エテルノ・レガーメ2

りくあ

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第3章︰思わぬ再会

第36話

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「え!?船が出港停止!?」

翌朝、船乗り場へやって来ると人だかりが出来ていた。船乗りの話によると、全ての船が出港出来ない状態らしい。

「どうしてだ?昨日は普通だったろ?」
「どうしても何も、海賊が出たんだよ。あんた達だって、襲われたくはねぇだろ?」
「どうする…?船が動くまで待ってたら、いつ辿り着けるか…。」
「船が無理なら、徒歩しか無いだろうな。止まっていてはいつか追いつかれる。」
「そうだな…。ひとまず、地図を見ながら道順を確認し…」
「ねぇあなた!ちょっと待って!」
「え、ちょっ…ルナ!?」
「おい!どこへ行く気だ…!」

突如走り出した娘の後を追いかけると、人通りの無い道の先に立っている2人の姿があった。娘の目線の先に、大きな麻袋を担いでいる男が路地で行き場を失っている。

「あなた…!その袋の中身…見せて。」
「なんで荷物の中身見せなあかんのや。いきなり追いかけて来て…変な奴やな。」
「おい小娘。何事だ?」
「この人が人混みに紛れて、港の外に行こうとしてたの。あの荷物、動いてるように見たから、もしかしたら人なんじゃないかと思って…。」
「人?なんで俺が人を運ばなあかんのや。これはただの穀物やで?」
「なら、中身を見せて。」
「嫌や。」
「なぜ見せられない?穀物だと言うなら、見せられない事は無いはずだ。」
「あんなぁ…。普通、他人に荷物見せてくれって言われて、はいそうですかって見せる奴おるか?普通は嫌やろ。」
「お前、もしや海賊か?」
「は、はぁ?海賊?俺の事を人さらいと間違えるだけじゃなく、海賊と間違えるなんてあ…」

話かける事で男の気を反らせている間に、気配を消して忍び寄ったミグが男の背後から袋を奪い取った。

「なんやお前!どこから出てきたんや!?」
「袋の中身、確認させてもらうぞ。」

奴が開いた袋の中には、人間の子供が手足を縛られた状態で入れられていた。

「やっぱり…!」
「あーあ…。あんだけ人がいたら、誰にも気付かれへんと思ったんやけどなぁ…。なぁ、あんた。なんで俺が海賊やとわかったんや?」
「特に深い意味は無い。適当にカマをかけただけだ。まさか本当に海賊だったとはな。」
「なっ…!」
「もう逃げられねぇぞ?お前を役所に突き出して、仲間もまとめて捕まえてやる。」
「くそ…こうなったら…。おーい!こっちやー!」

奴は、俺の背後に向かって大きな声をあげた。咄嗟に後ろを振り返るが、そこに人の姿は見当たらない。

「きゃ…!」

娘の悲鳴が聞こえて視線を戻すと、男に取り押さえられ、銃口を突き付けられていた。

「どうや?カマかけた相手に、カマかけられた気分は。」
「くそ…。」
「おっと…!それ以上近付いたら、撃ってまうで?そこ動かんと、俺の事見逃してくれたら撃たへん。」
「海賊の言う事が信じられるとでも?」
「嘘も方便…っちゅー言葉、知っとるか?時に嘘をつくことも必要や。嘘か本当かは、今は関係あらへん。これは取引や。」
「女を人質にとっておいて、何が取引だ。」
「見た所、あんたらこの子の護衛やろ。この子に怪我さしたら、まずいんとちゃうん?」
「は、離して…っ!」
「大人しくしててくれや~。俺やて、好き好んで人殺したくないんやで?あんたから、こいつらに頼んでくれへんか?俺を逃がしてくれって。」
「そうはさせない…!」

ローブの下に隠したナイフを瞬時に抜き取り、男の腕に向かって素早く投げた。男は反射的にそれを避けようと、後ろに身を引く。
その隙にルナ目掛けて駆け出し、彼女の腕を掴んで引き寄せた。

「っ…!」

大きな銃声と共に男の銃弾が腕を掠め、バランスを崩してその場に倒れ込んだ。反対側からミグが駆け寄り、僕達2人を隠すように立ち塞がった。

「フラン…!大丈夫!?」
「だ、大丈夫です。ちょっとかすっただけなので…。」
「フラン?あんたまさか…!」

男は握っていた銃を近くに投げ捨て、側に駆け寄って床に膝を着いた。

「あんた、フランドルフルクか!?」
「えっ…?」
「なんや…顔が違うから気付かへんかった…。よく見たら、そっちのあんたもルナソワレーヴェやろ?知っとったら、撃たへんかったのに~!」
「あ、そっか…。ルドルフが、魔法で顔を変えてたから…。」

僕はルナを助けたい一心で、動こうとしないルドルフの身体を無理やり奪い取ってしまった。そのせいで魔法が制御出来なくなり、元の顔に戻ってしまったらしい。

「ルナ。さっきの銃声で、人が集まってくるかもしれない。1度、どこかに身を隠そう。」
「でも、フランの治療もしないと…。宿屋に戻るのはどう?」
「せやったら、俺の船に来たらええ!すぐそこに停めてあるから、話はそこでしようや。治療も出来るで。」
「…どうする?」
「なんかお前等、知り合いみたいだし…。ひとまずこいつについていこう。」
「ほんならこっちや!」

男の案内で、港の近くに停泊している海賊船に乗り込む事になった。船内の一室に通され、船員の女性に腕の治療してもらった。

「ありがとうございます。」
「お大事にしてくださいね。」
「大したこと無くてよかったな。」
「ほんとすんません。まさかあんな所に居るなんて、思ってなかったもんで…。」
「ところで…私とフランの事知ってるみたいだったけど、あなたは誰なの?」
「覚えてないかもしれへんけど…。俺は、アレクの弟のムジカや。」
「アレクって…アレクセイルージ?」
「せやせや!1度、俺ん家に泊まりに来た事あったやろ?」
「あー!あの時の!確か、ユイとララも一緒で…」

彼女は、当時の出来事を噛み締めるように語り始めた。僕も一緒だったらしいが、もちろん覚えてる訳が無い。

「フランさんは覚えてへん?」
「えっと…ごめんなさい。僕は記憶を無くしてしまって…。」
「え!?てことは…記憶喪失なん?」
「はい。僕の事、フランドルフルク…って呼んでましたよね?それが僕の本名なんですか?」
「せやで。兄ちゃんがそう言っとったはずやわ。そっか…名前も、よう覚えとらんのやね…。」
「それにしても、アレクの弟がなんで海賊なんか…。」
「海賊言うてるのは、人間だけや。俺達が吸血鬼やから、ただ船を動かしてるだけで賊扱いしてくるんや。」
「あなた達も…吸血鬼なんですね。」
「そういうフランさんもやろ?」
「そう…らしいですね。」

僕は咄嗟に、嘘をついて言葉を濁した。吸血鬼と人間は、長年対立状態にある。僕が人間である事を明かしたら、彼等はいい顔をしないだろう…そう思ったからだ。

「じゃあ、さっき子供を連れ去ろうとしてたのはなんでだ?あれはどう見ても人間だっただろ?」
「あれは…上からの命令で仕方なく…。」
「上って事は…幹部の奴らか?」
「これ以上は、俺の口からは言えへん!言ったら怒られてまう…!」
「仕方ねぇな…。あんまり詮索はしないようにするか。」
「あの…ムジカさん。僕からも聞いていいですか?」
「なんや?答えられる事やったら答えるで。」
「この船は、これからどこへ向かうんですか?」
「そろそろ燃料も無くなりそうやから…港に引き返そうと思ってるで。」
「それって…吸血鬼の領土へ帰るって事ですよね?僕達も、乗せて行ってもらえませんか?」
「別に構わへんけど…そんなに遠くは行かれへんで?」
「ピシシエーラの最寄り港、スーズルまで乗せてくれたら、後は自分達で何とかする。そこまででも頼めないか?」
「スーズルまででええなら、お易い御用やで。その代わり…俺があんた方を襲った事は、誰にも言わないでくれへんか?」
「もちろん!頼まれなくても、言うつもりは無かったよ。」
「ほんなら良かった…!よっしゃ!そうと決まれば、早速出港するで。」



「おいフラン。お前…よくも俺様を引きずり下ろしたな。」
「ご、ごめん…。ルナさんが危ないと思ったから…つい。」

目的地へ移動している間、僕達は部屋を借りて休ませてもらう事にした。ベッドに座って休んでいると、身体の中にいたルドルフが不機嫌そうに話しかけてきた。

「なんか…1人で会話をしてると変な感じだな…。」
「う、うん…。私とルカでも、こんな事無かったよ?」
「確かにそうだな。ルカが出てる時はルナが中にいて、ルナが出てる時はルカが中にいたもんな?」
「2人は、夢の中で会話したりするの?」
「いえ…それはないと思います。夢なので、ハッキリとは覚えてないですけど…。」
「魔法は解けたかもしれないけど、フランのおかげで大事にならなかったんだ。あんまり怒るなよルドルフ。」
「ふん…。ならば好きにしろ。俺様はしばらく寝る。吸血鬼共に食い物にされないよう、せいぜい気をつけるんだな。」
「ルドルフ…縁起でもない事言わないでよ…。」
「改めてお礼を言わなきゃ!助けてくれてありがとうフラン。」
「あ、いえ…そんな…。身体が勝手に動いただけですから。」

彼女を助けようとしたのは、反射的に身体が動いてしまったからだ。彼女が魔法を使えない事は、ルドルフに言われるまで全く気が付かなかった。

「この部屋を1晩貸してくれると言ってたし、お前もルナも少し寝たらどうだ?」
「僕、ちょっと風に当たってきます。外の空気を吸いたいので。」
「わかった。大丈夫だとは思うけど、気をつけろよ?」
「はい。すぐ戻ります。」

彼等と別れ、部屋を出て甲板へ向かった。
外はもう日が暮れ始めていて、真っ赤な太陽が海の中へ沈んでいくように見えた。

「おーい。フランさーん!そんな所で何しとるんー?」
「あ…ムジカさん。」

彼は、ゆっくりと階段を降りながらこちらへ歩み寄ってきた。

「あんま、動き回らん方がいいと思うで?かすり傷や言うても、怪我したんやから。…って言っても、俺が撃ったんやけどな?」
「もうその事は気にしてませんよ。あなたに敵意が無いことは、銃を捨てた時点でわかりましたから。」
「せやったらええんやけど…。」
「あの…質問ばかりで申し訳ないんですが…。アレクさんについて、聞いてもいいですか?」
「兄ちゃんの事?俺も最近会っとらんから、わかる範囲でええなら…。」
「アレクさんと僕の関係は、どの程度だったかわかりますか?」
「せやなぁ…。兄ちゃんはフランさんの事、学友や~言うとりましたけど、それ以外はどうやろなぁ。」
「学友…?同じ学校の生徒だったんですか?」
「せやで。イリスシティアの近くにある、エーリっちゅう学校で、魔法やら剣術やら習っとったんや。今はもう卒業して、幹部になってしもたけどな。」
「えっと…幹部というのは?」
「エーリを卒業した生徒の中でも、優秀な吸血鬼が幹部に選ばれるんや。一言で言うなら…組織のお偉いさんやな。」
「あぁ…そういえば、ムジカさんに命令したのも幹部がどうとか…言ってましたね。」
「それについては、詳しく話せへんのやけど…。幹部の人達は、俺らみたいな下っ端の吸血鬼に色々指示したり、困り事を解決してくれたりするんやで。」
「船長~どこっすか~!」
「っと…!悪いけど、そろそろ仕事に戻らんと…。これからの海は荒れるで?そろそろ、部屋に戻った方がええよ。」
「わかりました。色々と教えて頂いてありがとうございます。」
「ええってええって。ほな、俺はこれで。」

彼はにこやかな表情で手を振り、声が聞こえた方へと歩いて行った。
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