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黒羽織其の六 妖刀さがし
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その声に「かまん」と呟いた以蔵は少年の側を通り過ぎ、また歩き出したものの、どうしても気になってしまい、ゆっくりと振り返ることにした。
人ごみに紛れるようにその少年の背中が見える。キョロキョロと何かを探しながら歩いている姿は何処から見ても滑稽だった。
その小さな背中を目で追ううちに以蔵の足も自然と止まってしまう。
「あの子供・・」
何を探しているというのだろうか・・?あの小さな背中で。
そのまま通りすぎれば良いというのは分かっている。頭では分かっているのだ。
けれど、どうしても気になってしまい、歩こうとしたのを止めて踵を返し、以蔵は来た道をまた歩き始めた。
「・・何をしゆうがか・・・?」
首を傾げつつも一歩、一歩と足を動かす。
その度に少年に少しずつ近付いていく。
あと少しといった所で、人の気配に気がついた少年が振り返った。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
流れるはこれ以上に無い程の気まずい空気。
人の往来は激しいのに、二人の中を流れるの風は酷くゆったりとしていた。
「・・・・」
それにたじろいだのは以蔵のほうであった。
まさか少年が振り返って、自分を見るとは考えていなかったからだ。
何かを射抜くような赤い瞳。何も話すことなく見上げるその眼には、何の迷いも見られない。
それどころか威圧感さえ漂ってくる。
「・・・・・」
以蔵の眼が、一際大きくなった。
身体が何かに縛られていく感覚。ピンと背中に緊張感にも似た感覚が以蔵を襲い、じとりと背中に何か冷たいものが滑っていく。
それが冷や汗だと気付くまで、そうそう時間はかからなかった。
「・・・・・・・・」
不意に少年が顔を前に戻した。そうしてまた歩いていく。
「・・・・・・・」
以蔵はその場を動く事が出来なかった。
足が動かなかったのだ。こんな感情を持つのは初めてで、どうしていいのか分からない。
無意識に歩き去るその小さな背中の頭を自然と目で追っている自分に気付く。
「・・・・・・・・」
半平太とは違う。新兵衛とも違う。初めての感覚に戸惑いながらも、少年から離れようと、彼はまた踵を返して歩き始めた。
同じ方へと歩いていく人の群れ。明るく話す声。様々な匂い。
それらを耳にしながらも、以蔵は行く当てもないまま歩いていく。
「あいたぁ・・・気付いちょらんがか・・・・」
ぶるりと身体が震える。不意に呟いた声は、すでに人の波に飲まれてしまった後だった。
「鉄は何処へ行ったんだ?」
一方、篤之進の屋敷では、由利乃が過ごす離れにて才蔵が買ったばかりの団子を頬張りながら、お涼に視線を向けている。
一方、急に視線を向けられたお涼はというと湯飲みを手にしたまま困った表情で才蔵を見た。
その先には由利乃も腰を下ろしている。
「・・・・・・・・」
いつもは布団の中で過ごすことが殆どだった由利乃が、足を崩した姿勢で座っている。
障子戸を開けた部屋に優しく降り注ぐ日差しに照らされた由利乃の細い首と白鷺のような肌の色が、今の才蔵には何故か眩しく見えた。
「・・良かった。今日は調子が良いんだな」
そう呟きそうになった声を寸での所で飲み込んで、共に部屋で過ごす丁や源太。篤之進にも視線を向けることにした。
皆がこの離れに集うなんて早々滅多にある事では無い。
珍しいこともあるものだ、と思うけれど、肝心の鉄心の姿は見えないままだった。
「あいつ・・・昨日といい今日といい、一体何をやってやがる」
「そういえば・・・暫らく姿を見ていませんね」
「ううん・・恐らく」
「何か知っているのですか?先生」
源太の声に、篤之進は困ったように後ろ髪をガリガリと引っかくと、ふうと溜息を吐いている。そうして何度目かの息を吸い吐くと全員に視線を向けた。
「先日、世間を騒がせていた浪士の辻斬り事件ですが、どうやら猫目一族が絡んでいるようなのです」
「猫目一族・・?」
才蔵の眉間に皺が寄る。
「猫目一族と言やあ・・平安の時代に廃れたんじゃなかったのですか?」
源太が問う。
「彼らは廃れてはいませんよ。異形狩りが行われている最中、彼らは水面下で猫を使い情報を得ていました。ある程度の事ならば怒りはしなかったのでしょうが・・・」
「もしかして・・・猫又を放ったのかなあ」
丁があぐっと団子を頬張る。その際に、頬についてしまった練り餡を源太が指で拭った。
「その通りですよ。丁」
「猫又ってなんですか?」
由利乃が問うその声に、篤之進が
「人の刀に取り憑く猫の姿をした妖怪ですよ。由利乃。厄介なのは刀にとり憑いて、人の生気を吸ってしまうところにあるんです」
と困ったような表情で説明している。
「じゃあ鉄は、猫目一族を探しに行ったのか?」
「それが・・・ちょっと違うようなのです」
彼は正座をしていた足を崩しつつ首を傾げながら、先日、鉄心が話していた事を思い出していた。
人ごみに紛れるようにその少年の背中が見える。キョロキョロと何かを探しながら歩いている姿は何処から見ても滑稽だった。
その小さな背中を目で追ううちに以蔵の足も自然と止まってしまう。
「あの子供・・」
何を探しているというのだろうか・・?あの小さな背中で。
そのまま通りすぎれば良いというのは分かっている。頭では分かっているのだ。
けれど、どうしても気になってしまい、歩こうとしたのを止めて踵を返し、以蔵は来た道をまた歩き始めた。
「・・何をしゆうがか・・・?」
首を傾げつつも一歩、一歩と足を動かす。
その度に少年に少しずつ近付いていく。
あと少しといった所で、人の気配に気がついた少年が振り返った。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
流れるはこれ以上に無い程の気まずい空気。
人の往来は激しいのに、二人の中を流れるの風は酷くゆったりとしていた。
「・・・・」
それにたじろいだのは以蔵のほうであった。
まさか少年が振り返って、自分を見るとは考えていなかったからだ。
何かを射抜くような赤い瞳。何も話すことなく見上げるその眼には、何の迷いも見られない。
それどころか威圧感さえ漂ってくる。
「・・・・・」
以蔵の眼が、一際大きくなった。
身体が何かに縛られていく感覚。ピンと背中に緊張感にも似た感覚が以蔵を襲い、じとりと背中に何か冷たいものが滑っていく。
それが冷や汗だと気付くまで、そうそう時間はかからなかった。
「・・・・・・・・」
不意に少年が顔を前に戻した。そうしてまた歩いていく。
「・・・・・・・」
以蔵はその場を動く事が出来なかった。
足が動かなかったのだ。こんな感情を持つのは初めてで、どうしていいのか分からない。
無意識に歩き去るその小さな背中の頭を自然と目で追っている自分に気付く。
「・・・・・・・・」
半平太とは違う。新兵衛とも違う。初めての感覚に戸惑いながらも、少年から離れようと、彼はまた踵を返して歩き始めた。
同じ方へと歩いていく人の群れ。明るく話す声。様々な匂い。
それらを耳にしながらも、以蔵は行く当てもないまま歩いていく。
「あいたぁ・・・気付いちょらんがか・・・・」
ぶるりと身体が震える。不意に呟いた声は、すでに人の波に飲まれてしまった後だった。
「鉄は何処へ行ったんだ?」
一方、篤之進の屋敷では、由利乃が過ごす離れにて才蔵が買ったばかりの団子を頬張りながら、お涼に視線を向けている。
一方、急に視線を向けられたお涼はというと湯飲みを手にしたまま困った表情で才蔵を見た。
その先には由利乃も腰を下ろしている。
「・・・・・・・・」
いつもは布団の中で過ごすことが殆どだった由利乃が、足を崩した姿勢で座っている。
障子戸を開けた部屋に優しく降り注ぐ日差しに照らされた由利乃の細い首と白鷺のような肌の色が、今の才蔵には何故か眩しく見えた。
「・・良かった。今日は調子が良いんだな」
そう呟きそうになった声を寸での所で飲み込んで、共に部屋で過ごす丁や源太。篤之進にも視線を向けることにした。
皆がこの離れに集うなんて早々滅多にある事では無い。
珍しいこともあるものだ、と思うけれど、肝心の鉄心の姿は見えないままだった。
「あいつ・・・昨日といい今日といい、一体何をやってやがる」
「そういえば・・・暫らく姿を見ていませんね」
「ううん・・恐らく」
「何か知っているのですか?先生」
源太の声に、篤之進は困ったように後ろ髪をガリガリと引っかくと、ふうと溜息を吐いている。そうして何度目かの息を吸い吐くと全員に視線を向けた。
「先日、世間を騒がせていた浪士の辻斬り事件ですが、どうやら猫目一族が絡んでいるようなのです」
「猫目一族・・?」
才蔵の眉間に皺が寄る。
「猫目一族と言やあ・・平安の時代に廃れたんじゃなかったのですか?」
源太が問う。
「彼らは廃れてはいませんよ。異形狩りが行われている最中、彼らは水面下で猫を使い情報を得ていました。ある程度の事ならば怒りはしなかったのでしょうが・・・」
「もしかして・・・猫又を放ったのかなあ」
丁があぐっと団子を頬張る。その際に、頬についてしまった練り餡を源太が指で拭った。
「その通りですよ。丁」
「猫又ってなんですか?」
由利乃が問うその声に、篤之進が
「人の刀に取り憑く猫の姿をした妖怪ですよ。由利乃。厄介なのは刀にとり憑いて、人の生気を吸ってしまうところにあるんです」
と困ったような表情で説明している。
「じゃあ鉄は、猫目一族を探しに行ったのか?」
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