反魂

四宮

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反魂

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考えてみれば、この光景は何処かおかしい。
夜盗や強盗の類であれば屋根には火矢が刺さり、家の中は獣でも暴れたかと言わんばかりに荒れ狂っているのが常だ。
そういった光景を何度も見てきた彼にとって、硝煙特有の焦げた臭いすら感じないこの風景は何処か不気味で、酷く恐ろしいものに思えてならなかった。
十分ほど歩いた先に小さな小屋がぼんやりと見えてくる。遠雷エンライ躊躇ちゅうちょすることなく小屋に近づきその扉に手をかけると、それは軋む音を奏でながらゆっくりと開いていった。

「・・・・」
床に転がっている人の亡骸につま先が触れる度に腰を降ろし、腕や衣に指を伸ばしてみるも、これと言った反応は返って来ない。状況を詳しく知るために卓上に手を伸ばして初めて、指の先に箸のような細長い何かが置かれていることに気が付いた。
「・・・箸・・だが、皿は無い。これは草か・・野草?いや、薬か・・ん?」
散らばった草に手を伸ばしているうちに、硬い何かが指に触れた。
よく見るとそれはうつ伏せの姿勢になったまま息絶えている女のようであった。

「・・・・・・・」
彼はゆっくりと女の背後に回ると、その亡骸に手を伸ばした。
女の結った髪は乱れ、長い髪が背中にまで伸びている。そのまま腰に触れると、今度は顔に手を伸ばし、咥内に指を差し込むとフムと頷いてまた先を見た。
どうやら、外にいる者達を襲った凶漢きょうかんは、それだけでは飽き足らず、見つけた女を片っ端から犯してはその命までも奪って去ったらしい。
女の表情までは確認していないが、穏やかな表情ではない事だけは確かであろう。
「・・・・・・・・・」
壁伝いに歩き、そのまま厨房に向かってみるも、鍋には調理をした形跡は何処にも無く、鍋の中には何も残されてはいなかった。
鳴き声に気が付き鍋の先に視線を向ければ、数羽の鶏が籠の中で羽をバタつかせながら歩き回っている。
よくよく目を凝らせば天上に吊るされた籠のような物から葉がだらりと垂れ下がっているではないか。
「あれは野菜か・・?」
奇妙なこともあるものだ。
それがこの小屋に足を踏み入れて得た違和感だった。

綺麗すぎるのだ。全てが。
貴族はもとより、どのような身分であったとしても、復讐をさせない為に一族の命を奪い立ち去るという光景は、この国ではけして珍しいものではない。その場合、夜盗に見せかけるために命を奪うだけでなく、ついでに金品をむしり取り食材まで奪っていくのが常だ。
死人は飯を食わない。金も使わない。だからじゃないが、生きている者がそれらを手にし、友好的に使う。
それに関しては遠雷も同じ意見である。
昂遠コウエンは刑部の役人に全て任せるというかもしれないが、それだって最終的には役人達の袖に消えるのだから同じことだ。

それに比べてこの光景は何だ?息絶えているのは住んでいた人間ばかりで、鶏を始めとする動物たちは健康的に歩き回っている。酒の入った壺もそのまま置かれ、蓋すら開けられていない。棚に手を伸ばせば、衣服も書物も薬に金さえも綺麗なまま残されているではないか。
これを奇妙と言わずして何と言う?
遠雷は首を捻りながら何度も首を傾げていたが、外の様子が気になってしまい小屋の外へ出ることにした。

『状況がよく分からない』
やはり最初に思ったのはそれである。昂遠から聞いていた家族の人数はおよそ五名。住む人数を考慮したとしても、この狭い小屋の中ではしょう(寝台にも出来る長椅子)を確保するだけでも大変苦労するに違いない。
だが、実際のところ、小屋には息絶えた者が三名。机にうつ伏せの姿勢で倒れていた女に加え、床に転がっていたのは男が一人と女が一人だ。
それに、外にも数名もの亡骸が転がっていなかったか・・?
「物盗りでは・・ない?」
外に出てふと空に視線を向ければ、朝から曇りがちだった空がゴロゴロと唸っては灰色の雲を揺らしている。
「雨が降るな」
そんな事を呟いて暫く小屋の外を歩いていた遠雷は、市場で昂遠が話していたある事を思い出した。

「・・・長棍・・とそうだ。子どもは何処へ行った?」
確か、昂遠が覚えている範囲で話していた家族は五名。長棍の使い手の父親に子が三名、妻が一人だ。
そう考えると家の中に女が二名倒れているというのも奇妙な話だし、ぼんやりとしか確認できないが、今、眼の前で膝を折った姿で息絶えている女がいるというこの光景は何処から見ても妙である。
『それにしても・・・』
遠雷はうんざりしたような表情で腰に手を当てて、本日何度目かの重い息を吐いた。
うっすらとではあるが、血と精に塗れて息絶えた女の亡骸がいくつも確認できる。
そのどれもが衣服を剥がれ、肌を曝した状態で捨て置かれているではないか。
その中でも押し返そうとしたのだろうか。膝を折り曲げた状態で捨て置かれている女を見て、遠雷はただ黙って首を横に振った。

「色狂いの俺が言うのもなんだが・・これは酷い。股掌こしょうの上にもてあそぶなんざ、品が無さすぎる。満足したならせめて刺してから服は戻してやれよ・・・ったく」
ぶつくさと呟きながら、女の側に寄れば土と精に塗れた唇が薄ぼんやりと見えてくる。
頬に視線を向ければ流したであろう涙の痕がクッキリと残されていた。
「・・・・・最期がこれでは・・やりきれんな」
そう呟いて開いた女の襟に手を伸ばしかけた遠雷であったが、ふと何かを思い出すように空を見上げながら、露になったままの女の乳房に手を伸ばした。
彼は何かを確認するように女の乳房を数度揉み、次いで全身を撫でるように肌を摩ると「ああ」と呟いた。
女の腹に残されたままの刺し傷を探り当て、傷口を何度もなぞってはフムと頷いて襟を戻している。

「・・・・・・・」
そうして彼は、女の亡骸を見つける度に腰を降ろし、腿や乳房を揉んだ後、傷を探してなぞるという行為を何度も繰り返していたのだが、やがて何かを考えるように顎に手を置くと再度、フムと頷いて前を見た。
「血の渇きと肌の硬さからして・・襲われたのは昨夜から明け方にかけて・・?」
倒れている女の数からして、複数人で襲い掛かったのは間違いない。ざっと数えても七名以上の女を片っ端から襲うのだ。一人や二人で襲うにしては異常ともいえる数である。

『まぁ・・夜盗でもここまではしないだろうが・・』
そんな事を考えながら、遠雷はほぼ無意識の状態で土を靴で擦っている。擦った後に軽く踏むという動作を何度も繰り返しながら、足跡の出来を確かめていた。
『湿り気を帯びたこの土は足跡が残りやすい。複数でこの人数の命を奪ったのだから、俺達の他にも足跡くらいは残っていそうなものだが・・?』
それに、遠雷にはもう一つ、引っかかっていることがあった。
息絶えている者達に刻まれたあの刺し傷である。
迷いなく一直線に二度突いて鞘に戻している。
「これは何という技だったか・・?」
ううむと腕を組んで考えてみるも、どうにも思い出せない。喉の奥まで引っかかっているのだが、取り出すのはまだまだ先のようである。
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