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1.煙雨の先に
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しかし国が違えば全てが違うのも常というものだ。
瞬時に頭上の疑問符を取り消した昂遠は、また散策を続けようとした、その時である。
離れていても感じる肉の香りに彼の鼻がピクリと動いた。
目線の先に立つ屋台からは、五香粉と沢山の香辛料の香りが風に乗って匂って来る。
肉を焼く香ばしい香りに誘われながら屋台に近づけば、大鍋の中で麺を茹でる店員と視線が重なった。
「どうです?美味しいですよ?」
「ありがとう、他の店も見てきます」
軽く会釈を返しながら他の店を見ていると、屋台の側で立ったまま購入した料理を頬張る客と目線が重なった。
慌てて頭を下げる昂遠に向かって、頬を緩ませたまま、相手も同じように礼を返してくれる。
(なんだろう。すごく、すごく嬉しい)
和やかな雰囲気に包まれながら、器を手に食を楽しむ客の姿に、ホカホカと心が温かくなるのを感じた昂遠は、自分もこの市場で何かを購入して食べたくなった。
箕衡に来るまで殆ど水と僅かな食料で腹を満たしながら旅をしてきたせいか、屋台から流れ来る美味しそうな匂いに刺激されて、先程から腹の虫がキュルキュルと鳴りっぱなしなのだ。
「・・・何食べよう・・・一番安い料理はどれかな」
狼国に来てすぐに立ち寄った嶺州で所持金を半分両替しているとはいえ、懐の寂しい旅であることに変わりはない。
昂遠は来た道を一度戻ると、蒸篭の湯気に誘われるまま、屋台で蒸しあがったばかりの包子を一つ購入し、他の客と共に包子に齧り付いた。
「ふん、うまひ」
湯気に包まれたフカフカの生地を噛んだ瞬間、口の中に溢れ出る肉餡の脂とほんのり香る生姜に昂遠の頬が一層緩んだ。
しっかりとした味付けの肉餡は口の中でホロホロと溶けていき、そこに柔らかい生地が湯気と共に食欲を刺激してくれる。
「うん、うん、ふふん」
気付けば夢中で頬張ってしまう程の満足感を得ながら、笑顔と共にそんな声がつい出てしまう。
両手に持って丁度いい大きさの、この包子は大層人気らしく、購入した包子を頬張るどの客も幸せそうだ。
「うん。いいな、こういうの」
種族の違いという名の垣根を超えた一体感。
それによく似た感覚を心地良いと思いながら、口を動かす昂遠の斜め前では、収穫した野菜が入った籠を見せながら屋台の店主と談笑する獣人族の背中が見える。
その側を、天秤棒を担いだ獣耳の獣人族の青年がゆっくりと通り過ぎた。
片方の鍋には恐らく粥が入っているのだろう。
男性が歩く度に、後ろの籠に積まれた器がカチャカチャ鳴った。
「ほぉ。粥売りか・・・珍しいな」
天秤棒を担いで歩く麺売りは何度も見た事があるけれど、粥売りを見たのは初めてだ。
機会があれば食べてみたいなと思う。勿論、次も出会えたらの話になるけれど。
「うーん。美味しかった」
食事を終えてふらりと町を散策していると、眼前の店先で初老の獣人族の男性が煙管を手に腰を下ろしている姿が目に留まった。
彼の側には数名の獣人族が同じように腰を下ろしている様子が見える。
「何をしているんだ?」
首を傾げながら近づいてみれば、なるほど将棋の盤が見える。
「ん?」
「ああ、急に近づいて申し訳ない」
「いやいや構わんよ」
「あんたもどうだい?混ざってくかい?」
「ありがとう。その気持ちだけ頂いていくよ」
そんな言葉を交わしながら、男性たちと別れた昂遠は何も考えず散策を続けることにした。
瞬時に頭上の疑問符を取り消した昂遠は、また散策を続けようとした、その時である。
離れていても感じる肉の香りに彼の鼻がピクリと動いた。
目線の先に立つ屋台からは、五香粉と沢山の香辛料の香りが風に乗って匂って来る。
肉を焼く香ばしい香りに誘われながら屋台に近づけば、大鍋の中で麺を茹でる店員と視線が重なった。
「どうです?美味しいですよ?」
「ありがとう、他の店も見てきます」
軽く会釈を返しながら他の店を見ていると、屋台の側で立ったまま購入した料理を頬張る客と目線が重なった。
慌てて頭を下げる昂遠に向かって、頬を緩ませたまま、相手も同じように礼を返してくれる。
(なんだろう。すごく、すごく嬉しい)
和やかな雰囲気に包まれながら、器を手に食を楽しむ客の姿に、ホカホカと心が温かくなるのを感じた昂遠は、自分もこの市場で何かを購入して食べたくなった。
箕衡に来るまで殆ど水と僅かな食料で腹を満たしながら旅をしてきたせいか、屋台から流れ来る美味しそうな匂いに刺激されて、先程から腹の虫がキュルキュルと鳴りっぱなしなのだ。
「・・・何食べよう・・・一番安い料理はどれかな」
狼国に来てすぐに立ち寄った嶺州で所持金を半分両替しているとはいえ、懐の寂しい旅であることに変わりはない。
昂遠は来た道を一度戻ると、蒸篭の湯気に誘われるまま、屋台で蒸しあがったばかりの包子を一つ購入し、他の客と共に包子に齧り付いた。
「ふん、うまひ」
湯気に包まれたフカフカの生地を噛んだ瞬間、口の中に溢れ出る肉餡の脂とほんのり香る生姜に昂遠の頬が一層緩んだ。
しっかりとした味付けの肉餡は口の中でホロホロと溶けていき、そこに柔らかい生地が湯気と共に食欲を刺激してくれる。
「うん、うん、ふふん」
気付けば夢中で頬張ってしまう程の満足感を得ながら、笑顔と共にそんな声がつい出てしまう。
両手に持って丁度いい大きさの、この包子は大層人気らしく、購入した包子を頬張るどの客も幸せそうだ。
「うん。いいな、こういうの」
種族の違いという名の垣根を超えた一体感。
それによく似た感覚を心地良いと思いながら、口を動かす昂遠の斜め前では、収穫した野菜が入った籠を見せながら屋台の店主と談笑する獣人族の背中が見える。
その側を、天秤棒を担いだ獣耳の獣人族の青年がゆっくりと通り過ぎた。
片方の鍋には恐らく粥が入っているのだろう。
男性が歩く度に、後ろの籠に積まれた器がカチャカチャ鳴った。
「ほぉ。粥売りか・・・珍しいな」
天秤棒を担いで歩く麺売りは何度も見た事があるけれど、粥売りを見たのは初めてだ。
機会があれば食べてみたいなと思う。勿論、次も出会えたらの話になるけれど。
「うーん。美味しかった」
食事を終えてふらりと町を散策していると、眼前の店先で初老の獣人族の男性が煙管を手に腰を下ろしている姿が目に留まった。
彼の側には数名の獣人族が同じように腰を下ろしている様子が見える。
「何をしているんだ?」
首を傾げながら近づいてみれば、なるほど将棋の盤が見える。
「ん?」
「ああ、急に近づいて申し訳ない」
「いやいや構わんよ」
「あんたもどうだい?混ざってくかい?」
「ありがとう。その気持ちだけ頂いていくよ」
そんな言葉を交わしながら、男性たちと別れた昂遠は何も考えず散策を続けることにした。
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