エテルノ・レガーメ2

りくあ

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第2章︰失われた過去

第27話

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「おかえりフラン。帰りが遅いから心配したよ。」

ギルドへ戻ると、真っ先にクラーレの元へと足を運んだ。

「実は…帰りの山道で土砂崩れが起きてて、通れなくなってたんだ。」
「土砂崩れが…?それで、どうやって帰ってきたの?」
「近くにある村で泊まろうとしたら、森で獣に襲われそうになってる人がいてね。その人達を助けたら、お礼に気球で街まで送ってくれたんだ。」
「今どき気球を持ってる人なんて珍しいね。」
「そうなの?」
「何十年も前の話だけど…気球を所持するのは、王族のみに限ると法で定められていたんだ。今はどうなってるのかわからないけどね。」
「へぇー…。そうなんだ…。」
「それにしても土砂崩れか…。この所、それほど強い雨は降ってないし…変だな。」
「変って…何が…」

話の最中、ノックの音と共に後方の扉がゆっくりと開いた。

「あら~。おかえりフラン~。心配したのよ~。」
「あ、シェリア…ただいま。」
「お兄様~。頼まれたもの買ってきたわ~。」
「ありがとう。もらうよ。」
「お話もいいけれど、お腹すいたでしょう?まずはご飯にしましょう~?」
「そうだね。フランも無事に帰ってきた事だし、話の続きはまた後にしよう。」
「僕、何か手伝うよ。」
「まずは荷物を置いて、着替えていらっしゃいな~。それじゃ落ち着かないでしょう?」
「うん。わかった。」

食事を済ませ、再び彼の部屋を訪れた。

「すまなかったよ…フラン。今まで黙っていて。」
「オズモールから大体話は聞いたよ。驚いたけど…少しでも記憶を取り戻せてよかったと思う。」
「吸血鬼の方は死んだって聞いてたけど、まさか身体の中で眠っていたなんてね…。彼とは上手くやっていけそう?」
「うーん…。正直あんまり自信はないけど、彼から敵意は感じられなかったからね。今までそれほど大きな影響もなかったし、これまで通り学校に通うよ。」
「でも眼帯をしたままって訳には…。」
「目を怪我した事にすれば平気だよ。多少の不自由はあるかもしれないけど、取るわけにもいかないし。」
「フランがそうしたいなら止めはしないよ。学校の休みが終わるのはいつだっけ?」
「あと3日…かな。それまでに課題おわさなきゃ…。」
「ははは。僕は教えてあげられないから、応援しておくよ。あ、そうだ…リアーナなら分かるかもしれないよ?」
「どうしてリアーナ?」
「彼女は以前、騎士を目指していたんだ。結局、学校には費用の関係で入れなかったんだけどね。勉強はしてたはずだよ。」
「そうなんだ…それは知らなかったなぁ。じゃあ、分からない問題はリアーナに聞いてみるよ。」
「うん。頑張ってね。」



翌日からの3日間、部屋にこもって必死に学校の課題と向き合った。そして迎えた、長期休暇最終日の夜。どうしても解くことの出来ない問題を抱え、リアーナの部屋を訪ねた。

「どこが分からないの?」
「えっと…ここなんだけど。」
「あーこれね?この地形の場合、ここに林があるから回り道をするのが得策よ。下り道の方が一見楽に見えるけれど、上り道の方が優位に立てることが多いの。具体的に、周りを見渡す事で状況の把握がしやすくなるのよ。早く把握すればするほど、この後どう行動すべきか…相手がどのように動くかの予想も立てやすい。だから、上り道の方がメリットが多いって訳ね。」

彼女は教本の答えを読み上げるかのように、スラスラと解説を述べた。
長ったらしい説明にも関わらず、生徒に教える教官のようにわかりやすい答えだった。

「リアーナすごいね!まるで教官みたいだよ。」
「教官だなんて大袈裟ね。あたしは生徒ですらないのよ?」
「前に騎士学校を目指して勉強してたってクラーレから聞いたけど、もう一度目指したりしないの?」
「ギルドの依頼をする上で、役に立つ事だから勉強しただけよ。学校に入るつもりは全く無いわ。」
「そうなんだ…。リアーナみたいに真っ直ぐで、知識も経験もある人が騎士にならないなんて勿体ないな。」
「やっぱり兄弟なのね。」
「え?何が?」
「それ、マスターにも同じ事を言われたわ。才能があるのに勿体ないって。でもあたしは、ここでの仕事にやりがいを持ってやってるわ。それで十分よ。」
「リアーナがそれでいいなら…僕はこれ以上何も言わないよ。」
「あたしの分まで、あなたが素敵な騎士になってくれればいいのよ。」
「素敵な騎士…かぁ…。」

背後の扉が小さく音を立て、ゆっくりと開かれた。

「ちょっと失礼するよリアーナ。」
「ど、どうしたんですか?こんな時間に…。」
「フランに話があってね。部屋にいったんだけどいないから、もしかしたらここかなーと思って。」
「マスターの予想、見事に的中しましたね!」

クラーレの背後からイルムがチラリと顔をのぞかせた。彼女の手には、お茶のセットを乗せたお盆が握られている。

「どうしたの?イルムも僕に用事?」
「ううん。私は付き添いだよ。お茶を飲んで休憩しながら話をするのがいいかなって!リアーナも一緒にいいよね?」
「もちろんよ!あ、ちょっと待ってください…!座れるように片付けます…。」

しばらくしてソファーに腰かけたクラーレは、懐から小さな箱を取り出して僕の前に差し出した。
箱の中には、小さな容器がビッシリと詰められていた。

「これは一体…?」
「アイレンズって言って、瞳の色を変えることができる道具らしいよ。オズモールが君のために送ってくれたんだ。」
「そんな話初めて聞いたよ。僕が向こうにいた時は、そんなこと言ってなかったのに…。」
「怪我をしたって理由で眼帯をしておく案も悪くはないけど、いずれ限界がくる。そのことを彼女に相談したら、アイレンズの研究を急いでくれてね。取り外し方とか注意する点を記した紙も、箱の中に入れたって言ってたよ。」
「わかった。部屋に戻ったら見てみるね。」
「課題の方は順調かい?」
「うん!リアーナの教え方がうまいから順調に進んでるよ。あと少しじゃないかな?」
「それなら良かった。…ありがとうリアーナ。君もギルドの仕事で疲れただろうに…苦労をかけるね。」
「そんな…とんでもない!苦労だなんて…」
「さてと…長居する訳にもいかないから、僕は先に戻るよ。イルムはどうする?」
「あ、じゃあ私も戻ります…!まだ明日の準備が残ってるので…。」
「イルム、お茶用意してくれてありがとう。また明日ね。」
「うん!課題、頑張ってね!」

2人が部屋を出た後、リアーナの協力によって無事に課題を済ませる事が出来た。



「…あんたほんと変わらないわね。」

翌日。教室へやって来ると、既に席についていたニアが呆れた顔でため息をついていた。

「おはようニア。変わらないって…何が?」
「長い休みの後だっていうのに、遅刻スレスレに教室に来る所は余裕があるというか何と言うか…。」
「それはニアだって変わってないじゃないか。」
「あたしは遅刻スレスレで来たことなんてないわよ!」
「え?変わってないのは見た目の話じゃなかったの?」
「あんたってやつは…。はぁ…会話するだけでもどっと疲れるわ。」
「あ、フランさん!」

僕の姿に気がついたシューが、僕達2人の元へ駆け寄ってきた。

「あ、おはようシュー。シューは長期休暇の間、何してた?」
「あんたの事だからどうせ本ばっかり読んでたんでしょ?」
「そ、そんなことは…」
「皆、おはよう。」

シューの後に続き、様子を伺うようにしてパルもこちらに歩み寄ってきた。

「おはようパル。」
「シュー。これ、忘れ物。」
「え?あ、嘘…!ありがとう…。」
「忘れ物って…それ、着替えじゃない…?あんた…まさか!」
「ひ、1晩泊まっただけだよ…!パルが手伝って欲しいっていうから…。」
「え?パル?」
「あんたいつからパルフェのこと呼び捨てするようになったのよ!」
「え!?うーん…い、いつ…だろう…?」
「でも僕達の事は呼び捨てじゃないよね。…なんか寂しいなぁ。」
「へっ?」
「そうね。なんだか除け者にされた気分だわ。」
「べ、別に除け者にした訳じゃ…。」
「フラン、ニア。2人も呼び捨てする。それで公平。」
「2人がそれでいいなら…。」
「そりゃあもちろん!嬉しいよ。」
「ま、あたしは別にどっちで…」
「おい、お前ら邪魔だどけ。」
「あ、ナルおは…」

教室へとやってきた彼の肩には、別人のものと思われる腕が垂れ下がっていた。その異様な光景見て、僕は思わず言葉を詰まらせた。

「ど、どうしてソンノが背中に…?」
「あ?荷物だよ荷物。それより、俺の通路を塞ぐな。さっさと席につけ。」
「言われなくても戻るわよ。」
「皆、席に着きなさい。朝礼を始めるわよ。」

アリサ教官が教室へやってきたと同時に、あちこちに散らばっていた生徒達がそれぞれの席へ腰を下ろした。



「っ…!うっ…んあ…!」

ダグラス教官が指揮を取り、広々とした室内で斧の訓練が行われていた。
シューの呻き声を聞きつけた教官が、僕達の元へ歩み寄ってくる。

「シュティレ!腕に頼らず、全身を使え!武器に振り回されるようでは、いつまでたっても扱いこなせないぞ!」
「は、はい…。」
「お前はもっと力をぬけ二アーシャ。全身がこわばっているままでは、余計な力を使うだけだぞ。」
「はい…!わかりました!」
「フラン。お前ももっと力を抜け。」
「あの…教官。力を抜くと言っても、どうすれば…。」
「そうだな…おいソンノ!ソンノはいるか!」

教官の声に反応した数名の生徒が、訓練の手を止めてこちらに視線を向けた。周囲を見渡すが、彼女の姿はどこにも見当たらない。

「全く…。あいつは隙を見つけてはすぐに居なくなる…。おいナル!悪いがソンノを探してきてくれ。」
「…わかりました。」

彼は手に持った斧を壁に立てかけ、ブツブツと何か呟きながら僕の横を走り去って行った。事情を察した周りの生徒達は、何事も無かったかのように訓練を再開している。

「出来ることならソンノの動きを見せてやりたかったんだが…居ないなら仕方ない。…ん?おいパルフェ。ちょっとこっちに来い。」

教官は何を思ったのか、少し離れた所で訓練に打ち込む彼女をこちらへと呼び寄せた。

「教官…何用ですか?」
「ちょっと試しに斧を降ってみろ。」
「わかり…ました。」



「てやぁ…!」

彼女が振りかぶった斧は、風を切る音と共に巻き起こった僅かな風で髪が小さく揺れた。
華奢な彼女からは想像もできない、力強いスイングだった。

「いいか?パルフェとお前達の違いは、力に頼りすぎず、身体のバネを使って全身で斧を振れている。こうすることで、余計な力を使わずに斧の長所を生かすことができる訳だ。」
「なるほど…。ねぇパルフェ、何かコツってあるの?」
「コツ…説明する、難しい。」

彼女は眉間に皺を寄せ、口元に手を当てる仕草をした。
元々話すことに不慣れな彼女が、武器を扱う動作を説明するのはかなり難しい事だ。

「じゃあ…どんなイメージで動かしてるかとかは?」
「イメージ…。似てる感覚、踊る…似てる。」
「え?踊り?」
「そう!故郷で踊り、よく踊った。振る動き、踊り似てる。」
「本当に踊りなんかと、斧の振り方が同じとは思えないわね…。」
「試しに踊る!覚えて斧、振ってみるのいい。」
「えぇ!?踊るの!? 」
「さすがに実習中に踊るのは…。」

パルの提案に難色を示した2人は、僕達の話を側で聞いていた教官の顔色を伺った。

「それが武器を扱う上で必要なのであれば、特別に許可をしよう。ただし、他の生徒の邪魔にならないよう、外で行うように。」
「ありがとうございます教官!」
「そうと決まれば行こうニア!」
「はぁ!?なんであたしまでやらなきゃいけないのよ!」
「故郷の踊り、ペア作る。ニア居ない…人数足りない。」
「ニアだって上手く斧を扱えるようになった方がいいでしょ?だから、ね?一緒にやろう?」
「嫌よ!踊りなんて…」
「ニア、踊り嫌い?」
「別に好きとか嫌いとかじゃなくて…!」
「ぼ、僕も踊りには自信ないけど…。聞いておいても損はしないと思うよ…!」
「あんたまで…。はぁ…わかったわよ。でも先に1つ言っておくわ!あたし、踊りは苦手なの。上手く踊れた試しがないわ。」
「大丈夫だよニア。僕はそもそも踊りなんてした事ないし。」
「あんたの励ましは不安にしかならないわね。」
「教える、まかせる!踊る覚える、きっと楽しい。」
「ちょ…!?わ、わかったから!引っ張らないでよパルフェ!」



パルはシューとペアを組み、身振り手振りを交えながら、踊りを踊って見せた。僕はニアとペアを組み、彼女の教えを元に踊りの練習を始めた。

「あんた、したことないって割には様になってるじゃない。」
「え?そうかな?そういうニアだって、苦手だっていう割には出来てると思うよ。」
「社交マナーとして、無理やり教えこまれただけよ。ちょっとしたパーティで、足並みを揃える位はしておかないとね。」
「そっか…ニアは貴族だもんね。」

彼女の動きはどこかぎこちなない印象を受けるが、足さばきだけは様になっているように見えた。肩に軽く添えられた手も力が入り過ぎず、適度な距離を保ちながら動けている。

「あんたさっき初めてって言ってたけど、どこかで教わったことあるんじゃないの?何の知識もなくこんなに動けるなら、教わったのを覚えてないだけじゃないかしら?」
「それはそうかも…。なんか、自然と体が動くんだよね。」
「シューはともかく…あたしとあんたはそこそこ踊れるのに、どうして斧の扱いが上手くいかないのよ…。」
「それなら~他の原因があるんとちゃいますか~?」
「うわぁ!?」

突然背後から声が聞こえ、驚きの声をあげながら後ろを振り返った。するとそこには、行方が分からなくなっていたソンノが、優雅に手を振って立っている。

「あんたどっから出てきたのよ!」
「それはちょっと教えられへんなぁ~。」
「なんなのよそれ…。」
「ところでソンノ。他の原因って具体的にはどう言うことなの?」
「そうどすな~例えば…。持ち手の握る場所、振った時の力の入れ方、姿勢、体重移動、視線、腕の振り…」
「ちょ、ちょっと待って…!いっぺんに色々言われてもわからないよ!」
「具体的にと言いはるから、教えようと思いましたのに…これでもほんの一部どすえ?確か…図書室に詳しい内容が書かれた本があったような~…」
「本当かしら?なんだか嘘くさいわね…。」
「信じるか信じないかはお2人次第やね~。ほな、うちはそろそろ教室に戻りますわ~。」
「え?でもまだ予鈴は鳴って…」

ゴーン…ゴーン…

彼女の予言通り、授業終了を知らせる鐘が鳴り響いた。既に彼女は僕達に背を向け、建物の中へと足を踏み入れている。

「ソンノって一体なんなのよ…。」
「僕達も戻ろっか…。」
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