強面な将軍は花嫁を愛でる

小町もなか

文字の大きさ
上 下
9 / 43

09.ルシャナ

しおりを挟む
 昨日に引き続き、マンフリートは今日も紳士然とした格好をしていて、とても好感が持てる。どうして兄たちと似ていると思ったのか、今では不思議に思う。


 彼は威圧的な兄ではないし、実は兄たちよりもさらに背が高いのだが、兄たちほど怖くはない。

 歩み寄らなければ関係はうまくいかない。チャドラが知らずのうちに教えてくれる。


「マンフリート様。ルシャナ様がこの国のことをお知りになりたいそうなのですが、僕だと説明がうまくないので、お願いします!」

 マンフリートは笑いながらチャドラを窘める。

「勉強はしているのか?」

「してますよ! 学校へ行かなくても、ちゃんと教科書を毎日寝る前に復習してます。でも、まだまだ知識が足りないと思ったからですよぉ。マンフリート様を呼んだことは、お父様に言わないでくださいね?」


 このチャドラの馴れようから、マンフリートは普段もこんなふうに気さくな人なのだと見ていればわかる。だから、必要以上に警戒することはないのかもしれない。


 それにしても自分がこんなに臆病だとは思いもよらなかった。違う世界からやってきたのだ。当然出会う人は全員知らない人だ。

 いちいち気にしていたら、また以前のように内に籠もり、他人に怯えてばかりの自分に戻ってしまう。

 ここで生きていかなければならないのだから、せめて前向きに行動してみるべきだと、意欲的になる。


「マ、マンフリート様……」

 ああ、心なしか声が震えている気がする。


 するとハッとしてマンフリートは心配そうな顔をしてこちらを見る。

「どうした、ルシャナ王子?」


「僕……に、この国のことを、教えて、ください」


 言えた。


 するとなぜか感動したようにチャドラは目が潤み、マンフリートは驚いた次の瞬間には満面の笑みを浮かべて頷く。

「そうだな。知りたいことを混ぜ込んで話そう」

 お願いしますという意味を込めて頷く。


「ここにも……魔力を持たない普通の、僕みたいな、人間が住んでいるのですか?」

「魔力がない人間はいない。この世界は十四の国から成っている。四大国と呼ばれる四人の王が収める四つの国を軸に、その周りを十小国と呼ばれる十の国があって、その十小国の民は我々四大国の人間よりも遥かに魔力は少ないが、全員が持っているんだよ」


 そう言ってマンフリートは、事前に用意していたのだろう地図を取り出して、広げて見せてくれる。


「つまり、四大国の人たちは、みんな魔力をたくさん持っている人たちってことですか?」

「そういうことだ。さらにこのサカディア王国だけは、夜のために人間が住めない土地だった。ラウル王は夜行性動物を集めて人へと進化させ、この国を造られた。だから、我々国民は動物の本性を持っているんだよ」


「え……ラウル王って、あの、ラウル王ですか? この、世界はまだ出来上がったばかり、なのですか?」

「いや。ラウル王に寿命はない。それどころか彼は神と同等であり、我々の創造主だ。だから、普段は軽口を言い合えるが、実際は、偉い人だな」

 信じられなかった。どうあってもルシャナにとっては悪魔以外の何者ではないからだ。


「僕のいたところとはだいぶ違うので……混乱してしまいました。魔力は誰も持っていませんし、動物が本性という人もいませんし、月は一つで太陽と交互にきちんと規則正しく朝晩がやってきます」

 するとマンフリートは少し身を乗り出して、ふんふんと興味深げにルシャナの話を聞いているのだ。


「本当に、異世界からやってきたんだな……太陽は一つで同じだが、月が一つなんて、信じられるか、チャドラ? それじゃあ、真っ暗で見えないじゃないか」


 おもしろい考え方だ。いや、ここでは自分が変わっているということになるのだ。

 会話を進めるにつれて、こんなに二つの世界に違いがあるのかと知り、逆にかなり気が楽になった。


 ラジェールでは常に顔色を伺い、失敗しやしないかと何に対してもヒヤヒヤしていたが、ここでは知らないのだから最初はしかたがないと思えるし、だいいちそのときはチャドラがきっと教えてくれるはずだ。

 すでに信用し始めている自分には驚いたが。

 もっとも懸念しているのが、白き異界人という伝説の人物と重ねられているが、それはお尋ね者なのだろうか。もしかして、行く末はかなりやばいのでは……。


「あの……僕は、これから幽閉されたり、最終的には……殺されたりするのですか?」


「え?」


 チャドラは座っていた椅子が倒れるほどの勢いで立ち上がり、マンフリートは驚愕きょうがくに目を見開いている。

 言ってはいけないことを言ってしまったのだと訂正する前に、チャドラは涙を零し、マンフリートは唸っていた。


「何を言っているんだ。なぜ我々がそんな非道なことをあなたにしなければならないのか……一番肝心なことを説明しなくて、本当に申し訳なかった。俺たちはルシャナ王子とただ仲良くなりたくて、舞い上がって焦ってしまったのだな。説明なしで順序を間違えてしまったようだ……本当にすまない」


 マンフリートが深々と頭を下げるので、ルシャナは慌ててしまった。

 するとチャドラも、涙を服の袖で吹きながら、

「僕も、舞い上がっていました、伝説の方のお世話をできると、浮かれていたのです……だから、当然のようにこれからも僕たちと一緒に領地に帰って、ずっと過ごすのだと……」

 二人とも真剣にルシャナと一緒に暮らそうとしてくれていたのだと知った。


 本音が聞けて……しかもそれが思いがけず本物の情を感じ、ルシャナの目から一滴の涙が溢れる。


「ありがとう、ございます……うっ」


 そのあとはルシャナとチャドラの泣き声の合唱となり、慌てたのはマンフリートだった。

 ひとしきり泣いて落ち着いた二人は、なぜかぺったりとくっついてマンフリートの話に耳を傾ける。


「この世界には四人の王に次いで最強の人物が異世界にいるという伝説があった。しかし、時空を超えて異世界へ行けるのは、ノースフィリアではラウル王ただ一人だから、誰もそれはただの物語として伝わっていただけなんだ。つまり、あなたがここに来たというのは運命としか言いようがない」

「最強って……僕は魔力もないですよ。ただ、全身が白いだけで、王は人違いしてしまったのですか……」


 もしそうだとすれば、返品不可能の自分に、どのような処分が下るのだろうか。


「なぜ、僕はここに連れてこられたのですか? 最初から狙われていた……のですか?」

「いや、王曰く、偶然どこからか呼ばれて、誘われるままに声のするほうへ行ってみたら、おそらくあなたの父君なのだろう男性が、叫んでいたそうだ」


(ああ、そうか……それで繋がった。僕は、父に捨てられんたんだ、やっぱり)


 傲慢な父の願いが叶った今、その供物とされた白い息子が帰ってきたところで、彼には掛ける情けも同情もなく、労いすら見せることはないだろう。

 つまりは、ルシャナはここでリスタートを切る以外の選択肢はなかった。


「僕は……こんな風に変わった見た目のせいで、家族にうとまれてきました。ときにはののしられ、ときには無視され、家族からは存在を否定されてきました。だから、こうなるのは、おそらく時間の問題だったのでしょう」


 なんにせよ、戻れないとはっきり言われているのだ。ここで生きていくか、死ぬか、この二択以外は存在しないのだ。

 そして彼ら二人が、一緒に領地へ行こうと言ってくれている。望まれているうちが花だ。彼らに縋すがるしか生きていくことはできないのだ。


「これから、よろしくお願いいたします」

 深々と頭を下げ、彼らの同意を求める。


 だから、チャドラとマンフリートが顔を見合わせて悲しみの表情を浮かべたことに、ルシャナは気づかなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました

taki210
ファンタジー
旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件 『穢らわしい娼婦の子供』 『ロクに魔法も使えない出来損ない』 『皇帝になれない無能皇子』 皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。 だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。 毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき…… 『なんだあの威力の魔法は…?』 『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』 『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』 『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』 そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。

【完結】王宮勤めの騎士でしたが、オメガになったので退職させていただきます

大河
BL
第三王子直属の近衛騎士団に所属していたセリル・グランツは、とある戦いで毒を受け、その影響で第二性がベータからオメガに変質してしまった。 オメガは騎士団に所属してはならないという法に基づき、騎士団を辞めることを決意するセリル。上司である第三王子・レオンハルトにそのことを告げて騎士団を去るが、特に引き留められるようなことはなかった。 地方貴族である実家に戻ったセリルは、オメガになったことで見合い話を受けざるを得ない立場に。見合いに全く乗り気でないセリルの元に、意外な人物から婚約の申し入れが届く。それはかつての上司、レオンハルトからの婚約の申し入れだった──

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

猫の王子は最強の竜帝陛下に食べられたくない

muku
BL
 猫の国の第五王子ミカは、片目の色が違うことで兄達から迫害されていた。戦勝国である鼠の国に差し出され、囚われているところへ、ある日竜帝セライナがやって来る。  竜族は獣人の中でも最強の種族で、セライナに引き取られたミカは竜族の住む島で生活することに。  猫が大好きな竜族達にちやほやされるミカだったが、どうしても受け入れられないことがあった。  どうやら自分は竜帝セライナの「エサ」として連れてこられたらしく、どうしても食べられたくないミカは、それを回避しようと奮闘するのだが――。  勘違いから始まる、獣人BLファンタジー。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

処理中です...