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第一章 ミズガルズの層

第十七話 武器を手に入れよう 後編  ~神の鍛冶屋ロキの件~

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 街から西へ20キロの場所。
 島が唯一陸続きの場所でアースガルズの城壁と接する場所だ。
 アースガルズ城壁の前に来るとその大きさは船から見たときよりも迫力がある。
 近くで見ると材質も石や金属でも無いカーボンのような素材だ。

 思いっきり力を貯めるイメージで拳に集中。
 一気に爆発するイメージでアースガルズの城壁を殴った。
 強烈な炸裂音がしたがアースガルズの城壁は無傷だった。
 
「RPが尽きるまで全力だ!」

 110発ほど叩き込んだだろうか?
 完全にRPが尽きたようだ。
 その場に崩れ落ちて仰向けに倒れた。
 なんとか手を伸ばして袋から師匠にもらった赤いリンゴをかじる。
 わずかながらRPが回復したような気がした。
 大の字に寝っ転がったままRPの回復を待つ。
 アブラクサスの時は100発ほどだったので、あの時より少しRPが上がったんだろうか?
 
 ロキの出した条件はアースガルズの城壁に拳ほどでもいいので穴をあけることだった。
 
 良い修行になるからとイズン師匠も暫く挑戦することを許可してくれた。
 アイラ、ノル、フレイヤはホームでイズン師匠の元修行することになった。


---


 ここに来てかれこれ3週間ほど経っただろうか。
 出かける時に袋いっぱいにくれたイズン師匠の赤いリンゴ、30個ほども無くなりかけていた。
 RPが尽きるまでアースガルズの城壁を殴り、イズン師匠からもらったリンゴを食べて6時間ほど寝て起きて、またアースガルズの城壁を殴る。
 毎日毎日繰り返す。

 街にまでその衝撃音が響くため俺のことが噂になっているらしい。
 たまに遠くからこちらを眺めて、すぐに立ち去っていく冒険者達を見ることもあった。
 どうせ無職がとち狂って壁を毎日殴ってるなんて噂になってるんだろうな……。

 師匠はRPとは意思の力だと言ってたな。
 俺の意思が足りないんだろうか?
 もしくはRPの使い方だろうか?
 もっと拳に全力で集中して瞬間的に力を出すイメージが必要じゃないんだろうか?
 どちらも足りないんだろうな。
 とにかく一発一発試行錯誤しながらやってみるしかない。
 周りから見ると同じように殴っているように見えるだけだろうが。

 アースガルズの城壁への挑戦を再開した所、
 なんだか、いかにもな冒険者達が近づいてきた。
 この世界にも居るのかよ? というようなパリピ男3人と女2人。
 近づいてきて俺に聞こえるように男女で会話している。

「おいおい、アイツかよ。毎日壁殴ってるって噂の奴」
「キャーこわいぃぃ。気でもふれてるの?」
「なんでも神の鍛冶屋とか言う痛い奴の嘘に騙されてるらしいぜ」
「ええ! 今だにひっかかる奴いたんだ。嘘つきロキの話に!」
「嘘つきロキは自分が武器を作れなくなったのを隠すために無理難題を出して諦めさせるのが手口だからな」
「うそーん。あのボウヤかわいそう」

 パリピ男女は俺をバカにするように、おそらくわざと聞こえるように話をして笑いながら去っていった。
 おいおい、アイツらが言ってたことが本当なら俺は騙されてただけなじゃないか?
 だいたいアースガルズの城壁が壊れるならわざわざディシデリーズの塔を攻略する必要なんて無いだろう。
 嘘つきロキは武器が作れなくなったのを誤魔化すためにこんなことやらせてるのか。

「あーあ、辞めだ。辞めだ。辞めだ」

 最後のリンゴを食べると、その場に寝っ転がった。
 今日はゆっくりと寝よう。
 明日には街にもどってリンゴ以外のもの食べたいな。
 イズン師匠の魔法のリンゴを食べると空腹は満たされRPは回復するが味気ない。


---


 ツンツンと突かれてる?
 ああ、なんだか久しぶりだな。
 目をあけるとイズン師匠が俺の顔を覗き込んでいた。

「はい、リンゴ持ってきてあげたわさ。30個あるわさ」
「あ、ありがとうございます。でも、俺……」
「なに? まさかもう諦めるの?」
「いや、だって、あの人『嘘つきロキ』なんて呼ばれてるんですよね? しかも武器も作れないとか」
「そうね」
「そうねって、それじゃあやる意味無いじゃないですか?」
「だから辞めるの?」
「当然じゃないですか」
「ノルちゃん、アイラ、フレイヤはあなたに負けてはいけないと今も一生懸命修行中よ。
 それにあなたのRPだいぶ上がってるわよ。
 もう少し頑張ってみたら?」
「わ、わかりました……」

 たしかにアースガルズの城壁を殴れる回数は増えた。
 それに一回の威力も向上しているようだ。
 みんな頑張っているんだ。
 もらったリンゴが無くなるまではやってみよう。

「あ、そうそう。
 ロキの奴。自分が作った武器が原因で最愛の人を亡くしてるの。
 それ以来、自分の強すぎる武器が人を傷つけるんじゃないか?
 と、武器を作ることを辞めたの。
 あんたが自分の力を知って調子にのった時と同じね。
 あんたはすぐに立ち直れたけどロキはあの時以来ずっと悩んだままなの」

 イズン師匠は、そう話して去っていった。

(ロキも俺と同じ様に、その力に溺れて悲劇を招いてしまったのか……)


---


 あれから更に3週間。
 イズン師匠にもらった赤いリンゴがまた無くなりかけている。
 一回に殴れる回数は150回にも増えた。
 衝撃波と音の大きさから破壊力も上がっているはずだ。

 壁に向かいただひたすら拳を打ち込んでいると人の気配がした。
 以前バカにしてきたパリピグループに居た女が1人でこちらを見ていた。
 また、俺をバカにしに来たんだろうか?

「アナタ、いつまでそんなこと続けるの?」

 女は話しかけてきた。

「わからないです」
「わからないって何?」
「とにかく壁に穴が空くまで頑張ろうと思ってます」
「アナタ、嘘つきロキに騙されてるのよ!」

 女は少し興奮したように言った。

「そうかもしれないですね」
「そうかもって、それなら、そんこと辞めてしまいなさい」
「結局、ロキさんがどうとか関係無いんですよ」
「どういうことなの?」
「今、こうやって毎日壁を殴る事で俺の力は徐々にですが上がっていってます」
「それで?」

 女は俺が続ける理由を知りたいようだ。

「仮にロキさんが嘘ついてたとしてもやっている事が無駄になることは無いです。
 それに第一、ロキさんが嘘ついてるってのも本当か、どうかもわからないですし。
 俺は、とにかくやるしか無いんです」
「なんで、そこまで?」
「俺、自分の力があることで調子にのって、自分の好きな子を悲しませてしまったんです。
 俺の師匠、イズン師匠って言うんですが、師匠には大いなる力には責任が伴うって教えられて。
 それでこの力を好きな子を喜ばせるために使おうって決めたんです。
 好きな子は召喚者で元の世界に戻りたがっているので、ディシデリーズの塔を攻略したら戻れるんじゃないかって」

 なんでこんなことまで話してしまったんだろう。
 自分自身にもあった迷いを誰にでもいいから聞いて欲しかったのかもしれない。
 そして、その迷いを振り払い確固たる信念の元に進むのだと。
 そうだ。
 俺はフレイヤを現実世界に戻してあげるためにディシデリーズの塔の攻略を始めたんだ。

(こんな所で迷っている場合じゃない!)
 
 拳に力を入れて改めて思った。
 俺はフレイヤを現実世界に戻すために今ここに居る。
 そして、この障害を乗り越える。

 今までに感じたことが無いほどに拳に集中し、
 確固たる信念を感じる。

「届けえええええええええええ!」

 アースガルズの城壁の城壁へインパクトした瞬間。
 拳のあたった箇所にマンホールほどの穴が開いた。
 壁の厚さは10センチほどだろうか思ったほど厚くない。
 そして、穴のフチは滑らかだ。
 まるで粘度の壁に指を差し込んで作った穴のように見える。
 穴の奥は真っ暗だ。
 先に何があるんだろう?
 外に出ることが出来る?

 その瞬間。
 強烈な勢いで周囲にものが穴の奥へ吸われた。
 まるで穴の開いた宇宙船から空気が漏れ出すように周囲の土や木々を吸い取っていく。
 なんとか地面に伏して耐える。
 この強烈な吸引の前に女も耐えていた。

 穴は徐々に自らを修復するように小さくなっていった。
 そして、数分とたたずに完全にふさがってしまった。
 
(なんだったんだ?)

 いずれにしろ壁に穴を開けて脱出なんてのはあまりに危険だ。
 もし「無」というものが広がっているとしたら吸われた瞬間、原子のチリになっておしまいだ。
 女は驚いたように俺の方を眺めていた。
 しかし、あの女、助けが必要かと思ったが自力で耐えたようだ。

「まさか本当に穴をあけるなんて思わなかった。合格だ」

 女は白い光に包まれたと思った直後、ロキへと変化した。

「ロキさん!」
「汝(なんじ)の信念、しかと見届けた。
 作ってやるよ。
 最高の武器をな。
 ところで、お前の好きな子(おんな)とはフレイヤという奴か?」
「は、はい……」
「我(われ)にもお前と同じぐらい強い意思があれば変わっていたのかもな」

 ロキは悲しげな表情を浮かべていた。
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