強面な将軍は花嫁を愛でる

小町もなか

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04.マンフリート

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 釘付けになっているのは皆も同じようで、白き異界人がわずかに身じろぎすると、三人とも自然と口を閉じ、今か今かと目を開けるのをじっと見守る。

「ん……っ、ん」

 ゆっくりと白い睫毛に縁取られた目が開かれる。

 寝起きなので、目の焦点が定まっていないのか、とろーんとした目をしている。


(なんと……なんと愛らしい赤い目なんだ……まるで、ウサギのようではないか)


「……っ!」

 思わず声が漏れそうになり、マンフリートは咄嗟に手で口を塞いだ。


 小さな異界人は数回瞬きをした。それから、辺りをきょろきょろと見渡す。

 次の瞬間、零れ落ちそうなほど大きな目がさらに見開かれ、彼は眉間に皺を寄せ、何か苦しそうな表情を浮かべたかと思うと、

「やめて! お父様!」

 突然大きな声で悲痛な叫びを上げた。


「…………」

 叫んだかと思うとぴたりと動きを止めた。しかしラウル王の顔を見た途端、再び叫び声をあげた。

「あ、悪魔! 助けて! あっちへ行って!」

 錯乱さくらんしているのか、叫びながらも目から大粒の涙が止め処なく流れ落ちてくる。



 ユージンと顔を見合わせて、王を彼の視界から遠ざけるようにして後ろに下がらせた。

 すると、ユージンがこちらを向いて、あごでしゃくっておまえも後ろへ下がれと無言の合図を送る。たしかにこの姿だと、むさ苦しすぎて泣き出すかもしれない。

(くっ……ヒゲくらい剃れば、俺だって、たぶん……)



 一番優美且つ麗人とうたわれるユージンが、笑顔で異界人へと近づく。

「ああ、怖がらないで、大丈夫ですよ……と言っても怖いものは怖いですよね。でもご安心ください。あちらにいる方は悪魔でも魔王でもありません。この国の国王なのですよ」

 何を言われているのかさっぱりわからないといった表情で、一瞬だが叫び声が止んだ。そして次の瞬間言った言葉に、衝撃を覚えた。


「じゃ、じゃあ、僕を食べないってこと?」


「もちろんですよ。そんなことをしたら罰が当たりますからね」

 すると今度は、声を上げずにポロポロと涙を零している。いったいこの小さな体でどれだけ泣けば涙が涸れるのだろうかと思うほど、豪快に大きな粒を落としているので、すでに彼の着ている衣装はびしょ濡れだ。


「落ち着くまで、自己紹介でもしましょう。あちらにいるのが我が国の国王のラウル王です。こちらは将軍のマンフリート、そして私が宰相のユージンです」

 軽めの挨拶をするが、異界人は怯えているのか、こちらをほとんど見ようとしない。しかしユージンは気にすることなく、さらに話を進める。


「ここはノースフィリアという世界です。その中のひとつ、サカディア王国の王城にあなたはいます。正確に言いますと、あなたの世界から別の世界であるここノースフィリアというところに、ラウル王の力によって連れてこられたのです。そして、もう二度とあちらへ戻ることは……残念ですが、できません」  

そう言った途端、戻して! と叫ぶのかと思いきや、なぜかがっくり肩を落としているのが不可思議だ。


 普通ならこんな反応はしない。帰れないと分かっていても、戻せとやたらわめき散らす場面だろう。

 そうしない理由は、王が先に述べた通り、彼は親に売られたと知っているからではないだろうか。

その証拠に途端に意気消沈して、見ていられないほど絶望しているのが、鈍感と言われるマンフリートの目にも一目瞭然だ。


「それで、あなたのお名前と年齢を伺ってもよろしいですか?」

 彼は、まるで感情のない声で質問に答える。


「ルシャナ・ハバライ……16歳……」


 本当に答えしか口にしない。それだけ言うのが精一杯なのだろう。機械的に答えているその様子は、本当に人形のようだ。もともと色が白いためか、顔が青白いのかどうかさえわからない。


「言葉は問題なく通じているようですね、安心しました。すぐに元気になれとか、こちらに慣れてくれなどと言うつもりはありませんが、簡単に説明します。この国はほとんど夜の世界です。王都ははっきり申しまして日が昇りません。本当に夜しかないのです。あなたはノースフィリアでは、人間の部類に入ると思われます。ただ、こちらの人間は誰でも魔力量の差はあれど、すべての人が魔力を持っています」


 重要な説明をしているのだが、まったく聞いている素振りを見せない。ユージンはさらに続ける。

「しかし、こちらのマンフリートの治める領地は太陽の登る国と隣接していますので、日に五、六時間程度ですが日の光を浴びることができます。ただの人間は長期間夜の中だけで生きていくことはできません。そのため、あなたはここより彼の領地で過ごしたほうが、健康上問題ないかと思います。もし、異論がなければ……移動してもかまいませんか?」


 何を言われているのかわからないのだろう。というよりそもそも話を聞いているのかさえあやしい。これは自分で領地をアピールしたほうがいいのではと思い、一歩前に出た途端、なぜか硬直してしまって、次の瞬間、カタカタと震えだしたのだ。


(俺が、怖いのか?)


 普段の格好ではあるが、少し長い髪は手櫛てぐしで整えた程度でバラバラだし、どうせたいした仕事などもうないだろうと、夕方には伸びてしまうヒゲもよくなかったかもしれない。それに、この腰に下げた剣も粗暴に見えるかもしれない。


「ルシャナ王子、どうしました? 大丈夫ですか?」

「お兄、さま、こわい……大きくて、僕をかついで……小さい、僕を……」



 錯乱したのか、大きいの怖いと、何度も言うのだ。つまり、むさ苦しい風体ふうていのマンフリートが怖いのではなくて、体が大きいマンフリートが恐ろしいのだ。

たしかに、マンフリートは一族の中でも一番でかく、ニメートルを超える巨体だ。小さくなれと言われても、なりようがない。遠近法で遠くへ引くしかない。



「あれは、先ほども紹介しましたが、将軍で偉い人ですから、そんな無体むたいなことをルシャナ王子にすることはけしてありませんよ。それに、あの人の城へこれからお世話になるのですから、こればっかりは慣れて頂かないと。あいにくと私の領地は、王都周辺なので、本当に残念ですが、あなたは長期間住めません」

 心底がっかりした様子のユージンもまた、この小さくて白い王子にご執心なのかもしれない。

すでに一歩出遅れているマンフリートはなんとしても我が領地に来てもらい、仲良くなるための努力をしなければならない。


 大きな自分がだめならば、安心させるような存在を近くに置けばいい。考えろと自分を励ますようにして、普段あまり使わない頭をフル稼働するが、結局は何一つ浮かんでこなかった。

 それ以降ユージン主導で会話は進んだように思えたが、単にこちらの国の説明をしただけで、それですら上の空で、とても聞いているようには思えない。


 彼は何を考え、何を感じているのか、マンフリートには知る由もなかった。

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