日々是好日

四宮

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3.残夜、その背後にて

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「・・・・・・」
冷気と共に寝台へ流れ込んだ月光は、陽の光に比べると温かく優しい。
「・・・」
自分達が居るこの薄暗い部屋の先に扉は無く、そのまま隣室へと向かうことが出来る。
落ち着いて耳を澄ましてみるも聞こえるのは規則正しい寝息のみで、起きている者の気配は感じられない。

しかし、確実に見られている。

誰もこちらを見る者など居ないはずなのに、足下からゆっくりと迫り来るような圧迫感。
昂遠コウエンはこの感覚に覚えがあった。

「・・・入ってきたか」

空気が凍るような緊張感をひしひしと感じながら、昂遠はゴクリと唾を飲み込むと、ある一点に視線を向けた。

全ては無意識だった。
ただ、机が気になった。それだけの話だ。

よく目を凝らさなければ気付かなかったかもしれない。
目立たぬようにひっそりと置かれたそれは、手の平に満たないほどの木箱だった。
「・・・」
少し離れた寝台から木箱をジッと眺める。
薄闇の中で、小さく何かが揺れており、それが亡くなった誰かの姿だと気付くまで、暫しの時間が必要だった。

目を細めて暫く眺めていると、段々と視界が闇に慣れてきたのか、部屋全体が見えてきた。
寝台から、三歩離れた場所にある机にもたれ掛かるように、ジッとこちらを眺める者の姿を捉えた昂遠コウエンの眉間に皺が寄る。
薄闇で青白く見えたその者の姿は透明で、顔までは確認できない。

「・・・あなたは」

声をかけた後、昂遠は何か思案していた様子だったが、ふうと息を吸い吐くとゆっくりと目を閉じた。
「・・・・・・」
乱れがちだった自身の気を整えながら、閉じていた瞼を持ち上げ数回瞬きを繰り返せば、段々と薄闇の中に混ざるように透明な何かが僅かに揺れている光景がより鮮明に見えてきた。

その者の背格好は小柄で、頭部には熊のような耳が生えている。
視線を下方に向けて初めて、右手は人間の手と変わらないのに左手首の形は熊の手と非常に良く似ている事に気がついた。
この者はもしや、熊の血を引く獣人族ではないのか?と思った昂遠であったが、敢えて口には出さず、フウムと唸ったまま深呼吸を繰り返した。

(ん・・・?)
(んん?)

この部屋の空気は冷たく、少し埃っぽい。
しかし明らかに異なる臭いに昂遠は眉を曇らせた。

(なんだ・・・?)

普通に過ごしていれば気付かずに通り過ぎていくかもしれない。けれど確かに、煤煙ススケムリに紛れるように、どろりと腐ったような生臭い血肉の臭いがその者の全身から臭ってきたのだ。

昂遠コウエンは表情を変えることなくフウムとウナると「嗅いだことがあるな」と、ふと思った。
よく見れば眼前に立つ者の布衣フイは焼け焦げ、破れた袖から覗く腕と膝は薄紫色に変色し、所々ただれたような痕が残っている。

更に全身に赤紫色の斑点がいくつも出来ており、黒と紫が混ざったような色の皮膚は壊死してしまったのか、エグったような肉片の周囲は縮れ、引きつりを起こしていた。
眼前に立つ獣人族の性別までは確認出来ないが、伸びきった漆黒の髪からぎょろりと覗く大きな眼はどこか不気味で、独特な雰囲気を醸し出している。

しかし奇妙なことに、枝のようにほっそりとした首から下の襟から見えた鎖骨と肋骨は所々骨が抜け落ちたように無くなっており、赤く点滅を繰り返しながら蛍のように光り始めたではないか。
背中側から発光しているのだろう。
光る度に皮膚が透け、骨の形がより鮮明に昂遠の目に映った。

(どういうことだ・・・?)

どこにも折れたような傷は見当たらない。
不気味に光る摩訶不思議なその症状を前にして、昂遠は眉間の皺をより濃くせざるを得なかった。

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