日々是好日

四宮

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2.和やかな宴という名の歓迎会

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「どうかされましたか?」
「え、あっ、いや、えっ」
「もしかして、この石を見るのは初めてですか?」
「あ、はい。そうです。初めて見ました」
「ああ、そうですかぁ」

屈託の無い表情で店員が微笑む。
彼は木箱を昂遠に見せながら、「この石は発火石と申しまして、妖怪の一種です。妖怪と言っても誰かに害を与える者ではございません。彼らもうちの従業員なんですよ」と話し始めた。
「はえぇぇ」
その説明に昂遠の口が自然と開く。
「他国では、炭や干し草を使用すると思うのですが、この国で同じ事をすると、換気不足から中毒を起こしてしまう可能性があるので、蒸気で熱する力を持つ発火石を使用しています」
「なるほど。それは他の店でもですか?」
「そうです」
昂遠の問いに店員が頷く。

「この石は水があって初めて、熱を発する妖怪でして、湯浴みを好みます。本妖達は炎を出している事にあまり気づいていないのかもしれませんが・・・まあ、文句が出ないので大丈夫なのでしょう」
「ああ。だから、カマドに水を入れていたのですね」
「そうです」
「初めて見たので驚きました」
「嗚呼、この国に来られる人族の皆様は、皆、同じ事をおっしゃいますね」
「嗚呼、やっぱり・・・。嗚呼、邪魔をしてしまってすみません」
「いえ、どうぞ、ゆっくり召し上がって下さいね」

そう話した店員が一礼して足早に去っていく。
すると、入れ違いに熱々の鍋を手にした店員がやって来て竈の上に鍋を置き、「具材もすぐに参ります」と話して別の客の下へと走って行ってしまった。
ぐつぐつと沸き立つ赤いスープからは唐辛子と香辛料の香りが漂っている。

「ああそうか。この凹みは・・・」
「ぬおぉおおおおお!」
「しっ舌が・・・痺れるぅうううう!」
「ぬうぉおおおお!っこれだ!この味だ!」
「この味!たまらんんんぅ・・・しがじがらいぃいぃいい!」
「みっみずぅううをぐれぇええええ!」
「ぶまい!ぶまいようぅぅううう!」
「うおぉおおおぉおおおお!!」

静まり返った店内に突如、鳴り響いたその歓声は一瞬にして店内を包み込み、跳ねるように席を立った昂遠コウエンの表情は凍り付いたように険しくなった。

(もしや敵襲か!?こんな平和で穏やかな町に?・・・)
早鐘を打つ心臓を呼吸で静めようとしたその時、彼の眼前に眩い光が差し込んだ。
「うっ」

嗚呼。差し込むは黄金色にキラめく天上からの光。

眩しすぎるその光に包まれながら、「美味い。美味いよう」と両目から歓喜の涙を流しながら、口いっぱいに肉を頬張る先程の一団の姿がそこには存在していたのだ。

「えっ・・・えええっ」
天上からの光を燦々サンサンと浴びながら、恍惚コウコツとした表情で鍋を口にする集団を目にした昂遠コウエンの額から冷たい汗が滑り落ちていく。

「・・・こっこの鍋は一体・・・」
ごくりと唾を飲み込みながら、昂遠の視線が鍋へと向かった。

クツクツと魅惑的な香りを振りまきながら沸き立つこの情熱のスープは、そんなにも美味なのか?
全身に稲光イナビカリが落ちるほどに?

「・・・あー。あれは気にする必要ねえぞ。昂遠コウエン
「え?」
「あいつら・・・何だっけ?【鍋を堪能タンノウする会】の会員だったっけ?」
「違うだろ?【火鍋友の会】じゃなかった?」
「何かそんなの聞いた事あるなぁ。それがこいつらだったのかぁ」
「何デスカソノ怪シスギル一団ハ?」

そう思いながら、肩を抱き合い喜びに打ち震える光景を黙って眺める。
けれど、店にとってはこの光景も日常の一幕なのだろう。
騒ぐ客を止めるどころか、「うんうん分かります。分かりますとも。あっ私のお勧めは・・・」と目頭を押さえながら「同志!」「友よ~!」と肩を抱き合い、ちゃっかり注文を聞いてクルクル踊りながら上機嫌に去って行く店員の姿に昂遠は「嗚呼」と感嘆カンタンの声を漏らさずにはいられなかった。

「飯屋とは何と恐ろしい所だろう」
一人で来なくて良かった。
もし一人で来ていたらこの雰囲気に抗えず、気付いた時には有り金が全部飯代に吹っ飛ぶに違いない。
場の雰囲気を壊す事無く、店の売り上げを維持しようとする店員達の強かさに感心しつつも、彼は財布の紐を堅く握りしめずにはいられなかった。
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