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反魂
9(浴槽イメージは鉄砲風呂です)
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「なんなんだ一体・・」
呆気に取られた昂遠だけが衣服を手にしたまま呆然とその場に立ち尽くしている。
一方、小屋へと戻った遠雷は桶を両手に持ちながら、また部屋へと舞い戻り、ありとあらゆる部屋に設置されたロウソクへと火を点していった。
薄暗かった室内に灯りが点され、小屋の中がより見やすくなったこともあり、服を探そうかと歩き始めた遠雷であったが、何かを思い出したように足が止まり
「おお!風呂だ!そうだ!風呂にも灯りをともさねば!」
拳をポンと叩くと風呂へと飛ぶように走っていく。
どったんばったんと激しく足音を立てながら動く音は外にまで響いており、その音を耳にして、昂遠は苦笑いを浮かべながら被っていた頭巾を脱いだ。
『相変わらず賑やかな奴だなぁ・・でも、その明るさが今は有り難い』
昂遠自身、先程まで目の前で起きていた事実を、なかなか認めることが出来ないでいる。
もしかしたら、自分たちは未だ宿にいて寝息を立てている最中なのかもしれないと、頭のどこかでは考えている。
そんなわけはないと思っていても頭と感情がなかなかついて行かないのだ。
ズンと重く憂鬱な気を晴らすことが出来ていない昂遠にとって、底抜けに明るい音と遠雷の声に、つかえていた胸の何処かが少しだけ軽くなった気がした。
『これを、救われているというのだろうか』
先程よりも暗さが増したせいか小屋の灯りが外にまで広がり周囲を淡く照らしている事に気が付いた彼は、動かしていた手を止めると空に視線を向けた。
灰色に染まる空の下で、雨はその勢いを止める事無く降り続いている。
昂遠は暫くの間、小屋の方を眺めていたが『これは水を汲む必要が無さそうだ』と思い、また衣に手を伸ばすことにしたのだった。
さて一方、遠雷は浴室を前にして言葉を失っていた。
「・・・・・・・」
浴室に入った瞬間、眼前に広がる浴槽と筵を敷いた洗い場、その真上には紐付きの桶が置いてあり、クイッと紐を引けば自ら桶を手に持たずとも湯を頭から被ることが出来る。
浴槽と洗い場が一体となったその部屋に足を踏み入れた時は、その空間にギョッと目が丸くなった。
あっちをウロウロ。こっちをウロウロと落ち着かない様子で浴室の中を歩き回っていたが、
感激のあまり両手を挙げて、最初は小さく踊り始めた。
しかし、すぐに動きが止まり、今度は浴槽に視線を向けた。
「・・・・・・・・・」
この小屋の風呂はとても変わっていて、米俵のような形の木製の樽の上に薄い木の板が打ち付けられている。
大人二人が入れそうな広さの木樽の浴槽の中には細い鉄製の筒が差し込まれており、それは煙突となって天井へと伸びているではないか。
樽の下部には鉄でできたかまどがあり、焼けた薪の煤がべったりとはりついている。
沸かした湯をひたすら浴槽へ注ぎ込むのではなく、焚きながら入浴する浴槽を見たのは遠雷自身も初めてであったので『これで本当に熱水が湧かせるのか?鉄でもないのに?』と、疑問符をいくつも飛ばしながら浴槽の中を覗き込んでいたのだが
「まあいいさ。とりあえず火を点けてみる事にしよう」
と呟くと、まずは浴槽の中に水をジャブジャブと注ぎこんでいくことにしたのだった。
少しずつ水が溜まっていくのを確認すると、今度は厨房にあった火打ち石で火を起こし、薪に火を点けて風呂焚き用のかまどへと放り込んだ。
「・・ふむ」
桶が二つあるとはいえ、満杯になるには時間がかかる。
「これは意外と骨が折れるぞ・・だが風呂の為だ・・しっかり水を汲まなくては」
先程点したロウソクの灯りのおかげで浴室の中は十分に明るく、部屋の隅まで良く見える。
「こういうのも何かの修行と思えば・・何の修行にしようか・・やはり腕力かな~」
そんな事を一人呟いて水をひたすら汲みに行くという行為を何度も繰り返していたのだが、やはりかまどが気になってしまい、かまどを見ては火の強さを調節し、浴槽の中に手を浸してはニッコリと微笑んだ。
「おお。まるで鍋みたいに沸いていくぞ。ふふ。」
宿に泊まっている時は、宿主に頼めば桶と熱い水を用意してくれて、そこで身体を洗うことが出来る。
しかし、桶は膝下までしか高さが無いため、なかなか湯に浸かることが出来ない。
昂遠と住んでいる家は、この小屋よりもオンボロで雨が降れば部屋の至る所から水が降ってくる。
最初は二ヶ所だった雨漏れも場所を広げ、今では雨受けの器に雨粒が触れる度に、室内はピチョンピチョンと鳴り響く合唱大会へと早変わりしてしまうのだ。
それだけでも頭が痛いのに、どこからか入り込んだカエルまで合唱に参加してしまう為、ゲコゲコピチョンとよく分からない音楽まで聞く羽目になってしまう。
「・・・家とは大違いだ・・・」
それは風呂も同じで、一応小さな洗い場と桶に汲んだ熱水を浴びる事が出来る浴室はあるのだが、遠雷が理想としている風呂からは程遠い造りになっている為、彼は非常に不満を感じていた。
これならば、近くの川や雨で身体を洗った方が綺麗になるのではないかしらと、毎日思いながら熱水を被ってはいるけれど、湯を沸かすのも限りがあるから大事に使えと昂遠から何度も忠告されてしまい、口には出せない不満だけが溜まっていく一方だった。
こう見えて遠雷は大のお風呂好きで、湯に浸かる事こそが至極と考えている。
だからではないが、初めて見た浴槽を前にして『湯に浸かれるぞ!楽しみだ!楽しみだ!』と興奮し、逸る気持ちを抑えながら黙々と湯の支度を整えている。
浴室にも様々な形があると思われるが、この国の浴室に関しては木製の箱型になっており、下に筵が引かれている家が殆どだ。
樽のように丸くなっていない為、湯に身体を浸す事が出来ない。洗い場も兼ねた浴槽で身体を洗い、桶に汲んだ熱水をひたすら浴びるという入浴方法を取り入れている。
遠雷自身、その入浴方法を否定する気はないのだが、湯に浸かる心地良さを知ってしまうとどうしても風呂と聞くと心が躍ってしまう。
彼は風呂に入る前にこれだけは言っておかねばと思い、拳を重ねて拝礼の姿勢を取った。
「家主殿。このような素晴らしい浴室を拝見し、大変驚いております。私は湯に浸かる事こそが至極と思い、今日まで過ごしてまいりましたが、このような浴槽は初めて見ました。この度は家主不在のこの小屋に足を踏み入れただけではなく、浴室まで許可なく使用してしまうことを先にお詫びいたします。大切に使わせて頂きますので、どうかお許しください」
そう話し三回礼をすると、ニッコリと微笑んだ。
よく見ると彼の頬は緩み、口元はだらんと伸びていて締まりがない。
「・・・惜しい。この小屋の主が存命であれば、一晩中酒を手に風呂について語り合うことが出来たというのに・・」
感激と共に湧いてくる悔しさを噛みしめながら、遠雷は静かに頭を振った。
「しかしこの風呂は本当に素晴らしい」
湯気が黙々と沸き立つ浴室はほんのりと温かく、木の香りがぷんと匂って来る。
「・・・・・・・・・・・・」
その頃、呆然と雨に打たれていた昂遠はハタと気が付くと、遠雷の服と自身の服を交互に見た。
暗いせいで良く見えないが、遠雷の白い衣はちゃんと洗わないと汚れが落ちない。
しゃがみ込んで洗ってはいるけれど、この薄闇の中でちゃんと汚れが落ちているのか不安になった昂遠は手を止めて衣を水から持ち上げた。
時折『そういえば・・あいつは何をしているんだろう?』と、姿を見せない遠雷の事が気になり自然と手が止まってしまう。けれどその度に『まぁ今のあいつは、褲しか身に着けていないし、その姿では何処へも行けぬだろうから、小屋で何かをしているのだろう』と考えて再び手を動かすことにした。
そうこうしていると
「桶を持って風呂に来いよ」
と、遠雷が呼びに来た。その表情は明るくどこか声も弾んでいる。
自分との温度差に疑問符をいくつも散りばめながら、昂遠はその言葉に大人しく従うことにした。
そうして浴室の湯気を知り「ははぁ」と口を開けたのである。
呆気に取られた昂遠だけが衣服を手にしたまま呆然とその場に立ち尽くしている。
一方、小屋へと戻った遠雷は桶を両手に持ちながら、また部屋へと舞い戻り、ありとあらゆる部屋に設置されたロウソクへと火を点していった。
薄暗かった室内に灯りが点され、小屋の中がより見やすくなったこともあり、服を探そうかと歩き始めた遠雷であったが、何かを思い出したように足が止まり
「おお!風呂だ!そうだ!風呂にも灯りをともさねば!」
拳をポンと叩くと風呂へと飛ぶように走っていく。
どったんばったんと激しく足音を立てながら動く音は外にまで響いており、その音を耳にして、昂遠は苦笑いを浮かべながら被っていた頭巾を脱いだ。
『相変わらず賑やかな奴だなぁ・・でも、その明るさが今は有り難い』
昂遠自身、先程まで目の前で起きていた事実を、なかなか認めることが出来ないでいる。
もしかしたら、自分たちは未だ宿にいて寝息を立てている最中なのかもしれないと、頭のどこかでは考えている。
そんなわけはないと思っていても頭と感情がなかなかついて行かないのだ。
ズンと重く憂鬱な気を晴らすことが出来ていない昂遠にとって、底抜けに明るい音と遠雷の声に、つかえていた胸の何処かが少しだけ軽くなった気がした。
『これを、救われているというのだろうか』
先程よりも暗さが増したせいか小屋の灯りが外にまで広がり周囲を淡く照らしている事に気が付いた彼は、動かしていた手を止めると空に視線を向けた。
灰色に染まる空の下で、雨はその勢いを止める事無く降り続いている。
昂遠は暫くの間、小屋の方を眺めていたが『これは水を汲む必要が無さそうだ』と思い、また衣に手を伸ばすことにしたのだった。
さて一方、遠雷は浴室を前にして言葉を失っていた。
「・・・・・・・」
浴室に入った瞬間、眼前に広がる浴槽と筵を敷いた洗い場、その真上には紐付きの桶が置いてあり、クイッと紐を引けば自ら桶を手に持たずとも湯を頭から被ることが出来る。
浴槽と洗い場が一体となったその部屋に足を踏み入れた時は、その空間にギョッと目が丸くなった。
あっちをウロウロ。こっちをウロウロと落ち着かない様子で浴室の中を歩き回っていたが、
感激のあまり両手を挙げて、最初は小さく踊り始めた。
しかし、すぐに動きが止まり、今度は浴槽に視線を向けた。
「・・・・・・・・・」
この小屋の風呂はとても変わっていて、米俵のような形の木製の樽の上に薄い木の板が打ち付けられている。
大人二人が入れそうな広さの木樽の浴槽の中には細い鉄製の筒が差し込まれており、それは煙突となって天井へと伸びているではないか。
樽の下部には鉄でできたかまどがあり、焼けた薪の煤がべったりとはりついている。
沸かした湯をひたすら浴槽へ注ぎ込むのではなく、焚きながら入浴する浴槽を見たのは遠雷自身も初めてであったので『これで本当に熱水が湧かせるのか?鉄でもないのに?』と、疑問符をいくつも飛ばしながら浴槽の中を覗き込んでいたのだが
「まあいいさ。とりあえず火を点けてみる事にしよう」
と呟くと、まずは浴槽の中に水をジャブジャブと注ぎこんでいくことにしたのだった。
少しずつ水が溜まっていくのを確認すると、今度は厨房にあった火打ち石で火を起こし、薪に火を点けて風呂焚き用のかまどへと放り込んだ。
「・・ふむ」
桶が二つあるとはいえ、満杯になるには時間がかかる。
「これは意外と骨が折れるぞ・・だが風呂の為だ・・しっかり水を汲まなくては」
先程点したロウソクの灯りのおかげで浴室の中は十分に明るく、部屋の隅まで良く見える。
「こういうのも何かの修行と思えば・・何の修行にしようか・・やはり腕力かな~」
そんな事を一人呟いて水をひたすら汲みに行くという行為を何度も繰り返していたのだが、やはりかまどが気になってしまい、かまどを見ては火の強さを調節し、浴槽の中に手を浸してはニッコリと微笑んだ。
「おお。まるで鍋みたいに沸いていくぞ。ふふ。」
宿に泊まっている時は、宿主に頼めば桶と熱い水を用意してくれて、そこで身体を洗うことが出来る。
しかし、桶は膝下までしか高さが無いため、なかなか湯に浸かることが出来ない。
昂遠と住んでいる家は、この小屋よりもオンボロで雨が降れば部屋の至る所から水が降ってくる。
最初は二ヶ所だった雨漏れも場所を広げ、今では雨受けの器に雨粒が触れる度に、室内はピチョンピチョンと鳴り響く合唱大会へと早変わりしてしまうのだ。
それだけでも頭が痛いのに、どこからか入り込んだカエルまで合唱に参加してしまう為、ゲコゲコピチョンとよく分からない音楽まで聞く羽目になってしまう。
「・・・家とは大違いだ・・・」
それは風呂も同じで、一応小さな洗い場と桶に汲んだ熱水を浴びる事が出来る浴室はあるのだが、遠雷が理想としている風呂からは程遠い造りになっている為、彼は非常に不満を感じていた。
これならば、近くの川や雨で身体を洗った方が綺麗になるのではないかしらと、毎日思いながら熱水を被ってはいるけれど、湯を沸かすのも限りがあるから大事に使えと昂遠から何度も忠告されてしまい、口には出せない不満だけが溜まっていく一方だった。
こう見えて遠雷は大のお風呂好きで、湯に浸かる事こそが至極と考えている。
だからではないが、初めて見た浴槽を前にして『湯に浸かれるぞ!楽しみだ!楽しみだ!』と興奮し、逸る気持ちを抑えながら黙々と湯の支度を整えている。
浴室にも様々な形があると思われるが、この国の浴室に関しては木製の箱型になっており、下に筵が引かれている家が殆どだ。
樽のように丸くなっていない為、湯に身体を浸す事が出来ない。洗い場も兼ねた浴槽で身体を洗い、桶に汲んだ熱水をひたすら浴びるという入浴方法を取り入れている。
遠雷自身、その入浴方法を否定する気はないのだが、湯に浸かる心地良さを知ってしまうとどうしても風呂と聞くと心が躍ってしまう。
彼は風呂に入る前にこれだけは言っておかねばと思い、拳を重ねて拝礼の姿勢を取った。
「家主殿。このような素晴らしい浴室を拝見し、大変驚いております。私は湯に浸かる事こそが至極と思い、今日まで過ごしてまいりましたが、このような浴槽は初めて見ました。この度は家主不在のこの小屋に足を踏み入れただけではなく、浴室まで許可なく使用してしまうことを先にお詫びいたします。大切に使わせて頂きますので、どうかお許しください」
そう話し三回礼をすると、ニッコリと微笑んだ。
よく見ると彼の頬は緩み、口元はだらんと伸びていて締まりがない。
「・・・惜しい。この小屋の主が存命であれば、一晩中酒を手に風呂について語り合うことが出来たというのに・・」
感激と共に湧いてくる悔しさを噛みしめながら、遠雷は静かに頭を振った。
「しかしこの風呂は本当に素晴らしい」
湯気が黙々と沸き立つ浴室はほんのりと温かく、木の香りがぷんと匂って来る。
「・・・・・・・・・・・・」
その頃、呆然と雨に打たれていた昂遠はハタと気が付くと、遠雷の服と自身の服を交互に見た。
暗いせいで良く見えないが、遠雷の白い衣はちゃんと洗わないと汚れが落ちない。
しゃがみ込んで洗ってはいるけれど、この薄闇の中でちゃんと汚れが落ちているのか不安になった昂遠は手を止めて衣を水から持ち上げた。
時折『そういえば・・あいつは何をしているんだろう?』と、姿を見せない遠雷の事が気になり自然と手が止まってしまう。けれどその度に『まぁ今のあいつは、褲しか身に着けていないし、その姿では何処へも行けぬだろうから、小屋で何かをしているのだろう』と考えて再び手を動かすことにした。
そうこうしていると
「桶を持って風呂に来いよ」
と、遠雷が呼びに来た。その表情は明るくどこか声も弾んでいる。
自分との温度差に疑問符をいくつも散りばめながら、昂遠はその言葉に大人しく従うことにした。
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