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黒羽織其の六 妖刀さがし
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そして次の日の朝。目を覚ました鉄心が肝を冷やしたのは言うまでも無い。
ただ、目が覚めてアワアワしている鉄心を見ても才蔵は何も言わなかったし、朝餉の席に才蔵と向かう途中に顔を合わせた篤之進も
「湯を沸かしてありますから、湯に浸かってきなさい」
と、話して部屋に向かって行ってしまう始末。
昨日のことを詫びる間もなく去っていく背中を眺めながら、隣に立つ才蔵に問いかけた。
「・・・いいんでしょうか?僕が湯を使っても・・」
「・・いいんじゃねえか。篤兄もそう言ってるしな」
「・・でも」
「・・・そもそも、ここの家の風呂は俺達が自分から湯屋に行ってるってだけで、篤兄と由利乃だけのものってわけでもねえんだ」
「・・・そうなのですか?」
「ああ。いつも由利乃に合わせて湯を沸かしてる。だから、俺らまで入るとなると、あいつがゆっくり入れねえだろ」
「ああ。なるほど・・」
「それにあいつは・・自由に外を歩けねえからな・・」
ぽつりと呟いた才蔵のその声に、鉄心はズキリと胸が痛くなった。
けれど、深く考えていても仕方がないと思い、せっかくの厚意に甘えることにしたのである。
朝餉を終えて暫くして、鉄心は再度、篤之進の部屋を訪ねることにした。
勿論、昨夜の話の続きの為だったが、昨夜の自身の起こした行動も含めてか、どうにも気恥ずかしく、思い出すだけで顔から火が出てしまう。
けれど、眼前に座す篤之進に変わりはなく、その様子を見て、鉄心はしっかりせねばと息を吐くと、昨夜の話の続きを始める事にした。
「・・どうすればいいのでしょうか?」
「そうですね。・・猫又は刀に取り憑く邪気の一種で、これが厄介なのですが・・刀に、もともとある生気を吸い取ってしまいます。人の持つものには、念と呼ばれるものがあります。ずっと持っていると、その者の想いや感情が物にも移っていくのです」
「付喪神とは・・違うのですか?」
鉄心の質問に、篤之進がフフフと笑う。
「良い質問ですね。九十九神が何か知っていますか?」
「いえ・・詳しくは・・ただ」
「ただ?」
「あ・・僕が住んでいた島では物には神がつくから大事にしなさいと常々言われていて・・。名前は知らなかったのですが、兄が付喪神だと教えてくれたことがあったのです」
もう随分と昔の話なのですけど・・。そう言って鉄心が遠慮がちに笑っている。
「なるほど」
篤之進は鉄心の言葉を聞きながら、長机の上に乗せていた半紙を取り出すと、筆を用いて
『付喪神』『九十九神』とふたつの文字をさらりと書いた。
「あれ?字がふたつありますよ?」
「どちらも、つくも神と呼びますよ」
「・・・・?」
「つくも神は百年という長い時を超えて使い続けられた道具がやがて霊を宿し、別の姿へ変化すると言われていますよね。九十九年を超えると物自身に霊が宿り、やがて付喪神の姿へと変化することが可能になる。もとの姿は銚子であったり櫛であったり、様々です。だから、変化する事の無いように人々はその前に使っていた道具に別れを告げ、新しいものを使う。では、百年を前にして捨てられた道具はどうなるでしょう?」
「え・・?」
「百年、同じ姿で居続けることが叶えば、霊の姿を宿し別の姿へと生まれ変わることが出来るというのに、あと一年といった所で捨てられたとなっては、その道具はどう思うでしょうか?」
「・・・・あ・・・」
「怒りませんか?あと一歩で新しい姿へと生まれ変わることが出来たのに・・それを寸での所で壊されるのですから・・」
「・・・ああ・・それで」
「まぁ、この話の元は絵巻物に記されていますので、本当の話であるのかどうかは・・私の目からはどうとも言えないのですが」
そう話しながら、篤之進は半紙と筆をまた机に戻した。
ただ、目が覚めてアワアワしている鉄心を見ても才蔵は何も言わなかったし、朝餉の席に才蔵と向かう途中に顔を合わせた篤之進も
「湯を沸かしてありますから、湯に浸かってきなさい」
と、話して部屋に向かって行ってしまう始末。
昨日のことを詫びる間もなく去っていく背中を眺めながら、隣に立つ才蔵に問いかけた。
「・・・いいんでしょうか?僕が湯を使っても・・」
「・・いいんじゃねえか。篤兄もそう言ってるしな」
「・・でも」
「・・・そもそも、ここの家の風呂は俺達が自分から湯屋に行ってるってだけで、篤兄と由利乃だけのものってわけでもねえんだ」
「・・・そうなのですか?」
「ああ。いつも由利乃に合わせて湯を沸かしてる。だから、俺らまで入るとなると、あいつがゆっくり入れねえだろ」
「ああ。なるほど・・」
「それにあいつは・・自由に外を歩けねえからな・・」
ぽつりと呟いた才蔵のその声に、鉄心はズキリと胸が痛くなった。
けれど、深く考えていても仕方がないと思い、せっかくの厚意に甘えることにしたのである。
朝餉を終えて暫くして、鉄心は再度、篤之進の部屋を訪ねることにした。
勿論、昨夜の話の続きの為だったが、昨夜の自身の起こした行動も含めてか、どうにも気恥ずかしく、思い出すだけで顔から火が出てしまう。
けれど、眼前に座す篤之進に変わりはなく、その様子を見て、鉄心はしっかりせねばと息を吐くと、昨夜の話の続きを始める事にした。
「・・どうすればいいのでしょうか?」
「そうですね。・・猫又は刀に取り憑く邪気の一種で、これが厄介なのですが・・刀に、もともとある生気を吸い取ってしまいます。人の持つものには、念と呼ばれるものがあります。ずっと持っていると、その者の想いや感情が物にも移っていくのです」
「付喪神とは・・違うのですか?」
鉄心の質問に、篤之進がフフフと笑う。
「良い質問ですね。九十九神が何か知っていますか?」
「いえ・・詳しくは・・ただ」
「ただ?」
「あ・・僕が住んでいた島では物には神がつくから大事にしなさいと常々言われていて・・。名前は知らなかったのですが、兄が付喪神だと教えてくれたことがあったのです」
もう随分と昔の話なのですけど・・。そう言って鉄心が遠慮がちに笑っている。
「なるほど」
篤之進は鉄心の言葉を聞きながら、長机の上に乗せていた半紙を取り出すと、筆を用いて
『付喪神』『九十九神』とふたつの文字をさらりと書いた。
「あれ?字がふたつありますよ?」
「どちらも、つくも神と呼びますよ」
「・・・・?」
「つくも神は百年という長い時を超えて使い続けられた道具がやがて霊を宿し、別の姿へ変化すると言われていますよね。九十九年を超えると物自身に霊が宿り、やがて付喪神の姿へと変化することが可能になる。もとの姿は銚子であったり櫛であったり、様々です。だから、変化する事の無いように人々はその前に使っていた道具に別れを告げ、新しいものを使う。では、百年を前にして捨てられた道具はどうなるでしょう?」
「え・・?」
「百年、同じ姿で居続けることが叶えば、霊の姿を宿し別の姿へと生まれ変わることが出来るというのに、あと一年といった所で捨てられたとなっては、その道具はどう思うでしょうか?」
「・・・・あ・・・」
「怒りませんか?あと一歩で新しい姿へと生まれ変わることが出来たのに・・それを寸での所で壊されるのですから・・」
「・・・ああ・・それで」
「まぁ、この話の元は絵巻物に記されていますので、本当の話であるのかどうかは・・私の目からはどうとも言えないのですが」
そう話しながら、篤之進は半紙と筆をまた机に戻した。
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