エテルノ・レガーメ2

りくあ

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第2章︰失われた過去

第28話

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「えー本日は、野外で実習を行う。野外キャンプ等をした際、生き抜く術として食料の確保は極めて重要である。そこでお前達には、小動物を捕まえる為の罠を製作してもらう。各自、材料等を現地で調達して捕獲を試みるのが今回の目的だ。くれぐれも単独行動は控え、夕暮れ前にはこの場所へ戻ってくるように。」

教官の説明を受けた生徒達は、それぞれの荷物を背負い各地にバラけだした。

「ねぇニア。ニアは罠作った事ある?」
「あるわけないじゃない。そういうあんたはどうなのよ。」
「いや僕もないけど…。シューとパルは?」
「僕も…作った事ないなぁ…。」
「故郷、自然豊か。野生動物捕まえる、得意!」
「あ、じゃあパルは作った事あるんだね。」
「捕まえる…罠作る、経験無い。故郷、武器使って仕留める。」
「そっか…罠自体は作った事がないんだね。」
「ま、作ったことがなくても教本を見れば出来るわよ。」
「えっとまずは…木と縄の確保かな?」
「それなら向こうに森が見えたから、そっちに向かいましょ。」
「フラン?どうかした?」
「あ、や…ナルとソンノも一緒にと思ったんだけど…。」

周囲を見渡すが、話し合う生徒の中に彼らの姿は見当たらなかった。

「もう出発したんでしょ?あたし達も急がないと日が暮れちゃうわ。」
「そうだね…行こうか。」



森の奥へ進みながら材料を集め、開けた場所に荷物を下ろした。

「これだけあれば足りるかな?」
「多分…大丈夫だと思うけど…。」
「えーっと…木、ツル、枝…。あ…重り用の石がないわね。」
「向こう、川の音聞こえた。」
「川辺なら大きめの石もあるかもね。」

パルを先頭に再び移動を始めると、茂みの奥に何やら気配を感じた。

「まって…。そこの茂み…何かいる。」
「え!?」
「ちょ…バカ…!大きな声出すんじゃないわよ…!大型の獣だったらどーすんのよ…!」
「気配、少し大きい…。あまり大きくない…。」
「…ど、どうする…?」
「僕が静かに様子を見るから、みんなは動かないで。逃げる時は、背中を見せないように…ゆっくりね。」

腰に付けたナイフに手をかけ、ゆっくりと足を踏み出す。地面に落ちた木の枝を踏まないように気を配りながら歩みを進めると、茂みの葉にそっと手を触れた。

「……あれ……ソンノ?」
「はぁ~……びっくりしましたわぁ。なんや近づいて来てる思ったら、フランはんやったかぁ…。」
「あたし達だってビックリしたわよ…!」
「ソンノ、隠れる…何故ここいる?」
「いやぁ~。お恥ずかしい話、ちょっと足をくじいてしもてなぁ…。」

彼女の側には小枝が散乱し、荷物の脇に脱いだ靴が置かれている。くじいたと思われる足首には添え木が添えてあり、ツタで器用に固定されていた。

「痛そう…。大丈夫…?」
「大したことあらへんよ~。応急処置は済ませたんで、ちょっと休んどっただけどす。」
「まさかソンノ1人で行動してたの?」
「まさか~。ナルはんも一緒どすえ。」

周りを見渡すが、一緒に居るはずの彼の姿はどこにもない。置いてある荷物も1人分しかないように見える。

「肝心のあいつはどこ行ったのよ。」
「うちは必要あらへんって言ったんやけど…近くに川が流れとるからって、足を冷やすための水を汲みに行ったんよ。」
「やっぱりこの近くに川があるみたいだね。ソンノを1人で残すわけにも行かないし…ニアとパルはここで待っててくれる?僕とシューでナルを探しに行ってくるよ。」
「わかった。気をつけて。」

シューと二人で森の奥へ進んで行くと、しばらくして水の流れる音が聞こえてきた。

「よかった…ちゃんと川があったね…。」
「ナルはどこだろう?」
「…おい、お前等!そこで何やってる?」
「ひぃ…!?」

川の向こう岸にから聞こえた声は、ナルのものだった。彼は右手に水筒を、左手には木の枝を何本か抱えている。

「ナルがここに居るってソンノに聞いたんだ!」
「俺も今から戻る所だ。そっちに行くから、ちょっと待ってろ。」

すると彼は、川の中腹にむき出しになっている岩をめがけて跳躍した。見事に着地したかに見えたが、足を滑らせてバランスを崩した。

「ナル!」

彼の元へ駆け寄ろうと、慌てて川に足を踏み入れた。しかし、思いの外水深は浅く、足首が隠れる程しかない。彼自身も拍子抜けしたのか、しばらくその場に座り込んでいた。

「思ったより…浅いみたいだね…。」
「えっと…どこか痛めてない?」
「ちょっと足を滑らせただけだ!どこも痛くない!」
「そんなにムキにならないでよ~。」
「あ…でも…。持ち物が流されちゃったね…。」
「くそっ…最悪だ…。」
「僕の水筒で良ければ貸そうか?」
「いいよ別に。あんまりソンノ1人で置いとけねーし。」
「それなら心配いらないよ。ニアとパルが一緒に待っててくれてるから。」
「僕達も…罠を作る為の石を探したいし…。」
「罠用の石か。それならこういう丸石を使ったらいいと思うぜ。」

彼は川の中に手を入れ、手のひらサイズの丸い石を拾い上げた。

「どんな罠を作るか話したっけ?」
「石を使う罠なんて少ししかないだろ。実習でやるのは簡単なものだから、角のある石は使わないと思ってな。」
「それだけでわかるなんて凄いね!ナルは罠を作るの得意なの?」
「いいから無駄口叩いてないで、さっさと集めて戻るぞ。」

その後、急いで材料を集め、森の中で待つ3人の元へ戻った。



「いやぁ~。まさかナルがあんなに罠を作るのが上手いと思わなかったよ~。」
「得意で悪いかよ。」
「はぁ…。あんたはもうちょっと素直に喜べないわけ?」

課外実習を終えた僕達は、寮の食堂で食事をとることにした。行動を共にしていた3人にナルとソンノを加え、今日の実習についてあれこれと語り合っている所だ。

「別に褒めろと言ったけじゃない。」
「あんたねぇ…。」
「ニ、ニア…!抑えて抑えて…!」
「ナルの腕前。手際良い。見るだけ、勉強なる。」
「ナルはんの家は、うちらの住んどる所じゃ、かなり有名な罠職人一族やからねぇ~。」
「へぇ~!罠職人って呼ばれる人達がいるんだ?」
「職人だなんて大袈裟よ。罠を作って販売する人はそこら中にいるじゃない。」
「その辺にいる罠職人と一緒にせーへんでほしいわぁ~。ナルはんはうちらの街の自慢なんやから!」
「ソンノお前ちょっと黙れ。」
「んも!?」

彼は、隣に座る彼女の口にちぎったパンを押し込んだ。

「なんでお前がムキになってんだよ。確かに俺の祖父はすげー職人だけど、俺は職人と呼べるほどじゃねえよ。」
「…っ!それでも、うちはナルはんの腕もすごいと思っとります!」
「はいはいわかったわかった。これやるから黙って食え。」

すると今度は彼女の手元にデザートのプリンを置き、その場に立ち上がった。

「え、ナル…!もう部屋に戻るの?」
「疲れたからもう寝る。また明日な。」

彼が歩き出すのと同時に、ソンノは美味しそうにプリンを頬張り始めた。

「ねえソンノ。ナルはいつもあんな感じなの?」
「ん~。今日は随分と機嫌が良さそうどすなぁ~。」
「えっ…あれで機嫌が良いの…?」
「ナルはんは、軽々しく自分の話はせーへんのよ。褒められて嬉しなって、つい喋ってしもたんやと思いますえ。」
「確かに、ナルから家族の話は詳しく聞いた事ないかも。」
「うちにデザートくれるんも珍しいし、早く部屋に戻る為の口実なんやないかなぁ~。」
「ソンノはナルの気持ちがよくわかるんだね。」
「あくまでうちの仮定やけどね~。うちらは家が近いもんで、小さい頃から一緒に育ったんどす。」
「ふぅん…。あんなやつとよく喋ってられたわね。」
「ナルはん結構お喋りやと思うけどなぁ?うちの話もよく聞いてくれはるし。」
「あれのどこがお喋りなのよ。」
「ナルのお祖父さんがすごい人って事はわかったけど、お父さんやお母さんは何をしてるの?」
「ん~。うちの口から、そういった話は出来へんなぁ。あんまり喋りすぎるとナルはんに怒られてまうわ。」
「そうだよね。今度時間のある時にでも、ナルに直接聞くことにするよ。」
「ふわぁ~…。お腹いっぱいなって眠くなってきたわぁ~…。」
「ちょっと!こんな所で寝るんじゃないわよ!」
「ソンノ…寝たみたい。」
「はぁ!?嘘でしょ…?」
「ナルは帰っちゃったし…僕が背負って連れていくよ。」
「私、手伝う。1人大変。」
「じゃ、じゃあ、僕はみんなの食器片付けておくよ…!」
「はぁ…。仕方ないわね。あたしも片付けるの手伝うわ。」

パルの手を借り、ソンノをおぶって部屋に連れていった。後から部屋にやってきたニアとシューの2人と合流し、それぞれの部屋に戻って休む事にした。



「…ぃ。」

どこからか声が聞こえるような気がした。

「………い。……きろ。」

重い瞼をゆっくり開くと、自分の顔が視界の端に映りこんだ。

「ん…?ルドルフ?なんでここに…?」
「なんでもなにも、俺様の部屋だからな。」

目を擦りながら身体を起こすと、ベッドの軋む音がした。どうやら、床も壁も全ての家具が真っ赤に染まっているこの部屋で眠りについていたらしい。

「あれ…よく見たら僕の部屋じゃない…。ここはどこ?」
「2度も言わせるな。俺様の部屋だ。」
「え?じゃあ…夢の中って事?」
「まぁそんな所だな。」
「…こんな所にいて、頭が痛くはならない?」
「いいや全く。何故そんなことを聞く?」
「あー…ううん。なんでもないよ。」
「そんな事より早く表へ出ろ。ぐずぐずしてる暇はないぞ。」

すると彼は僕の腕を掴み、ベッドの上から引きずり下ろした。

「え…ちょっと待ってよ!表って…どこに行くつもり?」
「いいから黙って歩け。お前に拒否権などない。」

腕を引かれながら、半ば強引に建物の外へとやって来た。
硬いコンクリートの地面が広がり、同じような形をした四角い建物が左右にズラリと並んでいる。緑はおろか、生き物の気配も感じられない閑散とした場所だった。

「そこに立って、今から俺様の指示に従って動け。」
「一体何をするつもり?」
「お前は本当に危機感というものが足りない。もうすぐ実技テストがあるのを忘れたのか?」
「え?テストって…来月行われる騎士学校の?」
「そうだ。そのテストとやらで偉い奴らを認めさせれば、学校とやらに行く必要がなくなるのだろう?」

彼の言う通り、来月行われる実技テストで優秀な成績を修めた生徒は、王国騎士団への入団が認められた例がある。つまり、その時点で学校を卒業することが出来るわけだ。
しかしそれは特例中の特例で、過去に実技テストで卒業した生徒は指で数えられるほどしかいない聞く。

「それは…アリサみたいに実力のある人なら有り得るかもしれないけど…。普通じゃありえない事だよ。」
「お前は無理だと思ってるのか?」
「僕は急いで騎士になりたいとは思ってないからだよ。まだまだこの学校で勉強することが沢山あるんだ。」
「そんな悠長な事を言ってる場合か?」
「ルドルフはどうしてそんなに急かそうとするの?」
「俺様はこんな所で止まっている訳にはいかない。お前こそ、守りたいものがあるとか何とかほざいていたが…そんなにのんびりしていていいのか?」
「それは…。」

僕は過去を全て思い出した訳では無い。しかし、何か大切な物を失った喪失感がずっと心の中に残っているような気がしているのだ。それがなんなのかは、未だによくわかってはいない。 
今はとにかく学校を卒業し、ギルドの為に出来ることをしたいと思っている。けれど、心の喪失感がなんなのか、それを知りたいという思いも捨てきれずにいた。

「とにかく、実技テストに向けて俺様が魔法の使い方を叩き込んでやる。覚えていて損は無いだろう。」
「魔法を教えてくれるの?」
「お前にその気がなくても、俺様は早くここから離れたいからな。協力してもらうぞ。」
「わ、わかったよ…。」

これまた半ば強引ではあるが、魔法があまり得意でないのは事実だ。テストの結果がどうであれ、自分の能力向上の為に彼の要求に従う事にした。
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