エテルノ・レガーメ2

りくあ

文字の大きさ
上 下
24 / 116
第2章︰失われた過去

第23話

しおりを挟む
「…ー。…ラ…ー?」

どこからか、声が聞こえる。

「……ン?…ランー!」

肩の辺りがじんわりと温かくなり、身体が左右に大きく揺れた。

「あーもう…!やっと起きたわね。」

ぼやける視界に映ったのは、白いエプロンを身にまとった母の姿だった。朝食の準備をしていたのか、木のヘラが手に握られたままになっている。

「寝てる時くらいゆっくり寝せろ…。」
「そういう訳にはいかないわ!今、お客様が家にいらしてるのよ。あなたに用があるんですって。」
「…こんな朝っぱらから誰だよ…。ったく…。」
「こら!相手は幹部の方なのよ!?口の利き方には気をつけなさい!…とにかく、急いで寝巻き以外の服に着替えてちょうだい。出来るだけ早く支度するのよ?いいわね?」
「…。」

気持ちよく寝ている所を邪魔され、挙句の果てに罵声を浴びせられた…今の気分は最悪だ。しかし、滅多に会う事の出来ない幹部と呼ばれる連中が、家まで訪ねて来た理由には興味がある。
重たい身体をゆっくりと起こし、言われた通りに服を着替えて階段を下りていった。



「あ、おはよう。君がフランくんかな?」

こちらの存在に気付いた男が、俺に向かって微笑みかけた。2つの色が混ざりあったその髪色は、未だかつて誰も見た事が無い。

「ごめんね?寝ている所を起こしちゃったみたいで。」
「そんな…とんでもありません!どうかお気になさらないで下さい。…ちょっとフラン。何ぼーっとしてるの?幹部の方をお待たせしたんだから、あなたが先に謝るべきでしょう?」
「………すいません。」
「僕が急に押しかけちゃったから、気にしなくていいんだよ?…ところで奥さん。しばらく彼と、2人きりにしてもらえますか?ここから先は大事な話なので。」
「もちろんです!私は2階におりますので、何かあればお呼びください。」
「ありがとう。そうしてくれると助かるよ。」

男は再びにこやかに笑って見せた。こころなしか、母はそれを喜んでいる様に見える。
母と入れ替わるようにテーブルへ歩み寄ると、向かいの席に腰を下ろした。

「さてと…本題に入る前に、軽く自己紹介をしておこうかな。僕はレーガイルラギト。もう既に聞いたかもしれないけど、レジデンスの幹部なんだ。幹部と言っても、最近なったばかりでね。至らない所はあるかもしれ…」
「幹部の方が、どうして俺なんかと話をするんですか?理由を教えてください。」
「君はすぐ本題に入りたいタイプなんだね。…誰かさんとそっくりだ。」
「…何が言いたいのです?」
「まぁいいや。それじゃあ本題だけど…今日は君を迎えに来たんだ。」

男の言葉に、俺は耳を疑った。
幹部である彼が迎えに来ると言う事は、俺を幹部に推薦するという事だ。
本来ならば武器の扱いや魔法の知識を学び、それなりの実績をあげた者が幹部に任命される。ただし、今回のように幹部からの推薦を受けた場合は、例外として幹部になる事を認められている。

「何故俺を?」
「君の噂を聞いたんだ。誰にも教わってないのに、魔法が使えるんだってね。」
「…そんな噂、デタラメです。」

俺は目を逸らし、窓の外を見つめた。
そんな噂が流れたのは、今よりずっと昔の話だ。



「おーい!遅いぞフランー!」
「ごめんごめん!お待たせ!」

俺は幼い頃、外に出て遊び回る元気な少年だった。
そんなある日、友達と森へ遊びに出かけた。

「今日こそは、でっかい虫を捕まえよーぜ!」
「え~…。あたしは虫なんかより、綺麗なお花を詰みたいわ。」
「花なんか詰んでもしょーがねーだろー?なぁフラン。お前はどっちがいいと思う?」

虫取りをしたい少年と、花摘みをしたい少女が俺の方へ視線を向けた。

「虫取りもいいけど、母さんに花を摘んであげたいな。」
「はぁ!?どっちもやるなんて無理だろ!どっちかにしろよ!」
「それじゃあ、虫取りの帰りに花を摘めばいいわ。それなら文句はないでしょ?」
「わかったよ…。じゃあ、そうするか。」

こうして俺達3人は、森中を駆け回り夢中になって虫取りをした。



空がオレンジ色に染まり始めた頃、花摘みをしている俺達の元に1匹の狼が現れた。

「あ、あっち行け…!」

少年は虫取り用の網を身体の前で構え、迫り来る狼に対抗しようとしている。彼の背後には、怯えた少女の姿もあった。

「俺が何とかする!2人は先に逃げて!」
「なんとかって…どうするつもりだよ…!」
「えっと…確か…。“ミラの…加護を受けし者。…光の精霊と契…を交わし、我に力を与えよ。…レイ!”」

俺は、魔法の詠唱を大きな声で力一杯叫んだ。家に置かれていた本の内容を、この時たまたま思い出したのだ。
だが、本当に魔法を使えるとは思っていなかった。大きな声に驚いて、狼が逃げてくれるのではないかと…そう思ったのだ。しかし、予想していなかった事態が起きた。
伸ばした手から放たれた光線は、狼の身体を一直線に撃ち抜いた。周囲に赤い物が飛び散り、一瞬の内に草木が赤く染まった。

「こ…これでもう大丈夫…!暗くなる前に、早く家に帰…」
「………け物。」
「え…?…何?」
「ば…化け物!!!近寄るな!!!」

少年は、俺から逃げるように走り出した。

「ちょ、ちょっと!…待ってよ!あたしを置いていかないで…!」

少女は俺に目もくれず、その場から走り去って行った。

それから俺は、動物を容易く殺める事が出来る化け物だと噂されるようになった。
同年代の子供からはもちろん、周りの大人達も魔法を使った事を気味悪がり、誰も近寄らなくなっていった。友と呼べる者は居なくなり、何時でもどこでも1人でいる事が日常となった。
噂を耳にした母は、あの日森に行った事を酷く叱りつけた。それ以来…森へ行く事も、魔法を使う事もなくなった。



「だから確かめに来たんじゃないか~。ダメ元でもいいから、ここで魔法を使ってみてよ。」
「俺は幹部になるつもりなんてありません。少し魔法が使えたくらいで、簡単になれるものじゃないですよね?」
「それはどうかな?例えば君が、人間にしか使う事の出来ない魔法を扱えたとしたら?」
「それは…どういう…?」
「噂について調べさせてもらったよ。君が初めて魔法を使ったのは、まだ子供だった頃の話らしいね。魔法の才能は、産まれた時に授かる物だけど…実際に扱えるようになるのは何百年も先の事さ。それを君はすでに成し遂げた。幹部になれる才能は十分だ。」
「でも俺…幹部なんて…。」
「大丈夫。僕が君の面倒を見るよ。武器についても魔法についても、僕が一から教えてあげる。だから心配しないで?」
「………わかりました。あなたについていきます。」
「そうこなくちゃ。僕は先に、外で待ってるよ。お母さんに話をして、荷物をまとめたら出発しよう。」
「はい…。」

男の話を簡潔に説明すると、母は当然のように喜んでくれた。女手一つで苦労して育てた息子が幹部になるのだから、当然と言えば当然だ。しかし俺は、何とも複雑な気分だった。

自室に戻って荷物をまとめ、窓際に飾られた父の写真を握りしめた。

「父さん…。俺、これで良かったんだよな?」

にこやかに笑う父は、何の言葉も返してはくれない。
母さんを1人で残すのは少々心残りだが、きっと父が天から見守ってくれるだろう。

「行ってくるよ。元気でな…父さん。」

写真を机の引き出しにしまい込み、家の外に足を踏み出した。
壁にもたれかかって待っていた男が、こちらに気づいて歩み寄って来た。

「他に挨拶しておきたい所はあるかい?」
「いえ。ありません。」
「そう?なら、出発しようか。」

そう言うと、男は背を向けて歩き出した。
慌てて後を追いかけると、人気の少ない路地裏に入ってすぐの所で歩みを止めた。

「…?どうかし…」
「最初から謝りはしないよ。謝罪なんて、無意味だからね。」

こちらを振り返った男は、俺に向かって手を振りかざした。
俺が最後に覚えているのは、突然襲った身体の痛みと冷ややかな笑いを浮かべる男の姿だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

夫から国外追放を言い渡されました

杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。 どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。 抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。 そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...