エテルノ・レガーメ2

りくあ

文字の大きさ
上 下
72 / 116
第6章:忍び寄る闇

第71話

しおりを挟む
「うわぁー!いい眺めー!」

ルドルフの気球で崖を登りきった後、僕達は更に上を目指して足を動かした。しばらく登った所で見晴らしのいい丘を見つけ、辺りを見渡した。

「こうして見ると、街が小さく見えますね。」
「丁度いいし、そろそろお昼にしない?」
「賛成!」

草の上にシートを広げ、レヴィが用意してくれた昼食を頬張った。

「あ、これ美味しい!」
「本当ですか?お口にあってよかったです。」
「こんな美味しい料理を作れるなんて、すごいよレヴィ。家に帰ったら、作り方を教えてくれない?」
「もちろんいいですよ。」
「誰かに作ってあげるの?」
「ううん。そういう訳じゃないよ。自分で作れる料理のレパートリーを、増やしたいなと思って。料理に詳しい人が周りにいないから。」
「え?そうなの?」
「うん…。彼等は食事をする必要がないからね。全然って訳じゃないけど…料理をする人自体珍しいんだ。」
「こんな美味しい物を食べないなんて、人生損してるよなぁ。」
「あの…フランさん。先程の魔法は、吸血鬼の力…なんですよね?魔力はもちろんですけど…血が足りなくなったりは…。」
「まだ大丈夫だよ。もしもの時に備えて、余力を残しておくつもりだけど…血を吸わなくても、時間が経てば自然と回復するんだ。」
「へぇ~。そういうもんなんだ。」
「僕は半分人間みたいなものだから、食事でも血量を補えるしね。純粋な吸血鬼とは、身体の作りが少し違うみたい。」
「なら、もっと沢山食べて、頑張ってもらわないとな!こっちも上手いから食べてみてよ!」
「ありがとうスレイ。」

彼等との食事をしばらく楽しんだ後、山登りを再開した。山の頂上が見え始めた頃、僕は前を歩くレヴィに声をかけた。

「ねぇレヴィ。その鉱石って洞窟の中で見つかったんだよね?ここに来るまで、全然見かけてないんだけど…。」
「そうですね…。資料には、山の8合目辺りで採取した…と書かれているんですが。」
「8合目って言われても、ここが何合目かわかんねぇよなぁ。」
「もう少し登る?それとも降りる?」
「もう少し登ってみましょう。今引き返すより、頂上まで登ってから降りる方が見つけられるかもしれません。」
「ちょっと待て。…風の音が聞こえる。」
「え?」

俺は耳を澄ませ、音のする方へ歩き出した。しばらく歩いて行くと、岩肌の見える崖際に苔の生えた岩が積み重なっている場所を見つけた。

「この奥から風を感じる。」
「風を感じるって言われても…だから何なんだ?」
「岩の隙間から風が漏れているということは、奥に空洞があると言う事です。もしかしたら、以前洞窟があった場所が崩れて、入口を塞いでしまっていたのかもしれません。苔の生え方からして…数十年は経っていそうです。」
「へぇ~…ここ洞窟だったのか…。でも、どうやって入るんだ?」
「うーん…。僕達にはどうする事も…。」
「下がっていろ。」

俺は指を噛み、魔法を唱える。

「“…我が意思に従え。ルミエール”」

伸ばした手の先に光が集まり、凝縮されたエネルギーの力で岩の一部が崩れ落ちた。

「え!それって…光の魔法じゃ!」
「吸血鬼にも使えるなんて…初耳です。」
「もう少し崩したい所だが…今はこれが限界だ。」
「大丈夫ですか?先程も魔法を使っていましたし…少し休んだ方がいいのでは…。」
「俺様の代わりに、フランが身体を動かせばいいだけの話だ。貴様等は気にするな。」
「でも…。」
「僕なら大丈夫だよレヴィ。通りやすいように、もう少し岩をどかそう。」
「よし!力仕事なら、俺に任してよ!」

3人で協力し、ルドルフが崩した場所から岩を運び出した。彼の読み通り、岩の奥には洞窟が広がっている。吹き抜ける風が頬を掠め、髪をなびかせた。

「ランタンは俺が持つよ。」
「兄さん。この洞窟、かなり風化してるみたいだから、足元には気をつけて下さい。」
「わかった。2人も俺から離れないように、ちゃんと着いて来いよ?」
「うん。先頭は任せたよスレイ。」

ランタンに明かりを灯し、僕達は恐る恐る洞窟に足を踏み入れた。
中は思ったよりも広く、ランタンで照らしても壁や天井は暗くて見えなかった。足元には苔が生え、かなり滑りやすくなっているように見える。

「思ったより広いですね…。兄さん。壁沿いにゆっくり歩きましょう。」
「わかった。じゃあこっち側に…」

彼はゆっくりと右側へ進み始めた。2歩3歩と歩みを進めるが、壁と思われるものは見えてこない。

「あれ?おかしいな…壁が無いなんてこと…ぅわ!?」

彼は足を踏み外し、身体が右側へ大きく倒れる。僕は咄嗟に手を伸ばし、彼の腕を掴んだ。それと同時にレヴィも手を伸ばしていたようで、彼の手が僕の腕を掴んだ事により、なんとか耐える事が出来た。
しかし、スレイが持っていたランタンは宙に投げ出され、僕達の右側に広がっていた崖下へと落ちて行った。数秒後にガラスの割れるような音が聞こえ、それなりの深さの崖である事がわかる。

「あっぶねー…。2人共ありがとう。まさか洞窟の中に崖があるとは思わなかった…。」
「僕も気が付かなかったよ。結構深いみたいだし、落ちて怪我をしなくて良かった。」
「でも…ランタンが無くなっちゃった。この先どうする?」
「同じような崖が、この先ないとも限らないので…辛うじて見える出口の光を頼りに、戻った方がいいと思います。」

レヴィの提案により、今日は洞窟の探索を諦める事にした。

「じゃあ俺とレヴィは食料を探してくるから、フランはテントをよろしく!」
「わかった。2人共、暗くなる前に戻って来てね。」
「はい。行ってきます。」

洞窟の出入口の近くで野営をする事になった僕達は、それぞれ役割分担を決めて行動に移った。
テントの設営は騎士学校で嫌という程叩き込まれていたので、それほど時間はかからなかった。

「2人が来るまで、その辺で枝でも拾っておこうかな…。」

その場を離れて森の中を歩き回り、焚き火で使えそうな枝を拾い集めた。こうしていると、騎士学校で学んだ日々が随分昔の事のように感じる。皆は元気にしているだろうか?そんな事をぼんやりと考えていると、近くの茂みがカサカサと音を立てた。

「っ…!」

音がした方を向いて身構えると、茂みの中から1匹の熊が姿を現した。その身体は膝程の高さしかなく、まだ子供のように見える。

「なんだ…子熊かぁ…。」
「気を抜くな。子供がいるという事は、親も近…」

近くで枝の折れる音が聞こえ、俺は瞬時に後ろを振り返った。すぐそこまで迫っていた親熊の鋭い爪を避けようと、身体を反らせる。しかし、反応が遅れたせいで爪が腕を掠め、服がじんわりと赤く染まった。

「ぐ…っ!」

腰に下げた鞘に手を伸ばして剣の柄を掴むが、身体の力が抜けて膝から崩れ落ちた。

「これ程消耗していたとは…。」

何度か使った魔法に加え、傷によって失われた血量は、俺の予想を遥かに超えていた。

「熊ごときが…調子にのるな。」

こちらの様子を伺っている熊に向かって、鋭く睨みつけた。俺の気迫に怖気付いたのか、奴は子供を連れて茂みの奥へ逃げていく。

「ルドルフ…助かったよ。ありが…」

立ち上がろうとした時、血の気が引くような感覚と共に意識が遠のいていくのを感じた。



「ぅ…ん…?」

目を開けると、年季を感じる木製の天井が視界いっぱいに広がった。僕はこの光景を、数刻前に目撃している。

「あれ…?なんで戻って…」

ゆっくりと身体を起こすと、窓から吹き込む心地よい風と共に、腕に鈍い痛みを感じた。
その痛みは、熊に襲われた時のものである事を思い出し、夢ではない事を実感する。
そして、僕の頭の中にスレイとレヴィの顔が浮かんだ。僕が彼等の家に居るという事は、2人が僕をここまで連れて来たと考えるのが自然だ。僕は痛む腕を庇いつつ、ゆっくりと階段を降りて行った。

「スレイー?レヴィー?」

2人の名前を呼んでみるが、家の中は静まり返っていた。2人の安否を確認する為、僕は扉を開いて外に出た。
太陽は天高く登り、既に昼を過ぎている事がわかる。僕が気を失ったであろう日没前から、かなりの時間が経っていた。
彼等が行きそうな場所にあてはないが、研究所にいるオズモール達なら何か知っているかもしれない。そう考え、研究所を目指して歩き出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

処理中です...