日々是好日

四宮

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3.残夜、その背後にて

１

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「・・・・・・」

暗闇にのそりと動く影がある。
その影はウロウロと左右を見渡すと、慣れた手つきで蝋燭ロウソクに火を着けた。

「昂遠コウエンは？」
「寝た」
「そっか」

はあと息を深く吐きながら狐の獣人族、洓サクと、猫の獣人族、匝ソウは寝ころんでいた体をゆっくりと起こすとフウと息を吸い吐いた。

「どうするの？これから」

そう話す洓サクの目は冷たい。

「・・・・・・」

洓サクの問いに梠リョは何も答えようとはせず、何か思案するように床に視線を向けたままだ。

「まさか、あんなの拾って来るなんて思ってなかった」
「ああ。それは僕も驚いた」

匝ソウが頷く。

「あいつもあいつだ。俺達と同じじゃない。人族だ。ここがどんな国なのか知らないのか」
「フハハッ！」

洓サクの言葉に、匝ソウが口元に手を当てたまま、肩を震わせている。
吹き出すのを堪こらえたように笑うのは彼の癖だ。

「そりゃあ、知らないからこそ言えた台詞だったんじゃない？」
「あー。おかしい」そう呟いた彼は、床に転がったままの酒壷シュコ（お酒の入った小さな壷）をゆっくりと持ち上げると耳元で左右に揺らし始めた。

「おい、飲みすぎだ。せめて茶に変えろ」

梠リョの言葉に匝ソウの手がピタリと止まる。
彼は「ハイハイ」と肩を竦スクめると手にしていた酒壷シュコ（お酒の入った小さな壷）をコトリと置いた。

「他国に比べると茶葉が安価アンカで手に入るっていうのはありがたいよね」
「他国は茶葉が倍の値段だって言うしな」
「それで？」
「？」
「？」

匝ソウの声に梠リョと洓サクの頭上に疑問符が浮き上がる。
しばしの沈黙。その壁を破ったのは匝ソウの言葉だった。

「誰が湯を沸かす？もしかして僕？」
「・・・」
「・・・・・・」
「だな」
「がんばれよ」
「どうしてさ。普通は家主がするんじゃないの」
「散々、家の中を引っ掻き回した奴が言う言葉なのかそれは」
「・・・頑張りまーす」

よっこらせと立ち上がった匝ソウの長い尻尾が揺れる。
その背を見送った二名は、互いに息を吐き出すと酒杯が転がったままの卓に視線を向けた。

「・・・話は戻るけど」
「・・・ああ」
「何で拾おうと思ったの？」
「・・・や、文句が言いたいわけじゃないよ？」
「分かってる」

洓サクの言葉に梠リョは一度開きかけた口を閉じてしまった。
分かっている。本当は分かっているのだ。自分でも無謀なことをしたものだ、と。
自分の身を案じてくれているのは洓サクだけじゃない。
恐らく、この家に集ってくれた皆も同じだろう。

「・・・似ていたんだ」
「誰に？」

ポテポテと微かな足音が聞こえる。その音に視線を向けてみれば、茶を淹れる為に厨房に行っていた匝ソウの姿だった。

「速かったな」
「・・・ちょっと待て」
「ん？」
「・・・・・・何だそれ。もしかして水か？」

眉間に皺を寄せたまま、洓サクが問う。
匝ソウは手にしていた茶壺チュフウ(急須)を持ち上げてみせると、ニッコリと微笑んだ。

「よく考えてみたらさあ。僕。熱いの苦手なんだよね」
「・・・」
「・・・そういった事は早く言ってくれると助かる」
「食うのは好きなんだけどなあ」
「・・・もう水でいいや。水で」

洓サクは力の抜けた笑顔で匝ソウから茶壺チュフウを受け取ると、転がったままの酒杯を並べ、水を注ぎ始めた。

「それで？」
「？」
「誰に似てるって」
「ああ」

洓サクから酒杯を受け取りながら、梠リョが頷く。
彼は注がれたばかりの水を飲み干すと、酒杯を卓に戻した。

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