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黒羽織其の六 妖刀さがし
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坂本龍馬と知り合ったのは、武市と共に江戸に剣術修行に出た頃だった。
「以蔵。こん男は坂本龍馬ち言うて。わしの親友じゃ」
「・・・・坂本さん・・」
不意にどこかで聞いたような気がする名前だと以蔵は思ったが、あまり考えても仕方がないと思った彼は眼前に立つ、髪がちりぢりになった男を見た。
癖のある髪を後ろで束ね、目が細く黙っていると無愛想にも思える男に見えたが、人というのは分からないもので。坂本が一度口を開くと、そののんびりとした話し方に以蔵の方が面食らってしまったほどだった。
「わしは坂本龍馬。同じ土佐者同士、仲良うしとおせ」
ニシシと口を大きく開いて人懐っこい笑みを浮かべる龍馬に対して、遠慮がちに以蔵が笑った。それを見てか、
「何じゃ、おまんは固い男じゃのう。・・・んん・・?」
不意に龍馬が覗き込むように以蔵に近づいて行く。
そうして、前髪で目が隠れている彼の顔をよく見ようと、その前髪をぐいっとかき上げたのである。
「・・!?」
「おまん・・まっことええ男じゃのう!」
その行動に驚いて目を見開いたまま、口が半開きになっている以蔵の姿を見て、武市の口元が微かに緩む。
何も言わずに指で口元を隠す半平太とは逆に、龍馬はガハハと豪快に笑っている。
真面目で冗談一つ言わない武市とは逆に、龍馬はよく喋りよく笑う男だった。
「なんじゃなんじゃ!辛気臭い顔しちょってからに!」
と、龍馬が笑いながらバシバシと以蔵の背中を叩く事がよくあったが、以蔵はそんな龍馬の人懐っこく豪快な所が好きだと思った。
一緒にいて楽しくなる相手は嫌いではない。
しかし、そんな龍馬も武市が結成した土佐勤王党を出て、更に脱藩したと聞く。
今は何処で何をしているのか。
何気ない一言で龍馬の笑いにつられて、自分も大笑いをした事を思い出す。
「・・・坂本さん・・・」
抜いた白刃を鞘に戻す。この刀はもしかするともう返せないかもしれない。
「・・・こん刀はわしの宝じゃ・・誰にもやれん・・」
雷鳴に照らされて青白く光る刀をギュッと抱くと、冷たかった鞘がほんの少しだけ熱を帯びたような気がして、以蔵の表情が柔らかくなる。
今の自分には、十分すぎるほどの熱だとも、彼は思った。
「・・・・・・・・」
「今宵は・・ひと嵐来るかもしれもはん・・」
声と共に影が近寄ってくる。
人の気配と共に畳が軋む音を立てた。
四隅に置かれた行灯の一つに蝋燭の火を点けた新兵衛が、以蔵の方へと近づいて来る。
腰を下ろしたままの以蔵の隣で、行灯の中に入れた火皿に火を点けると途端に部屋が明るくなり、側に立つ新兵衛の顔がハッキリと見て取れた。
「・・夜四つ頃に(天誅に)向かうそうじゃ・・」
「ほうか・・・」
はあと息を吐きながら新兵衛が、障子戸を開けるとザアザアと酷く降る雨が容赦なく室内へと入り込んでくる。
「・・酷い雨なあ・・」
「・・・・・・・・」
新兵衛の声に、以蔵は何も返さなかった。
あれから、夜五つに篤之進の屋敷を出た五人は、一度木屋町に向かったものの、あまりの雨の酷さを前にして「今日は流石に何も無いでしょう」と篤之進が言い、そのままお涼と由利乃の待つ屋敷へと戻ることにした。
「・・・・・・・」
湯に入り、寝衣に身を包んで廊下に立っていた鉄心は、先ほどからずっと空を眺めているのだが、肝心の雨はまだ止みそうも無い。
「嫌な予感がする・・」
ザワザワと胸のどこかが騒がしく鳴っている。
理由は分からない。けれど、ずっと何処かでザワザワと騒ぐ何かがあった。
その姿に気がついたのか、布団から出た才蔵が「眠れないのか・・」と隣に立つ。
「嫌な予感が、するんです」
「嫌な予感?」
「胸騒ぎがおさまらなくて・・」
うーんと言いながら才蔵が空を見上げる。
バシャバシャと降る雨は一向に止みそうも無かった。
「行ってみるか・・・」
「え・・・?」
「気になるんだろ・・」
「・・・はい」
「後悔、したくねえもんな」
「才蔵さん・・」
才蔵はポンと鉄心の頭を叩くと「用意するぞ」と声をかけた。
「はい!」
そう返事をした鉄心の表情は明るく、こんな表情を見たのは久しぶりだと才蔵は思った。
悪くない。どうせなら後悔しないほうがいいに決まってる。
「たまにゃあ、雨も悪くねえ」
「以蔵。こん男は坂本龍馬ち言うて。わしの親友じゃ」
「・・・・坂本さん・・」
不意にどこかで聞いたような気がする名前だと以蔵は思ったが、あまり考えても仕方がないと思った彼は眼前に立つ、髪がちりぢりになった男を見た。
癖のある髪を後ろで束ね、目が細く黙っていると無愛想にも思える男に見えたが、人というのは分からないもので。坂本が一度口を開くと、そののんびりとした話し方に以蔵の方が面食らってしまったほどだった。
「わしは坂本龍馬。同じ土佐者同士、仲良うしとおせ」
ニシシと口を大きく開いて人懐っこい笑みを浮かべる龍馬に対して、遠慮がちに以蔵が笑った。それを見てか、
「何じゃ、おまんは固い男じゃのう。・・・んん・・?」
不意に龍馬が覗き込むように以蔵に近づいて行く。
そうして、前髪で目が隠れている彼の顔をよく見ようと、その前髪をぐいっとかき上げたのである。
「・・!?」
「おまん・・まっことええ男じゃのう!」
その行動に驚いて目を見開いたまま、口が半開きになっている以蔵の姿を見て、武市の口元が微かに緩む。
何も言わずに指で口元を隠す半平太とは逆に、龍馬はガハハと豪快に笑っている。
真面目で冗談一つ言わない武市とは逆に、龍馬はよく喋りよく笑う男だった。
「なんじゃなんじゃ!辛気臭い顔しちょってからに!」
と、龍馬が笑いながらバシバシと以蔵の背中を叩く事がよくあったが、以蔵はそんな龍馬の人懐っこく豪快な所が好きだと思った。
一緒にいて楽しくなる相手は嫌いではない。
しかし、そんな龍馬も武市が結成した土佐勤王党を出て、更に脱藩したと聞く。
今は何処で何をしているのか。
何気ない一言で龍馬の笑いにつられて、自分も大笑いをした事を思い出す。
「・・・坂本さん・・・」
抜いた白刃を鞘に戻す。この刀はもしかするともう返せないかもしれない。
「・・・こん刀はわしの宝じゃ・・誰にもやれん・・」
雷鳴に照らされて青白く光る刀をギュッと抱くと、冷たかった鞘がほんの少しだけ熱を帯びたような気がして、以蔵の表情が柔らかくなる。
今の自分には、十分すぎるほどの熱だとも、彼は思った。
「・・・・・・・・」
「今宵は・・ひと嵐来るかもしれもはん・・」
声と共に影が近寄ってくる。
人の気配と共に畳が軋む音を立てた。
四隅に置かれた行灯の一つに蝋燭の火を点けた新兵衛が、以蔵の方へと近づいて来る。
腰を下ろしたままの以蔵の隣で、行灯の中に入れた火皿に火を点けると途端に部屋が明るくなり、側に立つ新兵衛の顔がハッキリと見て取れた。
「・・夜四つ頃に(天誅に)向かうそうじゃ・・」
「ほうか・・・」
はあと息を吐きながら新兵衛が、障子戸を開けるとザアザアと酷く降る雨が容赦なく室内へと入り込んでくる。
「・・酷い雨なあ・・」
「・・・・・・・・」
新兵衛の声に、以蔵は何も返さなかった。
あれから、夜五つに篤之進の屋敷を出た五人は、一度木屋町に向かったものの、あまりの雨の酷さを前にして「今日は流石に何も無いでしょう」と篤之進が言い、そのままお涼と由利乃の待つ屋敷へと戻ることにした。
「・・・・・・・」
湯に入り、寝衣に身を包んで廊下に立っていた鉄心は、先ほどからずっと空を眺めているのだが、肝心の雨はまだ止みそうも無い。
「嫌な予感がする・・」
ザワザワと胸のどこかが騒がしく鳴っている。
理由は分からない。けれど、ずっと何処かでザワザワと騒ぐ何かがあった。
その姿に気がついたのか、布団から出た才蔵が「眠れないのか・・」と隣に立つ。
「嫌な予感が、するんです」
「嫌な予感?」
「胸騒ぎがおさまらなくて・・」
うーんと言いながら才蔵が空を見上げる。
バシャバシャと降る雨は一向に止みそうも無かった。
「行ってみるか・・・」
「え・・・?」
「気になるんだろ・・」
「・・・はい」
「後悔、したくねえもんな」
「才蔵さん・・」
才蔵はポンと鉄心の頭を叩くと「用意するぞ」と声をかけた。
「はい!」
そう返事をした鉄心の表情は明るく、こんな表情を見たのは久しぶりだと才蔵は思った。
悪くない。どうせなら後悔しないほうがいいに決まってる。
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