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24.マンフリート

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 マンフリートが王城へ呼び出しを受けたのは、それから数日後のことだった。

 緊急事態という、由々しき事態に、せっかく想いの通じた妻を残していくのは忍びなかったのだが、ラウル王の執務室へ顔を出す。


「すみません、マンフリート。せっかくの新婚気分のところをお邪魔してしまって」


 ニヤリとしながらユージンが言うので、こいつの目は千里眼に違いないと、知らぬふりをする。謝るくらいなら、さっさと状況を説明して解決しろと言いたくなるのをぐっと堪える。


「ああ、きたか。ちょっと大変なことになっているぞ。偵察魔法を使ったら、なんと一画だけどうしても見えない部分があるんだ。おかしいなと思っていたら、偶然にもそのエリア近辺にある駐屯地から早馬で、怪我人が出たとの報告を受けた。いままでにこんなことはなかったのだが、何か不穏分子でも現れたのかもしれない。俺が行こうとしたら、ユージンに止められたがな」


 王は国を統治する支配者だ。自国を監視する意味で国土を魔力で偵察をするときがある。そこで不審な場所があると言っているのだ。それはまさに〝由々しき事態〟なのだ。


「当たり前ですよ。あなたが行って、万一のことがあったらどうするのです。この国は滅びますよ」

「だからって、新婚のマンフリートを呼ばなくてもいいじゃないか。せっかく関係修復したっていうのに」


 ――なぜくわしく知っている? スパイでもいるのか……?


「いえ、私のことは気遣い無用です。どの地域ですか?」


 ユージンはすぐに地図を広げて、問題の場所に印をつける。そこには我が国の国境警備のための駐屯地がある。それは当然軍部の管轄であるため、将軍であるマンフリートの仕事だ。


 千年前にキルフェ王治めるアズヘイム王国があった。しかし、王の乱心により国は滅び、残された民と国土は両隣のサカディア王国とナヴァエラ王国に国土と小国を均等に分断したのだ。

 そのときにサカディア王国の支配下となったのが、現在の第三小国だ。


 第三小国としてはすでにサカディア王国の下でとくに軋轢あつれきを生むこともなく、今までは平穏に暮らしているはずだったのに、第三小国の一部でいったい何が起こっているのか、それを調べてこいというわけだ。


 未開の地というわけではないが、一番外れにあるため、あまり目が行き届いていないのもたしかだ。

 駐屯地も第二小国と第三小国の境目にあるため、すべてを見通せるわけではない。


「そこまでは、馬で三日はかかりますね」

 往復するだけで六日。さすがにそれではルシャナがかわいそうだ。


「いや。夜通し走って、一日半だ」


「まあ、早く帰りたい気持ちはわかりますけれどね。部下たちがそれではかわいそうですよ?」


「大丈夫だろう。あいつらは暇すぎてエネルギーが有り余っているくらいだから、ちょうどいい運動になる」


「それでは偵察をお願いします。あと可能であれば原因究明及び排除も」


「了解した。一旦城に戻ってから、またすぐに来る」


「では、ラウル王よ、行ってきます」


「ああ、よろしく頼む」


 その足でマンフリートは軍司令部のある建物まで行き、生きのいい兵士を三十人ほど選出して、出立を三時間後と定めた。


「ずいぶんと急ですね。こちらはすぐに用意ができますので、どうかルシャナ様のところへ行ってあげてください。朝から放って置かれたので、とても寂しそうでしたから」


「……ああ、わかった」


 仕事だとわかっているが、妻を置いていかなければならない夫の気持ちがようやくわかった。こんなに後ろ髪引かれる思いで旅立つということの寂しさが。


「ルシャナ、本当にすまないな。俺としても行きたくないのはやまやまだが、人に頼めない任務でいつ戻って来られるかも不明だ。少しばかり遠出するからなかなか気軽に戻ってこられる距離じゃなくてな」


 ルシャナは寂しそうな顔をしていたが、なんとか笑顔で答える。


「マンフリート様は将軍だからしかたがないです。実はリチャードが緊急の要件というのはほとんど出されたことがないから、たぶんすごく重要な任務になるかもと言っていました。それであの、何かお守りになるものをと思ったのですが、あいにくと僕のものは何一つありません。だから……」


「あなたの笑顔が見られただけで、十分だ。物ではなくて心がお守りになる」


 少し気障きざったらしいことを言った自覚はあるが、これが本音だ。少し照れながら行ってきますのキスでもしようかと思ったのだが、突如ルシャナが声を上げる。


「ちょっと待っててください! いいお守りがあります!」


 引き出しの中から少し不格好な手の平サイズの袋を持ってきた。


「マンフリート様、ナイフはお持ちですか?」


 何に使うのかわからず頷いて、ブーツに差しているナイフを手渡しする。するといきなりルシャナは自分の髪を掴んだかと思うと、そのナイフで結構な量の髪の毛の束をスパッと切ったのだ。


「ちょっ、何を!?」


 唖然としていると、ルシャナはテキパキと器用にヒモで一括りにし、それを不格好な袋に入れた。


「僕の持ち物は、この髪の毛しかないと思ったので、よかったらお守り代わりに。僕のいた故郷のお守りなんです。無事に帰ってきてくださいね」


「俺のために、あなたのきれいな髪を……っ、ありがとう大切にする」


 こんなに心の籠もった贈り物は初めてだ。


 早く任務を終えて、今度こそ二人で仲良く毎日を過ごそうという思いを胸に、少し長ったらしいお別れのキスをして、マンフリートは王城へ戻った。

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