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11.ルシャナ
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(おやすみのキスって……唇だった)
生まれて初めて、キスをした。
今まで自分に触れる人など皆無だった。まるで汚物を見るような目で見続けられていれば、自然と他人との接触も怖くなるのだが、そんなことは頭からすっぽり抜け落ち、気づけば自分から彼に触れていた。
どうしても、あのヒゲに触りたいと思ったら、自然と手が出ていた。そして、キスをしてもいいかと聞かれたときに、何も考えずに頷いていた。
あんなに怖いと思っていたマンフリートなのに優しくて、温かくて、何よりも触れただけなのに、生命力にあふれるほどの〝熱〟を持っていた。
体温のことではない、言葉にうまく変換はできないのだが、彼の真髄にでも触れたと言おうか。
いやそんな仰々しいものではないのだが、とにかく彼を感じたのだ。
ベッドに横になりながら、無意識に何度も唇に触れては、転がって身悶えしている。
その部分はまだ熱を持っているかのように、熱い。普段体温の低い自分なのに、彼から暖かさが伝染したように唇から伝わり、全身に火照りを感じる。
最初はただ、自分にはないヒゲはどういうものなのだろうかと、なんとなくマンフリートの頬を撫でていた。ジョリジョリしているのに、どこか気持ちがよい。
すると驚いたことに、マンフリートにも頬を撫でられた。大きな手に思わずうっとりしてしまい、頬擦りしたのは、正直恥ずかしかった。
ヒゲの感触を忘れないようにしようと思っていたのに、さきほどのキスであっという間にその記憶は吹き飛んだ。でもその代わりに、唇が合わさるときと離れるときに、僅かにヒゲの刺激を顎に感じた。そちらのほうが遥かに鮮明で――強烈だった。
もう、彼の唇の感触すら思い出せないほど、何度も自分の指で、その形跡を辿っていた。明日も同じことをしていたら、チャドラに気付かれてしまう。
何でも話せるようになったチャドラとはいえ、この出来事だけは秘密にしたい。共有したいと思うのは、この世でマンフリート、ただ一人だ。
いつもより、全身がポカポカしているような気もする。これは、心が温かいから、体もそう感じるのだろうか。それも初めての体験だ。
この世界にきて感情の起伏が激しい。でもそれはけして嫌なほうへと連なるわけではなく、皆の優しさに感化されているのだと、今なら知っている。
どうしてこんなに優しい人をルシャナは怖がっていたのか、その理由をもう思い出す必要はないのだ。古い記憶に別れを告げ、ルシャナは目を閉じた。
昨晩もおやすみのキスをするために、マンフリートは寝る直前にやってきた。これで連続三日目だ。チャドラが自室に引き上げてからやってくるので、明らかに確信犯だろう。
(なんだか、蕩けるように甘いムードで、まるで以前みたことのある恋愛小説の主人公みたい)
うっとりと昨晩のことを回想していたのだが、チャドラの声で現実に引き戻される。
「ルシャナ様、今日の昼過ぎなのですが、二時間ほど留守にしてもよろしいですか? もちろんランチが終わってからです。ちょっと実家の祖母がギックリ腰になって、見舞いに来いとうるさいものですから、すぐに行って戻ってきますので。特別にワープゲートの使用許可が出ましたので、父が迎えに来てくれます」
「うん、二時間なんて平気だよ。たぶん、いつもみたいに昼寝しているだけだから、きっと起きたらチャドラが普通に居そう。おばあさん、早く治るといいね。こちらは気にしないで」
そして予定通り、食事を終えたあと、ルシャナに何度も謝りながら、何かあればすぐにマンフリートを呼ぶようにと、魔法の使えないルシャナ用にと呼び鈴を置いていった。
「なんか、過保護な弟って感じ。まあ、チャドラのほうが少し年上みたいだけど。彼も……いずれはマンフリート様みたいに、大きくなるのか。いいなあ。僕も多少はなるかも……兄様たちも大きかったし」
ベッドで横になりながら、薄い胸板を擦ってみる。鍛えたところで筋肉がつくとは思えない。健康上とくにあまり問題はないようだが。
でも実は今朝から少し体調が芳しくないのだ。少し熱っぽいかもしれない。ここ連日の感情の起伏の変化に、体がついてこなかったのかもしれない。
でもそれはうれしい悩みだ。
(いつ来てくれるかって、思っているのって、もしかして僕は、マンフリート様に恋をしてるのかな? でも、きっと迷惑だよね。男同士だしね)
ということは、マンフリートが毎晩おやすみのキスをしにくるのは、単に伝説の人にキスをしたいだけだから?
それとも単なる子ども扱い?
彼の考えなど、いくらルシャナが考えたところで、わかるわけがない。
それでもこの気持ちは、そうそうに止められるものでもない。大人で分別があって、優しくて、逞しくて。自分と真逆のマンフリート。
「でも、特別だって思われてる感じはするんだけど。僕の都合のよいように、そう思っているだけなのかな」
考えれば考えるほど、やはり自分はマンフリートを好きになり始めているのだと結論に達する。
「こっそり好きでいる分には構わないよね? だってそれなら誰にも迷惑がかからないし、毎日楽しんで過ごせるし。いいことずくめだよね」
いくらでも彼のことを想ったり、考えたりしたいのに、頭痛がそれを邪魔するのだ。
「ああ……、本格的に痛いかも」
体のあちこちが徐々に熱を持ち始め、節々が痛くなる。その痛みは急激な変化を見せ始め、今度は体の内部から熱さが生まれた。
「風邪かな? 目が、回りそう」
ベッドの上でよかった。
このまま寝てしまえば大丈夫。しかし上掛けは妙に暑くて、結局は剥いでしまう。だがしばらくすると、今度は悪寒が走る。いくら布団を被っても、体の芯が冷えているのか、とにかく外から温めてもだめだ。
白湯でも飲もうと、なんとか立ち上がろうとした途端、バランスを崩して、ベッド脇にあった水差しを壊してしまった。
(ああ……立ち上がる気力がないかも……)
やばいと思い、マンフリートを呼ぶためのベルを鳴らそうとしたのだが、そのまま意識朦朧としてしまい、ついにルシャナは力尽きて、意識を手放した。
生まれて初めて、キスをした。
今まで自分に触れる人など皆無だった。まるで汚物を見るような目で見続けられていれば、自然と他人との接触も怖くなるのだが、そんなことは頭からすっぽり抜け落ち、気づけば自分から彼に触れていた。
どうしても、あのヒゲに触りたいと思ったら、自然と手が出ていた。そして、キスをしてもいいかと聞かれたときに、何も考えずに頷いていた。
あんなに怖いと思っていたマンフリートなのに優しくて、温かくて、何よりも触れただけなのに、生命力にあふれるほどの〝熱〟を持っていた。
体温のことではない、言葉にうまく変換はできないのだが、彼の真髄にでも触れたと言おうか。
いやそんな仰々しいものではないのだが、とにかく彼を感じたのだ。
ベッドに横になりながら、無意識に何度も唇に触れては、転がって身悶えしている。
その部分はまだ熱を持っているかのように、熱い。普段体温の低い自分なのに、彼から暖かさが伝染したように唇から伝わり、全身に火照りを感じる。
最初はただ、自分にはないヒゲはどういうものなのだろうかと、なんとなくマンフリートの頬を撫でていた。ジョリジョリしているのに、どこか気持ちがよい。
すると驚いたことに、マンフリートにも頬を撫でられた。大きな手に思わずうっとりしてしまい、頬擦りしたのは、正直恥ずかしかった。
ヒゲの感触を忘れないようにしようと思っていたのに、さきほどのキスであっという間にその記憶は吹き飛んだ。でもその代わりに、唇が合わさるときと離れるときに、僅かにヒゲの刺激を顎に感じた。そちらのほうが遥かに鮮明で――強烈だった。
もう、彼の唇の感触すら思い出せないほど、何度も自分の指で、その形跡を辿っていた。明日も同じことをしていたら、チャドラに気付かれてしまう。
何でも話せるようになったチャドラとはいえ、この出来事だけは秘密にしたい。共有したいと思うのは、この世でマンフリート、ただ一人だ。
いつもより、全身がポカポカしているような気もする。これは、心が温かいから、体もそう感じるのだろうか。それも初めての体験だ。
この世界にきて感情の起伏が激しい。でもそれはけして嫌なほうへと連なるわけではなく、皆の優しさに感化されているのだと、今なら知っている。
どうしてこんなに優しい人をルシャナは怖がっていたのか、その理由をもう思い出す必要はないのだ。古い記憶に別れを告げ、ルシャナは目を閉じた。
昨晩もおやすみのキスをするために、マンフリートは寝る直前にやってきた。これで連続三日目だ。チャドラが自室に引き上げてからやってくるので、明らかに確信犯だろう。
(なんだか、蕩けるように甘いムードで、まるで以前みたことのある恋愛小説の主人公みたい)
うっとりと昨晩のことを回想していたのだが、チャドラの声で現実に引き戻される。
「ルシャナ様、今日の昼過ぎなのですが、二時間ほど留守にしてもよろしいですか? もちろんランチが終わってからです。ちょっと実家の祖母がギックリ腰になって、見舞いに来いとうるさいものですから、すぐに行って戻ってきますので。特別にワープゲートの使用許可が出ましたので、父が迎えに来てくれます」
「うん、二時間なんて平気だよ。たぶん、いつもみたいに昼寝しているだけだから、きっと起きたらチャドラが普通に居そう。おばあさん、早く治るといいね。こちらは気にしないで」
そして予定通り、食事を終えたあと、ルシャナに何度も謝りながら、何かあればすぐにマンフリートを呼ぶようにと、魔法の使えないルシャナ用にと呼び鈴を置いていった。
「なんか、過保護な弟って感じ。まあ、チャドラのほうが少し年上みたいだけど。彼も……いずれはマンフリート様みたいに、大きくなるのか。いいなあ。僕も多少はなるかも……兄様たちも大きかったし」
ベッドで横になりながら、薄い胸板を擦ってみる。鍛えたところで筋肉がつくとは思えない。健康上とくにあまり問題はないようだが。
でも実は今朝から少し体調が芳しくないのだ。少し熱っぽいかもしれない。ここ連日の感情の起伏の変化に、体がついてこなかったのかもしれない。
でもそれはうれしい悩みだ。
(いつ来てくれるかって、思っているのって、もしかして僕は、マンフリート様に恋をしてるのかな? でも、きっと迷惑だよね。男同士だしね)
ということは、マンフリートが毎晩おやすみのキスをしにくるのは、単に伝説の人にキスをしたいだけだから?
それとも単なる子ども扱い?
彼の考えなど、いくらルシャナが考えたところで、わかるわけがない。
それでもこの気持ちは、そうそうに止められるものでもない。大人で分別があって、優しくて、逞しくて。自分と真逆のマンフリート。
「でも、特別だって思われてる感じはするんだけど。僕の都合のよいように、そう思っているだけなのかな」
考えれば考えるほど、やはり自分はマンフリートを好きになり始めているのだと結論に達する。
「こっそり好きでいる分には構わないよね? だってそれなら誰にも迷惑がかからないし、毎日楽しんで過ごせるし。いいことずくめだよね」
いくらでも彼のことを想ったり、考えたりしたいのに、頭痛がそれを邪魔するのだ。
「ああ……、本格的に痛いかも」
体のあちこちが徐々に熱を持ち始め、節々が痛くなる。その痛みは急激な変化を見せ始め、今度は体の内部から熱さが生まれた。
「風邪かな? 目が、回りそう」
ベッドの上でよかった。
このまま寝てしまえば大丈夫。しかし上掛けは妙に暑くて、結局は剥いでしまう。だがしばらくすると、今度は悪寒が走る。いくら布団を被っても、体の芯が冷えているのか、とにかく外から温めてもだめだ。
白湯でも飲もうと、なんとか立ち上がろうとした途端、バランスを崩して、ベッド脇にあった水差しを壊してしまった。
(ああ……立ち上がる気力がないかも……)
やばいと思い、マンフリートを呼ぶためのベルを鳴らそうとしたのだが、そのまま意識朦朧としてしまい、ついにルシャナは力尽きて、意識を手放した。
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