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黒羽織其の六 妖刀さがし
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背中を冷たいものが走る。
ごくりと喉を鳴らしながらも、彼の体はピタリと固まったように身動きが取れないままだった。
頭からも顔からも汗がポタポタと垂れてしまっている。
彼の着物は汗ばんで酷く心地が悪かった。ベタベタした手のひらに当たる砂が、ごつごつして余計に気持ちが悪い。しかしそんなことを悠長に考える暇などありはしなかった。
彼の肩に掛かるキラリと光る何か。
それが刃の切っ先であることを鉄心は知っている。
だからこそ、彼は身動きが取れなかったのだ。
「・・・・・おまん・・誰ぞ・・・」
つーっと首筋に汗が伝い、月の光がうっすらと足元を照らしていく。
囁くようにか細い声。男の声なのか。女子の声なのか。
はっきりとは分からない。それほどにその者の声は中性的な声であった。
鉄心は相手に悟られまいとカタカタと肩を震わせながらも、ゆっくりとその刃物の方へと視線を傾けた。
彼の眼の前には鋭く尖った切っ先が見える。それを睨みつけるように、彼は刃物を持つ者の顔を見ようとゆっくりと顔を上げていった。
「・・・・・・・・・・・」
視線がかち合った瞬間、鉄心の瞳が丸くなる。
なんという眼をしているのだろう。
最初に彼が思ったのはそれだった。
まるで深い池の底のような色をしている。どろりとした泥にまみれたような感覚が余計に彼の動きを封じているように思えてならない。
「・・・・・・」
ごくりと唾を飲み込む音が余計に大きく響く。
月明かりの下で見下ろされた、その瞳の先。
その人物は鉄心に刀を向けたまま、微動だにしていない。
短いその髪も透き通ったように光を帯びている。
前髪も後ろ髪も一律に切り揃えられているその髪型は、まるで市松人形を彷彿とさせるようだった。
「・・・・・・・」
頭も小さく、鼻も口も小さい。痩躯な体つきをしているその者は、はたと見れば男なのか女なのか見分ける事が出来ない。夜なのに着ている着物の柄がはっきりと見渡せるのはもともとの色柄が派手なせいだろう。
桜の花びらに格子というなんとも変わった柄の着物に、袴を穿いたその者の足の先は鉄心とは違い西洋のブーツを履いている。
美しく磨かれているのだろう。人を斬った後だというのに、その靴には血痕一つ付着していないどころか、月光が反射して艶々と光沢を帯びている。
「もう一度問う。おまん、誰ぞ・・・」
低い掠れたような声。眉一つ動かさないままの表情で鉄心を見下ろしているその表情は、冷たいままだ。
「・・・斬ったのは・・・あなたですか・・・」
睨みを据えたまま、鉄心は静かに口を開く。
「・・・・・・・・・・・・」
確かめなければならない事が彼にはある。
もしもその者が妖刀の持ち主ならば、ここでその妖刀を封じなければならないからだ。
その為に彼は此処にいる。だからこそ覚悟を決めなければ・・・鉄心はそう思った。
「・・・・あなたが・・・斬ったのですか・・・」
その声の主は何も言わない。それどころか視線を鉄心から外しながら、何処か遠くを見ているようだった。
「・・・猫又が・・・逃げてしもうたがや・・」
追わねば・・。それだけを呟くと、切っ先を鉄心から外し踵を返すように何処かへと走り去ってしまった。
「・・・・ねこ・・また・・・?」
タッタッタッタッとリズミカルに響く音を余所に一人取り残された鉄心は、遺体の側で起こしかけた体をそのままに、暫らく呆然と何者かが走り去った先を見ていた。
「猫又・・?」
あれから屋敷へと戻った鉄心は、篤之進に見たことをありのままに話すことにした。
信じてもらえるかどうかは分からない。けれどありのままを伝える必要があると彼は思ったのだ。
予め伝えていたのだろう。座した雫が控える部屋の中には篤之進と鉄心の二人しかいなかった。
ごくりと喉を鳴らしながらも、彼の体はピタリと固まったように身動きが取れないままだった。
頭からも顔からも汗がポタポタと垂れてしまっている。
彼の着物は汗ばんで酷く心地が悪かった。ベタベタした手のひらに当たる砂が、ごつごつして余計に気持ちが悪い。しかしそんなことを悠長に考える暇などありはしなかった。
彼の肩に掛かるキラリと光る何か。
それが刃の切っ先であることを鉄心は知っている。
だからこそ、彼は身動きが取れなかったのだ。
「・・・・・おまん・・誰ぞ・・・」
つーっと首筋に汗が伝い、月の光がうっすらと足元を照らしていく。
囁くようにか細い声。男の声なのか。女子の声なのか。
はっきりとは分からない。それほどにその者の声は中性的な声であった。
鉄心は相手に悟られまいとカタカタと肩を震わせながらも、ゆっくりとその刃物の方へと視線を傾けた。
彼の眼の前には鋭く尖った切っ先が見える。それを睨みつけるように、彼は刃物を持つ者の顔を見ようとゆっくりと顔を上げていった。
「・・・・・・・・・・・」
視線がかち合った瞬間、鉄心の瞳が丸くなる。
なんという眼をしているのだろう。
最初に彼が思ったのはそれだった。
まるで深い池の底のような色をしている。どろりとした泥にまみれたような感覚が余計に彼の動きを封じているように思えてならない。
「・・・・・・」
ごくりと唾を飲み込む音が余計に大きく響く。
月明かりの下で見下ろされた、その瞳の先。
その人物は鉄心に刀を向けたまま、微動だにしていない。
短いその髪も透き通ったように光を帯びている。
前髪も後ろ髪も一律に切り揃えられているその髪型は、まるで市松人形を彷彿とさせるようだった。
「・・・・・・・」
頭も小さく、鼻も口も小さい。痩躯な体つきをしているその者は、はたと見れば男なのか女なのか見分ける事が出来ない。夜なのに着ている着物の柄がはっきりと見渡せるのはもともとの色柄が派手なせいだろう。
桜の花びらに格子というなんとも変わった柄の着物に、袴を穿いたその者の足の先は鉄心とは違い西洋のブーツを履いている。
美しく磨かれているのだろう。人を斬った後だというのに、その靴には血痕一つ付着していないどころか、月光が反射して艶々と光沢を帯びている。
「もう一度問う。おまん、誰ぞ・・・」
低い掠れたような声。眉一つ動かさないままの表情で鉄心を見下ろしているその表情は、冷たいままだ。
「・・・斬ったのは・・・あなたですか・・・」
睨みを据えたまま、鉄心は静かに口を開く。
「・・・・・・・・・・・・」
確かめなければならない事が彼にはある。
もしもその者が妖刀の持ち主ならば、ここでその妖刀を封じなければならないからだ。
その為に彼は此処にいる。だからこそ覚悟を決めなければ・・・鉄心はそう思った。
「・・・・あなたが・・・斬ったのですか・・・」
その声の主は何も言わない。それどころか視線を鉄心から外しながら、何処か遠くを見ているようだった。
「・・・猫又が・・・逃げてしもうたがや・・」
追わねば・・。それだけを呟くと、切っ先を鉄心から外し踵を返すように何処かへと走り去ってしまった。
「・・・・ねこ・・また・・・?」
タッタッタッタッとリズミカルに響く音を余所に一人取り残された鉄心は、遺体の側で起こしかけた体をそのままに、暫らく呆然と何者かが走り去った先を見ていた。
「猫又・・?」
あれから屋敷へと戻った鉄心は、篤之進に見たことをありのままに話すことにした。
信じてもらえるかどうかは分からない。けれどありのままを伝える必要があると彼は思ったのだ。
予め伝えていたのだろう。座した雫が控える部屋の中には篤之進と鉄心の二人しかいなかった。
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