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1.煙雨の先に
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早朝から陽が落ちるまで、腰に差した瓢箪の水筒で喉を潤しつつ、切り倒した木を運び、黙々と家を建て直す。
時折、顔馴染みになった民から「貴方たちもどうぞ、食べてください」と食料を手渡されることはあるけれど、不思議なことに昂遠の喉に入っていかないのだ。
喉はカラカラと渇き、腹の虫は朝から鳴りっぱなしである。
それにもかかわらず、だ。
せっかく貰ったのだから食べなくてはと思うのに、なかなか手を出そうとしない昂遠を前にして、遠雷はフウと息を吐くと貰ったばかりの料理を子供たちに配りに行ってしまった。
腹が減っているのは自分だけではない。
むしろ、遠雷の方が深刻だ。
妖力を無理に高めて眼へ移し、一定時間、視力を回復させる。
言葉にすれば簡単そうに思えるかもしれないが、その間ずっと妖力を消費し続けなければならない。
その状態で村の再建を手伝うと遠雷から聞かされた時、昂遠は勿論止めた。
しかし、「妖力だって無限じゃないだろう。何かあったらどうするんだ!」と声を荒げる彼に向かって、遠雷は軽く微笑むと「だからだよ。俺の兄者が傷を広げてまで片足突っ込もうとしてるってのに、肝心の弟が同じ景色を見ないでどうする?」と告げたのだ。
それには昂遠も返す言葉を失ってしまった。
「ま、気にすんな」と肩を叩き進む横顔に向かって、何か言わねばと思うのに返す言葉が見つからない。
これは自分だけの問題であって、お前まで一緒に来る必要は無いんだと説得したいのに、こんな時に限ってこの口は動こうとしない。
いや、本当は分かっている。
怖いのだ。
一言で終わらないその言葉は、やがて濁流へと変わるだろう。
感情に任せて告げた言葉によって、今の関係が壊れてしまう事が何よりも恐ろしい。
臆病だな、と思う。
同じ目線で、同じ景色を見ようとしてくれる彼に対して、罪悪感が沸々と湧き上がる。
「・・・本当に、これで良かったんだろうか・・・」
遠雷が半分すくって子供たちに配りに行った青菜炒めは既に冷め切っており、その皿を前にして、昂遠の気分はますます急降下していくばかりだ。
周囲に視線を向けてみれば、地面に腰を下ろして食事を取る子供たちの背中が見える。
小刻みに動く背中を見ているうちに、昂遠の頬もまた自然と緩んでいった。
(どうやら、無意識に肩に力が入りすぎていたのかもしれないな)
「さあ、食おうぜ」
いつの間にここに来たのか。
子供たちに気を取られていたせいか、馴染みのあるその声にハッと顔を上げれば、仏頂面のままこちらを見下ろす遠雷の姿が見える。
まさか急に現れるとは思っていなかった昂遠の心の臓が激しく揺れ、止まりそうも無い。
(びっびっびっ・・・くりした~!!)
「ん?」
心臓を軽く押さえながら背を向ける昂遠とは対照的に、飯椀を手にしたまま、遠雷は彼の前にどっかりと腰を下ろすと、箸で摘まんだ青菜炒めをパクリと口に放り込んだ。
口に入れた瞬間に広がる生姜の香りが何とも爽やかで香ばしい。
「うん。うまいな」
「あ・・・」
うんうんと頷きながら食べている遠雷を前にして、昂遠は何か話さなければと思ったのだが、こんな時に限って上手い言葉が見つからない。
(相変わらず、美しい指だな。ほっそりとしているが色白で-・・・指が長くて)
ふと、見慣れているはずの指を目で追っている事に気付き、何を考えているんだと自分を戒めたくなった。
別に指を黙って眺めているだけで深い理由は無いのだけれど、何とも気恥ずかしいものである。
「ん?」
視線を箸から椀に移して初めて、彼の飯椀が空になっていたことに気が付いた。
時折、顔馴染みになった民から「貴方たちもどうぞ、食べてください」と食料を手渡されることはあるけれど、不思議なことに昂遠の喉に入っていかないのだ。
喉はカラカラと渇き、腹の虫は朝から鳴りっぱなしである。
それにもかかわらず、だ。
せっかく貰ったのだから食べなくてはと思うのに、なかなか手を出そうとしない昂遠を前にして、遠雷はフウと息を吐くと貰ったばかりの料理を子供たちに配りに行ってしまった。
腹が減っているのは自分だけではない。
むしろ、遠雷の方が深刻だ。
妖力を無理に高めて眼へ移し、一定時間、視力を回復させる。
言葉にすれば簡単そうに思えるかもしれないが、その間ずっと妖力を消費し続けなければならない。
その状態で村の再建を手伝うと遠雷から聞かされた時、昂遠は勿論止めた。
しかし、「妖力だって無限じゃないだろう。何かあったらどうするんだ!」と声を荒げる彼に向かって、遠雷は軽く微笑むと「だからだよ。俺の兄者が傷を広げてまで片足突っ込もうとしてるってのに、肝心の弟が同じ景色を見ないでどうする?」と告げたのだ。
それには昂遠も返す言葉を失ってしまった。
「ま、気にすんな」と肩を叩き進む横顔に向かって、何か言わねばと思うのに返す言葉が見つからない。
これは自分だけの問題であって、お前まで一緒に来る必要は無いんだと説得したいのに、こんな時に限ってこの口は動こうとしない。
いや、本当は分かっている。
怖いのだ。
一言で終わらないその言葉は、やがて濁流へと変わるだろう。
感情に任せて告げた言葉によって、今の関係が壊れてしまう事が何よりも恐ろしい。
臆病だな、と思う。
同じ目線で、同じ景色を見ようとしてくれる彼に対して、罪悪感が沸々と湧き上がる。
「・・・本当に、これで良かったんだろうか・・・」
遠雷が半分すくって子供たちに配りに行った青菜炒めは既に冷め切っており、その皿を前にして、昂遠の気分はますます急降下していくばかりだ。
周囲に視線を向けてみれば、地面に腰を下ろして食事を取る子供たちの背中が見える。
小刻みに動く背中を見ているうちに、昂遠の頬もまた自然と緩んでいった。
(どうやら、無意識に肩に力が入りすぎていたのかもしれないな)
「さあ、食おうぜ」
いつの間にここに来たのか。
子供たちに気を取られていたせいか、馴染みのあるその声にハッと顔を上げれば、仏頂面のままこちらを見下ろす遠雷の姿が見える。
まさか急に現れるとは思っていなかった昂遠の心の臓が激しく揺れ、止まりそうも無い。
(びっびっびっ・・・くりした~!!)
「ん?」
心臓を軽く押さえながら背を向ける昂遠とは対照的に、飯椀を手にしたまま、遠雷は彼の前にどっかりと腰を下ろすと、箸で摘まんだ青菜炒めをパクリと口に放り込んだ。
口に入れた瞬間に広がる生姜の香りが何とも爽やかで香ばしい。
「うん。うまいな」
「あ・・・」
うんうんと頷きながら食べている遠雷を前にして、昂遠は何か話さなければと思ったのだが、こんな時に限って上手い言葉が見つからない。
(相変わらず、美しい指だな。ほっそりとしているが色白で-・・・指が長くて)
ふと、見慣れているはずの指を目で追っている事に気付き、何を考えているんだと自分を戒めたくなった。
別に指を黙って眺めているだけで深い理由は無いのだけれど、何とも気恥ずかしいものである。
「ん?」
視線を箸から椀に移して初めて、彼の飯椀が空になっていたことに気が付いた。
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