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3.残夜、その背後にて
10(昂遠の過去の話になります)
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それ以上に、彼の心を落ち着かせたのは、夕刻から朝方にかけて決まって現れる透き通った誰かだった。
相手の言葉は聞こえないが、話す言葉は伝わるらしく、その度に昂遠の表情は綻び、満たされていったのだ。
勿論、全てが友好的かと問われればそんな事は決してない。
道を間違えて辿り着いたその先で、盛り上がった土の隣で力無く座り込む霊を前に、何も問わず通り過ぎた事も一度や二度ではなかった。
だが、相手が望まないのであれば相手が人間であろうとそうでなかろうと、踏み込むべきではないことを今までの人生の中で嫌というほど学んできた昂遠にとって、それはけして難しい事ではなかった。
そんな彼を何処かで見ていたのだろう。
嶺州を抜け猪国に行こうとしていた道中、猪国から狼国の砿州に行く僧侶達とすれ違った事があった。
初老の僧を真ん中に囲むように歩く八名ほどのその集団は、初老の僧を覗いて皆、年が若く精悍な体つきをしており、ジッとこちらを眺めるだけで誰も口を開こうとはしなかった。
集団で歩く僧に出会う機会が無かった昂遠は、最初、その光景に面食らったが何も言わず、ただ黙って頭を下げると道を譲り足早に通り過ぎようとした。
それ以前に、軍を離れる為の口実に僧侶の衣を選んだだけで、仏門に入ったわけではない昂遠にとって、僧達からの「寺は何処だ」の。「何処の仏門に入って修行をしたのか」だの、色々聞かれても答えられるわけがなく、むしろ煩わしいだけだ。
ならばここは、足早に去る方が良い、そう思い歩き始めた昂遠に対し、静かに佇んでいた初老の僧がふと
「あまり深く関わろうとしなさるな。戻れなくなりますぞ。若いの」
と声をかけたのだ。
その言葉に一瞬、足を止めた昂遠であったが、彼はまっすぐ初老の僧を見つめると何も答えることなく一礼し、ゆっくりと歩き始めた。
ひしひしと突き刺さる静かな視線を背に受けながら進むこと四半時が経過した頃、ようやく視線から解放された昂遠は、はぁ~っと息を吐き出すと安堵のあまり膝から崩れ落ちた。
「あぁ~・・・なんて奴らだ。あれが僧侶ってやつか・・・あぁおっかねえ」
噴き出した汗を手の甲で拭いながら、そっと呟く。
澄んだ空気を身に纏い、口数少なく佇むその姿は凛としていて淀みがない。
柔らかな風とは裏腹に、射抜かれてしまいそうなその眼光は氷晶のように鋭く隙が無かった。
「確かに・・・あれで祓うって言われたら、太刀打ちできねえや・・・はは」
頬を伝う汗をそのままに、ふと上空に視線を向ければ、そこには変わらず透き通った青の狭間に流れる雲が見えた。
「あー・・・」
深く関わるな、か。そんな事を不意に呟く。
除霊を生業とする者であれば、指南を受け、術を唱えたり、香を焚いたり、お札を指に挟んだまま言葉を発して憑いた霊を人間から引き剥がしたりと様々な方法で霊と対峙するだろう。
昂遠自身も、初めて除霊を目にした時は、暫く言葉を発する事が出来なかった。
僧侶の姿に臆したのではない。
必死に藻掻き、抵抗を繰り返す霊の姿に臆したのだ。
相手の言葉は聞こえないが、話す言葉は伝わるらしく、その度に昂遠の表情は綻び、満たされていったのだ。
勿論、全てが友好的かと問われればそんな事は決してない。
道を間違えて辿り着いたその先で、盛り上がった土の隣で力無く座り込む霊を前に、何も問わず通り過ぎた事も一度や二度ではなかった。
だが、相手が望まないのであれば相手が人間であろうとそうでなかろうと、踏み込むべきではないことを今までの人生の中で嫌というほど学んできた昂遠にとって、それはけして難しい事ではなかった。
そんな彼を何処かで見ていたのだろう。
嶺州を抜け猪国に行こうとしていた道中、猪国から狼国の砿州に行く僧侶達とすれ違った事があった。
初老の僧を真ん中に囲むように歩く八名ほどのその集団は、初老の僧を覗いて皆、年が若く精悍な体つきをしており、ジッとこちらを眺めるだけで誰も口を開こうとはしなかった。
集団で歩く僧に出会う機会が無かった昂遠は、最初、その光景に面食らったが何も言わず、ただ黙って頭を下げると道を譲り足早に通り過ぎようとした。
それ以前に、軍を離れる為の口実に僧侶の衣を選んだだけで、仏門に入ったわけではない昂遠にとって、僧達からの「寺は何処だ」の。「何処の仏門に入って修行をしたのか」だの、色々聞かれても答えられるわけがなく、むしろ煩わしいだけだ。
ならばここは、足早に去る方が良い、そう思い歩き始めた昂遠に対し、静かに佇んでいた初老の僧がふと
「あまり深く関わろうとしなさるな。戻れなくなりますぞ。若いの」
と声をかけたのだ。
その言葉に一瞬、足を止めた昂遠であったが、彼はまっすぐ初老の僧を見つめると何も答えることなく一礼し、ゆっくりと歩き始めた。
ひしひしと突き刺さる静かな視線を背に受けながら進むこと四半時が経過した頃、ようやく視線から解放された昂遠は、はぁ~っと息を吐き出すと安堵のあまり膝から崩れ落ちた。
「あぁ~・・・なんて奴らだ。あれが僧侶ってやつか・・・あぁおっかねえ」
噴き出した汗を手の甲で拭いながら、そっと呟く。
澄んだ空気を身に纏い、口数少なく佇むその姿は凛としていて淀みがない。
柔らかな風とは裏腹に、射抜かれてしまいそうなその眼光は氷晶のように鋭く隙が無かった。
「確かに・・・あれで祓うって言われたら、太刀打ちできねえや・・・はは」
頬を伝う汗をそのままに、ふと上空に視線を向ければ、そこには変わらず透き通った青の狭間に流れる雲が見えた。
「あー・・・」
深く関わるな、か。そんな事を不意に呟く。
除霊を生業とする者であれば、指南を受け、術を唱えたり、香を焚いたり、お札を指に挟んだまま言葉を発して憑いた霊を人間から引き剥がしたりと様々な方法で霊と対峙するだろう。
昂遠自身も、初めて除霊を目にした時は、暫く言葉を発する事が出来なかった。
僧侶の姿に臆したのではない。
必死に藻掻き、抵抗を繰り返す霊の姿に臆したのだ。
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