エテルノ・レガーメ2

りくあ

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第3章︰思わぬ再会

第34話

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「改めて名乗ろう。俺はミグ。元々人間だったが、今はルナの使い魔だ。」
「えっ?人間が…吸血鬼の使い魔に…?」

彼のおかげで無事に街から抜け出した僕達は、森の中にある洞穴で夜を過ごす事にした。
焚き火をくべ、集めた食材で食事の準備をしている。

「ミグは、テトに仕える執事だったの。私がテトの婚約者になった時、私もお世話になって…」
「まぁそれから色々あって、こいつの使い魔になったって感じだな。」
「色々…。」
「全部話すと長くなるから、知りたい事があればその都度話す。何でも聞いてくれ。」
「はい…わかりました。」
「なんか調子狂うな…。」

彼は眉間に皺を寄せ、渋い表情を浮かべた。

「それは仕方ないよ…。記憶が曖昧なのは、フランのせいじゃないし。」
「わかってるよ。ただ、フランに敬語使われた事がないから、変な気分だなってだけだ。」
「僕って、昔はそんな感じだったんですか?」
「うん!私も初めて会った時、すごく親しみやすいなと思ったよ。」
「すみません…。今の僕は騎士なので、こういった話し方のほうが慣れてしまって…。」
「謝る事ないよ!昔は昔、今は今でしょ?」
「それもそう…ですね。」

彼女は嬉しそうに笑顔を浮かべた。
その笑顔は、僕と再会出来たからなのだろうか。それとも、無事に牢から出られたからなのだろうか。
 
「少しずつ慣れたらいいさ。会ったばかりの相手に、気を許す方がおかしい。」
「そうそう!まずはお腹を満たさないとね~。」

彼女はそう言いながら腕を伸ばすと、器に盛られた小さな木の実を1つつまみ上げた。

「お前は腹が減るわけじゃないんだから我慢しろ。」 
「ええー!ここ数日まともに食事してないのに…。」
「これはフランの為に作ったんだから、お前の分はない。」
「吸血鬼は…血を吸うんですよね?食事は何の為に?」
「食材からの栄養をとる必要はない。だが…こいつのように、好き好んで人間の真似をしたがる吸血鬼も少なくない。」
「私は別に人間の真似をしたい訳じゃ…。」
「じゃあどうして食べるんですか?」
「みんなで集まって、お話しながら食事をすると満たされたような気持ちになるの。」
「満たされる…。」
「でも今は、人間であるフランがちゃんと食事をするべきだから…私は我慢するよ。ミグも言った通り、栄養になる訳じゃないから。」
「俺等の事は気にせず、全部食べてくれ。」

差し出された器には、森で集めた木の実やキノコが盛られている。器の中からキノコを1つつまみ上げると、その器を彼の元に押し返した。

「え?」
「1人じゃ味気ないから、2人も一緒に食べませんか?」
「いや…でも…。」
「1人で食べるより、みんなで食べた方が満たされる気がするんです。1食くらい食べなくても、何とかなります。」
「じゃあ…私は、この木の実を1つもらうね。ミグもこれでいい?」
「あ、あぁ。」
「私達はこれで十分だから、残りはフランが食べて!せっかく助けてもらったのに、フランに倒れられたら困っちゃうよ。」
「それもそうですね…。分かりました。残りはいただきます。」

食事をしながら、彼に様々な質問を投げかけた。
彼自身の過去についてや自分自身の事、交友関係や生活していた場所の話まで、広く深く知る事が出来た。
一通り話し込んだ後、焚き火を鎮火して眠りにつく事にした。



「あれ…?ここは…。」

身体を起こすと、草花が生い茂った広い草原の真ん中にいた。少し離れた所に湖があり、その脇に家が立っているのが見える。

「ごめんください…!どなたかいらっしゃいませんか?」

家の前に立ち、木の扉をコンコンと叩いた。
しばらくして扉が開き、中から1人の男の子が姿を現した。

「あ、フラン!いらっしゃい、待ってたよ。」
「ス、ステラ様…!?」

僕の目の前には、命の恩人であるステラ様が立っていた。

「えっと…ステラと言われればステラなんだけど…。今は1人だから、ステラじゃない…とも言えるかな。」
「す、すみません…。驚いて…つい…。」
「とにかく中で話そうよ。丁度、お茶しようかなって思ってたから。」
「え、いや…でも…。」
「いいからほら!入って入って。」

彼の家らしきログハウスの中に入ると、木の匂いが鼻を抜け、心が落ち着くようだった。中央にある大きなテーブルに紅茶を置き、2人で向かい合うようにしてソファーに座った。

「ところでステラ様。僕を待っていた…と言いましたか?」
「うん。言ったよ?」
「それは一体どういう…。」
「フランにお礼が言いたくて。」
「お礼…ですか?」
「うん。そこに置いてある薬草、フランが集めてくれたんでしょ?」

彼が指さす先に、ツルで編まれた籠と溢れんばかりの薬草と思われる草花が置かれていた。

「えっと…僕には覚えがないんですが…。」
「え、そうなの?でも…置き手紙が添えられてたよ?」
「手紙…?」
「ちょっと待ってね。えっと…どこにしまったかな…。」

その場から立ち上がった彼は、食器棚の方へ歩み寄った。引き出しの取っ手を引っ張ると、中身を手でかき混ぜるような仕草をしている。

「あ、あったあった。これだよこれ。」

彼が差し出した紙には、僕の筆跡によく似た文字が書かれている。

「…僕の字に似ていますね。」
「フランって宛名も書いてあるから、僕はてっきりフランが集めてくれたものかと…。」
「そう…ですか…。」
「でもさ、フランって昔から薬草集めるの得意だったよね。」
「そうなんですか?確かに薬草を集めるのは好きですが…。」
「僕もルナから聞いた話なんだけどね?すっごい速さでカゴいっぱいの薬草を集めてくるから、びっくりしてたよ。」
「え?ルナさんとお知り合いなんですか?」
「もちろん。だってルナも…ステラだから。」
「えっ!?」

僕は思ってもみなかった言葉に驚き、咄嗟に大きな声を出してしまった。

「あ…そっか…。記憶なくしてたんだもんね。」
「クラーレからは、ルカさんがステラだと…そういった話しか聞いてませんでした。」
「僕もステラなんだけど、僕とルナ2人でステラなんだ。だからその…。今の僕は、ステラのような…ステラじゃないような…。」
「そう…なんですね。」
「すぐには難しいと思うけど…僕の事はステラじゃなくて、ルカって呼んで欲しいな。」
「あ、はい…わかりました。」
「ありがとう。ところでフラン。どこか痛い所はない?」
「痛い所…ですか?」
「実は…ここ最近ずっと1人だったから、マッサージする相手が居なくてね。どこか痛い所があるなら、マッサージでもと思って。」
「マッサージだなんてそんな…!ステ…ル、ルカさんにそのような事はさせられません。」
「どうして?」
「そりゃあ…僕の恩人ですし…。」
「なら、僕を助ける為だと思って…ね?お願いフラン…!このままだと、マッサージの腕が訛っちゃうよ。」
「まぁ…そういう事でしたら…。」
「ありがとう!じゃあ、早速…そこのソファーに横になってくれる?」

彼が指し示すソファーに腰を下ろすと、お腹を下に向けて横たわった。

「痛かったら教えてね。」
「は、はい。」
「そんなに緊張してると、疲れない? 」
「えっと…緊張しない方が難しいですね…。」
「そっか…。僕としては、もっと気楽に話して欲しいんだけど…。」
「すみません…。記憶が曖昧なので、ルカさんとお会いするのは初対面のようなものですから。」
「あ、ううん!距離を詰めるのに、急ぐことは無いよ。少しづつ、仲良くなれたらいいな。」
「あの…。ルカさんは僕の過去について、何か知ってる事ってありますか?よければ聞かせて下さい。」
「フランの過去…かぁ。それだったら、僕よりルナの方が詳しいと思うよ。」
「え?そうなんですか?それ程親しいようには感じなかったんですが…。」
「僕から見たら、すごく仲がいいように思えたよ。…嫉妬しちゃう程にね。」

先程まで話していた温厚な彼から、想像も出来ないような低く尖った声が耳元で聞こえ、背筋が凍るような感覚がした。
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