エテルノ・レガーメ2

りくあ

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第6章:忍び寄る闇

第77話

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「これだけ探して、何も見つからないなんて事ある...?」
「まさかとは思いますが...湖の底という可能性はありませんか?」
「一応聞くけど...ネックレスがだよね?」
「僕はネックレスとは一言も言っていませんよ?ルカが湖に沈めら...」
「や、やめてよ縁起でもない!」
「ですが、他に探せる場所はここしかありません。潜ってみましょう。」

底の見えない湖の中にゆっくりと身体をつけると、たっぷり息を吸って潜り始めた。透明度は高いものの、周りが暗いせいで視界はかなり悪かった。
こんな状況でルカさんを見つける事など出来るのだろうか?そう思っていると、水をかき分けた左手に何かがぶつかる感覚がした。ぷにぷにとしていて冷たいそれは、丸い球体のような形をしているようだ。
息が続かなくなった僕は、一旦戻って息を整える事にした。

「ぷは...!ユーリさん、ツヴェルさん!ここに何かあります!」
「何かって?」
「なんというか...ぷるぷるしていて冷たい何かが手に当たったんです。」
「こんな所に生き物が?」
「冷たいのであれば生き物では無いのでは?」
「確かめてみようか。」

僕達は揃って湖に潜ると、先程見つけた球体に近付いた。それを見たツヴェルさんが、上に引き上げようという提案を身振り手振りで伝えて来た。3人で周りを取り囲み、両腕で包み込んで引き上げる。
すると、水面に近付くにつれて、球体の中に人影のようなものが見え始めた。

「ツーくん...これって...!」
「地面に乗せましょう!僕が下から押します!」

地面に転がるそれは、水でできた大きな球体だった。その中で、白髪の少年が膝を折りたたんだ状態で目を閉じている。

「まさか本当にルカが沈められてたなんてね...。」
「彼が...ルカさん...。」

話には聞いていたが、こうして本人を目にするのは初めてだった。
水に包まれた状態では、吸血鬼と言えど息をする事は出来ない。しかし、死んでいるとも思えないほど彼の表情は眠っているかのように穏やかだった。

「“リヴィール”ですか...。随分いい趣味ですね。」
「リ...ヴィール...?」
「水属性の魔法だね。使われる頻度は少ないけど...1度だけ、ユノが使っていたのを見た事があるよ。」
「触れた相手を、水の中に閉じ込める魔法です。確か...身体の一部を外に引き出せれば、魔法は解けたはずですが...」
「引っ張り出せばいいんだね?」

僕は手を伸ばし、水の球に触れた。しかし、いくら力を入れても水の反発力で押し戻されてしまう。

「何これ...!押し戻されて...手が入らな...」
「術者の魔力に応じて、障壁の力は強くなります。魔力を込めないと、手を入れる事は難しいでしょう。」
「俺様の出番か。」

俺は手元に魔力を集中し、再び水の球に触れた。グッと力を込めると、指先が水の中に沈み込む。しかし、それ以上中に手を入る事は叶わなかった。

「...これは骨が折れそうだな。」
「この術者は、相当な魔法の使い手のようですね...。」
「一応僕達も試してみようか。」

奴等も同じように手を触れるが、手を濡らすばかりでルカに触れる事は出来なかった。

「この場にユノが居てくれたら...何とかなったかもしれないのに...。」
「ひとまず、ルナに知らせましょう。もしかしたら、総務の方を連れてきてもらえるかもしれません。」
「じゃあ、僕が手紙を書くよ。ちょっと待っててね。」

すると奴は、近くの岩場に向かって駆けていった。

「貴様...ツヴェルと言ったか?」
「あ、はい。何でしょうか?」
「貴様は光に耐性があるか?」
「ええと...試した事がないのでわかりません。」
「では手を出せ。」
「...こうですか?」

奴が差し出した手に、そっと手を添えた。手を包むように握ってみるが、奴が顔色を変える様子は全くない。

「あの...一体何を?」
「大丈夫そうだな。今から、俺様が貴様に魔力を分け与える。もう一度、手を入れてみろ。」
「そ、そんな事が可能なのですか?」
「治癒魔法だ。光に耐性が無ければ、治癒どころではないだろうが...貴様は多少耐性がありそうだからな。2人の魔力を合わせれば、手を掴むくらいは出来るかもしれん。」
「わかりました。やってみましょう。」

俺は奴の手を握りながら、治癒魔法“シュネルギア”を唱えた。身体を流れる魔力が、手を通して少しずつ減っていくのを感じる。
一方、水に触れている奴は苦渋の表情を浮かべていた。光属性の魔法に対する痛みなのか、ルカを救いたい一心からか、苦しみに耐えながら水の中にゆっくりと手を入れていく。指先から手全体が沈み込み、やがてルカの手首をしっかりと掴んだ。

ーザッパーン!

水の中からルカの指先が出た瞬間、とてつもない量の水がその場で弾け飛んだ。近くに立っていた俺達はその水を被り、全身から水が滴り落ちた。

「2人共!今の音は...ってツーくん!?」

水を被った直後、床に座り込んだ奴の元に慌てた様子のユーリが駆け寄っていく。

「だ、大丈夫です。少し目眩がしただけですから...。」
「一体何をしたの?さっきまで指も入らなかったのに...。」
「俺様が奴に魔力を送り込んだ。2人の魔力を合わせれば、可能かと思ってな。」
「僕は大丈夫ですから、早くルカを...。」
「そうだ...ルカは...!」

身体から水が滴り、目を閉じたまま床に横たわるルカさん。息はしておらず、胸に耳を近づけても心音は聞こえて来ない。
左手を彼の額に当て、右手の人差し指と中指の2本で下顎を持ち上げた。

「ルカさん...!お願い、目を覚まして!」

左手で鼻をつまみ、僕は大きく息を吸い込んだ。彼の口を覆い隠すように口を付けると、ゆっくり息を吹き込む。
仰向けに寝かされた彼の横で膝立ちの姿勢を取り、 胸部の下の方に両手を乗せる。ひじを伸ばし、力一杯胸を圧迫する。心拍より少し早い速さで、リズムを刻むように力を込める。
それを数回繰り返していると、彼は飲み込んでいた水を勢いよく吐き出した。

「げほ...!...ごほっ!」
「ルカ!」
「ルカさん!気が付きましたか!?」
「...ここ...は?」
「ここはピシシエーラだよ。意識が戻って良かった...。フランの処置のおかげだね。」
「フラ...ン...?」

彼の青い瞳が僕の方を向いた。ルナさんと同じ輝きを放つその瞳に、視線が釘付けになる。

「意識が戻ったとは言え、まだ油断は出来ません。応援が来るまで、ここで待機しましょう。」
「そうだね。ルカもツーくんもかなり消耗してるし、フランも疲れただろうから...フラン?大丈夫かい?」
「えっ...?あ、うん。」

それからしばらくして、ハイト様、ノディ様、チェリム様の3人が僕達の元へ駆けつけた。
彼等にルカさんを託し、僕達はイムーブルへと帰って行った。



「お疲れ様フラン。今日はこっちで泊まっていきなよ。部屋はそのままにしてあるから、好きに使って。」
「あー...うん。じゃあ、そうしようかな。ルドルフも消耗してるみたいだし、レジデンスに帰るのは明日にするよ。」
「レジデンスへの報告は僕がしておくから、ツーくんも早く休んで。」
「すみません...では、お言葉に甘えてそうします。」

しばらく自室で横になり、空腹を感じて食堂へ向かうと料理をしているユノさんの姿があった。

「あれ?ユノさん?」
「あ...おかえりフラン。ルカ、見つかったんだってね。」
「うん。すごく大変だったけどなんとかね...。ユノさんもこれから夕飯?」
「ううん。そろそろ来るかと思って。」
「来るって何が?」
「お腹を空かせたフランが。」
「え?僕を待ってたの?」
「そう。ついでに私も食べようと思って、作っておこうかなって。」
「ありがとう。疲れてたから適当に済ませようかと思ってた所だったんだ。」
「もうすぐできるから、座ってて。」

しばらくして、彼女は2人分のオムライスをテーブルに並べた。

「どうぞ。召し上がれ。」
「いただきます。」

少し前までほとんど料理をしなかった彼女が、僕の好物のオムライスを作ってくれるようになった事を嬉しく思いながら、料理を口に運んだ。すると、向かい側に座っている彼女が僕に視線を向けている事に気付き、その手を止めた。

「ん?どうかした?」
「フラン、そんな指輪付けてた?」
「あぁ...これ?ルカさんの捜索で使う鉱石を取りに行った時に、知り合いからもらったんだ。魔力を貯めておけるらしいけど...僕は使った事ないんだ。せっかくもらったから、とりあえず付けてはいるけどね。」
「ちょっと触ってみてもいい?」
「うん。構わないよ。」

指輪を外そうとすると、彼女の手が僕の手に触れた。

「そのままでいい。」
「え?あ…うん。」

指輪をはめた僕の手を、彼女は両手でそっと包み込んだ。何も言わず、静かに目を閉じている。まるで祈りを捧げているかのような真剣さに、頭に浮かんだ言葉を飲み込んだ。

「ありがとう。」
「僕は何もしてないよ?ユノさんは何かしてたみたいだけど...一体何をしてたの?」
「別に何もしてないよ。綺麗な指輪を見せてくれたお礼を言っただけ。」
「じゃあ僕もお礼を言わなきゃね。美味しいオムライス、作ってくれてありがとう。」
「どういたしまして。」

普段はあまり表情を変えない彼女が、優しげな笑みを浮かべた。それを見て、僕も自然と笑顔が零れる。
彼女と過ごす食事の時間が、僕の疲れきった心と身体を癒してくれるのだった。
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