いまして、こうして訪問させて頂きました」


 チャドラは不満気だが、おそらく国一番忙しいであろう宰相という立場にいるユージンがわざわざ足を運んでくれたのだ、無下むげにはできない。


「ご訪問ありがとうございます。寂しいですが、仕事なのでしかたがないです」


「そんなに聞き分けがよいと、マンフリートがつけあがりますから適度に甘えたり、怒ったり、拗ねたりすることも必要ですし、それも二人の間でスパイスになります。なにせ人生まだまだ長いですし、結婚したからには一生のおつきあいです。まあ、でも当分は必要ないかな……視察に行く前に、たっぷり惚気を聞かされましたからね」


「の、惚気?」


「冗談ですよ。あの朴念仁ぼくねんじんが結婚したからといって、急に饒舌じょうぜつになるわけではありませんからね」


「マンフリート様は、朴念仁ではないです。とてもお優しい方です……」


「想像がつかないですね……まあ、私の前で優しくても意味がありませんからね、ほっほっほ」


「ユージン様。あまり、ルシャナ様を弄らないでください」


 リチャードが咳払いをして、話の流れに水を差す。

 もっとマンフリートの良いところを話そうとしたのだが、それこそが惚気だとようやく気づいて、慌てて口を塞ぐ。


「そうですね、私がルシャナ王子を苛めているとマンフリートの耳にでも入ったりしたら、職務放棄で速攻飛んで帰ってきそうですからね。そうなったら大変です。これでやめときましょう」


 しばらくは雑談になり、現在マンフリートがいる地域は王城から日帰り圏内ではないので、もうしばらく離れ離れになっていることをユージンは謝った。


「いえ、大丈夫です。任務も極秘で話せないことも多いのは承知していますし、それ以前に僕はこの世界のことを知らなさすぎるので、口を挟む権利はないのだと思っています。だから僕は、マンフリート様が無事に帰ってくるよう、ここで祈りながら待っています」


 するとユージンは驚きつつも、ルシャナを褒め称えるのだ。


「なんと健気で、そして謙虚なのでしょう。今日ここに来てよかったです。これこそ、あなたに相応しい物です。こちらを差し上げましょう」


 ユージンは懐から包みを取り出す。


「鏡、ですか?」


「ただの鏡ではありません。私は魔具まぐ、つまり魔力が込められた魔法の道具のことですが、珍しい物を集めるのが趣味でして、この鏡のことを思い出しました。鏡は見たいものを映します。音は何も聞こえませんし、水鏡ほどクリアには見えませんが、携帯できますよ」


 ルシャナはごくりと唾を呑む。


(な、なんでもって、なんでも? 遠くにいるマンフリート様の姿も見られるの?)


 するとユージンは考えを読んだかのようにくすりと笑う。


「もちろん、マンフリートが今何をしているかもわかりますよ」


「あ、あのこれは、相手に僕が今見ていることが分かってしまう、なんてことはありますか?」


「普通はないですね。ただ、ラウル王には気づかれてしまうかもしれませんね。あの方は尋常ではない探知能力が備わっていますから。ちなみに、マンフリートは気づかないですよ」


「そんなに貴重で素晴らしい物を、頂いてもよろしいのですか?」


「ええ。結婚祝いだと思ってくだされば。それに倉に眠らせておくくらいなら、今一番必要としてくれる方に渡した方が有益ですし、少しは寂しさも紛れるかと」


「ユージン様、ありがとうございます! さっそく覗いてみてもかまいませんか?」


 どういう視点で彼が見られるのかとても楽しみだ。


「どうぞ。使用方法は簡単です。みたい物や人物の名前を鏡に向かって告げて心で念じるだけです」


 頷いてから、ルシャナは鏡に向かってマンフリートのフルネームを告げる。


「マンフリート・バウムガルデン」


 すると、それまでただの鏡だった部分にマンフリートが映し出された。彼はちょうど稽古中のようで次々と剣で相手を薙ぎ払っていくのだ。


「かっこいい……」 


 たしかにあまり鮮明ではないが、彼の俊敏な動きと逞しい体が、ルシャナの目を釘付けにした。


「喜んでくれたようでなによりです。ただ、一つだけ欠点がありまして、おおよそ閲覧時間は五分以内。次に見られるまでクールタイムと申しましょうか。それが一時間ほどかかります」


「そのくらい平気です。これで、いつでもマンフリート様が見られるなら! こんなすてきな贈り物をありがとうございます」


 次の一時間が待ち遠しかったが、それでも怪我をしてやしないか、元気でやっているか、それだけが心配で溜まらなかったので、これほどよい贈り物はないと思った。


 それから三十分ほど雑談をして、結局歴史の授業などまったくしない間にユージンは帰っていった。


「ルシャナ様、本当によかったですね。それがあればもう寂しくありませんね!」


「うん、気が紛れそう!」


 もちろん、本人がここにいてくれることが一番なのだが、これでなんとか耐えられそうだ。


「もう一時間経ったかな?」


 マンフリートの名前を呼んでみたが、無反応だった。


「まだだったみたい」


 くすりと笑いながら、待ち遠しい感覚をルシャナは楽しんでいた。


「そうだ、ルシャナ様。その鏡を入れる袋を作ったらどうです? ほら、先日マンフリート様にお守り袋にとお渡しした袋より、もう少しあれを大きくしたら入りますよね」


「チャドラ! すごくいい考えだね! 何か合いそうな布はある?」


「今、端布はぎれを何種類かもらってきますね」


 こうして、ルシャナは暇な一時間を収納袋制作に費やし、気づけば五個も作っていた。文字通り肌身離さず首にかけ、きっかり一時間ごとにマンフリートを覗いていたのは言うまでもない。


「まだ、マンフリート様は寝ていないみたい。道具の手入れとか、剣を磨いているね。どこかへ明日は行くのかな?」


 今日は食事をしているところは楽しそうに見ていられたのだが、椅子に縛られている人と話している場面もあり、覗いてはいけない時もあるのだなと知った。  


 ルシャナはそれをはらはらしながら見ていたし、毎回どんなものを見ているのかチャドラは訊ねてくるのだが、ただ寝ているだけだから寝顔を見ていたと嘘をつかなければならなくなるとは思わなかった。


 軍人としてのマンフリートを垣間見たせいだろうか。急にラジェールのことを思い出してしまった。


 こちらに連れてこられる直前まで、ラジェールでは戦火の中にいたのだ。というよりクーデターにより現国王を排除しようとする血族同士の争いだった。


 長くラジェールを治めていたルシャナのいたハバライ家が、もう一つの王族勢力であるカルハーン家に圧されていたのだ。目の前で斬り殺される兵士達を目の当たりにしたし、そういうルシャナも生贄にされるという、平穏だけが日常ではなかったあの日々を思い出してしまった。


 何がきっかけで、どういう理由で戦争するのかは教えてもらえなかった。ただ、敵が攻めてきた、そう言われただけなのだ。奥深くで生活してきたルシャナ含む女性たちが、政治の事情などわかるはずもなく、真実は知らされぬまま逃げたのだ。


 だから、平和なときは軍人もルシャナたちと変わらぬ普通の人だ。ただし戦争や争い事が起きると彼らは途端に屈強な男達――人を殺すことのできる人へと変貌するのだ。
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