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16.ルシャナ
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❃❃❃
命を助けられたとはいえ、強制的に結婚させられたルシャナは、そのまま花嫁として、バウムガルデン領へと連れていかれた。
そして到着したその日から三日間、バウムガルデン城の大広間にて、婚礼の儀式のあとの披露宴と称して使用人や主だった一族の者に引き合わされ、宴が連日繰り広げられるのだ。
「本当に、今日もこちらでお休みになるのですか?」
「いいでしょ……だって、マンフリート様も、こっちで寝ていいって言ってくれたし」
「まあでも、そこのドアは旦那様の主寝室と繋がっていますから、いつでもあちらへ行けますので、寂しくなったらドアを開けてくださいね。こちらからは鍵がかけられますけれど……」
結婚したというのに、いまだ寝室が別なことに、チャドラは納得をしていないのだ。
結局、あの儀式からここへやってきて、今の今まで、ずっとマンフリートと二人きりになることはなく、そのせいで、本人の口から本心を知りたくても会話のきっかけが掴めないのだ。
それがどれだけ不安なことか、ルシャナはずっと苦しいままだ。
行為そのものは初めてのことだし、たしかに怖かったが、それに対して絶望しているわけではなかった。
ただルシャナの命を救うという使命感だけで行われたことに、ひどく悲しみを感じているのだ。
結果として、好きだという淡い恋心が、好きな人によって踏み躙られてしまったのだ。
彼の意に沿わぬ結婚をさせてしまった罪悪感もあるし、彼の優しさもここまでくると苦痛にしかならないことを、ルシャナは思い知ったのだ。
「意地を張っているわけじゃないんだよ……」
チャドラには言えないのだが、一緒のベッドに寝ることができないのだ。命を救ってもらったのは事実だし、感謝もしなければならないのはわかっている。
しかし寝室へ行くというのは、かなり抵抗がある。夫婦として義務感から抱かれても、それはもはや愛の行為でもなんでもないと知っているし、第一ルシャナはれっきとした男だ。
(見た目がいくら男っぽくなくても、僕は女性じゃないんだ。だから……)
こんな立派な城の主の妻には相応しくない。第一子供が産めないのに、妻になるのはおかしい事なのだ。
というよりそもそもマンフリートは、みんなにルシャナが男性だということを話していないのかもしれない。
だから皆、いずれはたくさん子を産んでくださいねと多数から言われたのだ。ハイとも言えず、苦笑いをして誤魔化した。
「今晩で披露宴は終わりですから、せめて最後の日くらいあちらでお待ちになってはいかがですか?」
ルシャナはこの三日間も早めに披露宴会場から離脱させてもらっている。これも花嫁特権らしい。
それゆえに花婿は最後まで出席していなければならず、同室で寝ているわけではないので、いつ帰ってくるのかはわからないのだ。
「んーん。こっちで寝る。体拭いて」
「わかりました。でも、明日の朝食は一緒に食べてくださいね? 本当は一日目にスペシャルメニューを食べるのですけれど、ルシャナ様は部屋で食事を取られるので、好みがわからないと料理長が嘆いてましたから、明日くらい、食べてあげてくださいよ」
「わかった……ほら、やっぱり僕って、厄介者だよね? 早くお城から出てどこかで独り暮らしをしたほうがいいのかもしれないね……」
「な! 何をおっしゃいます! そんなわけないです! マンフリート様のことが、お嫌いなのですか?」
「わかんない……あれ以来まともに会話してないから……」
披露宴では隣に座っているが、会話らしい会話をする暇もなく、マンフリートはすぐに客人の間に行き、酒を飲み、話しをし、ひっきりなしにやってくる領民たちからのお祝いにも丁寧に答えているのだ。
ルシャナの仕事は、ただ笑みを浮かべ、その場で座っているだけだったのだ。
「ですから、今晩待っていればいいのにと言ってみたまでです。何回も言いますが、ドアの鍵は向こうからはかかりませんよ」
寝間着を着せてもらい、ベッドの中に入ったところで、チャドラは明かりを暗くして部屋を出ていった。
「……………………」
どれくらい待っただろうか。
隣の部屋に人の気配を感じた。僅かに物音がするので、おそらくマンフリートが部屋へ戻ってきたのだろう。ここに着いた時に一度だけマンフリートの部屋に行ったきりだ。
この部屋の二倍はあるだろう、まさに領主に相応しい立派な部屋だ。
ただ、この部屋と直結しているというベッドルームには入ったことがない。それを知るのは、奥方だけ、ということだろう。
今ルシャナは間違いなく、マンフリートの奥方だ。
ルシャナには隣の部屋へ行かなければいけない理由があった。それはまだ一度もきちんと助けてもらったお礼を言っていないからだ。ショックのあまりにずっと口を聞いていなかったのだが、礼儀を欠いていたのは事実だ。
好きと言う気持ちを自覚したばかりの頃だったので、義務感でおやすみのキスをされていたのだと知り、ショックを受けていたのだ。
(それでもまだ、僕はマンフリート様を好きなのだろうか……好きってどういうことなのかな)
ルシャナはベッドを出て、足音を立てないようにして、そっとドアに近づいて、扉に耳をぴたりと当てた。
命を助けられたとはいえ、強制的に結婚させられたルシャナは、そのまま花嫁として、バウムガルデン領へと連れていかれた。
そして到着したその日から三日間、バウムガルデン城の大広間にて、婚礼の儀式のあとの披露宴と称して使用人や主だった一族の者に引き合わされ、宴が連日繰り広げられるのだ。
「本当に、今日もこちらでお休みになるのですか?」
「いいでしょ……だって、マンフリート様も、こっちで寝ていいって言ってくれたし」
「まあでも、そこのドアは旦那様の主寝室と繋がっていますから、いつでもあちらへ行けますので、寂しくなったらドアを開けてくださいね。こちらからは鍵がかけられますけれど……」
結婚したというのに、いまだ寝室が別なことに、チャドラは納得をしていないのだ。
結局、あの儀式からここへやってきて、今の今まで、ずっとマンフリートと二人きりになることはなく、そのせいで、本人の口から本心を知りたくても会話のきっかけが掴めないのだ。
それがどれだけ不安なことか、ルシャナはずっと苦しいままだ。
行為そのものは初めてのことだし、たしかに怖かったが、それに対して絶望しているわけではなかった。
ただルシャナの命を救うという使命感だけで行われたことに、ひどく悲しみを感じているのだ。
結果として、好きだという淡い恋心が、好きな人によって踏み躙られてしまったのだ。
彼の意に沿わぬ結婚をさせてしまった罪悪感もあるし、彼の優しさもここまでくると苦痛にしかならないことを、ルシャナは思い知ったのだ。
「意地を張っているわけじゃないんだよ……」
チャドラには言えないのだが、一緒のベッドに寝ることができないのだ。命を救ってもらったのは事実だし、感謝もしなければならないのはわかっている。
しかし寝室へ行くというのは、かなり抵抗がある。夫婦として義務感から抱かれても、それはもはや愛の行為でもなんでもないと知っているし、第一ルシャナはれっきとした男だ。
(見た目がいくら男っぽくなくても、僕は女性じゃないんだ。だから……)
こんな立派な城の主の妻には相応しくない。第一子供が産めないのに、妻になるのはおかしい事なのだ。
というよりそもそもマンフリートは、みんなにルシャナが男性だということを話していないのかもしれない。
だから皆、いずれはたくさん子を産んでくださいねと多数から言われたのだ。ハイとも言えず、苦笑いをして誤魔化した。
「今晩で披露宴は終わりですから、せめて最後の日くらいあちらでお待ちになってはいかがですか?」
ルシャナはこの三日間も早めに披露宴会場から離脱させてもらっている。これも花嫁特権らしい。
それゆえに花婿は最後まで出席していなければならず、同室で寝ているわけではないので、いつ帰ってくるのかはわからないのだ。
「んーん。こっちで寝る。体拭いて」
「わかりました。でも、明日の朝食は一緒に食べてくださいね? 本当は一日目にスペシャルメニューを食べるのですけれど、ルシャナ様は部屋で食事を取られるので、好みがわからないと料理長が嘆いてましたから、明日くらい、食べてあげてくださいよ」
「わかった……ほら、やっぱり僕って、厄介者だよね? 早くお城から出てどこかで独り暮らしをしたほうがいいのかもしれないね……」
「な! 何をおっしゃいます! そんなわけないです! マンフリート様のことが、お嫌いなのですか?」
「わかんない……あれ以来まともに会話してないから……」
披露宴では隣に座っているが、会話らしい会話をする暇もなく、マンフリートはすぐに客人の間に行き、酒を飲み、話しをし、ひっきりなしにやってくる領民たちからのお祝いにも丁寧に答えているのだ。
ルシャナの仕事は、ただ笑みを浮かべ、その場で座っているだけだったのだ。
「ですから、今晩待っていればいいのにと言ってみたまでです。何回も言いますが、ドアの鍵は向こうからはかかりませんよ」
寝間着を着せてもらい、ベッドの中に入ったところで、チャドラは明かりを暗くして部屋を出ていった。
「……………………」
どれくらい待っただろうか。
隣の部屋に人の気配を感じた。僅かに物音がするので、おそらくマンフリートが部屋へ戻ってきたのだろう。ここに着いた時に一度だけマンフリートの部屋に行ったきりだ。
この部屋の二倍はあるだろう、まさに領主に相応しい立派な部屋だ。
ただ、この部屋と直結しているというベッドルームには入ったことがない。それを知るのは、奥方だけ、ということだろう。
今ルシャナは間違いなく、マンフリートの奥方だ。
ルシャナには隣の部屋へ行かなければいけない理由があった。それはまだ一度もきちんと助けてもらったお礼を言っていないからだ。ショックのあまりにずっと口を聞いていなかったのだが、礼儀を欠いていたのは事実だ。
好きと言う気持ちを自覚したばかりの頃だったので、義務感でおやすみのキスをされていたのだと知り、ショックを受けていたのだ。
(それでもまだ、僕はマンフリート様を好きなのだろうか……好きってどういうことなのかな)
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