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黒羽織其の六 妖刀さがし
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「・・・・・くん・・鉄くん・・」
誰かが自分を呼ぶ声にハッと我に返る。その声はもう聞こえてはいなかった。
ただ、赤黒く染まる視界だけがやけに色濃く映ったままであった。
「・・あ・・・」
何度も瞬きを繰り返す。ふと見た視線の先には天井があり、良く知る篤之進の眼鏡が見える。
「・・・・・」
「大丈夫、ですか?」
「・・は・・・・い」
項垂れながら定まらない視線の先にあるもの。それは、ぼんやりと映った昨晩の主だった。
「・・・・?」
瞬きを繰り返しながら、左に視線を向ければ長く伸びた畳が見える。
「・・・?」
はたと思う。自分は正座の姿勢で畳に座していなかったか・・と?
「あ・・れ・・」
口と鼻を覆うように乗せていた布を取る篤之進がフッと肩の力を抜きながら、安堵の笑みを返す姿が目に留まる。
その表情に、自分は彼に支えられていたのだと、その時初めて気が付いた。
「・・あっ・・あのっ・・づぅっ・・」
「まだ動いてはいけませんよ。鉄くん。話はこのままでもできますから」
「・・です・・が・・」
「失礼いたします」
すーっと襖戸の開く音がする。その声に、鉄心は雫が入室したのだとすぐに分かった。
「ああ。ご苦労様。そこに置いて頂けますか?」
「かしこまりました」
失礼いたしますと話す声が遠くに聞こえる。
静かに閉じるその音に雫の退室を感じながら、鉄心はぼんやりとした視界のままで篤之進に視線を向けた。
「・・・もう暫くしたら才蔵を呼びましょう。そして今日はもう休みなさい」
「・・ですが・・・」
「いいのですよ。また明日にしましょうか」
「・・・・」
「ね?」と呟きながら篤之進が鉄心の髪を優しく梳いていく。
その温かさと優しさに、うとうとと睡魔を感じた彼はそのまま眠りの淵に堕ちていってしまったのだった。
「・・・・・・」
すうすうと規則正しい寝息が聞こえる。
自身の羽織を鉄心に掛けながら、篤之進は何かを考えるように息を深く吸い吐いていた。
「・・・闇夜だけかと思っていたが、猫目まで出てくるとは・・・」
呟いた声が静寂の淵に沈んでいく。
『・・・・・・』
篤之進の側に透明な腕が触れる。しなやかな指先が背中越しに抱くように彼の肩へと伸びた。
「心配してくれているんだろう?分かってる。大丈夫だ」
「・・・・・・」
背中越しにジジジと震えるその感触に篤之進の表情が先ほどよりも柔らかくなる。
「・・それにしても・・」
あどけない寝顔をさらけ出したまま眠る鉄心に篤之進はふと視線を向けた。
「何の因果か・・君も苦労するな・・」
呟いたその声は、鉄心に届くことはなかった。
「・・・・・・・ん・・」
ぼーっとした意識の中で、ゆっくりと瞳を開く、と見覚えのある部屋の匂いが鼻に届いた。
「・・・?」
すんすんと鼻を動かしてみる。やけに頬が温かいのは気のせいだろうか?そんなことを思いながら鉄心がモゾモゾと腕を動かすと
「・・起きたか?」
急に真下から聞こえるその声に、鉄心の心の臓が飛び出しそうになってしまった。
とくんとくんと心地良い音が静かに伝わってくる。
「・・・・ふへ・・?」
「悪かったな・・一人で行かせちまってよ」
「さいぞ・・さん」
「おう・・」
「あたたかい・・」
「もう少し寝とけ。まだ早ぇ」
「ん・・」
最初は二人で並んで寝ていたはずが、いつの間にか寄ってきたのだろう。やけに重い何かがいると目を覚ました才蔵の視界に飛び込んできた光景は、鉄心が才蔵の腹を枕に熟睡している姿だった。
「・・・・・」
いつもなら、ちゃんと自分の布団で寝ろよと移動させるのだけれど、なんだかそれをしてはいけない気がして、才蔵はそのままズレ落ちていた衾(長方形の掛け布団)をかけ直すと自身もまた眠ることにしたのである。
誰かが自分を呼ぶ声にハッと我に返る。その声はもう聞こえてはいなかった。
ただ、赤黒く染まる視界だけがやけに色濃く映ったままであった。
「・・あ・・・」
何度も瞬きを繰り返す。ふと見た視線の先には天井があり、良く知る篤之進の眼鏡が見える。
「・・・・・」
「大丈夫、ですか?」
「・・は・・・・い」
項垂れながら定まらない視線の先にあるもの。それは、ぼんやりと映った昨晩の主だった。
「・・・・?」
瞬きを繰り返しながら、左に視線を向ければ長く伸びた畳が見える。
「・・・?」
はたと思う。自分は正座の姿勢で畳に座していなかったか・・と?
「あ・・れ・・」
口と鼻を覆うように乗せていた布を取る篤之進がフッと肩の力を抜きながら、安堵の笑みを返す姿が目に留まる。
その表情に、自分は彼に支えられていたのだと、その時初めて気が付いた。
「・・あっ・・あのっ・・づぅっ・・」
「まだ動いてはいけませんよ。鉄くん。話はこのままでもできますから」
「・・です・・が・・」
「失礼いたします」
すーっと襖戸の開く音がする。その声に、鉄心は雫が入室したのだとすぐに分かった。
「ああ。ご苦労様。そこに置いて頂けますか?」
「かしこまりました」
失礼いたしますと話す声が遠くに聞こえる。
静かに閉じるその音に雫の退室を感じながら、鉄心はぼんやりとした視界のままで篤之進に視線を向けた。
「・・・もう暫くしたら才蔵を呼びましょう。そして今日はもう休みなさい」
「・・ですが・・・」
「いいのですよ。また明日にしましょうか」
「・・・・」
「ね?」と呟きながら篤之進が鉄心の髪を優しく梳いていく。
その温かさと優しさに、うとうとと睡魔を感じた彼はそのまま眠りの淵に堕ちていってしまったのだった。
「・・・・・・」
すうすうと規則正しい寝息が聞こえる。
自身の羽織を鉄心に掛けながら、篤之進は何かを考えるように息を深く吸い吐いていた。
「・・・闇夜だけかと思っていたが、猫目まで出てくるとは・・・」
呟いた声が静寂の淵に沈んでいく。
『・・・・・・』
篤之進の側に透明な腕が触れる。しなやかな指先が背中越しに抱くように彼の肩へと伸びた。
「心配してくれているんだろう?分かってる。大丈夫だ」
「・・・・・・」
背中越しにジジジと震えるその感触に篤之進の表情が先ほどよりも柔らかくなる。
「・・それにしても・・」
あどけない寝顔をさらけ出したまま眠る鉄心に篤之進はふと視線を向けた。
「何の因果か・・君も苦労するな・・」
呟いたその声は、鉄心に届くことはなかった。
「・・・・・・・ん・・」
ぼーっとした意識の中で、ゆっくりと瞳を開く、と見覚えのある部屋の匂いが鼻に届いた。
「・・・?」
すんすんと鼻を動かしてみる。やけに頬が温かいのは気のせいだろうか?そんなことを思いながら鉄心がモゾモゾと腕を動かすと
「・・起きたか?」
急に真下から聞こえるその声に、鉄心の心の臓が飛び出しそうになってしまった。
とくんとくんと心地良い音が静かに伝わってくる。
「・・・・ふへ・・?」
「悪かったな・・一人で行かせちまってよ」
「さいぞ・・さん」
「おう・・」
「あたたかい・・」
「もう少し寝とけ。まだ早ぇ」
「ん・・」
最初は二人で並んで寝ていたはずが、いつの間にか寄ってきたのだろう。やけに重い何かがいると目を覚ました才蔵の視界に飛び込んできた光景は、鉄心が才蔵の腹を枕に熟睡している姿だった。
「・・・・・」
いつもなら、ちゃんと自分の布団で寝ろよと移動させるのだけれど、なんだかそれをしてはいけない気がして、才蔵はそのままズレ落ちていた衾(長方形の掛け布団)をかけ直すと自身もまた眠ることにしたのである。
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