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反魂
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その場に残された昂遠は暫くの間、地面に視線を向けていたが、ゆっくりと飛燕の方を見た。
「まるで・・泣いてるみたいだ・・・」
黒い虫のような粒が這い、手足をバタつかせる彼の姿を前にして、昂遠は伝う涙をグッとこらえると目を閉じた。
『・・・全てを背負う、覚悟・・』
この小さな背中を、支えることが出来るのだろうか・・?
いや・・。迷う必要なんてあるのか。
頬を撫でる風は優しく、木の葉の影がさわさわと揺れている。
その時、ゆっくりと近づいて来る足音に、昂遠は閉じていた瞼をゆっくりと持ち上げた。
「決めたのか」
「ああ」
「どうしたい?」
「・・・不死とかそんなの関係ない。俺は、この子を生かしてやりたい。俺の寿命が尽きるまで、せめてずっと側にいて。今度こそ守ってやりたい」
その迷いの無い声と覚悟を決めた瞳を前にして、遠雷はコクリと頷くと昂遠に向かって袖を振った。
昂遠が後方に下がったことを確認すると、今度は右側の袖を捲っている。
陽が照らすその腕はいつもより白く透き通っていて、傷ひとつ見当たらない。
『何をするつもりなんだ?』
昂遠の立つ位置からは、遠雷の腕と横顔しか見ることが出来ない。
「・・・・・っ!」
目を閉じた遠雷はグッと腕に力を込めると、手刀で自身の肘から下へと縦に撫でるように斬り落としたのである。
静かな音を立てながら、腕が穴の中へと吸い込まれていく。
「んなっ!」
昂遠はすぐに遠雷の側へと走りそうになった。しかし、近づくなと言われた以上、進むことが出来ない。
彼はグッと唾を飲み込むと拳を固く握りしめた。
身体の震えは止まらず、全身から汗が噴き出している。
「・・・・・・・・・・・・」
小さな音を立てて、白く長い腕が飛燕の上へと落とされる。その腕に群がる様に黒い粒子が喰いつき、自身の身体へと取り込もうと藻掻き始めた。
遠雷の腕からはボタボタと鮮血が噴き出し、みるみるうちに飛燕の肌を赤く染め上げていった。
血まみれになりながらも黒い粒子が血肉を取り込むように、我先にと身体から這い出していく。
渇いた土が水を求めるように、ゴクゴクと血液を吸い上げながら動くその姿は何処から見ても飢えた獣のようである。
やがて、黒い粒子がじわじわと溶けていき、くり抜かれた眼球の部分に瞼が現れ、同時に人間の肌が造られていった。
黒い粒子が少しずつ溶けていく度に、白く光る光の粒が空へと舞い上がっていく。そうして飛燕の肌が完全に再生された頃、光の粒子が飛燕の身体をゆっくりと持ち上げながら穴の右側へと進み、静かに土の上に横たえた途端、それを見届けるように光っていた全ての粒が弾けるように消えてしまった。
「・・・・・・がっ!」
その時、遠雷の口から鮮血が吐き出され、止めようとした左指の隙間から幾度も零れては、衣を朱色に染めていく
「遠雷!」
昂遠の足が自然に動き、膝から崩れ落ちる遠雷の背をがしりと支えた。
「・・は・・」
髪を乱しながら荒い息を吐く遠雷の身体には力が入っておらず、体重の全てを昂遠に預けている。
「・・・遠雷・・・」
「もんだ・・な・・い。俺の妖力は・・自然と戻る。うでも・・はえ・・る・・」
「・・・なんて・・なんてことを・・・!」
きつく抱きしめながら、彼の肩に顔をうずめる昂遠の声には嗚咽が混ざり、ボロボロと涙が伝っては落ちていく。
「駄目だ・・身体が・・冷めていく・・嗚呼・・」
フワフワと心地良い浮遊感に包まれて遠雷の表情が少しずつ和らいでいく。
彼をゆっくりと睡魔が襲い、やがて静かに目を閉じた。
「・・・あたたか・・・ぃ」
日差しは温かく、木々の隙間からは淡い日差しが降り注いでいる。
昂遠は自身の袖で涙をぬぐうと遠雷を横抱きに抱え、ゆっくりと小屋に向かって歩き出した。
その日、彼は夢を見た。
懐かしい。とても懐かしい夢であった。
白い器に垂らした墨は水と交わり、やがて全てを薄く染める。
淡い。淡い夢であった。
ぼんやりと靄がかかったような世界で、誰かが微笑んでいる。
その者の纏う空気は澄んでいて、まるで陽の光のように温かい。
体格はやや痩せていて、指も細く骨が浮き出てしまっている。
伸ばしたままのその髪はすっかりと艶を失ってしまい、ところどころプツプツと切れてしまっていた。
お世辞にも健康的とは言えなかったが、その者はさして気にならないらしく、時折外を眺めては、また視線を寝台へと戻している。
だが、その背は何処か寂しく小さく見えた。
(・・ああ。懐かしい。俺の、俺の好きな・・・)
叭吟は無意識にその者へと手を伸ばした。全ては無意識であった。
背中から抱きしめれば、ふわりと煎じた薬の香りがぷんと匂って来る。
(ああ。これだ。俺の、俺の好きな匂いだ)
甘えるように、すり寄ればクスリと笑う声が耳に届いて。
『君はいつも私に甘えてくれるね。叭吟』
(懐かしい。この声だ。俺が一番好きな声だ。その声で名を呼ばれるだけで、本当に嬉しくて、嬉しくて)
『・・・君だけだ・・君だけが、私の側にいてくれる』
(ああ。そうだ。当然だ。だって、俺は・・貴方が、貴方の事が・・)
『君は、私の声やこの手が好きだと言ってくれる。でもね。私も君の長い髪や、綺麗な手。それにその顔が好きだよ』
(ああ。知ってる。見えなくても分かる。貴方のその息づかいが全てを教えてくれる)
『・・あたたかい』
(嗚呼・・あたたかい・・・)
背後から伸びた叭吟の指が、その者と交わり深く絡まれば、叭吟の胸は歓喜で震え、細く白いその指が、彼の爪や手の甲を摩る度に胸が疼き、同時に幸福感で満たされていく。
(・・・ただ。こうしているだけで良かった・・やさしくてあたたかくて・・)
――― 幸せだと、心からそう思っていた。
あの日、通知が来るまでは ―――――・・・
「まるで・・泣いてるみたいだ・・・」
黒い虫のような粒が這い、手足をバタつかせる彼の姿を前にして、昂遠は伝う涙をグッとこらえると目を閉じた。
『・・・全てを背負う、覚悟・・』
この小さな背中を、支えることが出来るのだろうか・・?
いや・・。迷う必要なんてあるのか。
頬を撫でる風は優しく、木の葉の影がさわさわと揺れている。
その時、ゆっくりと近づいて来る足音に、昂遠は閉じていた瞼をゆっくりと持ち上げた。
「決めたのか」
「ああ」
「どうしたい?」
「・・・不死とかそんなの関係ない。俺は、この子を生かしてやりたい。俺の寿命が尽きるまで、せめてずっと側にいて。今度こそ守ってやりたい」
その迷いの無い声と覚悟を決めた瞳を前にして、遠雷はコクリと頷くと昂遠に向かって袖を振った。
昂遠が後方に下がったことを確認すると、今度は右側の袖を捲っている。
陽が照らすその腕はいつもより白く透き通っていて、傷ひとつ見当たらない。
『何をするつもりなんだ?』
昂遠の立つ位置からは、遠雷の腕と横顔しか見ることが出来ない。
「・・・・・っ!」
目を閉じた遠雷はグッと腕に力を込めると、手刀で自身の肘から下へと縦に撫でるように斬り落としたのである。
静かな音を立てながら、腕が穴の中へと吸い込まれていく。
「んなっ!」
昂遠はすぐに遠雷の側へと走りそうになった。しかし、近づくなと言われた以上、進むことが出来ない。
彼はグッと唾を飲み込むと拳を固く握りしめた。
身体の震えは止まらず、全身から汗が噴き出している。
「・・・・・・・・・・・・」
小さな音を立てて、白く長い腕が飛燕の上へと落とされる。その腕に群がる様に黒い粒子が喰いつき、自身の身体へと取り込もうと藻掻き始めた。
遠雷の腕からはボタボタと鮮血が噴き出し、みるみるうちに飛燕の肌を赤く染め上げていった。
血まみれになりながらも黒い粒子が血肉を取り込むように、我先にと身体から這い出していく。
渇いた土が水を求めるように、ゴクゴクと血液を吸い上げながら動くその姿は何処から見ても飢えた獣のようである。
やがて、黒い粒子がじわじわと溶けていき、くり抜かれた眼球の部分に瞼が現れ、同時に人間の肌が造られていった。
黒い粒子が少しずつ溶けていく度に、白く光る光の粒が空へと舞い上がっていく。そうして飛燕の肌が完全に再生された頃、光の粒子が飛燕の身体をゆっくりと持ち上げながら穴の右側へと進み、静かに土の上に横たえた途端、それを見届けるように光っていた全ての粒が弾けるように消えてしまった。
「・・・・・・がっ!」
その時、遠雷の口から鮮血が吐き出され、止めようとした左指の隙間から幾度も零れては、衣を朱色に染めていく
「遠雷!」
昂遠の足が自然に動き、膝から崩れ落ちる遠雷の背をがしりと支えた。
「・・は・・」
髪を乱しながら荒い息を吐く遠雷の身体には力が入っておらず、体重の全てを昂遠に預けている。
「・・・遠雷・・・」
「もんだ・・な・・い。俺の妖力は・・自然と戻る。うでも・・はえ・・る・・」
「・・・なんて・・なんてことを・・・!」
きつく抱きしめながら、彼の肩に顔をうずめる昂遠の声には嗚咽が混ざり、ボロボロと涙が伝っては落ちていく。
「駄目だ・・身体が・・冷めていく・・嗚呼・・」
フワフワと心地良い浮遊感に包まれて遠雷の表情が少しずつ和らいでいく。
彼をゆっくりと睡魔が襲い、やがて静かに目を閉じた。
「・・・あたたか・・・ぃ」
日差しは温かく、木々の隙間からは淡い日差しが降り注いでいる。
昂遠は自身の袖で涙をぬぐうと遠雷を横抱きに抱え、ゆっくりと小屋に向かって歩き出した。
その日、彼は夢を見た。
懐かしい。とても懐かしい夢であった。
白い器に垂らした墨は水と交わり、やがて全てを薄く染める。
淡い。淡い夢であった。
ぼんやりと靄がかかったような世界で、誰かが微笑んでいる。
その者の纏う空気は澄んでいて、まるで陽の光のように温かい。
体格はやや痩せていて、指も細く骨が浮き出てしまっている。
伸ばしたままのその髪はすっかりと艶を失ってしまい、ところどころプツプツと切れてしまっていた。
お世辞にも健康的とは言えなかったが、その者はさして気にならないらしく、時折外を眺めては、また視線を寝台へと戻している。
だが、その背は何処か寂しく小さく見えた。
(・・ああ。懐かしい。俺の、俺の好きな・・・)
叭吟は無意識にその者へと手を伸ばした。全ては無意識であった。
背中から抱きしめれば、ふわりと煎じた薬の香りがぷんと匂って来る。
(ああ。これだ。俺の、俺の好きな匂いだ)
甘えるように、すり寄ればクスリと笑う声が耳に届いて。
『君はいつも私に甘えてくれるね。叭吟』
(懐かしい。この声だ。俺が一番好きな声だ。その声で名を呼ばれるだけで、本当に嬉しくて、嬉しくて)
『・・・君だけだ・・君だけが、私の側にいてくれる』
(ああ。そうだ。当然だ。だって、俺は・・貴方が、貴方の事が・・)
『君は、私の声やこの手が好きだと言ってくれる。でもね。私も君の長い髪や、綺麗な手。それにその顔が好きだよ』
(ああ。知ってる。見えなくても分かる。貴方のその息づかいが全てを教えてくれる)
『・・あたたかい』
(嗚呼・・あたたかい・・・)
背後から伸びた叭吟の指が、その者と交わり深く絡まれば、叭吟の胸は歓喜で震え、細く白いその指が、彼の爪や手の甲を摩る度に胸が疼き、同時に幸福感で満たされていく。
(・・・ただ。こうしているだけで良かった・・やさしくてあたたかくて・・)
――― 幸せだと、心からそう思っていた。
あの日、通知が来るまでは ―――――・・・
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