強面な将軍は花嫁を愛でる

小町もなか

文字の大きさ
上 下
5 / 43

05.ルシャナ

しおりを挟む
 いつのまにか眠ってしまったのだろう。違和感を覚えつつ目を開けたルシャナは、自分の居場所がすでにわからなくなっていた。


 知らない部屋にいる。


 夜にしてはやたらと外が明るいのはなぜなのか不思議に思い、窓を開けて外を覗くと、なんと月が二つ並んでいる。だからこんなに明るいのか。

「あっ……僕、異世界に連れてこられたんだっけ」

 納得はしたくないが、状況は把握した。


 結局疲れてしまったルシャナを気遣った三人は、誰に見られることなくラウル王の隠匿いんとくの術を使い、王城内の客室をあてがわれたのだ。そこは誰も使用していないエリアなので、必要なものはすべてユージンとマンフリートが毎日運ぶことになっていたらしい。


 でも誰がきてもそんなのは些細なことだ。


 なにせ昨日は、自分の人生が終わった日だった。それ以上にショックな出来事など起こらないだろう。

 兄に裏切られ、父に殺されたのだ。そう、自分は彼らの要求と引き替えに、魔王に食い殺された、そういう設定なのだ。実際にはノースフィリアという異世界に連れてこられたに過ぎないのだが、事実はもはや何の意味も価値もない。


 まったくの別世界で、おとぎ話のような冗談な世界に、現実として自分がいるのだ。魔法という言葉が大人の口から出てくること自体、すでにラジェールとは違う。信じられないと思うのに、どこかホッとしている自分がいる。

 なぜだか理由を解析したくないし、受け入れたくはないが、重荷が消えたように軽くなったのは事実だ。


 砂漠の国ラジェール王国の、国王の七人兄弟の三男としてルシャナは産まれた。

 しかし王子という立場にありながら、その真っ白な外見ゆえに誰からも愛されたことはないし、はっきりいうと人間として扱われていた気もしない。


 家族はもちろん使用人にすら遠巻きにされ、腫れ物に触るような扱いを受け続けていれば、自然と人の顔色を伺う、きもの小さい子が出来上がるのは当然だ。

 自分でそうなりたくてなったわけではない。そうすることでしか生きられなかったからだ。

 といっても結局生きている価値もないと判断されたからこそ、こうして家族から排除されてしまった結果――今ここにいるのだ。


 自分の存在意義すら与えられなかった現実に、もう立ち向かうすべはないし、すでに別世界に来てしまったのだから、無理に生きる理由を探す必要もない。

 知り合いも誰もいないが、今までとどう違うというのだろうか。


 本当に心を通わせて付き合うことこそ大切だと思ってきたのだが、ラジェールでは、とうとう信頼できる人間は、ただの一人も作ることができなかった――家族にすらほとんど相手にされなかったのだ。

 そんな無価値だったルシャナに、ここの世界の人たちは奴隷のように乱暴に扱おうとはせず、むしろ賓客ひんきゃくのような破格の待遇に、正直驚いた。


 伝説の白き異界人がルシャナだと言われても、その意味がまったくわからない。そもそもラジェールでは一人だけ奇異きいに産まれてきてしまったのだ。病気だと言われたことさえあるルシャナが、伝説であるはずがないのだ。

 何かの間違いだと気づいて、いずれは捨てられることになるだろう。


 ラジェールでは自分の肌の色も髪の色も何もかも、白いことは忌み嫌われていたため、王宮からというより部屋からあまり出してもらえなかった。行事か何かで出席しなければならないときは、女性のような格好をさせられて、男なのに姉たちの後ろに座らせられた。


 子供だからと最初は思っていたが、弟が生まれて、やがて彼も兄たちと同列に並びだしたときに、自分だけ白いから同列に加えてもらえないのだと、ようやく気づいた。だからみんなに迷惑をかけないようにひっそりと生きてきたのだ。


 生きていたと言うより、毎日淡々と過ごしていただけだ。そんな空っぽな人生に何を未練に思うことがあろうか。どこにいてもひとりぼっちだという事実はついぞ変わることはなかった。

 どうせ一度死んだ人生だ。いまさら何を臆病になっているのだ。開き直ればなんてことはない。これは強がりでも何でもない。


「もう、向こうの世界のことは忘れよう。ここでだってどんな扱いをされるかわかったもんじゃないよね。伝説の人とか言われても、正直自分はただ白いだけで、何にもできないし、彼らがいうように魔力なんてこれっぽっちもないんだから。せめて、死ぬときは、痛くないほうがいいな……」


 どうやら自分は、巨体の将軍マンフリートのお世話になるようだ。宰相だというユージンばかりが話していたので、ほとんど話すことがなかった将軍がどういう人なのかはまったくわからない。


 髪は少し長めの茶色だった。風貌だけでいえばとても将軍には見えないが、身体は誰よりも大きくて、そして無精ヒゲがまた凄みを増しており、何がとは言えないが、とにかく威圧感が半端ないのだ。

(濃い……のかな、いろいろと)

 あの中では一番野性味溢れているというか、正直よくわからない人だった。


 でもルシャナにとって一番怖いのは、こちらの世界に連れてきた魔王と勘違いした、この国の王だろう。

 気さくに見えてもどこか掴みどころがなく、一番得体の知れない人物なのは間違いない。

 ユージンは見た目は一見優しそうだが、有無を言わせぬオーラがあり、実は曲者くせものではと深読みをする。


「誰が一番やさしいのかな……」

 知らない世界でしかもなんの特技もなく、生活力のまったくないルシャナが、一人では生きていけない以上、結局彼らの誰かに頼らざるを得ないのだ。


「きっと一番まともな人が彼……だと思う」

 怖いといっても、単に身体が大きいだけで、きちんと人となりを知れば、いい人かもしれない。見た目で判断してはいけないということは、この奇妙な外見の自分が一番よく知っているではないか。


 どれくらいそんなことを考えていたのだろうか。

 ずっと夜空なので、時間の感覚というものが狂っているのがなんとなくわかる。


 人間の体には絶えず夜であることは毒だと言う。しかしそれはルシャナにとっては少し違う。

 ラジェールのラゴン砂漠にそびえる王宮は、まさに灼熱しゃくねつ地獄の真下にいるようなものだった。

 色白のルシャナにとって、日焼けは火傷に直結していた。それは周りに疎まれるには十分すぎる理由で、砂漠で生きていけない人間など一族にはいらないと、面と向かって兄たちに言われたことすらある。


 だから、それに比べたらこの世界はルシャナにとって快適なはずなのだ。

 ただ一つ難点があるとすれば、時刻がまったくわからないということだ。


「太陽がないから、昼なのか夜なのかわからないよね……たとえ時計が目の前にあっても」

 ルシャナはベッドから起き上がり、暗闇の中で明かりのないまま、あちこちを手探りで探した。

 ただし夜空には月が二つも輝いているので、自分が知る夜に比べたらずいぶん明るい。


「うーん、ないみたい。あとで来た人に聞くしかないか。誰にも、来てほしくないんだけどな……でも、お腹も空いてきたし……」


 空腹を覚えて無意識に腹を擦っていたのだが、突然のノック音に驚いて思わず動きが止まる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

負けず嫌いオメガは、幼なじみアルファの腕のなか

こたま
BL
お隣同士のベータ家庭に、同じ頃二人の男の子が産まれた。何でも一緒に競いあって育った二人だが、アルファとオメガであると診断され、関係が変わっていく。包容美形アルファ攻×頑張るかわいいオメガ受

冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました

taki210
ファンタジー
旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件 『穢らわしい娼婦の子供』 『ロクに魔法も使えない出来損ない』 『皇帝になれない無能皇子』 皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。 だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。 毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき…… 『なんだあの威力の魔法は…?』 『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』 『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』 『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』 そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

【完結】王宮勤めの騎士でしたが、オメガになったので退職させていただきます

大河
BL
第三王子直属の近衛騎士団に所属していたセリル・グランツは、とある戦いで毒を受け、その影響で第二性がベータからオメガに変質してしまった。 オメガは騎士団に所属してはならないという法に基づき、騎士団を辞めることを決意するセリル。上司である第三王子・レオンハルトにそのことを告げて騎士団を去るが、特に引き留められるようなことはなかった。 地方貴族である実家に戻ったセリルは、オメガになったことで見合い話を受けざるを得ない立場に。見合いに全く乗り気でないセリルの元に、意外な人物から婚約の申し入れが届く。それはかつての上司、レオンハルトからの婚約の申し入れだった──

猫の王子は最強の竜帝陛下に食べられたくない

muku
BL
 猫の国の第五王子ミカは、片目の色が違うことで兄達から迫害されていた。戦勝国である鼠の国に差し出され、囚われているところへ、ある日竜帝セライナがやって来る。  竜族は獣人の中でも最強の種族で、セライナに引き取られたミカは竜族の住む島で生活することに。  猫が大好きな竜族達にちやほやされるミカだったが、どうしても受け入れられないことがあった。  どうやら自分は竜帝セライナの「エサ」として連れてこられたらしく、どうしても食べられたくないミカは、それを回避しようと奮闘するのだが――。  勘違いから始まる、獣人BLファンタジー。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

処理中です...