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01.プロローグ

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 戦火の中、他の兄弟たちは皆、王宮の外へと避難しているというのに、なぜかルシャナだけは兄二人に挟まれて奥深くへと進んでいる。


「ねえ、なんで神殿に行くの? 逃げないの?」

 その問いに兄二人は何も答えず、嫌がるルシャナを無理やり連れて行く。


「ねえ、姉様たちはどこ?」

 兄たちはただ首を横に振るだけだ。


「ねえ、なんで何も言ってくれないの?」

 徐々に言い知れぬ不安がルシャナを襲う。

 何かよくないことが起こる前触れに違いない。


「ねえ!」

 普段は大人しいルシャナだが、黙っていることは到底できないこの状況下で、自分の意思に反し引きずられるようにして、慌しく地下へと降りていく。

 まだルシャナは一度も足を踏み入れたことのない、最深部にあるという祭壇へと続く一本道だ。


 恐怖で足が竦むのだが、すでに両脇を抱えられており、気づけば地面に足が接着していなかったので、自力で逃げ出すのは不可能な状況だ。


 あっという間に祭壇がある部屋の前に到着した。


 普段は閉じているであろう大扉は、まるでルシャナたちを待っていたかのようにぱっくりと開いている。

「いやだ、行きたくない! 放して!」


 言い知れぬ不安に、渾身こんしんの力を込めて兄たちを蹴散らしているつもりだが、屈強な兄たちに抑えられてしまえば、吹けば飛ぶような細い体のルシャナがいくら暴れたところで、彼らは微動だにしない。



 そのまま抵抗も虚しく無視されて、ついには祭壇に無理やり縄で括りつけられてしまった。

 叫んでもその場を離れない兄二人は、一切ルシャナを見ようとはせず、巨大な女神像を見ているだけだ。


 すると幾許いくばくもないうちに、その女神像の後ろから父が出てきた。

「お父様! 兄様たちが、こ、こんなことを!」

 必死に国王である父に向かって叫ぶが、父はルシャナを無視して兄二人に向かって頷く。


 それはまるで、言葉はなくとも労っているようにしか見えない。弟にこんなことをしておいて、なぜ褒められるのだろう。ここは親として子を叱る場面ではないのか?


「なんで! お父様、助けて!」

 ルシャナが叫ぶと、初めて父は自分のほうを振り向き、予想もしない言葉を口にした。


「黙りなさい、ルシャナ。お前もようやく私達の役に立てるときがきたのだ。しっかりと役目を果たしなさい。皆がお前の功績を讃えるだろう」

 何を言われているのかさっぱり意味がわからない。


 役目とはなんなのかと問う前に、いつのまに祭壇の周りを囲っていたのか、数人の僧侶がこちらを険しい目で睨んでいる。

 ルシャナは無意識に恐怖を感じて目を閉じるが、父親に頬を叩かれて反動で目を開けてしまう。


「それでは契約ができない。きちんと目を開けなさい」

 契約ってなに? さっきからそう言いたいのに喉からは息が漏れるだけで、声が掠れるというレベルではなく、誰かに首を押さえつけられているかのようにも苦しく、声が出せない。


「……ぐ」

 それ以上言葉を紡ぐことができない。

 両親、とくに父がルシャナを冷遇しているのは肌で感じていた。


 たしかに他の家族と違う見た目の自分は、異質かもしれない。でもそれだけだ。

 真っ白な肌、白い髪、そして真っ赤な目。

 視力は弱いし、太陽の下にいるだけで肌が赤くなる。


 アラブ人特有の褐色の肌に黒髪。それとは対照的すぎるこの外見のせいで、王宮の自室からほとんど出たことのないルシャナは、当然家族からも異様な目で見られているということは、薄々感じてはいた。


 しかし今日このように面と向かってあからさまで、非道な態度を取られたのは初めてのことで、正直なんと答えてよいのかわからない。


 本音なのか、それとも衝動的に発してしまったのか。言葉で簡単に人の心は死ぬのだと実感する暇もないほど、ぐさりと奥に突き刺さる。


 父にたった一言〝皆の役に立て〟とだけ言われるのと同時に、怪しげな呪文を唱える神官と父王。


 ルシャナがいくら泣き喚こうが、彼らの唱える声に掻き消えていくだけだ。何をどうしても自分ではもはやどうすることもできない事に気づきたくなくて、いつの間にか出るようになった声で、ありったけの助けを求めた。


 しばらくすると、どこからか凄みのある声がする。


(何? 今の……声?)


 まるで地獄の底から鳴り響いているような、人の声とも似つかない声に背筋が凍るような気がした。


(まさか、僕は、生贄にされるの?)


「食い殺される! やだ、助けて、お父様! 兄様!」


 揺らめく影。

 黒い雲のような霧が立ち込め、それは徐々に形になっていき、その中から姿が不確かな何かが、こちらへやってくる。


「いやあ!!」

 父王は長ったらしい願いを口にする。


「悪魔よ、契約成立の印に、息子を捧げる!」

 すると黒い影の動きはぴたりと止まった。


 次の瞬間、それは一気にルシャナへと向かってくる。もうすでに声が出る出ないとかそういう次元ではなく、恐怖に思考は完全に停止し、身体も硬直し、心臓も止まりそうになった。


 ラジェール王国、ハバライ王室が滅びゆく真っ只中で、ルシャナは死を覚悟して目を固く閉じた。

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