強面な将軍は花嫁を愛でる

小町もなか

文字の大きさ
上 下
26 / 43

26.マンフリート

しおりを挟む
「我が国の者ではないな。第三小国の者か? それとも流れ者か?」


「どこの出身なのかは分かりませんでした」


「そうか。副隊長と俺で入ろう」


 この中で魔法は一切使えない。それはマンフリートも同様である。


「俺はこの国の将軍だ。いくつか質問する。[猿轡さるぐつわをはずせ」


 捕虜は助かりたい一身でペラペラと話し出したので、どこまで信用してよいのか判断はあとでするとして、引き出せるだけの情報を言葉巧みに操る。


 いくつかのアジトが混在して、下っ端の捕虜は本部がどこにあるのかも知らないらしい。とするとやはりラウル王の偵察魔法で確認した場所に本部があり、そこを結界で覆っているというほうがしっくりくる。


 当然裏付けは必要だが、結界を張る理由を知りたい。

 捕虜は、流れ者だから詳細は知らされていないというが、最近『この世界にもたらされた恩恵を我々はまもなく手に入れる』と本部から来た人間が言っていたのを聞きかじったと捕虜が言う。


(抽象的すぎて、まったく意味がわからん)


 ますます疑問が膨らむだけだった。

 尋問を終了し、マンフリートは部屋を出た。


「バウムガルデン将軍。やつの言ったことにどれだけの真実が含まれていると思います? もしかするとおとりの情報かもしれないのですよね」


「かもしれん。少し情報を整理するから、おまえが取ったメモを念のためにユージンに至急届けてくれ」


「了解であります」


 案内された部屋で、捕虜の言葉とラウル王が示した地図の場所が符合するかどうか、確認作業をする。


(近いといえば近いが、同じ場所とは思えん。やはり、複数のアジトはこちらを混乱させるための、囮の役割を果たしているに違いない。しかし、広範囲で結界を張ろうとすれば、膨大な魔力の放出で、ラウル王が気づかないわけはないんだがな。本部というのは、ではこのラウル王がおかしいと言った地点で間違いないのか? 囮という可能性も捨てきれないな……)


 四人の王以上に強力な魔法を持つものは、ノースフィリアには一人もいない。掻い潜って結界を張るのは不可能なはずなのだが。


 宝珠ほうじゅを持っている王たちは、その国土をも吹き飛ばすほどの魔力を有すると言われている。といっても実際に発動した王はいない。


 あの滅んだというキルフェ王ですらその力は使わなかったと言われている。消滅したアズヘイム王国に関しては謎が多く、千年以上前のことゆえに真相を知る者は、もはやこの地上では四人の王以外は存在しないだろう。


 解決の糸口は見えてこないが、放置してよい案件ではない。


 ルシャナにはすぐ帰ると言ったのだが、当分帰れそうにない。簡単に行き来できる場所ならば毎日帰宅したいのだが、さすがに馬で1日半かかるところを、そう簡単に移動はできない。


(きっと寂しがっているだろうな。毎晩忍び込んでくるとかお茶目な一面もあるし……早く帰ってやりたいが、こればっかりはな……)


 たしかに、ある意味始まったばかりのハネムーンをほんの数日で邪魔された形となったが、怒るべきは正体の見えない敵であって、けして王やユージンではないのだ。わかってはいるが、腹が立つことには変わりはない。


 捌け口を求めて、部屋から出て訓練場へ向かう。


「おい、誰でもいいから剣の相手をしてくれ」


 すると俄に皆は浮き足立ち、次々と挙手をする。一列に並ばせて全員の相手をしていく。


「おいおい、本気でかかって来い……俺がいない間に、ずいぶんと腕が鈍ったんじゃないか?」


 血気盛んな男たちは、マンフリートの言葉に触発されたのか、剣を向けてくるのだが、誰一人としてマンフリートにかすりもしなかった。


 ほんのり汗を掻いたので、気分は少しだけ浮上した。まさか、ルシャナが恋しくてむしゃくしゃして憂さ晴らしの相手にされたとは、誰も思うまい。


 将軍がいるだけで士気が一気に上がる。当然マンフリートは、自分の役割をしっかりと心得ている。

今回は緊急案件だったため急の訪問ではあったが、普段から各地の駐屯地や要塞を巡るのもまた、マンフリートの大切な仕事である。


 夕食時、食堂を訪れると兵士たちが全員待っていたようで、こぞってマンフリートの周りに集まる。


「そういえば、将軍はご結婚なさったばかりなのですよね。奥方様は、それはたいそう可愛らしい人だとか。是非お聞かせ願えませんか?」


 何事かと思えば、図体の大きな男たち、とくに独身の部下たちは興味津々で話を聞きたがる。軍人たるもの他人の恋愛に耳を傾けるなかれ。


「とてもかわいい人だ。俺に心底惚れているから、お前たちには絶対に会わせないからな」


「うわ、将軍、独り占めはだめっすよ! 今度ここへ連れてきてくださいよ~。きっと心優しくて美しい人なんでしょうね。長年独身を通してきた将軍が結婚するなんて、よほど素晴らしい人に違いない。ますます興味が湧きます!」


 当然ルシャナのことは国家最高機密なので、連れてくるわけがない。というのは建前で、これ以上愛する人を他の人の目に触れさせたくないのだ。


 それに警戒を強めるためにも、必要以上に情報は与えないほうがよい。

 夕食を終えて、早々に自室に引き上げた。


 着替えている最中にポケットの中に手を入れた。ここ数日のマンフリートのクセだ。当然馬にまたがっているときでさえ、時折触れているのは新妻からもらったお守り袋だ。


 目の前でルシャナが突然、美しい白い髪にナイフを当てたとき、思わず悲鳴をあげそうになったのは内緒だ。何をするのか予測不可能だったからだ。


(話の流れから自殺するとは思わなかったが、心底驚いたのはたしかだけどな)


 切られた髪はきれいな紐で括られている。


 これはルシャナの国に伝わる、古くからのまじないだそうで、離れていてもいつも一緒という意味で、後ろ髪を引かれる、に引っ掛けているとも言っていた。とにかくルシャナの大切な一部だ。


 もったいないからやめろと言ったのだが、髪はすぐに伸びますからと言って、結構な量の髪の毛を切ってくれた。そして、チャドラに教わって作ったというお手製のお守り袋に入れてくれた、大切な宝物だ。


革紐でベルトに括り付けてなくならないようにしていたものだ。少し不恰好な袋だが、ルシャナが手作りをした物だと知れば、途端にこれは高級品にも勝るとも劣らない、いやそれ以上に高価な品に変化した。


 ルシャナの髪の残り香が鼻腔びこうをくすぐる。


 吸い込みすぎて匂いが消えやしないかと、名残惜しいがお守り袋に戻した。

 まさか自分がこんなに恋愛体質だとは思わなかった。いや、いままでそういう相手がいなかっただけで、ルシャナにだけ発動する体質なのかもしれない。


 そもそもそんなことを考えること自体すでにどっぷりとルシャナに浸かっているのだ。でもそれが非常に心地よくて困る。


「もっと近い場所なら毎日でも帰宅するのだが」


 それが無理だとわかっているからこそ、敢えて声に出してみる。早くルシャナに会うためには、今回の事件を早期解決するしか道はない。


 将軍自らがうつつを抜かしていては肩書きに傷がつく。名門バウムガルデン家の当主として、また領地の領主としての責務も体面もあるのだ。


 明日は交戦のあった場所とその周辺を、マンフリートは捜索するつもりだ。あまり土地勘がないので少しは自分で情報を入れておかなければならない。


 油断大敵という言葉があるとおり、いままで平和ボケしている感は否めなかったが、隊長以下部下たちの怪我、それに捕虜の情報から、[[rb:俄 > にわか]]にこれが大事件へと発展する予感を拭えないでいる。


 それはここいる全員が感じていることだろう。


 急に手持ち無沙汰になってしまったマンフリートは、明日に備えて剣や装備の点検を再度行った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

猫の王子は最強の竜帝陛下に食べられたくない

muku
BL
 猫の国の第五王子ミカは、片目の色が違うことで兄達から迫害されていた。戦勝国である鼠の国に差し出され、囚われているところへ、ある日竜帝セライナがやって来る。  竜族は獣人の中でも最強の種族で、セライナに引き取られたミカは竜族の住む島で生活することに。  猫が大好きな竜族達にちやほやされるミカだったが、どうしても受け入れられないことがあった。  どうやら自分は竜帝セライナの「エサ」として連れてこられたらしく、どうしても食べられたくないミカは、それを回避しようと奮闘するのだが――。  勘違いから始まる、獣人BLファンタジー。

【完結】王宮勤めの騎士でしたが、オメガになったので退職させていただきます

大河
BL
第三王子直属の近衛騎士団に所属していたセリル・グランツは、とある戦いで毒を受け、その影響で第二性がベータからオメガに変質してしまった。 オメガは騎士団に所属してはならないという法に基づき、騎士団を辞めることを決意するセリル。上司である第三王子・レオンハルトにそのことを告げて騎士団を去るが、特に引き留められるようなことはなかった。 地方貴族である実家に戻ったセリルは、オメガになったことで見合い話を受けざるを得ない立場に。見合いに全く乗り気でないセリルの元に、意外な人物から婚約の申し入れが届く。それはかつての上司、レオンハルトからの婚約の申し入れだった──

冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました

taki210
ファンタジー
旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件 『穢らわしい娼婦の子供』 『ロクに魔法も使えない出来損ない』 『皇帝になれない無能皇子』 皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。 だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。 毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき…… 『なんだあの威力の魔法は…?』 『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』 『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』 『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』 そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

処理中です...