日々是好日

四宮

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1.煙雨の先に

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「お前・・・飯は?」
「あの子供たちに配ってきた」
「・・・俺のを食え。まだ手をつけてない」
「じゃあ、半分だけもらう」
昂遠が差し出した飯椀の米を貰おうと遠雷の手が伸びる。
互いの飯椀が重なり、カチンと鳴る乾いた音に硬くなっていた昂遠コウエンの口元が少し緩んだ。

「お前も食え」
「ああ。貰うことにするよ」
「食えないのはお前だけじゃない。皆、同じだ」
「ああ。分かってる」
「だったら食え。食い終わったら返してくるから」
「ん」

優しい声が降ってくる。
覚束オボツカない手つきで箸を動かし、口に無理矢理放り込んだその飯の味は苦く、
温かい。
昂遠コウエンは飯椀に顔を埋めると、ただひたすらに手を動かし続けた。
それはまるで、喉から込み上げてくる様々な感情にフタをするかのようでもあった。

「ありがとう。助かったよ」
「いやいや、何とかなって良かった」
そんな会話を交わし、村に別れを告げた二名は、これでようやく休めるぞ、ああ疲れたなと重い足を引きずりながら家に着き、壊れたままになっていた戸口に手をかけて初めて、挟まっている紙に気が付いた。

「・・・う」
嫌な予感がする。とてつもなく嫌な予感がする。本音としては見なかったことにしたい。
いやこれは別に見なくても良い気がする。
そう思う一方で、いやいやいやそんな事は出来ない。緊急だったらどうする?
そんな事を考えている自分に、げんなりとしたまま、スルスルと文の紐を解いてみれば「箕衡ミコウの南部へ行け」とだけ書いてあるではないか。
「・・・・・・」
無駄のない文章と覚えのある筆跡に昂遠コウエンの眉が自然と下がった。

「・・・ん?」
何とか気を取り直し、我が家に足を踏み入れてみれば、天井に吊したカゴはひっくり返り、一ヶ所にまとめておいたはずの食器は、そこかしこに散らばっている。
なんとも散々たるお姿へと変貌ヘンボウげた我が家の惨状サンジョウに、昂遠の全身から力が抜けそうになった。

恐らく、家捜しをする最中に蹴落としたのだろう。
よく見れば、篭に入っていた薬草は踏まれ、足跡がくっきりと残されている。
「また誰か忍び込んだな」
そんな台詞がつい出てしまう。

実際の所、この箕衡ミコウという土地は他国に比べると貧しくお世辞にも治安が良いとは言えない都市だ。
民も貧しく土も肥えてはいない為、どうにかして肥料をコシラえ、土を育てて初めて、ほんのわずかな野菜が穫れる。
その僅かな貯えを狙って夜盗や賊が度々現れるのだから、民にとってはたまったものではないだろう。
勿論、村が襲われたことは国を治める黒亮王の耳にも届いており、村を建て直すための資材と食物を兵に託し、何度も民たちの生活を支えてきた。
しかしもとより獣人員不足が色濃く目立つこの国では、やはり限界があるというものだ。

一方、薬草に残された踏み跡と割れた食器に心が折れかけた昂遠を追い抜いた遠雷は、散らかったままの床を気にする様子も無く、ズカズカと部屋に入るとショウにゴロリと寝そべり始めた。
土で汚れた布衣フイの袖から伸びた遠雷の腕は細く、ところどころススで汚れている。
(また痩せたな。俺も人のことは言えないが・・・)
その腕をジッと眺める昂遠の頬もやつれ、目の下にはクッキリとクマが出来ていた。
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