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黒羽織其の六 妖刀さがし
08
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八月も十七日を迎えた。
「・・・・・・・・」
その日は朝から騒がしかった。桜祢が消えていったあの日から数日が経過している。
畳屋のおかげで篤之進の部屋も一掃され、井草の匂いが広がっている中で、彼らは何も話すことなく周囲を騒がしている事件に頭を悩ませていた。
めずらしくその席に、お涼と由利乃も座っている。
「人の魂を喰らう妖刀?」
折れていたはずの肩をぐるぐると回しながら才蔵が言う。未だ本調子ではないはずなのに、犬飼の忠告を無視して、彼はがっちりと肩を押さえていた木枠を外してしまった。
それに対して篤之進は渋い顔をしていたが、もう何を言っても聞かぬのだろうと言うのを諦め、せめて無理はしないでおくれよと、彼に再三言い聞かせていたのだった。
「妖刀が人の魂を喰らうなんて初めて聞いたよ。出所は何処なんだい?」
才蔵達の目の前には、篤之進が正座の姿勢で腰を下ろしている。
その時、障子戸が引かれ「失礼します」と、雫が盆に乗せた湯飲みを持って室内に入って来る。彼は皆の前に湯飲みを置くと、一礼して退室してしまった。
その様子を横目で見ながら源太はうーんと首をひねっていたが、やがて街で耳にした噂をポツリポツリと話し始めたのである。
「あれはいつだったか・・深夜に辻斬り騒ぎがありました。あれは三条の池田屋のすぐ近くだったと思います。斬られたのは浪士が三名。いずれも刀を手にしていたのですが・・その惨状は酷いものでした」
「斬りあいなんだろうが・・当たり前なんじゃねえのか?」
才蔵が源太を見る。だが、彼は才蔵のその言葉に黙って首を横に振った。
「ただの斬りあいならば、うちに依頼なんてこねえさ。普通の斬りあいとは違うから、うちに話がきちまったのさ。ねえ。先生」
そう言って源太は篤之進に視線を向けた。彼の表情は沈んだままだ。
それは篤之進も同じだった。
「・・・・刀はどれも、鉄錆びが酷く、刃こぼれを起こしていました。あれでは人どころか、大根すら切れないでしょう・・当然、人が斬れるはずなどないのに浪士が全員斬られていた。それだけではなく、来た人の話では何か野犬の類に食い千切られたように、遺体の損傷は激しかったそうです」
「どっかの腹を空かせた野良犬が、やっちまったとかじゃねえのかよ」
才蔵が問う。再度、源太は黙したまま首を横に振っている。
「三人の持っていた刀はどれも錆びていた。最初から錆びた刀を持ち歩くとは考えにくい。その刀の刃の部分だけが、劣化したように錆びていた刀と、まるで喰われたような遺体の損傷。これを奇怪と言わずしてなんと言いましょう。と言われればそうですねとしか、返しようがありませんでした」
そう源太が言う。
「・・・・・・・・・・」
ううんと何かを考えるように篤之進が唸っているが、その表情は暗く、眉間には皺が刻まれていた。
「・・・・その斬られた浪士の出所が気になります。最近は、京の街も物騒になってきました。奇怪な事件とは別に、七月の二十三日には鴨川で生首が晒されていたそうですし・・・先だっての桜祢さんの件もそうです。そしてこの辻斬り騒動・・・。嫌なことにならなければ良いのですが・・・」
そう言って、彼は湯飲みに口を付けた。
「・・でも、その辻斬りを探すにしたって、どうやって探すんです?」
そう由利乃が問う。
「今回は皆でまとまって行動するのではなく、四方に散って探すのが良いと思います。いつ、どこで辻斬りが起こるか分からない。ならば一人一人が探すしか他ないでしょう」
そこまで言って、篤之進は鉄心をちらりと見た。
急に視線を向けられた鉄心の目が丸くなる。
「鉄君。今回は今までとは違い、貴方も一人で行動してもらうことになります。出来ますか?」
「・・やります」
鉄心は一呼吸置いた後、篤之進の目を真っ直ぐに見つめてそう答えた。
その表情に、篤之進の顔に笑みが浮かび、「そうですか」と呟くと、明日の夜五つ始めるとしましょうと言って、この話を終りにしたのだった。
「・・・・・・・・」
その日は朝から騒がしかった。桜祢が消えていったあの日から数日が経過している。
畳屋のおかげで篤之進の部屋も一掃され、井草の匂いが広がっている中で、彼らは何も話すことなく周囲を騒がしている事件に頭を悩ませていた。
めずらしくその席に、お涼と由利乃も座っている。
「人の魂を喰らう妖刀?」
折れていたはずの肩をぐるぐると回しながら才蔵が言う。未だ本調子ではないはずなのに、犬飼の忠告を無視して、彼はがっちりと肩を押さえていた木枠を外してしまった。
それに対して篤之進は渋い顔をしていたが、もう何を言っても聞かぬのだろうと言うのを諦め、せめて無理はしないでおくれよと、彼に再三言い聞かせていたのだった。
「妖刀が人の魂を喰らうなんて初めて聞いたよ。出所は何処なんだい?」
才蔵達の目の前には、篤之進が正座の姿勢で腰を下ろしている。
その時、障子戸が引かれ「失礼します」と、雫が盆に乗せた湯飲みを持って室内に入って来る。彼は皆の前に湯飲みを置くと、一礼して退室してしまった。
その様子を横目で見ながら源太はうーんと首をひねっていたが、やがて街で耳にした噂をポツリポツリと話し始めたのである。
「あれはいつだったか・・深夜に辻斬り騒ぎがありました。あれは三条の池田屋のすぐ近くだったと思います。斬られたのは浪士が三名。いずれも刀を手にしていたのですが・・その惨状は酷いものでした」
「斬りあいなんだろうが・・当たり前なんじゃねえのか?」
才蔵が源太を見る。だが、彼は才蔵のその言葉に黙って首を横に振った。
「ただの斬りあいならば、うちに依頼なんてこねえさ。普通の斬りあいとは違うから、うちに話がきちまったのさ。ねえ。先生」
そう言って源太は篤之進に視線を向けた。彼の表情は沈んだままだ。
それは篤之進も同じだった。
「・・・・刀はどれも、鉄錆びが酷く、刃こぼれを起こしていました。あれでは人どころか、大根すら切れないでしょう・・当然、人が斬れるはずなどないのに浪士が全員斬られていた。それだけではなく、来た人の話では何か野犬の類に食い千切られたように、遺体の損傷は激しかったそうです」
「どっかの腹を空かせた野良犬が、やっちまったとかじゃねえのかよ」
才蔵が問う。再度、源太は黙したまま首を横に振っている。
「三人の持っていた刀はどれも錆びていた。最初から錆びた刀を持ち歩くとは考えにくい。その刀の刃の部分だけが、劣化したように錆びていた刀と、まるで喰われたような遺体の損傷。これを奇怪と言わずしてなんと言いましょう。と言われればそうですねとしか、返しようがありませんでした」
そう源太が言う。
「・・・・・・・・・・」
ううんと何かを考えるように篤之進が唸っているが、その表情は暗く、眉間には皺が刻まれていた。
「・・・・その斬られた浪士の出所が気になります。最近は、京の街も物騒になってきました。奇怪な事件とは別に、七月の二十三日には鴨川で生首が晒されていたそうですし・・・先だっての桜祢さんの件もそうです。そしてこの辻斬り騒動・・・。嫌なことにならなければ良いのですが・・・」
そう言って、彼は湯飲みに口を付けた。
「・・でも、その辻斬りを探すにしたって、どうやって探すんです?」
そう由利乃が問う。
「今回は皆でまとまって行動するのではなく、四方に散って探すのが良いと思います。いつ、どこで辻斬りが起こるか分からない。ならば一人一人が探すしか他ないでしょう」
そこまで言って、篤之進は鉄心をちらりと見た。
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「鉄君。今回は今までとは違い、貴方も一人で行動してもらうことになります。出来ますか?」
「・・やります」
鉄心は一呼吸置いた後、篤之進の目を真っ直ぐに見つめてそう答えた。
その表情に、篤之進の顔に笑みが浮かび、「そうですか」と呟くと、明日の夜五つ始めるとしましょうと言って、この話を終りにしたのだった。
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