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黒羽織其の六 妖刀さがし
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「・・・・・・」
鉄心が歩く度に提灯の灯りが揺れる。
辺りはよく目を凝らさなければ見えないほど暗く、同じように提灯を持った男の人と途中すれ違いながらゆっくりと歩いていた。ずっと屋敷が長く続いている場所を歩く。
「・・・・静かだな・・」
無意識にそんな言葉が口をついて出てしまう。
昼間は人で多く溢れているはずの場所も、この時間となるとひっそりと静まり返ってしまっている。瓦版で見るよりもずっと長く民家が続いているように見えた。
そうして
「いいか。この辺りは民家が多く立ち並んでいるだろ?」
「・・はい」
「夜になったら誰もいなくなっちまう。それくれぇ寂しい道だ。だがな、四条大橋の下を流れる鴨川に沿って歩いていけば、その先は夜でも人通りの多い場所に出る」
「四条大橋・・」
「ああ。そこは人の数も多ければ旅籠もあり店もある。提灯なんて必要ねえぐれぇ、賑やかだから驚くぞ」
「へえ・・」
鉄心はひっそりと静まり返った道を歩きながら、前に才蔵から聞いていた事を思い出した。
『どうして忘れていたんだろう・・?そんなに昔の話じゃなかったはずなのに・・』
「そうか、どうせ行くなら人の通る道が良い」
そう無意識に呟きながら、鉄心は鴨側沿いに向かって歩く事に決め、来た道を戻ろうと踵を返す事にしたのだった。
「・・・?」
そうして戻り始めてすぐに、どこからかニヤ―ッと、か弱い鳴き声にビクリと鉄心の背中が強張った。
首を傾げながらも声のする方へ顔を向けると、またニャ―ッと鳴く声が聞こえる。
「・・・猫・・・?」
不意にそんな言葉が口をついて出てしまう。
闇の先から聞こえる、か細い鳴き声のする方へ歩いて行こうと足を進めようとしたその時、
「・・・っ!」
ぞわりと鉄心の身体が震え、一瞬にして鳥肌が立った。
背中に何かが走ったように周囲が冷たくなる。ぞわぞわと何かが身体に走る感触。ガタガタと震えが止まらず、身震いしながらも後ろを振り向こうとしたその時だった。
「ぎゃああああーっ!!!!!」
まるで何かに襲われたような声。闇を劈くような叫び声に、鉄心の小さな眼が大きく見開かれた。
提灯を投げ捨てながら、その声目指して駆け寄る彼の足が自然と速くなっていく。
ドッドッドッと心の臓が大きく唸りを上げている。まだ震えが止まらないままだ
その震えを何とかしようと、彼は胸に手を当てたまま走り出した。
『・・・・っ!?』
目の前には角道が見える。その角を曲がろうとした時だった。
「うわっ!」
突然何かに足を取られ、彼の体はクルンと宙を舞いながら地面へと頭から突っ込んだ。
ドサリと闇の中に音が消える。
「あでででで・・・・」
顎を抑え涙目になりながら、一体何事かと顔を上げた彼の眼前に何か妙なものがある事に気が付いた。
「・・・?」
声を出す余裕もないまま、鉄心は眼前の光景にずっと視線を向けたままだ。
「・・・・?」
目の前に何かがある。
薄明かりの中でよくは見えないが、何か平べったい形のような物が横たわっている気がして、彼はよく見ようと少しばかり首を前に突き出した。
「・・・・っ・・!」
顔を突き出してすぐ、その正体が何であるのか気づいた瞬間、彼は大声を上げようとした口を無意識に両手で覆った。
「・・・・・・・ぅ」
薄暗い闇の中、大きく見開かれた目から飛び出した眼球が耳の方へと垂れ下がり、口からは舌がべろんと伸びている。
眼も口も大きく開いたままの状態で、人間だったものが目の前に倒れているではないか。
「・・・・・・・」
何も言葉が出て来なかった。ガバリと起き上がってはズルズルと手で後ずさる。
どうやら腰が抜けてしまって立てないらしい。
はっはっと声を漏らしながら、後ずさる彼の手に何かが当たったのはそれからすぐの事だった。
「・・・・」
ごくりと唾を飲み込む音だけがやけに大きく耳に届く。
嫌な予感がする。そう彼の脳が叫んでいる。ガチガチガチと口元の震えが止まらないまま、恐る恐るその手元へと顔を動かして、彼はそのまま固まってしまった。
「・・・・・・・・」
眼前には倒れた人間の顔が見える。
同じように目を見開いたまま、絶命している男の姿。
指にべったりと絡みつく感触と、ぬるりとした熱を直に感じてか、アワアワと無意識に手を泳がせながら周囲を見た。
「・・・・・・・・」
周囲はひっそりとしていて生き物の気配すら感じることが出来ないままだ。
「・・・これは・・まさか・・」
べたべたして生温い、指にべっとりと絡みついたものが、その男の血液である事に気付くまで、少しの時間が必要だった。
「・・・うぁ・・・あう・・あぅ・・」
遺体を目にするのはけして初めてではない。初めてではないはずなのに・・と思うものの、急な状況に頭がついていかないせいか、鉄心の脳内がじわじわと真っ白になる。
彼の頬を熱いものがいくつもいくつも零れ落ちて止まらない。
何も考えることが出来ないまま、はうはうと口をパクパク動かし四つん這いになりながらズルズルと這って動く鉄心の肩に、キラリと光る何かが見えた。
鉄心が歩く度に提灯の灯りが揺れる。
辺りはよく目を凝らさなければ見えないほど暗く、同じように提灯を持った男の人と途中すれ違いながらゆっくりと歩いていた。ずっと屋敷が長く続いている場所を歩く。
「・・・・静かだな・・」
無意識にそんな言葉が口をついて出てしまう。
昼間は人で多く溢れているはずの場所も、この時間となるとひっそりと静まり返ってしまっている。瓦版で見るよりもずっと長く民家が続いているように見えた。
そうして
「いいか。この辺りは民家が多く立ち並んでいるだろ?」
「・・はい」
「夜になったら誰もいなくなっちまう。それくれぇ寂しい道だ。だがな、四条大橋の下を流れる鴨川に沿って歩いていけば、その先は夜でも人通りの多い場所に出る」
「四条大橋・・」
「ああ。そこは人の数も多ければ旅籠もあり店もある。提灯なんて必要ねえぐれぇ、賑やかだから驚くぞ」
「へえ・・」
鉄心はひっそりと静まり返った道を歩きながら、前に才蔵から聞いていた事を思い出した。
『どうして忘れていたんだろう・・?そんなに昔の話じゃなかったはずなのに・・』
「そうか、どうせ行くなら人の通る道が良い」
そう無意識に呟きながら、鉄心は鴨側沿いに向かって歩く事に決め、来た道を戻ろうと踵を返す事にしたのだった。
「・・・?」
そうして戻り始めてすぐに、どこからかニヤ―ッと、か弱い鳴き声にビクリと鉄心の背中が強張った。
首を傾げながらも声のする方へ顔を向けると、またニャ―ッと鳴く声が聞こえる。
「・・・猫・・・?」
不意にそんな言葉が口をついて出てしまう。
闇の先から聞こえる、か細い鳴き声のする方へ歩いて行こうと足を進めようとしたその時、
「・・・っ!」
ぞわりと鉄心の身体が震え、一瞬にして鳥肌が立った。
背中に何かが走ったように周囲が冷たくなる。ぞわぞわと何かが身体に走る感触。ガタガタと震えが止まらず、身震いしながらも後ろを振り向こうとしたその時だった。
「ぎゃああああーっ!!!!!」
まるで何かに襲われたような声。闇を劈くような叫び声に、鉄心の小さな眼が大きく見開かれた。
提灯を投げ捨てながら、その声目指して駆け寄る彼の足が自然と速くなっていく。
ドッドッドッと心の臓が大きく唸りを上げている。まだ震えが止まらないままだ
その震えを何とかしようと、彼は胸に手を当てたまま走り出した。
『・・・・っ!?』
目の前には角道が見える。その角を曲がろうとした時だった。
「うわっ!」
突然何かに足を取られ、彼の体はクルンと宙を舞いながら地面へと頭から突っ込んだ。
ドサリと闇の中に音が消える。
「あでででで・・・・」
顎を抑え涙目になりながら、一体何事かと顔を上げた彼の眼前に何か妙なものがある事に気が付いた。
「・・・?」
声を出す余裕もないまま、鉄心は眼前の光景にずっと視線を向けたままだ。
「・・・・?」
目の前に何かがある。
薄明かりの中でよくは見えないが、何か平べったい形のような物が横たわっている気がして、彼はよく見ようと少しばかり首を前に突き出した。
「・・・・っ・・!」
顔を突き出してすぐ、その正体が何であるのか気づいた瞬間、彼は大声を上げようとした口を無意識に両手で覆った。
「・・・・・・・ぅ」
薄暗い闇の中、大きく見開かれた目から飛び出した眼球が耳の方へと垂れ下がり、口からは舌がべろんと伸びている。
眼も口も大きく開いたままの状態で、人間だったものが目の前に倒れているではないか。
「・・・・・・・」
何も言葉が出て来なかった。ガバリと起き上がってはズルズルと手で後ずさる。
どうやら腰が抜けてしまって立てないらしい。
はっはっと声を漏らしながら、後ずさる彼の手に何かが当たったのはそれからすぐの事だった。
「・・・・」
ごくりと唾を飲み込む音だけがやけに大きく耳に届く。
嫌な予感がする。そう彼の脳が叫んでいる。ガチガチガチと口元の震えが止まらないまま、恐る恐るその手元へと顔を動かして、彼はそのまま固まってしまった。
「・・・・・・・・」
眼前には倒れた人間の顔が見える。
同じように目を見開いたまま、絶命している男の姿。
指にべったりと絡みつく感触と、ぬるりとした熱を直に感じてか、アワアワと無意識に手を泳がせながら周囲を見た。
「・・・・・・・・」
周囲はひっそりとしていて生き物の気配すら感じることが出来ないままだ。
「・・・これは・・まさか・・」
べたべたして生温い、指にべっとりと絡みついたものが、その男の血液である事に気付くまで、少しの時間が必要だった。
「・・・うぁ・・・あう・・あぅ・・」
遺体を目にするのはけして初めてではない。初めてではないはずなのに・・と思うものの、急な状況に頭がついていかないせいか、鉄心の脳内がじわじわと真っ白になる。
彼の頬を熱いものがいくつもいくつも零れ落ちて止まらない。
何も考えることが出来ないまま、はうはうと口をパクパク動かし四つん這いになりながらズルズルと這って動く鉄心の肩に、キラリと光る何かが見えた。
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