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02.マンフリート
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❃❃❃
「ラウル王、お願いですから勝手にいなくならないでください」
「いあ……ちょっと、おもしろいことがあってな?」
「おもしろいからといって、誰にも何も告げずに消えないでくださいと、再三申し上げてきたのですが……王の後を追える者など誰もいないのですから、少しは部下の心情を慮って頂いても罰は当たりませんよ」
「うん、わかってはいるんだけどね? 緊急事態だったから仕方がなかったんだよな……」
宰相ユージンはいつもの如く、くどくどとラウル王を諌めるべく、毎度同じセリフを吐く。
しかしそれが空返事だということは分かりきっているのに、懲りずに注意するユージンに敬意を表さずにはいられない。
すでに〝今日のお加減はいかがですか?〟という挨拶と変わらない定型文言と化している。
どっちもどっちだなと、この国の将軍であるマンフリート・バウムガルデン卿は部屋の壁に寄りかかって溜息をつく――これもまた見慣れた光景だ。
この世界〝ノースフィリア〟は四大国と十小国と呼ばれる十四の国から出来ている。
五人の神が地上に降り立ち、それぞれ大地に子供を授けたと言われている。子供は神の子であり、その証として〝宝珠〟と呼ばれる至宝を授けられた。
宝珠を持つ五人はやがてそれぞれの国を作り、王となり五大国となった。それが三千年前のことだ。
宝珠のおかげで彼ら五人には寿命がなく、悠久の時を淡々と過ごしていた。
しかし飽いた一人の王は、突然暴君となり他国へ戦争を仕掛け、制御不能になり多くの命を奪った罪により、天からの命によって四人の王に滅ぼされた。
それがおよそ千年前のことだ。
飄々としているが、ラウル王は『サカディア王国』という、ほとんど夜の国を統治する王である。
永遠の命を持つ王は、こうしてときどき刺激を求めて、後先考えずに出奔してしまうのもすでに恒例行事と化している。
歴代の宰相も同じ小言をおそらく何千回と発したことだろう、そして将軍はその光景を目にして、自分と同じように何度もため息をついては、しかたがないと諦めたことだろう。
宰相は国政を司る役職ではあるが、最近は有能な部下たちに任せて、王のお守り役もとい補佐役として、日夜ラウル王に振り回されている。
そして将軍はといえば、宰相に言われて城中をあちこちと探し歩くのだ――もちろん王探しのために。
(本当の理由が知られたら……情けないな)
我が国いや、この世界でたったの四人しかいない、神にも等しい人物だというのに、あまりにも奔放すぎる行動のせいで、敬うことをつい忘れがちだ。
それにこの世で時空を超えることができるのは、ラウル王ただ一人なので、探し出すのも付いて行くのも至難の業だ。これは彼だけが有する固有魔法であり、他の王たちもそれぞれに別の能力があるというが、詳細は王たちにしかわからない。
ラウル王の固有魔法を知っているのは、王たちと王の側近のパシャメル、そして宰相と将軍のみだ。
それゆえにおおっぴらにできないという制限があるため、三人だけで探し回らなければならないのだ。
極力勝手に時空を超えないようにお願いしても、興味がそちらへ傾けば誰の忠告も利きはしない。我道を行きすぎる王を持つ部下は、苦労が絶えないのだ。
(こんなことなら、部下に頼まれていた剣術の指導でもしたほうがマシだったかもしれないな)
隣でユージンは今にも爆発しそうな勢いで、王を無言で睨みつけていると、にっこりと笑って、まあまあと往なすように肩をポンポンと叩く。
がっくり肩を落としたユージンは、結局王はこうと決めたら自分の意思を通すことを知っているので、諦めた口調で何があるんですと、しかたなく水を向ける。
すると王はまるで子供のように目をキラキラと輝かせて、いいものを見せてやるから静かにしろよと前置きをして、仮眠室へと向かう。
二人にはいいものだとは思えなかった……。
「なんですか、こんなところに連れてきて……」
「しーっ……大きな声を出すと、起きてしまうよ」
「……何が、起きるんです?」
ユージンは嫌な予感的中かと猜疑心いっぱいの表情で、そう尋ねる。
また動物でも拾ってきたのだろうか。
王はなんでもかんでも持ち帰るクセがあるわりに、すぐに飽きてしまうという質の悪い面もある。
最終的に後始末に追われるのは、我々二人のどちらかの役目であることが多いのだが、なぜか胸騒ぎがして、どうにも収まりがつかない。
何も言わない王に、マンフリートも問う。
「今度は、何を拾ってきたんですか? ネコとか?」
ラウル王は、にやりとしながら首を横に振る。
「もっと、すごいものだよ。マンフリート。こっちに」
胡散臭そうにラウル王のあとについて書斎にある仮眠室のドアの前まで来た。
足取りの軽いラウル王に比べ、なんと自分の足は重いのだろう。ユージンも溜息ばかり漏らしている。
ドアを開けてベッドを見ると、なんとそこには……ありえない人? が横たわっているではないか!
「……っ!?」
思わず言葉を失い、今目の前にあるものを凝視する。
――ドクンドクン。
予期せぬ者を目にして、思わず胸の鼓動が早くなる。
「王よ……これは、もしや……」
どうだ、いいだろう? と言わんばかりに誇らしげに語るラウル王。マンフリートは頭が痛くなった。
どうみてもこれは、伝説の〝白き異界人〟にしか見えない。
(回廊に掲げられているタペストリーだと、もっとこう勇敢な戦士のような……光に包まれた感じで威厳があるというか、有無を言わせぬ圧倒的な強さが滲み出ている感じなんだが、これは……)
眠っている人物は、頬に涙のあとがくっきりと出ている、ただのか弱き幼子にしか見えない。もしやラウル王が泣かせたのではと、じろりと王を睨む。
「いやいや、まてまて、俺じゃない。こいつは最初から泣いていたぞ」
本当にそうなのか? 王はよくマンフリートを煙に巻くために嘘を吐く。今回もそうなのかと訝しげに思いながらも、横たわる子供に視線が釘付けだ。
背中まである長い白髪に、透き通るような白い肌。まだ目を開いてはいないが、睫毛まで白く、とても血の通った人間には見えない。
(男……なのか? 華奢すぎて少女にも見えるな)
そして、この子はただの人間だった。
「ラウル王、お願いですから勝手にいなくならないでください」
「いあ……ちょっと、おもしろいことがあってな?」
「おもしろいからといって、誰にも何も告げずに消えないでくださいと、再三申し上げてきたのですが……王の後を追える者など誰もいないのですから、少しは部下の心情を慮って頂いても罰は当たりませんよ」
「うん、わかってはいるんだけどね? 緊急事態だったから仕方がなかったんだよな……」
宰相ユージンはいつもの如く、くどくどとラウル王を諌めるべく、毎度同じセリフを吐く。
しかしそれが空返事だということは分かりきっているのに、懲りずに注意するユージンに敬意を表さずにはいられない。
すでに〝今日のお加減はいかがですか?〟という挨拶と変わらない定型文言と化している。
どっちもどっちだなと、この国の将軍であるマンフリート・バウムガルデン卿は部屋の壁に寄りかかって溜息をつく――これもまた見慣れた光景だ。
この世界〝ノースフィリア〟は四大国と十小国と呼ばれる十四の国から出来ている。
五人の神が地上に降り立ち、それぞれ大地に子供を授けたと言われている。子供は神の子であり、その証として〝宝珠〟と呼ばれる至宝を授けられた。
宝珠を持つ五人はやがてそれぞれの国を作り、王となり五大国となった。それが三千年前のことだ。
宝珠のおかげで彼ら五人には寿命がなく、悠久の時を淡々と過ごしていた。
しかし飽いた一人の王は、突然暴君となり他国へ戦争を仕掛け、制御不能になり多くの命を奪った罪により、天からの命によって四人の王に滅ぼされた。
それがおよそ千年前のことだ。
飄々としているが、ラウル王は『サカディア王国』という、ほとんど夜の国を統治する王である。
永遠の命を持つ王は、こうしてときどき刺激を求めて、後先考えずに出奔してしまうのもすでに恒例行事と化している。
歴代の宰相も同じ小言をおそらく何千回と発したことだろう、そして将軍はその光景を目にして、自分と同じように何度もため息をついては、しかたがないと諦めたことだろう。
宰相は国政を司る役職ではあるが、最近は有能な部下たちに任せて、王のお守り役もとい補佐役として、日夜ラウル王に振り回されている。
そして将軍はといえば、宰相に言われて城中をあちこちと探し歩くのだ――もちろん王探しのために。
(本当の理由が知られたら……情けないな)
我が国いや、この世界でたったの四人しかいない、神にも等しい人物だというのに、あまりにも奔放すぎる行動のせいで、敬うことをつい忘れがちだ。
それにこの世で時空を超えることができるのは、ラウル王ただ一人なので、探し出すのも付いて行くのも至難の業だ。これは彼だけが有する固有魔法であり、他の王たちもそれぞれに別の能力があるというが、詳細は王たちにしかわからない。
ラウル王の固有魔法を知っているのは、王たちと王の側近のパシャメル、そして宰相と将軍のみだ。
それゆえにおおっぴらにできないという制限があるため、三人だけで探し回らなければならないのだ。
極力勝手に時空を超えないようにお願いしても、興味がそちらへ傾けば誰の忠告も利きはしない。我道を行きすぎる王を持つ部下は、苦労が絶えないのだ。
(こんなことなら、部下に頼まれていた剣術の指導でもしたほうがマシだったかもしれないな)
隣でユージンは今にも爆発しそうな勢いで、王を無言で睨みつけていると、にっこりと笑って、まあまあと往なすように肩をポンポンと叩く。
がっくり肩を落としたユージンは、結局王はこうと決めたら自分の意思を通すことを知っているので、諦めた口調で何があるんですと、しかたなく水を向ける。
すると王はまるで子供のように目をキラキラと輝かせて、いいものを見せてやるから静かにしろよと前置きをして、仮眠室へと向かう。
二人にはいいものだとは思えなかった……。
「なんですか、こんなところに連れてきて……」
「しーっ……大きな声を出すと、起きてしまうよ」
「……何が、起きるんです?」
ユージンは嫌な予感的中かと猜疑心いっぱいの表情で、そう尋ねる。
また動物でも拾ってきたのだろうか。
王はなんでもかんでも持ち帰るクセがあるわりに、すぐに飽きてしまうという質の悪い面もある。
最終的に後始末に追われるのは、我々二人のどちらかの役目であることが多いのだが、なぜか胸騒ぎがして、どうにも収まりがつかない。
何も言わない王に、マンフリートも問う。
「今度は、何を拾ってきたんですか? ネコとか?」
ラウル王は、にやりとしながら首を横に振る。
「もっと、すごいものだよ。マンフリート。こっちに」
胡散臭そうにラウル王のあとについて書斎にある仮眠室のドアの前まで来た。
足取りの軽いラウル王に比べ、なんと自分の足は重いのだろう。ユージンも溜息ばかり漏らしている。
ドアを開けてベッドを見ると、なんとそこには……ありえない人? が横たわっているではないか!
「……っ!?」
思わず言葉を失い、今目の前にあるものを凝視する。
――ドクンドクン。
予期せぬ者を目にして、思わず胸の鼓動が早くなる。
「王よ……これは、もしや……」
どうだ、いいだろう? と言わんばかりに誇らしげに語るラウル王。マンフリートは頭が痛くなった。
どうみてもこれは、伝説の〝白き異界人〟にしか見えない。
(回廊に掲げられているタペストリーだと、もっとこう勇敢な戦士のような……光に包まれた感じで威厳があるというか、有無を言わせぬ圧倒的な強さが滲み出ている感じなんだが、これは……)
眠っている人物は、頬に涙のあとがくっきりと出ている、ただのか弱き幼子にしか見えない。もしやラウル王が泣かせたのではと、じろりと王を睨む。
「いやいや、まてまて、俺じゃない。こいつは最初から泣いていたぞ」
本当にそうなのか? 王はよくマンフリートを煙に巻くために嘘を吐く。今回もそうなのかと訝しげに思いながらも、横たわる子供に視線が釘付けだ。
背中まである長い白髪に、透き通るような白い肌。まだ目を開いてはいないが、睫毛まで白く、とても血の通った人間には見えない。
(男……なのか? 華奢すぎて少女にも見えるな)
そして、この子はただの人間だった。
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