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1.煙雨の先に
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昂遠自身、生半可な気持ちでこの地に住みたいと思ったわけではない。
人族が優遇される狼国の中で、黒亮公が統治する【箕衡・周里・莨都】は、獣人命の保護を求める獣人族にとって最後の砦であり、唯一安心して暮らせる土地なのだ。
そんな国に市民権を得て永住するだなんて、何を考えているのかと言われるのは至極当然の事だというのも理解している。
しかし、それでも昂遠はこの地に住みたいと思った。
この地に入国して出会った獣人族たちと交わした時間はほんの僅かだ。
それでも、出来る事ならずっとここに居たいと思える程に、この国は穏やかで優しい空気に包まれている。
昂遠自身こんな気持ちを感じたのは初めてで、戸惑う気持ちがないと言えば噓になる。
だからこそ、この気持ちの理由を知りたいとも思ってしまう。
この機会を無駄にしたくない。
脳が、心が告げている。
ここで諦めてはいけないと。
「・・・でも。それでも」
「・・・・・・」
俯いたまま言葉が続かない昂遠を前にして、長い溜息が重く伸し掛かる。
そのまま五分以上が経過した頃、斜め前で話を聞いていた狐耳の獣人族が「本当に住みたいんだな?」と、腕を組んだまま昂遠を見た。
「はっ、はい」
彼は、昂遠の言葉にフウムと考え込んでいたが「そこまで考えてるのなら、住んでみたらどうだ?」と言い出した。
その発言に昂遠同様、集まっていた他の獣人族たちも目を丸くして固まっている。
「それは・・・」
「大丈夫かぁ?」
「住むったってどこに?」
「何処か適当な家で良いじゃねぇが。田舎に行けばあるだろ?それくらい」
「田舎はまずいだろ。すぐに噂が流れるぞ」
「あの・・・」
「ん?」
おずおずと手を挙げた昂遠に、皆の視線が一気に突き刺さる。
先程から心臓は煩く鳴り響き、今にも飛び出していきそうなのをグッと堪えながら、昂遠は脳内で「大丈夫、恐らく大丈夫だ」と繰り返すとぐるりと皆を見回した。
「あの、この国の民札を申請したいのですが・・・出来ますか?」
昂遠のその声に、今度は獣人族たちの方が一斉に口を閉じた。
そうして、全員が明後日の方向に視線を彷徨わせていたのだが、やがて
「お前、民札なんて持ってたか?」
「いんや?お前は?」
「民札ってなんだ?」
「見た事ねぇがら分がんね」
「俺もだ」
「俺も」
と、口々に話し始めたのだ。
「・・・へ・・・」
もしかしてこの国には役所が無いのだろうか?イヤイヤそんな事はない。
どの国にだって国を統治する官吏が居る行政機関があって当然だ。無いなんて・・・とそこまで考えた昂遠は、自分の前に集まってくれた獣人族に視線を向けた。
そして初めて「あぁ・・・」と、呟いたのだ。
人族が優遇される狼国の中で、黒亮公が統治する【箕衡・周里・莨都】は、獣人命の保護を求める獣人族にとって最後の砦であり、唯一安心して暮らせる土地なのだ。
そんな国に市民権を得て永住するだなんて、何を考えているのかと言われるのは至極当然の事だというのも理解している。
しかし、それでも昂遠はこの地に住みたいと思った。
この地に入国して出会った獣人族たちと交わした時間はほんの僅かだ。
それでも、出来る事ならずっとここに居たいと思える程に、この国は穏やかで優しい空気に包まれている。
昂遠自身こんな気持ちを感じたのは初めてで、戸惑う気持ちがないと言えば噓になる。
だからこそ、この気持ちの理由を知りたいとも思ってしまう。
この機会を無駄にしたくない。
脳が、心が告げている。
ここで諦めてはいけないと。
「・・・でも。それでも」
「・・・・・・」
俯いたまま言葉が続かない昂遠を前にして、長い溜息が重く伸し掛かる。
そのまま五分以上が経過した頃、斜め前で話を聞いていた狐耳の獣人族が「本当に住みたいんだな?」と、腕を組んだまま昂遠を見た。
「はっ、はい」
彼は、昂遠の言葉にフウムと考え込んでいたが「そこまで考えてるのなら、住んでみたらどうだ?」と言い出した。
その発言に昂遠同様、集まっていた他の獣人族たちも目を丸くして固まっている。
「それは・・・」
「大丈夫かぁ?」
「住むったってどこに?」
「何処か適当な家で良いじゃねぇが。田舎に行けばあるだろ?それくらい」
「田舎はまずいだろ。すぐに噂が流れるぞ」
「あの・・・」
「ん?」
おずおずと手を挙げた昂遠に、皆の視線が一気に突き刺さる。
先程から心臓は煩く鳴り響き、今にも飛び出していきそうなのをグッと堪えながら、昂遠は脳内で「大丈夫、恐らく大丈夫だ」と繰り返すとぐるりと皆を見回した。
「あの、この国の民札を申請したいのですが・・・出来ますか?」
昂遠のその声に、今度は獣人族たちの方が一斉に口を閉じた。
そうして、全員が明後日の方向に視線を彷徨わせていたのだが、やがて
「お前、民札なんて持ってたか?」
「いんや?お前は?」
「民札ってなんだ?」
「見た事ねぇがら分がんね」
「俺もだ」
「俺も」
と、口々に話し始めたのだ。
「・・・へ・・・」
もしかしてこの国には役所が無いのだろうか?イヤイヤそんな事はない。
どの国にだって国を統治する官吏が居る行政機関があって当然だ。無いなんて・・・とそこまで考えた昂遠は、自分の前に集まってくれた獣人族に視線を向けた。
そして初めて「あぁ・・・」と、呟いたのだ。
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