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反魂
後日談・1
しおりを挟むあれから二日が経過して、飛燕が目覚めた事を知った二名は互いに抱き合いながらそれを喜んだ。
目に涙を溜めたまま、飛燕を見る昂遠の眼差しは優しく、慈愛に満ちている。
「・・・・・・・・・・」
「気分は・・どうだ?俺を覚えて・・いないか?水を飲むか?」
目が覚めたばかりの飛燕は朦朧としたまま、視線を左右に泳がせている。その様子に脈を取ろうと昂遠が腕を伸ばせば、遠雷がそれを遮った。
「・・・・・・・」
十歳を超えているであろう飛燕の身体は、同じ年頃の子に比べると小柄で細い。ただ、二名が眉を顰めたのは体格ではなく、彼の黒い髪が段々と毛先から透き通るような金色の髪へと変化していく様と、左右異なって見える眼球の色であった。
「・・・・・・」
遠雷は飛燕の腕を取るとすぐに脈を診た。次に心の臓を探り、ウトウトとしている彼の眼を覗き込むように眺めていたが、すぐに髪に手を伸ばした。
「ん?」
「どうした?」
「触ってみろ」
遠雷が飛燕の首筋に触れたまま眉を顰めている。そうして、顎で飛燕の首を触るように促すと、昂遠もまたゴクリと唾を飲み込みながら首筋へと指を伸ばした。
「・・・・・・・・・」
昂遠が恐る恐る触れてみれば、確かに確認したはずなのに飛燕の耳がピンと尖っているではないか。その変化に「アッ!」と叫びそうになった彼は、口を押えたまま遠雷を見た。
「・・・さっきまで人間の耳と同じだったのに・・髪も・・」
「・・・見ろ」
「・・・・・・」
遠雷の声に、昂遠の顔が即座に動いた。
肌色だったはずの飛燕の顔が、みるみるうちに青く光を帯びて直ぐに透き通っていく。
緑色の血管が浮かび上がり、黄色く光ったかと思えば、うっすらとその色が赤に染まる。
全身の肌が透明に変化する中を動くように、いくつもの血管が浮かび上がり、今度は流れる水のように足の先から膝、腿へと光が走る後を追うように白い肌へと変わっていった。
「・・う・・・」
苦痛を感じるのか、顔を歪めながら横たわる飛燕の額から大粒の汗が浮かんでは落ちていく。
何もできないもどかしさを胸に秘めながら、昂遠が飛燕の指にそっと自身の手を置いた瞬間、燃えるような熱さが伝わり、彼は驚いた様子ですぐにその手を避けた。
「今は触らん方が良い」
「・・・・・・冷やした方が・・」
昂遠の声に遠雷は答えない。ただ黙って首を横に振っている。
「このまま寝かせるしかない。余計なことはしない方が得策だ」
「・・・・ああ」
そうまで話すと、遠雷は黙って別の部屋へと消えていく。
数分が経過して戻った時には、小屋で見つけた玉佩と宝典の入った包みを手にしていた。
「それは?」
「俺たちが見つけた品だ。俺はこれからちょっと蓮華教の本山へ行って教主にこの包みを返してこようと思う」
「・・お前、一匹で行くのか?」
「そうだ。飛燕を一緒に連れて行くことはできないし。それに、こういうのはぞろぞろ連れ立って行くものでもないからな」
「・・・・確かに・・」
納得しかけた昂遠であったが、ふと遠雷の額を見た。
「角は?」
「ああ。これか。そうだなぁ」
「頭に布でも巻いてみるか?」
「あんまり頭に何かするの好きじゃないんだけどなぁ」
「そうも言っていられないだろ?そのままの姿で行けば、間違いなく刑部に連れて行かれるぞ」
「・・・・・・・・それは困る」
「だろ?」
昂遠の声に苦笑いを返していた遠雷だったが、布を探してくると消えていき、昂遠だけがポツリと部屋に残されてしまう。
彼は落ち着かない様子で飛燕を眺めていたが、飛燕が寝息を立て始めたのを確認すると再び脈を図ろうと手を伸ばした。
「・・・目が覚めたら・・何て言おうか・・」
色々言葉が浮かぶものの、良い言葉が見つからない。
少し途方に暮れた様子の昂遠の背をジッと見つめていた遠雷であったが、やがて手に取った布へと視線を傾けた。
「俺が帰るまで、申し訳ないがここにいてくれ」
「分かった。飛燕の事は俺が責任を持って見守るよ」
その日の夕刻、額に布を巻いた姿で遠雷が戸の前に立っている。
昂遠は、遠雷が衣服を詰めた荷を背中に背負っている様子を見て、彼だけで行かせて良いものか相当迷っていた。けれど、ここに飛燕がいる以上、自分は彼に同行できないと理解し、今回は見送ることに決めたのだ。
橙色の空が、遥か遠くまで広がっている。
「ああ。頼む」
それだけを話すと、遠雷は不意に昂遠の身体をギュッと引き寄せた。
予想もしていなかったその行動に、昂遠の眼が丸くなる。
「えっなっえっ!」
「・・・・はぁ」
安心したように息を吐く遠雷の息が耳にかかり、余計に昂遠の鼓動が速くなった。
「・・・うっうぇ?えっえっ」
昂遠の顔は真っ赤に染まり、グルグルと目が回っている。今ならこの頭だけで火鍋が出来るかもしれない。それ程に熱くなった身体をどうにかするのは至難の業だった。
一方、狼狽えている昂遠とは対照的に、遠雷の表情は始終穏やかだ。
「・・・愛しているよ。昂」
「・・・あ」
ポンポンと優しく背を撫でる遠雷の掌の熱がじんわりと伝わり、段々と落ち着きを取り戻した昂遠もまた、ぎこちない手つきで遠雷の背に手を伸ばした。
すんと息を吸えば、先ほど浴びた湯の残り香が微かに匂って来る。
募る愛しさをどう伝えて良いものか分からないまま、彼はほんの少し伸ばした指に力を込めた。
「・・・嗚呼。俺もだ。愛している」
「・・うん」
柔い肌から伝わるその熱に、昂遠はふうと息を吸い吐いた。
「・・・なるべく・・」
「ん?」
「なるべく早く・・帰って来てくれたら・・嬉しい」
「・・ああ。そのつもりだ」
「・・うん」
「どうか、身体には気をつけて」
「ああ。お前も、けして無理をするなよ。お前は俺がいないとすぐに無理をする」
遠雷の声は、いつもよりも優しくて穏やかだった。
その優しさが不意に寂しさを呼び、昂遠の胸が切なくなる。
「・・・口吸いでもするか?」
「・・・いや」
「じゃあ。帰ってからだな・・」
「・・・うん。まぁ、うん。そうだな」
昂遠の迷うようなその声にクスリと笑みを返しながら、遠雷は声にならない言葉を呟いた。
『・・・・・・・』
「じゃあ、そろそろ行くよ」
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「ああ。分かってる」
「財布は落とすなよ。あと、怪しい奴にはついて行くな」
昂遠のその声に、遠雷はたまらず吹き出した。彼は本気で心配しているのだ。
「子どもじゃねえんだから、大丈夫だって」
「・・・大丈夫じゃねえから、言ってんだろうが」
「ハハハ!違いない!」
そう笑って昂遠と別れた遠雷は、その日の夜に苜州へと出立した。
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