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03.マンフリート

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 彼からは微量の魔力の欠片すら見当たらない。異世界は皆魔力がないのか、それとも彼だけがないのか。


「魔力がまったくないですね……。たしかに異世界からやってきた子には違いないですし、肌の色も白いですから、まあ……白き異界人、であながち間違ってはいませんが、いくらなんでも、こんな幼い子が……」


 あまりにも伝説とかけ離れている子を目の前にして、この国でもっとも頭の良いユージンですら、言葉が見つからないようだ。

 なんの因果かラウル王の周りにはトラブルが絶えず、さらには事を大きくする達人ゆえに、周りの気苦労は絶えないのだ。


 なんにせよ前途多難であることだけは確かだ。そんな二人の心中などお構いなしのラウル王は、興味津々で、今にもツンツンしそうなくらい至近距離で白き異界人を観察している。

 その横で、ユージンとマンフリートはどうすべきか頭を抱えているというのに、呑気すぎてがっかりする。


「王よ。なぜこのようなことになったのか、是非我々に詳細をご報告頂きたいのですが?」

「まあ、そう急くなって。俺は善行をしたんだから少しは褒めてくれてもいいじゃないか」

「……涙の痕のついた幼い子を前にしても、まだ白を切るおつもりですか?」


 ユージンの冷ややかな声にラウル王はまったく動じる様子もなく、一層含み笑いをする王も不気味で、この二人の間に割って入ろうとは思わない。


「本当に俺は泣かせてないぞ。すでに泣き叫んでいたところを俺が救ってやったくらいだ」

「そうは言っても、泣き出す原因の一端はあなたにもあるのではないですか?」

「うっ。おまえはいちいち鋭いな」


 容赦のない責めに、少しだけラウル王をかわいそうだと思ったのは内緒だ。そんなことが知られれば矛先がこちらに向きかねないから、終始静観するに限る。


「いくら時空を超えられるといっても、姿はほとんど保てていないのでしょう? きっと魔獣や魔物と勘違いされたに違いなんです。それをみて泣き叫ぶのは当然のことです……ああ、こんな幼気いたいけな子を攫ってくるなんて、非道としか言いようがありませんね」

「いや、それは違うぞ。断固として反論する。それにな、一応俺は王なんだぞ? 少しはユージンも態度を軟化してもよくないか?」

「そうですね、私が納得するような正当な理由でもあれば、もちろんそうするつもりですが?」


 敵に回したら、どこまでも執拗に追いかけてきそうだ。マンフリートはひたすら口を挟まず、影に徹する。


「ん。暇だったから、水鏡でいろいろな世界を見ていたんだよ、いつものような暇つぶしで。そうしたら、必死で何かを伝えようとする声をキャッチしたからそちらを覗いてみたら、なんと祭壇みたいなところに子供が押さえつけられていたんだ――それが伝説の白き異界人だとくれば、そっちへ行くだろう? 助けなきゃって思うだろう?」


「……とくには」

 冷たい一言にも王は気にせず、嬉々として語る。


「必死な声を出す男とその周りの大人達が、この子に寄って集って暴言を吐き、粗略そりゃくに扱っていて本当に見るに忍びない状況だったんだぞ? だから姿を現したんだが、魔王様とか悪魔とか言われて、笑いそうになったぞ。人違いだと言おうとしたが、この子と引き換えに願いを叶えてくれっていうから、彼らの要求とこの子を交換したんだよ。しかも、今後も白き異界人が生まれたら、また差し出すからと言うおまけ付きだ。いいだろ? ほんと大した願いじゃなかったんで、お得だろ?」


 嬉しそうに答えるラウル王とは正反対に、ユージンの表情はどんどん暗くなっていく、というより眉間の皺が濃くなっていくのが傍目にもわかる。


「……で、彼らの願い事とは一体なんだったんです?」

「ん。なんか、彼らのいる周辺を地下へそっくりそのまま移してそこで生活ができるようにしてくれっていうんだ。だから望み通り地下に空間を作ってそこに希望の建物を配置してやっただけだ、なあ? たいしたことじゃないだろう?」


 呆れて物が言えないとはこういうことなのだろう。それのどこが大したことないというのだ。いくらマンフリートたちにもかなりの魔力があるとはいえ、そのような大技ができる者など、少なくともこの国には存在しない、ラウル王以外は。


「つまりですね。王は異世界でご自分の力を使ったということですね?」

「ああ、そうだが、何か問題でもあったか?」

「大ありですよ! その世界がどういうところかわからないではありませんか。宝珠を盗まれたら大変です! 安易に知らない人たちのまえで披露しないでください」


 ユージンはラウル王を叱るも、平気だよと反省の色を見せないどころか、悠然と構えており、尚且つこの目の前の小動物のような白き異界人の頬を突いては、早く起きろ~とまるで意に介していない。


「ほらほら、おまえがあんまり大きな声を出すものだから、異界人が起きてしまうではないか」

 さっきからツンツンしているのはご自分ではありませんかと、冷ややかにユージンが切り返す。

(やっぱり……男の子かもしれないな……起きればわかるだろうがしかし……)


 二人の言葉の応酬をよそに、マンフリートは再び視線を幼き異界人へと向ける。見れば見るほど、今にもはかなく散ってしまいそうで、ここにいるのは幻なのではないかというくらい、生命力も消えかかっているように思えて心配になってくる。

 するとユージンも同じことを考えていたらしい。


「ラウル王、たしか寿命も覗けましたよね? ってすでに見ているのではないですか?」

 あくまでも寿命であって、個体の正確な死亡年数ではなく、種族別の大まかな目安年数のことである。


「……あまりにも短くて、あちらの世界の人間はずいぶんと寿命が短いのだなと、愕然としていたところだ。彼の寿命は…………八十年ほどだ」

さすがのユージンもすぐに言葉が出なかったようで、絶句していた。当然マンフリートもなんと言葉を継いで良いのか、頭の中は軽い混乱を来していた。


 この世界での人間の寿命は二百年だというのに、僅かに八十年しかないとは、驚きを通り越してやはりと思ってしまう。それはこの者の見た目が脆弱ぜいじゃくゆえ、尚更そのように見えてしまうからだ。

「それならば、一番人間にとって過ごしやすいマンフリートの領地に移動させてはどうでしょうか?」

 ユージンはラウル王に進言する。今同じ事を言おうとしていたので、弁の立つユージンが言えば王も納得するかもしれない。なぜなら王にとっての今現在の関心事といえば、間違いなく白き異界人だからだ。


 それを横から掠め取れば、拗ねて何をするかわからないので、王の性格を熟知し尚且つ言葉巧みなユージンが説得するのが一番正しい。

 こういうときに、口下手な自分は全く役に立たないなと、自分を卑下するしかないのだ。


「やっぱり、そうすべきか?」

「ええ、何よりも思慮深い王ならば、すでにそのようにお考えだと思います。あそこなら日照時間が少ないとはいえ、まったく日が昇らない王都よりはマシです。人間に重要な日光が当たりますからね。我々のように夜行性ではないのですから――とても大切です」


「ん。もちろん、考えていたさ。でもな? せっかく異世界から連れてきたんだから、ちょっとくらいここにいても問題ないだろう。いろいろ向こうの世界のことや、こことの違いなんか知りたいと思わないか? きっと楽しいぞ」

「だめです、早ければ早いほうがいいんです。とりあえず、目覚めさせますか?」


 まさに一刀両断。


「ん。まあ……そのほうがベストだろけどな。まったく、おもしろくないやつだ」

「面白くなくて結構です……それにしても、目覚めたら大変な思いをするのでしょうね。他の世界から連れて来られて、家族と別れ別れになってしまったのですから、さぞや悲しむことでしょう……」


「うーん。そうでもないかもしれないぞ。その国の国王だという男、おそらく父親だろう男が、こいつを差し出してきたんだからな。代わりにいろいろ要求されたし。きっと……捨てられたんだと思うぞ。王子様だというのにかわいそうにな。変わっている子かもしれないぞ?」

「そんなの起こしてみないと、わからないじゃありませんか」


 マンフリートは二人のどうでもいいやりとりは、すでに耳を素通りしていて、目の前の異界人に夢中だ。   


(どこもかしこも真っ白なんだな……)


浅黒い自分と比べて、色が白いと思っていたユージンですら、色黒に見えるほど真っ白な異界人。

髪は混じりけのない白髪で、さらさらした長髪は触ってみたいと思うほど艶やかだ。眉毛も睫毛すらも白いので、体毛という体毛はすべて白いのだろう。


 本当に生きているのかと思うほど生気がなく、まるで人形のようだ。しかし、きちんと呼吸をしている証拠にわずかに胸は上下しているし、ときおり寝息も聞こえてくるので、たしかに彼が生きていると自ら弱々しくはあるが、一応自己主張している。


(こんなにきれいな生き物なのに、親が差し出すってどういうことだ? つまりこの子はどうなっても……死んでもいいと思って、生贄になった子が、ここでは伝説の人だとは――なんとも皮肉な話だ)


 目覚めたらまったく知らない世界にいて、しかも親に捨てられたとわかったら、この子の心が壊れてしまいやしないかと、それが一番心配だ。


「じゃあ、起こせ」


 ラウル王がそう言うと、ユージンは白き異界人の額に手をかざして呪文を唱える。

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