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18.マンフリート
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食堂でのルシャナは大人しくて礼節を重んじる、正真正銘マンフリートの妻としての振る舞いをしていた。それにマンフリートはいたく感動していた。夫に恥を掻かせないためと分かってはいるが、しかしまだまだよそよそしい感じが拭えない。
正直ルシャナが今の関係をどう思っているのかわからないし、今後はどうしたのか二人で話し合おうにもその機会すらまだ持てていない。
そんな中での昨晩の出来事だ。
マンフリートはただ名門に生まれただけの、木偶の坊の将軍ではない。その実力とともに認められて今の地位にいるし、それに胡坐をかいて慢心することもなく、日々の鍛錬も欠かさない先鋭のつもりだ。
何が言いたいのかというと、そういうわけで研ぎ澄まされた感性を十分に持ち合わせている。寝ようとしていたときにルシャナの部屋へ続く扉が開き、心臓が飛び出るほど驚いたのは言うまでもない。
(ルシャナなのか? いや、彼以外ありえないだろう。でもなぜ、こんな夜中に?)
マンフリートは起き上がって理由を問いただしたい欲求を抑えて、彼の出方を待つ。
かすかに揺れる空気から、ふわりと甘い香りが鼻を掠めたので、目を開けずとも彼だと分かった。起きているのか確認しているのだろう。こちらに近づき顔の見える場所まできたようだ。
それからどうするのか?
ベッドの隅がわずかに軋む。結構な音だと思うのだが、それでもマンフリートが起きないと本当に思っているのか、その警戒心のなさに少々心配になるほどだ。
さらに驚くべきことに、ベッドに這はい上がり、まじまじと顔を見ているのだろう。目を瞑っていてもその視線が顔に刺さって痛いほどだ。
勘が鈍いというより、余りにも無謀すぎるその行動に、逆に次は何をやらかすのかこちらまでハラハラトキドキしてくる。
どうやら彼はヒゲが御気に召したのか、以前もいきなり触れてきた。そんなことを思っていた瞬間、なんとありえないことに、ルシャナは胸毛を触り、それを指で絡め始めたのだ!
さすがのマンフリートもこれには目を覚ましそうになり、全身が硬直したのを覚えている。
結局、何がしたいのか分からないまま、疑問だけを残して、唐突にルシャナは自室へ戻っていった。
当然マンフリートは完全に目が冴えてしまい、悶々としたまま朝まで眠ることはなかった。
今朝の食堂ではそのことを億尾にも出さないルシャナなので、これは彼の中で秘密の出来事なのだろう。
マンフリートは気分を切り替えるために、外の空気でも吸いに行こうと思ったら、名案が浮かぶ。
「リチャード。今日の日照時間にルシャナを町へ連れて行こうと思う。どうだろうか。まだ早いか?」
「いえ、そんなことはないと思いますよ。それに、いろいろ口で説明するよりも領地を見せるのが一番てっとり早いと、私は思います」
日照時間は毎週微妙に違うのだが、今週は昼の一時から五時までだ。
それではランチも町で取ろうと思い立ち、リチャードに手配を任せた。
「俺は、ルシャナのところへ行ってくるから、準備が出来たら呼びに来てくれ」
「かしこまりました。旦那様……っ、私が見たところ、ルシャナ様はだいぶこちらの世界のことを誤解なさっているといいますか、噛み合っていない部分が多々あるように見受けられます。今日、よく観察して、それからこちらのことをお教えしたほうがよいかと存じます」
「そうだな……誤解しているのは間違いないんだが、いったい何がそうなのかさっぱりわからない。ルシャナは抑制された環境に長い間いたようだから、自分の感情や言葉を表に出せないようだからな……きっと、俺に対してもいろいろと思うところがあるのかもしれない」
「ノースフィリアでは伝説の人なのに、向こうの世界では迫害されていたとは……なんとも悲しいお話ですね。こちらに来てよかったではありませんか。こうして旦那様の妻にもなったのですから」
「そう、思ってくれればいいんだがな。義務感だけで結婚したと思っているのだろうな」
「未だに気持ちを打ち明けていないからではありませんか?」
主の心をも熟知している侍従のアドバイスは実に的確なのだが、ルシャナを大切にしすぎて、傷つけたくないという思いが強すぎて、逆にどう接してよいのかわからなくなり、タイミングをことごとく逃してしまっている。
彼の気持ちを無視して儀式に臨んだという負い目が、ここまで根深い溝を自ら掘ってしまうとは思わず、もっと簡単に事が運ぶと楽観視していたのだ。
「今言っても信じないだろう」
答えを強要したくないのだ。この世界に庇護のないルシャナにとって、マンフリートを拒絶するイコール生きていく手段を失ってしまうと考えているのかもしれない。本能的に受け入れなければという意思が働き、彼の本心が潰されてしまうだろうと、容易に推測できるからである。
「なかなか難しいお方なのですね」
「打ち解けるまでには、時間がかかりそうだが……やはり、強引に結婚したことに傷ついているのかもしれないな。いくら命がかかっていたとはいえな。その点、チャドラがうらやましいぞ。即信用された」
「あれは、明るいだけが取り柄ですから、見た目年齢もルシャナ様と同じくらいですし」
「何言ってるんだ……自慢の息子のくせに」
嬉しそうに照れるリチャードが、少し羨ましかった。いつか自分も愛する妻との間に、子供を授かるときがくるのだろうか。
とりあえずは、新妻に取り入る方法を考えるのが先決だ。
マンフリートは、ルシャナの好きそうな店を頭に思い浮かべ、観光コースを考えた。
正直ルシャナが今の関係をどう思っているのかわからないし、今後はどうしたのか二人で話し合おうにもその機会すらまだ持てていない。
そんな中での昨晩の出来事だ。
マンフリートはただ名門に生まれただけの、木偶の坊の将軍ではない。その実力とともに認められて今の地位にいるし、それに胡坐をかいて慢心することもなく、日々の鍛錬も欠かさない先鋭のつもりだ。
何が言いたいのかというと、そういうわけで研ぎ澄まされた感性を十分に持ち合わせている。寝ようとしていたときにルシャナの部屋へ続く扉が開き、心臓が飛び出るほど驚いたのは言うまでもない。
(ルシャナなのか? いや、彼以外ありえないだろう。でもなぜ、こんな夜中に?)
マンフリートは起き上がって理由を問いただしたい欲求を抑えて、彼の出方を待つ。
かすかに揺れる空気から、ふわりと甘い香りが鼻を掠めたので、目を開けずとも彼だと分かった。起きているのか確認しているのだろう。こちらに近づき顔の見える場所まできたようだ。
それからどうするのか?
ベッドの隅がわずかに軋む。結構な音だと思うのだが、それでもマンフリートが起きないと本当に思っているのか、その警戒心のなさに少々心配になるほどだ。
さらに驚くべきことに、ベッドに這はい上がり、まじまじと顔を見ているのだろう。目を瞑っていてもその視線が顔に刺さって痛いほどだ。
勘が鈍いというより、余りにも無謀すぎるその行動に、逆に次は何をやらかすのかこちらまでハラハラトキドキしてくる。
どうやら彼はヒゲが御気に召したのか、以前もいきなり触れてきた。そんなことを思っていた瞬間、なんとありえないことに、ルシャナは胸毛を触り、それを指で絡め始めたのだ!
さすがのマンフリートもこれには目を覚ましそうになり、全身が硬直したのを覚えている。
結局、何がしたいのか分からないまま、疑問だけを残して、唐突にルシャナは自室へ戻っていった。
当然マンフリートは完全に目が冴えてしまい、悶々としたまま朝まで眠ることはなかった。
今朝の食堂ではそのことを億尾にも出さないルシャナなので、これは彼の中で秘密の出来事なのだろう。
マンフリートは気分を切り替えるために、外の空気でも吸いに行こうと思ったら、名案が浮かぶ。
「リチャード。今日の日照時間にルシャナを町へ連れて行こうと思う。どうだろうか。まだ早いか?」
「いえ、そんなことはないと思いますよ。それに、いろいろ口で説明するよりも領地を見せるのが一番てっとり早いと、私は思います」
日照時間は毎週微妙に違うのだが、今週は昼の一時から五時までだ。
それではランチも町で取ろうと思い立ち、リチャードに手配を任せた。
「俺は、ルシャナのところへ行ってくるから、準備が出来たら呼びに来てくれ」
「かしこまりました。旦那様……っ、私が見たところ、ルシャナ様はだいぶこちらの世界のことを誤解なさっているといいますか、噛み合っていない部分が多々あるように見受けられます。今日、よく観察して、それからこちらのことをお教えしたほうがよいかと存じます」
「そうだな……誤解しているのは間違いないんだが、いったい何がそうなのかさっぱりわからない。ルシャナは抑制された環境に長い間いたようだから、自分の感情や言葉を表に出せないようだからな……きっと、俺に対してもいろいろと思うところがあるのかもしれない」
「ノースフィリアでは伝説の人なのに、向こうの世界では迫害されていたとは……なんとも悲しいお話ですね。こちらに来てよかったではありませんか。こうして旦那様の妻にもなったのですから」
「そう、思ってくれればいいんだがな。義務感だけで結婚したと思っているのだろうな」
「未だに気持ちを打ち明けていないからではありませんか?」
主の心をも熟知している侍従のアドバイスは実に的確なのだが、ルシャナを大切にしすぎて、傷つけたくないという思いが強すぎて、逆にどう接してよいのかわからなくなり、タイミングをことごとく逃してしまっている。
彼の気持ちを無視して儀式に臨んだという負い目が、ここまで根深い溝を自ら掘ってしまうとは思わず、もっと簡単に事が運ぶと楽観視していたのだ。
「今言っても信じないだろう」
答えを強要したくないのだ。この世界に庇護のないルシャナにとって、マンフリートを拒絶するイコール生きていく手段を失ってしまうと考えているのかもしれない。本能的に受け入れなければという意思が働き、彼の本心が潰されてしまうだろうと、容易に推測できるからである。
「なかなか難しいお方なのですね」
「打ち解けるまでには、時間がかかりそうだが……やはり、強引に結婚したことに傷ついているのかもしれないな。いくら命がかかっていたとはいえな。その点、チャドラがうらやましいぞ。即信用された」
「あれは、明るいだけが取り柄ですから、見た目年齢もルシャナ様と同じくらいですし」
「何言ってるんだ……自慢の息子のくせに」
嬉しそうに照れるリチャードが、少し羨ましかった。いつか自分も愛する妻との間に、子供を授かるときがくるのだろうか。
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