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1.煙雨の先に
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しおりを挟むそう、彼らは獣人族。そしてここは獣人族専用の国。
人間と獣の混血族である彼らは頭部から足のつま先まで、全てが人族と異なる容姿をしている。
民札など無くとも彼らの存在そのものが証明理由になる。
「確かに、民札は必要ないかもしれない。あれ・・・でも・・・」
(ここに来た時、獣人族と共に働く人族を見かけたような・・・?)
「どうした?」
「あ・・・いえ、市場や屋台で働く人族がいましたよね。彼らはどうやってここに住むことを許されたんでしょうか?」
「ああ」
「役所に行ったって言ってなかったか?」
「役所なんてあったか?」
「あー、莨都にあったような」
「箕衡にもあったような」
「あれは違うだろ。刑部の建物じゃなかったか?」
「とりあえず、その建物を教えて貰っても構いませんか?」
「ほんとに行くのかよ」
「あんた変わってんなぁ」
「仕方がねえからよう。一緒に行ってやるよ」
「俺もだ」
「俺も」
「場所知らねえんだ。丁度いいな」
ぽかぽかと暖かい空気に包まれながら、昂遠と獣人族御一行はてっくりてっくりと他愛もない話に花を咲かせながら『役所らしき建物』を目指して歩く事にした。
しかし全員が場所を知らない為、殆どが行き当たりばったりの珍道中である。
それでも昂遠は凄く楽しかったのだ。
心から楽しいと思ったのは久しぶりで、ずっと長い間、彼自身が忘れていた感情でもあった。
道行く獣人族に訪ね歩いて、気付けば数時間が経過していた。
高く昇っていた陽も、橙色に変わり始めたその時、「あれじゃねえか?」の一声で、足の痛みも吹き飛んだ昂遠は、眼前にそびえ立つ石造りの壁を前にして息を飲んだ。
「ここが・・・」
「ほんとにここかぁ」
「違うんじゃねえか?」
「いやここだって、さっきの奴も言ってただろ?」
「信用できねえなぁ」
「お前、そう言って入った店、全然違ったじゃねえかよ」
「まああれだ」
「そうだ、あれだ」
「なんだ。あれだ」
そう話す獣人族との絆は、この数時間でグッと強まった気がする。
そんな事を思いながら、昂遠は皆の「行ってこい」の声を背にゆっくりと歩き出した。
ちなみに、これで突撃するのはもう五度目になる。
最初は飯屋だった。次は布屋だ。その次は店頭に鍋がいくつもぶら下がっていたので、ここは違うんじゃないかと言ってみたのだが、皆が「こんな役所もある。箕衡だからな」という何とも謎めいた発言で突撃する羽目になった。
勿論、その店は役所ではなく刃物を研ぐ店だった。
その次は何だった?ああそうだ、薬屋だ。薬房の看板があったから、これも違うと言ったのに「箕衡だからな。こんな役所もある」とか何とか言い始めて、結局違ったんだ。
「そもそも、箕衡だからなって何だ?」
数年前の事を思い出す度に、今でも頬が緩んでしまう。
吹き出すのを内心堪えながら、それでも彼は突っ込みを入れずにはいられなかった。
「・・・・・・」
それにしても、だ。
一見、普通の民家と変わらないその建物は、言われなければ通り過ぎてしまうだろう。
思い返せば、看板も表記も無いその建物を前にして躊躇していた頃が懐かしい。
人族は民札を申請できないと事前に教わっていたから、窓口で同じ説明を懇々と受けても何の衝撃も受けなかった。
それでも欲しいんだと必死に訴え続けた結果、時間はかかったものの、仮札であれば発行できると教えて貰い、ひとまずそれをお願いすることにしたのだ。
「疲れた・・・でもこれで」
外に出ると既に日は沈んでいて、沢山の提灯が街中を照らしている。
彼は木を薄く削って彫られた『仮』と書かれた札に視線を落とした。
民札よりも少し大きなその札は、今まで手にしたどんな物よりも大きく重い。
ズシリと響くその札を指で撫でながら、昂遠は言葉に出来ない感情を口に出そうとした。
その時、眼前に気配を感じた彼が顔を上げると、先程まで自分を案じてくれていた獣人族達が待っているではないか。
自分に気付き、「おおーい、昂遠」と手を振る彼らに対し、目の奥がじんわりと熱くなるものを感じながら、彼はゆっくりと歩き出したのだった。
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