反魂

四宮

文字の大きさ
上 下
18 / 29
反魂

15

しおりを挟む
「まぁ、落ち着けよ兄弟。包みは逃げない。まずは水だ。酒だ」
「はえっ?」
「今のままじゃ。渇きすぎてお前が干し肉になっちまう。干した肉は猪だけで十分だ」
「・・・え・・あ・・え・・ああ」
昂遠コウエンの声に段々と嗚咽が混ざり、今にも泣きだしてしまいそうだ。

「しっかりしてくれよ。兄者。こんな事、あっちじゃ日常茶飯事だったじゃねえか」
「知人と他人は違う」
「いや、違わないね」
「・・・・・・・」
「命なんてものは、王様も村人も商人も変わらない。変わる何かがあるとすれば、それは紡いだ想いの時間と過ごした長さだけだ」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・酒持ってくる」
そう言い残して遠雷エンライは厨房へと立ち去ってしまった。

「・・・・・あ・・・・・」
遠雷が去ってしまった事で、部屋の中はシンと静まり、同時に寂しさが増してきた。
昂遠は手にしていた包みをそっと卓に乗せると、もう一度部屋を見渡した。
『全く気付かなかったが、どこも荒れた様子は見られない。本当に当時のままだ・・』
ふと、十年より昔の光景が甦る。まだ小さかった子どもたちを見ながら、「は~い。スープが出来たわよ~」と器を手にニコニコと微笑む奥方と、その声を耳にするなり「お腹空いた!」
「包子は?包子は?」と聞きながら母親に向かって走る子ども達。
「こら。座りなさい。当たったら危ないだろう?」と声をかけながら、息子の襟首を掴んで止める友の姿が今頃になって鮮明に映し出され、楽しかったはずのその日々に、昂遠の喉が締め付けられるように痛くなった。

「・・・ぐ・・」
『また、近くに来ることがあれば寄ってくれ』
そう話して別れた日を最後に、立ち寄る機会を失ってしまっていた。
元気でいると思っていた。当時と何ら変わらぬ姿で迎えてくれると思い込んでいたのだ。
『・・何と愚かなことか・・文を出し続けていれば・・なんて今さら思ってももう遅いのに・・』
「・・・・・ぐ・・っ・・」
眼を閉じて嗚咽に耐える昂遠の眼前に、勢いよくドンと酒の入った酒器が置かれ、その音に昂遠はゆっくりと閉じていた瞼を持ち上げた。

「・・・・・・・・・飲め。こんな時は酒が効く」
「・・・今は」
とてもじゃないが、飲む気になれないと言いかけた昂遠の口に、遠雷の人差し指がコツンと触れた。その指に視線を向けながら遠雷を盗み見れば、彼は赤い瞳を揺らしながら昂遠を見つめている。
「・・丁度、この小屋には食料も十分ある。俺たちが数日滞在しても余裕がある量だ。水もある。本当は腹を満たして明日帰ろうと思ってた」
「・・・・・」
「・・だが、気が変わった。確かめたいことがある」
「・・・確かめ・・・る?」
ぼんやりと呟いた昂遠の声に遠雷が深く頷いた。

「・・・でもその前に、まずは座って飲もう。飲みながら、包みについて説明してやる」
ぐすっと鼻をすすりながら何度も喉を鳴らす昂遠に向かって、遠雷は水の入った桶と椀を見せた。
「・・・ぞういえば・・づづみ・・」
「ああ。だが、酒の前にまずは水だ。お前は水を飲め」
「・・・・・・うん」
こうなってしまっては立場が逆である。張っていたはずの気が緩み、抜けてしまったのだろう。肩を小さく震わせながら水を待つその姿は何処から見ても叱られた子どものようだ。
「・・・・・茶器を探したが見つからなかった。この椀で飲んでくれ」
「・・・うん」
「・・・・・・・」
遠雷が注いだ水を、昂遠が無理やり喉に流し込むように飲み干している。
それを黙って眺めながら、遠雷は昂遠に酒を注ぎ、自分の椀にも同じように酒を注いだ。
注いだ酒に映り込んだロウソクの火がぼんやりと揺らいでいる。

「・・・・・それにしても・・・」
「?」
「・・包みもそうだが、あの刺し傷・・」
唇に指を付けたまま遠雷が呟く。その視線は椀ではなく右下を向いたままだ。
「?」
「気が付かなかったか?」
「・・・?」
「抜く前にもう一度剣で突いている。最初は偶然かと思い、他の亡骸にも触ってみたがどれもこれも大体同じだった」
「・・二度突き?」
昂遠が眉間に皺を寄せたまま、ゆっくりと顔を上げた。
遠雷は自身の指を人間と剣に見立て、身振り手振りを加えながら話し始めた。
「ああ。二度突く攻撃と言えば、この国では家の者がよく使う技だ」
「・・家・・サイ家の子飼いだな」
「ああ。だが、恐らく彼らじゃないだろう」
「何故そう言える?」
「似せようとしたんだろうが、奴らの剣は抜く前に再度突いている。だから傷にブレが無い」

「・・・・なるほどな」
「最初、傷の微妙な広がり具合を見て家の者がやったんだと思った。だが、何度も触れているうちに、抜いた後にもう一度突いている事に気付いたんだ。もう一度突くとなると傷が二ヶ所に増えるだろ?家の剣であれば、わざわざそんな面倒なことはしないはずだ」
「・・・・・・・」
「それに、彼らはもともと暗殺を生業なりわいとしている一族のはずだろ?その証拠にサイの当主の命でしか彼らは動かない」
「ああ。確かに。あれは肝が冷える」
遠雷の説明に、昂遠も頷きながら手にしていた椀を卓に置いた。
「暗殺を生業としているのに、どうにも派手すぎる。それにな・・」
そうまで話して遠雷の声が若干低くなった。

「彼らは暗殺を目的としている。だからじゃないが、彼らの動きは風のように俊敏で去るのも早い。足跡さえも残さないことを第一に考えるような奴らが、あんな風に女性を辱めて捨て置くと思うか?」
「・・・・・」
「何のために?」
「・・・・・ううむ・・」
遠雷の声を耳にして、昂遠は重い息を吐くと口元に指を置いたまま、とうとう何も言わなくなってしまった。
遠雷は懐や袖からじゃらりと銭を取り出すとゆっくりと卓に乗せた。
「俺が小屋に入って最初に思ったのは違和感だ。金も盗られてない。部屋も荒らされていなければ食材も奪われていない。亡くなったのは人間だけで、あとはそのままだ」
「・・・・・・・・・・」
「聞いていた家族は五人。なのに、実際はその倍の数の人間が殺されていた。夜盗であればまず火矢が降る。家屋を燃やして中の者を恐怖の渦へ叩き込むことから全てが始まる。奴らは全てを奪い燃やして去るからすぐに分かる」
「・・・ああ」
「あとは・・・さっきのあれだな」
「そうだ。あの妙な黒い影は一体何だ?」
昂遠の声が低くなる。

「あれは・・・」
先程まで饒舌だった遠雷の声が、一瞬止まる。
よく見れば彼は苦虫を噛み潰したような表情で包みに視線を向けたまま、深い溜息を吐いた。
「・・・覚えがあるのか?」
昂遠の問いに遠雷は黙って頷くと包んでいた布をゆっくりと解き始めた。
その布は色褪せていて、ところどころ染みのような物が付着している。
お世辞にも綺麗とは言えない品を前にして、昂遠はゴクリと唾を飲み込んで遠雷の言葉を待った。

「・・・蓮華教れんげきょう・・・」
「れ・・・んげ?」
「そう。蓮華教れんげきょう邪教じゃきょうのひとつだ」
そう呟いた遠雷が開けた包みの中にあったもの。それは竹簡に隠されてボロボロに千切れかかった一冊の書物と、割れて片方しかない黒い玉佩ぎょくはいであった。
「・・・この丸い玉佩ぎょくはいは・・」
「持ってみろ。明るい場所にかざせば、ある花が見えるはずだ」
「・・・花?花なんて・・・・」
遠雷に促されて、昂遠が半分に割れてしまった玉佩ぎょくはいを手にじっくりとそれを眺めることにした。
あらゆる角度から目を凝らしてみてもどこにも変わったところは見られない。割れているとはいえ黒々とした玉は変わらず光沢を放っており、艶々と輝いている。昂遠はロウソクの火にかざすように玉佩ぎょくはいを眺めていたが、やがて何かに気づいたらしく「アッ!」と声を上げて遠雷を見た。

「見えたか?」
「ああ。見えた。曼珠沙華まんじゅしゃげだ・・一輪の曼珠沙華の花が半分・・」
「そうだ。それが蓮華教れんげきょうを記す旗だからな」
「・・・なっ・・」
その言葉を耳にした昂遠の全身にぶわりと鳥肌が立つ。彼はゴクリと唾を飲み込みながら、玉佩ぎょくはいを元に戻そうとしたが腕がブルブルと振るえてしまい、静かに置くことが出来ない。

「・・・じゃじゃあ・・この本は・・」
竹簡や木簡とは違う。紙に記されたその書物は分厚く、やや年期が感じられる。
遠雷は慣れた様子で書物をめくっていたが、ある場所を見つけると昂遠にも見えるようにクルンと回して位置を変えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

怖い話短編集

お粥定食
ホラー
怖い話をまとめたお話集です。

ヶケッ

ほづみエイサク
ホラー
ある森の深い場所に、老人介護施設がある そこに勤める主人公は、夜間の見回り中に、猟奇的な化け物に出会ってしまった 次の日、目が覚めると、いなくなったはずの猫と寝ていて―― 徐々に認識が壊れていく、サイコホラー ※カクヨムでも同時連載中

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

村の籤屋さん

呉万層
ホラー
 小笠原諸島に属するある島に、子宇女村はある。  子宇女村は小さく、特徴のない田舎の村のようでいて、その実大きな特徴があった。  籤屋が出没するのだ。  ただの籤屋ではない。賭けたモノに応じて、様々な利を得ることができる籤を轢かせる、不可思議な存在だ。  籤屋は禁忌とされており、村で引く者は少なかった。  村役場に努める青年・伊藤健太郎は、村における数少な例外だった。  賭ける物は、僅か百円だったが、健太郎が毎日くじを引くことで、島は大きな変化にさらされるのだった。

クリア─或る日、或る人─

駄犬
ホラー
全ての事象に愛と後悔と僅かばかりの祝福を。 ▼Twitterとなります。更新情報など諸々呟いております。 https://twitter.com/@pZhmAcmachODbbO

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2024/12/11:『めがさめる』の章を追加。2024/12/18の朝4時頃より公開開始予定。 2024/12/10:『しらないこ』の章を追加。2024/12/17の朝4時頃より公開開始予定。 2024/12/9:『むすめのぬいぐるみ』の章を追加。2024/12/16の朝4時頃より公開開始予定。 2024/12/8:『うどん』の章を追加。2024/12/15の朝8時頃より公開開始予定。 2024/12/7:『おちてくる』の章を追加。2024/12/14の朝8時頃より公開開始予定。 2024/12/6:『よりそう』の章を追加。2024/12/13の朝4時頃より公開開始予定。 2024/12/5:『かぜ』の章を追加。2024/12/12の朝4時頃より公開開始予定。

怪異相談所の店主は今日も語る

くろぬか
ホラー
怪異相談所 ”語り部 結”。 人に言えない“怪異”のお悩み解決します、まずはご相談を。相談コース3000円~。除霊、その他オプションは状況によりお値段が変動いたします。 なんて、やけにポップな看板を掲げたおかしなお店。 普通の人なら入らない、入らない筈なのだが。 何故か今日もお客様は訪れる。 まるで導かれるかの様にして。 ※※※ この物語はフィクションです。 実際に語られている”怖い話”なども登場致します。 その中には所謂”聞いたら出る”系のお話もございますが、そういうお話はかなり省略し内容までは描かない様にしております。 とはいえさわり程度は書いてありますので、自己責任でお読みいただければと思います。

没考

黒咲ユーリ
ホラー
これはあるフリーライターの手記である。 日頃、オカルト雑誌などに記事を寄稿して生計を立てている無名ライターの彼だが、ありふれた都市伝説、怪談などに辟易していた。 彼独自の奇妙な話、世界を模索し取材、考えを巡らせていくのだが…。

処理中です...