日々是好日

四宮

文字の大きさ
上 下
15 / 46
1.煙雨の先に

2

しおりを挟む
早朝から陽が落ちるまで、腰に差した瓢箪ヒョウタン水筒スイヅツで喉を潤しつつ、切り倒した木を運び、黙々と家を建て直す。
時折、顔馴染カオナジみになった民から「貴方たちもどうぞ、食べてください」と食料を手渡されることはあるけれど、不思議なことに昂遠コウエンの喉に入っていかないのだ。
喉はカラカラと渇き、腹の虫は朝から鳴りっぱなしである。
それにもかかわらず、だ。

せっかく貰ったのだから食べなくてはと思うのに、なかなか手を出そうとしない昂遠コウエンを前にして、遠雷エンライはフウと息を吐くと貰ったばかりの料理を子供たちに配りに行ってしまった。
腹が減っているのは自分だけではない。

むしろ、遠雷エンライの方が深刻だ。
妖力を無理に高めて眼へ移し、一定時間、視力を回復させる。
言葉にすれば簡単そうに思えるかもしれないが、その間ずっと妖力を消費し続けなければならない。
その状態で村の再建を手伝うと遠雷から聞かされた時、昂遠コウエンは勿論止めた。
しかし、「妖力だって無限じゃないだろう。何かあったらどうするんだ!」と声を荒げる彼に向かって、遠雷は軽く微笑むと「だからだよ。俺の兄者が傷を広げてまで片足突っ込もうとしてるってのに、肝心の弟が同じ景色を見ないでどうする?」と告げたのだ。

それには昂遠も返す言葉を失ってしまった。
「ま、気にすんな」と肩を叩き進む横顔に向かって、何か言わねばと思うのに返す言葉が見つからない。
これは自分だけの問題であって、お前まで一緒に来る必要は無いんだと説得したいのに、こんな時に限ってこの口は動こうとしない。

いや、本当は分かっている。
怖いのだ。

一言で終わらないその言葉は、やがて濁流ダクリュウへと変わるだろう。
感情に任せて告げた言葉によって、今の関係が壊れてしまう事が何よりも恐ろしい。
臆病オクビョウだな、と思う。

同じ目線で、同じ景色を見ようとしてくれる彼に対して、罪悪感が沸々フツフツと湧き上がる。
「・・・本当に、これで良かったんだろうか・・・」
遠雷が半分すくって子供たちに配りに行った青菜炒めは既に冷め切っており、その皿を前にして、昂遠の気分はますます急降下していくばかりだ。

周囲に視線を向けてみれば、地面に腰を下ろして食事を取る子供たちの背中が見える。
小刻みに動く背中を見ているうちに、昂遠の頬もまた自然と緩んでいった。
(どうやら、無意識に肩に力が入りすぎていたのかもしれないな)

「さあ、食おうぜ」
いつの間にここに来たのか。
子供たちに気を取られていたせいか、馴染みのあるその声にハッと顔を上げれば、仏頂面のままこちらを見下ろす遠雷の姿が見える。
まさか急に現れるとは思っていなかった昂遠の心の臓が激しく揺れ、止まりそうも無い。
(びっびっびっ・・・くりした~!!)

「ん?」
心臓を軽く押さえながら背を向ける昂遠とは対照的に、飯椀を手にしたまま、遠雷は彼の前にどっかりと腰を下ろすと、箸で摘まんだ青菜炒めをパクリと口に放り込んだ。
口に入れた瞬間に広がる生姜の香りが何とも爽やかで香ばしい。

「うん。うまいな」
「あ・・・」
うんうんと頷きながら食べている遠雷を前にして、昂遠は何か話さなければと思ったのだが、こんな時に限って上手い言葉が見つからない。
(相変わらず、美しい指だな。ほっそりとしているが色白で-・・・指が長くて)
ふと、見慣れているはずの指を目で追っている事に気付き、何を考えているんだと自分をイマシめたくなった。
別に指を黙って眺めているだけで深い理由は無いのだけれど、何とも気恥ずかしいものである。
「ん?」
視線を箸から椀に移して初めて、彼の飯椀が空になっていたことに気が付いた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

大学生はバックヤードで

リリーブルー
BL
大学生がクラブのバックヤードにつれこまれ初体験にあえぐ。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...