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序章・一話
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赤黒い空。濃い藍の色が一瞬で赤黒く染まり、黒く大きな影が蠢く。
必死に手を伸ばして掴もうとするものの、行く手を阻まれ辿り着くことが出来ないままだ。
「兄者!!」
闇の中から必死に叫ぶ声がする。しかし、それは黒く大きな影によって消されてしまった。
「兄者!兄者!あにっ・・・」
何度も何度も。動く波のように押し寄せてくる闇を必死にかき分けている手が見えた。
手を伸ばして、黒い影に飲まれようとする者の手を必死に掴もうとしていた子供がいる。
子供が掴もうとしていたのは、目の前にいる兄だった。
まるで塗りつぶされるかのように、赤黒く不気味に動く影。
その中に飲まれていく青年の姿。
赤黒く不気味に動く影からは、微かに青年の口元が見える。
その口元が微かに、でもゆっくりと「・・・かげ・・と・・・ら・・」と動いた。
影虎と呼ばれた少年の目は涙と汗でぐちゃぐちゃになっている。
それでも兄に向かって必死に手を伸ばし続けた。
闇に埋れながらも伸ばした手が震え、ぎりぎりと間接が痛みを訴えている。
ごうごうと吹き付ける風は生ぬるく熱を帯びているため、熱く息が苦しかった。
ぬるぬると動く闇。不意に影の中から兄の顔が見えた。
その顔は何かを察していてその口元が微かに動いている。
「・・・・・・・」
何かを諦めたかのように微かに笑う兄の口元。目元。
その瞬間、影虎の目は、一際大きくなった。
「あにじゃぁあぁあぁぁぁぁぁっ!!!!!!!」
ごううんと一際大きく風が吹き、同時に兄の姿が飲まれるように消えていく。
「あっ・・あにっ・・」
見開いた眼の先に、優しく微笑む兄の笑顔が見えた気がした。
「・・いっ・・いやだ・・あにっ・・!・・あにっ・・」
潤んだ目の先にある光景は変わらない。
すべてを飲み込んでいくかのように迫る闇が、もうすぐそこまで来ており、間違いなく今度は自分の番だと影虎は悟った。
闇の先からは燃えるように熱い風が吹き続けている。
その風のせいで喉の奥が焼け付くように熱く痛みも生じていたが、それらをどうすることも出来ないまま、ただ前を見ることしか出来なかった。
「・・・っ」
むせ返るような熱さの中で、影虎の瞳からはボロボロと水滴が零れては落ちていく。
全てが消える。消えて、なくなってしまう。
今まで住んでいた場所も、皆も、兄も、見ていた全てが消えていく。
「うわぁぁぁああああああっ!!!!!」
兄の手を掴もうと伸ばした手も、体も、全てが闇の中に飲まれる寸前、まるでお前も来いと言わんばかりに、闇が影虎を包み込み、まるで生き物であるかのような強い力で、彼もまた闇という名の洪水の中に消えてしまったのである。
文久二年 四月-京都。
「・・・いるぞ・・」
耳元で何かが聞こえる。人のような声だ。
薄桃色の桜の木が目の前にある。辺り一面満開に咲く桜の木。
何だか懐かしく暖かい。桜の木々からは日差しが反射してキラキラと光っている。
その中に、影虎は見覚えのある者の姿を見た。
長く黒い髪を一つに結った紺色の忍び装束。誰よりも良く知っている背中。
「兄者・・・」
不意に呼ばれてその人物が振り返った。
黒い髪が肌を掠め、その表情は髪に隠されて、こちらからは窺う事が出来ない。
「影虎・・」
と、呼ぶ青年の口元が微かに笑う。
それはどこかで聞いた事のある声だった。
「あっ!」
近付こうとしたその時、ぶわりと大きな風が吹いた。
とっさに両腕で顔を庇う。その瞬間、上へ上へと舞い始める桜の花びらが目の前の兄を隠すように吹き始める。
「・・・あっ・・あにじゃ!!」
腕で花を振り払おうともがくものの、桜の花びらは一向に減ろうとしない。
それどころか、増えていく一方にある。
「影虎・・・」
桜の花びらから、うっすらと見える兄の口元。
微かに動くその唇から零れた声は、果たして・・。
「・・いっ!」
「・・・・・ぞ・・・」
何かの声に薄れていく意識が段々と上がって行く。
目の辺りが燃えるように熱い。
「おい!生きてるぞ!子供だ!子供がいる!」
誰か知らない声がする。知らない足音がいくつも聞こえる。
体が鉛のように重く、目の周りはチリチリと燃えるように熱い。
結っていた髪結いの紐が解けたのだろう。
後頭部に違和感が無くなっている。
黒い煙がいくつも鼻を掠めていくせいで、酷く息が苦しい。
焦げ臭い匂いが充満しているせいか、喉が焼けるように熱かった。
「大丈夫か!?あんた!おい!」
「お救い小屋へ運べ!早く!」
声がいくつも聞こえる。
ふわりと身体が軽くなった。
誰かが自分の体を持ち上げているのかもしれない。
しかし、そこでまた彼の意識は途絶えてしまった。
必死に手を伸ばして掴もうとするものの、行く手を阻まれ辿り着くことが出来ないままだ。
「兄者!!」
闇の中から必死に叫ぶ声がする。しかし、それは黒く大きな影によって消されてしまった。
「兄者!兄者!あにっ・・・」
何度も何度も。動く波のように押し寄せてくる闇を必死にかき分けている手が見えた。
手を伸ばして、黒い影に飲まれようとする者の手を必死に掴もうとしていた子供がいる。
子供が掴もうとしていたのは、目の前にいる兄だった。
まるで塗りつぶされるかのように、赤黒く不気味に動く影。
その中に飲まれていく青年の姿。
赤黒く不気味に動く影からは、微かに青年の口元が見える。
その口元が微かに、でもゆっくりと「・・・かげ・・と・・・ら・・」と動いた。
影虎と呼ばれた少年の目は涙と汗でぐちゃぐちゃになっている。
それでも兄に向かって必死に手を伸ばし続けた。
闇に埋れながらも伸ばした手が震え、ぎりぎりと間接が痛みを訴えている。
ごうごうと吹き付ける風は生ぬるく熱を帯びているため、熱く息が苦しかった。
ぬるぬると動く闇。不意に影の中から兄の顔が見えた。
その顔は何かを察していてその口元が微かに動いている。
「・・・・・・・」
何かを諦めたかのように微かに笑う兄の口元。目元。
その瞬間、影虎の目は、一際大きくなった。
「あにじゃぁあぁあぁぁぁぁぁっ!!!!!!!」
ごううんと一際大きく風が吹き、同時に兄の姿が飲まれるように消えていく。
「あっ・・あにっ・・」
見開いた眼の先に、優しく微笑む兄の笑顔が見えた気がした。
「・・いっ・・いやだ・・あにっ・・!・・あにっ・・」
潤んだ目の先にある光景は変わらない。
すべてを飲み込んでいくかのように迫る闇が、もうすぐそこまで来ており、間違いなく今度は自分の番だと影虎は悟った。
闇の先からは燃えるように熱い風が吹き続けている。
その風のせいで喉の奥が焼け付くように熱く痛みも生じていたが、それらをどうすることも出来ないまま、ただ前を見ることしか出来なかった。
「・・・っ」
むせ返るような熱さの中で、影虎の瞳からはボロボロと水滴が零れては落ちていく。
全てが消える。消えて、なくなってしまう。
今まで住んでいた場所も、皆も、兄も、見ていた全てが消えていく。
「うわぁぁぁああああああっ!!!!!」
兄の手を掴もうと伸ばした手も、体も、全てが闇の中に飲まれる寸前、まるでお前も来いと言わんばかりに、闇が影虎を包み込み、まるで生き物であるかのような強い力で、彼もまた闇という名の洪水の中に消えてしまったのである。
文久二年 四月-京都。
「・・・いるぞ・・」
耳元で何かが聞こえる。人のような声だ。
薄桃色の桜の木が目の前にある。辺り一面満開に咲く桜の木。
何だか懐かしく暖かい。桜の木々からは日差しが反射してキラキラと光っている。
その中に、影虎は見覚えのある者の姿を見た。
長く黒い髪を一つに結った紺色の忍び装束。誰よりも良く知っている背中。
「兄者・・・」
不意に呼ばれてその人物が振り返った。
黒い髪が肌を掠め、その表情は髪に隠されて、こちらからは窺う事が出来ない。
「影虎・・」
と、呼ぶ青年の口元が微かに笑う。
それはどこかで聞いた事のある声だった。
「あっ!」
近付こうとしたその時、ぶわりと大きな風が吹いた。
とっさに両腕で顔を庇う。その瞬間、上へ上へと舞い始める桜の花びらが目の前の兄を隠すように吹き始める。
「・・・あっ・・あにじゃ!!」
腕で花を振り払おうともがくものの、桜の花びらは一向に減ろうとしない。
それどころか、増えていく一方にある。
「影虎・・・」
桜の花びらから、うっすらと見える兄の口元。
微かに動くその唇から零れた声は、果たして・・。
「・・いっ!」
「・・・・・ぞ・・・」
何かの声に薄れていく意識が段々と上がって行く。
目の辺りが燃えるように熱い。
「おい!生きてるぞ!子供だ!子供がいる!」
誰か知らない声がする。知らない足音がいくつも聞こえる。
体が鉛のように重く、目の周りはチリチリと燃えるように熱い。
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後頭部に違和感が無くなっている。
黒い煙がいくつも鼻を掠めていくせいで、酷く息が苦しい。
焦げ臭い匂いが充満しているせいか、喉が焼けるように熱かった。
「大丈夫か!?あんた!おい!」
「お救い小屋へ運べ!早く!」
声がいくつも聞こえる。
ふわりと身体が軽くなった。
誰かが自分の体を持ち上げているのかもしれない。
しかし、そこでまた彼の意識は途絶えてしまった。
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