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第3章︰思わぬ再会
第32話
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王城へ帰ってきた僕は、アリサから受けとった報告書を手に、騎士団長の元へ向かった。
「ふむ…吸血鬼が向こうにまで現れるとは…。報告ご苦労。長旅で疲れただろう?今日はもう休んでいいぞ。」
「あの…騎士団長。副騎士団長から、報告を終えたら団長の指示に従うように言われたのですが、明日から何をすればいいですか?」
「そうだな…。どこかの警備に欠員があったはずだから、そこの穴埋めを頼む。確認しておくから、明日の朝もう一度ここへ来てくれ。」
「わかりました!失礼します。」
部屋を出て廊下を進み、自室の方向へ突き当たりを右へと曲がった。
「きゃっ!?」
「わ!?」
曲がった直後、得体の知れない何かがもの凄いスピードでぶつかってきた。その衝撃でバランスを崩し、床に尻もちをついた。
「いてて…。」
「ごめんなさ…フ、フラン!?」
「え…?」
ぶつかってきたのは、見覚えのない白髪の少女だった。彼女は僕を見て驚きの表情を浮かべ、確かに僕の名前を呼んだ。
「…おい!その女、捕まえてくれ!」
「っ…!」
追ってきた騎士に気付いた彼女は、すぐさまその場に立ち上がった。そのまま走り出そうとする彼女を咄嗟に引き止め、腕を後ろに組ませて拘束した。
「痛っ…」
「はぁ…助かった。護送中に罪人を逃がしたとなったら、大事になる所だったよ。」
「それなら良かったです。罪人なら…地下牢ですよね?このまま僕が連れて行きましょうか?」
「そうしてもらえるか?この女、見た目以上に凶暴だから、噛まれないように気をつけろよ?」
「わかりました。」
僕に捕まった事で観念したのか、彼女はすんなりと牢屋の中に入っていった。
「…フランでしょ?どうしてここに?ギルドに居るはずじゃ…」
「…。後はよろしくお願いします。」
見張りの看守に後を託し、再び自室へと向かって歩き出した。
「ルドルフ。彼女は一体何者なの?どうして僕の事を知って…。」
「あいつはルナだ。」
「えっ!?ルナって確かステラ様の…。」
「しかし変だな…。近くにルカの気配はなかった。使い魔が主の元を離れて、こんな所まで来れるはずがない。」
「彼女に接触するのはどうかな?居場所は分かってるんだし、あそこから動くことは出来ないはず。」
「しかし、どうやって罪人と接触する?会話をしていたら、見張りだけじゃなく騎士団にも目をつけられるぞ。」
「それもそうだね…。彼女から話を聞けたら、記憶の手がかりになると思ったんだけどな…。」
「…おや?そこにいるのはフランかい?」
後方から名前を呼ばれ、歩みを止めて振り返った。
「テ、テト様…!」
彼の姿を見るやいなや、慌ててその場に膝を着いた。彼はこの国を治めているミッド王の息子、テトファラージ王子だ。
「ごめんごめん。そんなに驚かせるつもりはなかったんだ。」
「何か…ご用がおありですか?」
「今日はもう、騎士団の仕事は終わったのかい?」
「はい。これから部屋へ戻る所でした。」
「それならちょうど良かった。ちょっと僕と一緒に来てくれない?渡したい物があるんだ。」
彼に言われるがまま、その後ろを黙ってついて行く事にした。
「これを受け取って欲しい。」
彼は、木で彫られた札のようなものを机の上に置いた。
「これは…なんでしょうか?」
「これは、僕の許可証だよ。これがあれば、普段入れないような書庫や武器庫、宝物庫なんかに出入りする事が出来る。」
「そ、そのようなもの…受け取れません!」
「君は僕の友人であるクラーレの息子なんだから、君だって僕の友人みたいなものじゃないか。遠慮する事は無いよ。」
「ですが…。」
「早く受け取ってくれないと、腕が疲れちゃうんだけどな。」
「す、すみません!」
彼の手から奪うように札を受け取ると、彼は満足そうに笑顔を浮かべた。
「立場上、敬語を使うなとは言わないけど…何か困ったことがあったら僕に言ってね。その札も、何かと君の役に立ってくれるはずだから。」
「ありがとうございます。」
「本当は、彼女にあげるべきだったんだけどね…。」
「彼女…と言いますと?」
その問いに彼は、真っ直ぐ向けていた視線をゆっくりと下に落とした。
答えを聞かずともわかる。これを聞いた事で、彼を傷つけてしまったと。
「すみません!余計な事…」
「僕には婚約者がいたんだ。でも、数年前に失踪してしまってね。もっと早く、彼女にそれを渡していれば…。」
「ルナ様の事…ですよね?クラーレから、話は聞いております。お会いしたことはありませんが…。」
「僕が初めて会ったのはカナ村だったなぁ。あの時、彼女に命を救われたんだ。彼女の人柄に惹かれたのも、その時だった。」
「素敵な方だったんですね。」
「あ…ごめんごめん、つい惚気話を…。」
「とんでもないです。テト様さえ良ければ、もっと彼女とのお話お聞きしたいです。」
「そうかい?それなら、街へ出かけた時の話なんかはどうかな?あの時は確か…」
彼女の話をする彼の目は、まるで村の少年のように輝いていた。
「ルドルフ。何か変だと思わない?」
「何がだ?」
自室のベッドの上に寝転びながら、彼に問いかけた。
「ルナはテト様の婚約者なはずなのに、どうして地下牢に?」
「まだ、捕まったという話が伝わっていないだけだろう。何をしでかしたかは知らないが、王子の婚約者をずっと牢屋に入れておくはずも無い。」
「そうだよね。僕が事を起こす程のことでもないか…。」
「悪目立ちして、俺様まで牢屋に入るのは御免だ。」
「わ、わかってるよ。そんな事はしない。」
「余計な事を考えていないで、さっさと寝ろ。」
「うん…おやすみルドルフ。」
横になり、目を閉じる。
しかし、僕の心はどこかモヤモヤしていた。
何か良くないことが起こりそうな、そんな予感がしている。
あれこれ考えているうちに、次の日の朝を迎えていた。
「地下牢…ですか?」
翌日、騎士団長の口から思いもしない言葉を耳にした。
「なんだ?嫌か?」
「い、いえ!そんな事はありません。」
「それほど難しい警備じゃない。囚人が暴れさえしなければ、何の問題もないだろう。鍵を保管している兵士に、仕事を与えるよう伝えてある。よろしく頼んだぞ。」
「わかりました。それでは、失礼します。」
扉の前で深く一礼し、部屋を後にした。
騎士団長から任された警備は、地下牢の見張りだった。
これはルナと接触出来るかもしれない、千載一遇のチャンスだ。
弱々しいロウソクの火に照らされた、長い階段を足早に下っていく。下へ進むにつれて薄暗さが増していき、雰囲気が重苦しくなるのを感じた。
見張りの兵士に軽く会釈をすると、鍵を保管している部屋の小窓から、別の兵士が顔を覗かせた。
「ん?お前が今日から配属された騎士か?」
「あなたは…昨日の!」
彼は、脱走したルナを捕まえた時に出くわした人物だった。僕の顔を見て、彼は安堵したような表情をうかべている。
「まさかお前がここの警備をすることになるなんてな。頼もしいぜ。」
「騎士団長より、仕事を指示して頂けると聞きました。何をすればいいでしょうか?」
「まずは、囚人達の朝飯だな。そろそろ届くはずだから、配膳してくれ。終わったら次の指示を出すから、声をかけてくれよな。」
「わかりました。」
僕は彼に言われた通り、端から順に朝食の配膳を始めた。
ベッドに横たわって静かに過ごす者、こちらを睨みつけて威圧する者、陽気に話しかけてくる者、様々な囚人が捕まっている。
ルナが捕まっているのは、1番奥の牢屋だった。
彼女は部屋の端で、脚を抱えるようにしてうずくまっている。
「朝食です。どうぞ。」
「あっ…。」
彼女が僕に気が付き、小さく声を上げた。すぐさま口元に指を当て、声を出さないように促す。
汁物のお椀の下に忍ばせていた紙を見るように視線で合図すると、その場に立ち上がって牢屋を後にした。
「またお前は余計な事を…。」
「いいじゃないか。バレなかったんだし。」
一日の仕事を終えて部屋に戻ってくると、彼はため息混じりに不満をもらした。
「一体何を書いて渡したんだ?ペンが無ければ、あいつは何も書けないだろ。」
「まずは挨拶くらいしないとね。明日から、僕の質問に対して、声を出さずに首を振って答えて欲しいとお願いしたんだ。地下牢の仕事は僕も初めてだし、どのくらい囚人と接触できるのか分からなかったからね。」
「わかっているとは思うが、お前だって声を出したら怪しまれるんだからな?」
「もちろんわかってるよ。前もって質問する事を紙に書くつもり。まずは、どうしてここに来たのか突き止めないと。」
「面倒事に首を突っ込むなとあれほど…。」
「大丈夫大丈夫。僕らなら上手くやれるよ。」
「俺様をお前と一緒にするな。」
「仕方ないじゃないか。身体は一緒なんだから協力し合わないと。ね?」
「全く…手のかかる奴だ。」
文句を言いつつも、彼はこうして僕を助けてくれる。
以前はどのように接していたのか分からないが、少しづつ彼との距離も縮まっているような気がした。
「ふむ…吸血鬼が向こうにまで現れるとは…。報告ご苦労。長旅で疲れただろう?今日はもう休んでいいぞ。」
「あの…騎士団長。副騎士団長から、報告を終えたら団長の指示に従うように言われたのですが、明日から何をすればいいですか?」
「そうだな…。どこかの警備に欠員があったはずだから、そこの穴埋めを頼む。確認しておくから、明日の朝もう一度ここへ来てくれ。」
「わかりました!失礼します。」
部屋を出て廊下を進み、自室の方向へ突き当たりを右へと曲がった。
「きゃっ!?」
「わ!?」
曲がった直後、得体の知れない何かがもの凄いスピードでぶつかってきた。その衝撃でバランスを崩し、床に尻もちをついた。
「いてて…。」
「ごめんなさ…フ、フラン!?」
「え…?」
ぶつかってきたのは、見覚えのない白髪の少女だった。彼女は僕を見て驚きの表情を浮かべ、確かに僕の名前を呼んだ。
「…おい!その女、捕まえてくれ!」
「っ…!」
追ってきた騎士に気付いた彼女は、すぐさまその場に立ち上がった。そのまま走り出そうとする彼女を咄嗟に引き止め、腕を後ろに組ませて拘束した。
「痛っ…」
「はぁ…助かった。護送中に罪人を逃がしたとなったら、大事になる所だったよ。」
「それなら良かったです。罪人なら…地下牢ですよね?このまま僕が連れて行きましょうか?」
「そうしてもらえるか?この女、見た目以上に凶暴だから、噛まれないように気をつけろよ?」
「わかりました。」
僕に捕まった事で観念したのか、彼女はすんなりと牢屋の中に入っていった。
「…フランでしょ?どうしてここに?ギルドに居るはずじゃ…」
「…。後はよろしくお願いします。」
見張りの看守に後を託し、再び自室へと向かって歩き出した。
「ルドルフ。彼女は一体何者なの?どうして僕の事を知って…。」
「あいつはルナだ。」
「えっ!?ルナって確かステラ様の…。」
「しかし変だな…。近くにルカの気配はなかった。使い魔が主の元を離れて、こんな所まで来れるはずがない。」
「彼女に接触するのはどうかな?居場所は分かってるんだし、あそこから動くことは出来ないはず。」
「しかし、どうやって罪人と接触する?会話をしていたら、見張りだけじゃなく騎士団にも目をつけられるぞ。」
「それもそうだね…。彼女から話を聞けたら、記憶の手がかりになると思ったんだけどな…。」
「…おや?そこにいるのはフランかい?」
後方から名前を呼ばれ、歩みを止めて振り返った。
「テ、テト様…!」
彼の姿を見るやいなや、慌ててその場に膝を着いた。彼はこの国を治めているミッド王の息子、テトファラージ王子だ。
「ごめんごめん。そんなに驚かせるつもりはなかったんだ。」
「何か…ご用がおありですか?」
「今日はもう、騎士団の仕事は終わったのかい?」
「はい。これから部屋へ戻る所でした。」
「それならちょうど良かった。ちょっと僕と一緒に来てくれない?渡したい物があるんだ。」
彼に言われるがまま、その後ろを黙ってついて行く事にした。
「これを受け取って欲しい。」
彼は、木で彫られた札のようなものを机の上に置いた。
「これは…なんでしょうか?」
「これは、僕の許可証だよ。これがあれば、普段入れないような書庫や武器庫、宝物庫なんかに出入りする事が出来る。」
「そ、そのようなもの…受け取れません!」
「君は僕の友人であるクラーレの息子なんだから、君だって僕の友人みたいなものじゃないか。遠慮する事は無いよ。」
「ですが…。」
「早く受け取ってくれないと、腕が疲れちゃうんだけどな。」
「す、すみません!」
彼の手から奪うように札を受け取ると、彼は満足そうに笑顔を浮かべた。
「立場上、敬語を使うなとは言わないけど…何か困ったことがあったら僕に言ってね。その札も、何かと君の役に立ってくれるはずだから。」
「ありがとうございます。」
「本当は、彼女にあげるべきだったんだけどね…。」
「彼女…と言いますと?」
その問いに彼は、真っ直ぐ向けていた視線をゆっくりと下に落とした。
答えを聞かずともわかる。これを聞いた事で、彼を傷つけてしまったと。
「すみません!余計な事…」
「僕には婚約者がいたんだ。でも、数年前に失踪してしまってね。もっと早く、彼女にそれを渡していれば…。」
「ルナ様の事…ですよね?クラーレから、話は聞いております。お会いしたことはありませんが…。」
「僕が初めて会ったのはカナ村だったなぁ。あの時、彼女に命を救われたんだ。彼女の人柄に惹かれたのも、その時だった。」
「素敵な方だったんですね。」
「あ…ごめんごめん、つい惚気話を…。」
「とんでもないです。テト様さえ良ければ、もっと彼女とのお話お聞きしたいです。」
「そうかい?それなら、街へ出かけた時の話なんかはどうかな?あの時は確か…」
彼女の話をする彼の目は、まるで村の少年のように輝いていた。
「ルドルフ。何か変だと思わない?」
「何がだ?」
自室のベッドの上に寝転びながら、彼に問いかけた。
「ルナはテト様の婚約者なはずなのに、どうして地下牢に?」
「まだ、捕まったという話が伝わっていないだけだろう。何をしでかしたかは知らないが、王子の婚約者をずっと牢屋に入れておくはずも無い。」
「そうだよね。僕が事を起こす程のことでもないか…。」
「悪目立ちして、俺様まで牢屋に入るのは御免だ。」
「わ、わかってるよ。そんな事はしない。」
「余計な事を考えていないで、さっさと寝ろ。」
「うん…おやすみルドルフ。」
横になり、目を閉じる。
しかし、僕の心はどこかモヤモヤしていた。
何か良くないことが起こりそうな、そんな予感がしている。
あれこれ考えているうちに、次の日の朝を迎えていた。
「地下牢…ですか?」
翌日、騎士団長の口から思いもしない言葉を耳にした。
「なんだ?嫌か?」
「い、いえ!そんな事はありません。」
「それほど難しい警備じゃない。囚人が暴れさえしなければ、何の問題もないだろう。鍵を保管している兵士に、仕事を与えるよう伝えてある。よろしく頼んだぞ。」
「わかりました。それでは、失礼します。」
扉の前で深く一礼し、部屋を後にした。
騎士団長から任された警備は、地下牢の見張りだった。
これはルナと接触出来るかもしれない、千載一遇のチャンスだ。
弱々しいロウソクの火に照らされた、長い階段を足早に下っていく。下へ進むにつれて薄暗さが増していき、雰囲気が重苦しくなるのを感じた。
見張りの兵士に軽く会釈をすると、鍵を保管している部屋の小窓から、別の兵士が顔を覗かせた。
「ん?お前が今日から配属された騎士か?」
「あなたは…昨日の!」
彼は、脱走したルナを捕まえた時に出くわした人物だった。僕の顔を見て、彼は安堵したような表情をうかべている。
「まさかお前がここの警備をすることになるなんてな。頼もしいぜ。」
「騎士団長より、仕事を指示して頂けると聞きました。何をすればいいでしょうか?」
「まずは、囚人達の朝飯だな。そろそろ届くはずだから、配膳してくれ。終わったら次の指示を出すから、声をかけてくれよな。」
「わかりました。」
僕は彼に言われた通り、端から順に朝食の配膳を始めた。
ベッドに横たわって静かに過ごす者、こちらを睨みつけて威圧する者、陽気に話しかけてくる者、様々な囚人が捕まっている。
ルナが捕まっているのは、1番奥の牢屋だった。
彼女は部屋の端で、脚を抱えるようにしてうずくまっている。
「朝食です。どうぞ。」
「あっ…。」
彼女が僕に気が付き、小さく声を上げた。すぐさま口元に指を当て、声を出さないように促す。
汁物のお椀の下に忍ばせていた紙を見るように視線で合図すると、その場に立ち上がって牢屋を後にした。
「またお前は余計な事を…。」
「いいじゃないか。バレなかったんだし。」
一日の仕事を終えて部屋に戻ってくると、彼はため息混じりに不満をもらした。
「一体何を書いて渡したんだ?ペンが無ければ、あいつは何も書けないだろ。」
「まずは挨拶くらいしないとね。明日から、僕の質問に対して、声を出さずに首を振って答えて欲しいとお願いしたんだ。地下牢の仕事は僕も初めてだし、どのくらい囚人と接触できるのか分からなかったからね。」
「わかっているとは思うが、お前だって声を出したら怪しまれるんだからな?」
「もちろんわかってるよ。前もって質問する事を紙に書くつもり。まずは、どうしてここに来たのか突き止めないと。」
「面倒事に首を突っ込むなとあれほど…。」
「大丈夫大丈夫。僕らなら上手くやれるよ。」
「俺様をお前と一緒にするな。」
「仕方ないじゃないか。身体は一緒なんだから協力し合わないと。ね?」
「全く…手のかかる奴だ。」
文句を言いつつも、彼はこうして僕を助けてくれる。
以前はどのように接していたのか分からないが、少しづつ彼との距離も縮まっているような気がした。
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