強面な将軍は花嫁を愛でる

小町もなか

文字の大きさ
上 下
6 / 43

06.ルシャナ

しおりを挟む
「はい……」


『マンフリートだ。朝食を持ってきたので入ってもいいだろうか?』


(本当に将軍が食事を持ってきたんだ……)

 そんな身分の高い役職の人が、自分のために持ってきたことにまず驚いた。けれど、それだけ自分の存在を他者に知られたくないのだろう。

 どこへいっても自分は厄介者扱いされるのだと落胆していたが、お腹が空いていることには変わりない。


「どうぞ」

 そう言ってすぐにベッドに潜り、なるべく会話をしないように、シーツを頭からすっぽり被る。子供じみているが、これが自分に出来る唯一にして最大の防御なのだ。

 木の床がわずかにきしむ音とともに足音がして、無意識に体が固くなる。


『ルシャナ王子、気分はどうかな?』

「……はい、大丈夫、です」

『そうか、何かほしいものはあるか? ひとまず食事を持ってきたので、暖かいうちに食べてくれ。これは、名物のパンと普段俺たちが好んで食べている、俺の領地の自慢のスープだ。口に合うといいんだが』

「……ありがとう、ございます。あとで、頂きます」

 すると少し間があり、マンフリートが近づいてくる。


(何? シーツを剥がそうっていうの?)

 近しい気配を感じ、ビクリとしてさらに丸くなり、シーツの中で自分を抱え込む。


『実は……紹介したい子がいるんだが、いいかな? たぶん、俺だと至らないこともあるだろうから、よく気の利く……そうだな、ルシャナ王子の友達になれるような、年の近い我が一族の者をつれてきたのだが、侍従じじゅうにどうかテストをしてもらえないだろうか?』


(友達って、あの友情とかいつも一緒に笑ったり、冗談を言ったり、遠慮のいらない関係になる、あの友達のこと? 僕と年が近いって?)

 ルシャナの興味をそそるには十分な話題だ。うっかりシーツの中で顔を上げてしまった。


 しまった、と思ったが時遅し。マンフリートはわざと足音を立てているのだろう、後ずさりしてどんどん遠ざかるのがわかる。その一方でずいぶんと軽やかなペタペタとした足音が聞こえてきて、もしかして、この音の主が侍従兼友達候補か? 全神経がそちらに集中し、聞き耳を立てる。


『ルシャナ王子様? ルシャナ様? あれ? どっちのほうがいいのかな? ま、いっか。えっと、僕はチャドラと申します! マンフリート様の侍従長の息子で、現在は父の元で修行中です! よろしくお願いします!』

 なんとも可愛らしい声で自己紹介をしている。同年代の子を連れてこられる事以上に、好奇心を掻き立てられることはない。でもマンフリートがその場を去ったわけではないので、少し躊躇ちゅうちょしてしまう。


 迷っていると、今度はチャドラが近づいてくる。

『ルシャナ様! 伝説の白き異界人と聞いて興奮しています! どうか、このチャドラに、お顔を見せて頂けないでしょうか? 実は昨晩お世話をしてほしいと言われて、僕は興奮してほとんど眠れなかったんです! しかも同い年くらいと聞いたから嬉しくて! 僕の周りも大人だらけで、毎日つまらないです……あ、マンフリート様、嘘ですからね? 楽しいですよ? でも同年代の人が、あそこには誰もいないんです。僕、学校に行っていないから余計に!』


『ああ、わかっているよ。おまえは実によく働いてくれているのは、父親から聞いているよ』

『本当ですか! というわけです、ルシャナ様! どうか、どうかこの僕にお世話をさせてください! まだ修行の身なので不安かもしれませんが、粗相はしないように気をつけますので、出てきてくださ~い』

 なんとなく、ここまで肩肘かたひじを張るのも苦痛になってきた。元来争い事や揉め事などは嫌いだ。


 ルシャナは結局根負けした形で、恐る恐る顔だけ出す形でシーツを少し下げる。

 すると、目をきらきらと輝かせている、本当に可愛らしいチャドラが立っていた。ルシャナとそれほど背丈の変わらない少しぽっちゃりしていて、茶色のくるりとした大きな瞳に、ふわふわの茶色の髪の毛だ。


「うわ! 本当におきれいですね、マンフリート様の言った通りです! 伝説の方は類を見ない麗しさですね! どうか、僕にお世話をさせてください!」

 ルシャナは飾らない率直な物言いをするチャドラを、瞬時に気に入った。好感が持てるし、第一ルシャナのことを気味悪がらないどころか、体全体で出会えた喜びを表現しているのだ。


(きれいって言われたの、生まれて初めてかも。将軍もそう思っていたっていうのが、少し驚いたけど)

 好意的な感情を向けられたことのないルシャナは、くすぐったくて、どこか心地よい感じがする。

「こちらこそ、よ、よろしくお願いします」

 そう言うと、チャドラはさらに感激したのか、両手を頬にあてて、ホーホー叫んでいる。後ろでは、その様子をマンフリートも苦笑しながら眺めていた。


 うっかりマンフリートのほうへ視線を向けてしまったのだが、非常に驚いた。昨日と変わらずに大きい。しかし、どうだろう。今日はまるで別人のようだ。

 髪は綺麗に撫でつけられて、後ろで一つに括られており、少しだけこぼれ落ちる一房が、絶妙に大人の魅力を引き出しているのだ。それに、ヒゲは綺麗に剃られていて、こんなに整った男性だったのかと、正直同じ男であるのに、赤面してしまうほどかっこいいのだ。


 どうしてあのいかつい兄たちと同じだと思ったのか、不思議なくらい近しいところがまったくないのにだ。

 服装もシンプルだが、清潔感のある感じで、まさに別人だ。最初からこの出で立ちであったのなら、あそこまで怖いとは思わなかっただろうと密かに思ったのは内緒だ。


「冷めてしまうから、食事を先に食べたらどうかな」

 その一言に、ハッとしたチャドラは急いで給仕を始める。初めて食べる味だが、やさしい味付けに素朴さを感じ、ほっこりとした気分にさせる。


 食べながらマンフリートの領地、つまりバウムガルデン領のことに耳を傾ける。

 気づけば普通に楽しんでいた自分の順応性に驚いた。このままチャドラは隣の部屋に控えているので何かあれば、ベルを鳴らせば魔力で感知できるのですぐに駆け付けるというのだ。


「チャドラ、質問していいかな」

「なんなりと」

「あの、今は夜なの、昼なの? 朝食って言っていたから朝なの? 時間はどうやって知るの?」


「ああ、そうですよね! 他国からいらっしゃる方はみなそれで戸惑いますね。我々夜行性動物が本性ほんしょうの者は、体内時計があるので必要ないのですが、他国の方はそうはいきませんものね。今時計をもってきますね」

「え? 動物が本性ってどういうこと? チャドラは動物なの?」

「あれ? マンフリート様、そこもご説明をなさっていないので? も、もしや秘密だとか?」


 マンフリートはバツが悪そうに首を横に振る。きっと、ルシャナが怖がっているのを感じているので、必要以上に話そうとはしなかったのだろう。

 たしかに昨日いろいろと宰相が説明をしてくれていたように思うが、消化しきれず素通りだった。でも少し冷静になった今は、どんな情報でも知りたいのだ。


「では、ご説明します。この国の貴族以下一般市民もほとんど本性が夜行性動物なのです。そうではないとこの夜の世界では生きていかれませんからね。人が長時間夜の世界にいると、体に変調を来たすと昨晩教わりませんでした? だからバウムガルデン領に行くのが本性を持たない人間にはよい土地だと」

「うん、言っていた気がするかも……」


「我々のバウムガルデン領民のほとんどが熊の本性を持っています。他にもいろいろいますが、追い追いお話を聞かせるとしましょうかね」

(いま、さらりと言ったけれど、熊? って何? 彼らは動物なの? 僕は今、動物の国に連れて来られちゃったってこと?)


 ということは、動物が魔法使いということなのだろうか。もうすでにルシャナの想像の範囲を遥かに超えていて、頭が追いつかない。

「チャドラも熊ってことは、熊に変身できるの?」

「いえ、できませんよ。生まれたての赤ちゃんだけ、熊耳が付いている程度ですよ」

 想像すると、それは非常にかわいいかもしれない。見られるものなら一度見てみたいものだ。チャドラをジーッとみたら、なんとなく想像してしまい、おかしいほど似合っている。


 思わずプッと漏らしてしまうと、想像したでしょうと地団太じだんだを踏むチャドラがさらにおかしかった。こんなに笑ったのは初めてではないだろうか。

「熊の特徴を受け継いでいるとか、あるの?」

「そうですね。嗅覚きゅうかくが優れていることと、体が大きくなるということくらいですかね」

「野生の熊と会話できるの?」

「できませんよ。彼らはあくまで動物で、我々は本性を持つだけの人間ですからね」

 動物なのに人間というのが、まったく理解できない。でも少なくとも、この二人はルシャナを受け入れてくれ、こうして優しく接してくれている。



 未知の世界にいるというのに、この気の緩み方は、ひとえにチャドラの明るい性格とマンフリートの見守る度量の広さのおかげだろう。



 彼らでよかったと思った。

 少しだけすさんだ気持ちが和らいだのを感じ、悪くない、そう思った瞬間でもあった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました

taki210
ファンタジー
旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件 『穢らわしい娼婦の子供』 『ロクに魔法も使えない出来損ない』 『皇帝になれない無能皇子』 皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。 だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。 毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき…… 『なんだあの威力の魔法は…?』 『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』 『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』 『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』 そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

【完結】王宮勤めの騎士でしたが、オメガになったので退職させていただきます

大河
BL
第三王子直属の近衛騎士団に所属していたセリル・グランツは、とある戦いで毒を受け、その影響で第二性がベータからオメガに変質してしまった。 オメガは騎士団に所属してはならないという法に基づき、騎士団を辞めることを決意するセリル。上司である第三王子・レオンハルトにそのことを告げて騎士団を去るが、特に引き留められるようなことはなかった。 地方貴族である実家に戻ったセリルは、オメガになったことで見合い話を受けざるを得ない立場に。見合いに全く乗り気でないセリルの元に、意外な人物から婚約の申し入れが届く。それはかつての上司、レオンハルトからの婚約の申し入れだった──

猫の王子は最強の竜帝陛下に食べられたくない

muku
BL
 猫の国の第五王子ミカは、片目の色が違うことで兄達から迫害されていた。戦勝国である鼠の国に差し出され、囚われているところへ、ある日竜帝セライナがやって来る。  竜族は獣人の中でも最強の種族で、セライナに引き取られたミカは竜族の住む島で生活することに。  猫が大好きな竜族達にちやほやされるミカだったが、どうしても受け入れられないことがあった。  どうやら自分は竜帝セライナの「エサ」として連れてこられたらしく、どうしても食べられたくないミカは、それを回避しようと奮闘するのだが――。  勘違いから始まる、獣人BLファンタジー。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

【本編完結】 ふたりを結ぶ古書店の魔法

Shizukuru
BL
弟が消えた。記憶消去? スマホの画像も何もかも残っていない。 両親には、夢でも見たのかって……兄の俺より背が高くてイケメンで本当に兄弟?って言われてたけど。 弟は、存在してなかったなんて、そんなはずがない。 記憶が消される前に、探すんだ。 辿り着いた古書店。必ずその人にとって大切な一冊がそこにある。必要な人しか辿り付けないと噂されている所だ。 「面白い本屋を見つけたんだ」 弟との数日前の会話を思い出す。きっとそこに何かがある。 そして、惹かれるままに一冊の本を手にした。登場人物紹介には、美形の魔法騎士の姿が……髪色と瞳の色が違うけれど、間違いなく弟だ。 聖女に攻略されるかもしれない、そんなの嫌だ。 ごめん。父さん母さん。戻れないかも知れない。それでも、あいつの所へ行きたいんだ。 本を抱きしめて願う。神様お願い、弟を取り戻したい。 本だけ残して……時砂琥珀は姿を消した。 年下魔法騎士(元弟)×神使?(元兄) 微R・Rは※印を念の為につけます。 美麗表紙絵は、夕宮あまね様@amane_yumia より頂きました。 BL小説大賞に参加しています。 応援よろしくお願いします。

処理中です...