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3.残夜、その背後にて
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「・・・弟だ。似ていたんだ、少し」
嗚呼。二名の表情が僅かに曇る。
「彼は・・・親切だったよ。すごく、すごく、親切だった」
匝の瞼に影が差す。それは隣に座す洓も同じだった。
「あの日、疫病が広がらなければ、きっと今も彼は元気だった。元気で、ここに居て。昔みたいに一緒にご飯を食べてたんだ。きっと」
匝の脳裏に幼き頃の記憶が甦る。
熊と人族の混血である彼は兄と比べると華奢な体つきをしていて、少し体が弱かった。
そんな弟を誰よりも兄は大切に想っていたのだ。
それを誰よりも近くで見ていたからこそ、想う感情は誰よりも深く、強い。
仄暗い世界に見えた業火が、瞼の奥に灯される。
耳を劈くような声も。必死に止めた腕も。
まるで昨日のことのようだ、と匝は思う。
恐らく彼は今も大切に持っているのだろう。
せめてこれだけでも、と亡骸から静かに切り落とした数本の髪を。
「・・・似て、いない」
「・・・洓」
「似てなんて、いない。彼は確かに親切だった。俺達とそんなに年は変わらないのに、いつも優しくて、何をするにもまず立ち止まって考えるような獣人だった。いきなり行動なんて、そんな事、きっとしない」
そう話す洓の金色の長い髪がサラリと揺れる。
彼の眼は卓を見ているようで、何も映していなかった。
「洓、」
そう呼びかけようとした梠の言葉が途切れる。
彼は何かを考えていたようだったが、上手く言葉にならないらしく、開きかけた口をモゴモゴと動かしている。
「・・・洓、やめよう。僕達は昂遠を受け入れた。それはこれからも変わらない。現実だ。確かに僕達は人族に恨みがある。それはここに辿り着いた誰もが持ってる普通の感情だ。だけど、昂遠は違う。受け入れたじゃないか。僕らで」
「・・・・・・」
「確かに昂遠は人族だけど、他の人族に比べると頼りない。だけど」
「あれで本人はしっかり立っているつもりなんだろう」
梠の声に匝が頷く。
「僕達から見ればフラフラだけどね」
「・・・いつ野垂れ死ぬか分からない顔色だったもんな」
洓が口元を緩ませながら、ポツリと呟いている。
その表情に匝も梠も互いに顔を見合わせると、ホッと胸を撫でおろした。
「でも」
「?」
「さっき抱き着いた時あったでしょ?」
「ああ」
「衣を着込んで体型を隠しているのかな。けっこうがっしりしてたんだ。だけど・・・」
匝は暫くの間、口をもごもごと動かしていたが「なんだろう。上手く言えないんだけど・・・」と首を動かしている。
「何だ?言ってみろよ」
「うーん・・・ぞわってした」
「ぞわっ?」
洓の言葉に匝が頷く。
「うん・・・昂遠の背中に近づいた時、こう・・・ぞわぞわって、尻尾が」
「鳥肌が立ったわけだな?」
顎に手を当てたまま問う梠の言葉に匝が頷いた。
「・・・うん。あんなの初めてだ。気味が悪いよ」
両腕を摩りながら話す匝の姿に、洓と梠は互いに顔を見合わせると首を傾げながらフウムと唸った。
嗚呼。二名の表情が僅かに曇る。
「彼は・・・親切だったよ。すごく、すごく、親切だった」
匝の瞼に影が差す。それは隣に座す洓も同じだった。
「あの日、疫病が広がらなければ、きっと今も彼は元気だった。元気で、ここに居て。昔みたいに一緒にご飯を食べてたんだ。きっと」
匝の脳裏に幼き頃の記憶が甦る。
熊と人族の混血である彼は兄と比べると華奢な体つきをしていて、少し体が弱かった。
そんな弟を誰よりも兄は大切に想っていたのだ。
それを誰よりも近くで見ていたからこそ、想う感情は誰よりも深く、強い。
仄暗い世界に見えた業火が、瞼の奥に灯される。
耳を劈くような声も。必死に止めた腕も。
まるで昨日のことのようだ、と匝は思う。
恐らく彼は今も大切に持っているのだろう。
せめてこれだけでも、と亡骸から静かに切り落とした数本の髪を。
「・・・似て、いない」
「・・・洓」
「似てなんて、いない。彼は確かに親切だった。俺達とそんなに年は変わらないのに、いつも優しくて、何をするにもまず立ち止まって考えるような獣人だった。いきなり行動なんて、そんな事、きっとしない」
そう話す洓の金色の長い髪がサラリと揺れる。
彼の眼は卓を見ているようで、何も映していなかった。
「洓、」
そう呼びかけようとした梠の言葉が途切れる。
彼は何かを考えていたようだったが、上手く言葉にならないらしく、開きかけた口をモゴモゴと動かしている。
「・・・洓、やめよう。僕達は昂遠を受け入れた。それはこれからも変わらない。現実だ。確かに僕達は人族に恨みがある。それはここに辿り着いた誰もが持ってる普通の感情だ。だけど、昂遠は違う。受け入れたじゃないか。僕らで」
「・・・・・・」
「確かに昂遠は人族だけど、他の人族に比べると頼りない。だけど」
「あれで本人はしっかり立っているつもりなんだろう」
梠の声に匝が頷く。
「僕達から見ればフラフラだけどね」
「・・・いつ野垂れ死ぬか分からない顔色だったもんな」
洓が口元を緩ませながら、ポツリと呟いている。
その表情に匝も梠も互いに顔を見合わせると、ホッと胸を撫でおろした。
「でも」
「?」
「さっき抱き着いた時あったでしょ?」
「ああ」
「衣を着込んで体型を隠しているのかな。けっこうがっしりしてたんだ。だけど・・・」
匝は暫くの間、口をもごもごと動かしていたが「なんだろう。上手く言えないんだけど・・・」と首を動かしている。
「何だ?言ってみろよ」
「うーん・・・ぞわってした」
「ぞわっ?」
洓の言葉に匝が頷く。
「うん・・・昂遠の背中に近づいた時、こう・・・ぞわぞわって、尻尾が」
「鳥肌が立ったわけだな?」
顎に手を当てたまま問う梠の言葉に匝が頷いた。
「・・・うん。あんなの初めてだ。気味が悪いよ」
両腕を摩りながら話す匝の姿に、洓と梠は互いに顔を見合わせると首を傾げながらフウムと唸った。
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