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第2章︰失われた過去
第23話
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「…ー。…ラ…ー?」
どこからか、声が聞こえる。
「……ン?…ランー!」
肩の辺りがじんわりと温かくなり、身体が左右に大きく揺れた。
「あーもう…!やっと起きたわね。」
ぼやける視界に映ったのは、白いエプロンを身にまとった母の姿だった。朝食の準備をしていたのか、木のヘラが手に握られたままになっている。
「寝てる時くらいゆっくり寝せろ…。」
「そういう訳にはいかないわ!今、お客様が家にいらしてるのよ。あなたに用があるんですって。」
「…こんな朝っぱらから誰だよ…。ったく…。」
「こら!相手は幹部の方なのよ!?口の利き方には気をつけなさい!…とにかく、急いで寝巻き以外の服に着替えてちょうだい。出来るだけ早く支度するのよ?いいわね?」
「…。」
気持ちよく寝ている所を邪魔され、挙句の果てに罵声を浴びせられた…今の気分は最悪だ。しかし、滅多に会う事の出来ない幹部と呼ばれる連中が、家まで訪ねて来た理由には興味がある。
重たい身体をゆっくりと起こし、言われた通りに服を着替えて階段を下りていった。
「あ、おはよう。君がフランくんかな?」
こちらの存在に気付いた男が、俺に向かって微笑みかけた。2つの色が混ざりあったその髪色は、未だかつて誰も見た事が無い。
「ごめんね?寝ている所を起こしちゃったみたいで。」
「そんな…とんでもありません!どうかお気になさらないで下さい。…ちょっとフラン。何ぼーっとしてるの?幹部の方をお待たせしたんだから、あなたが先に謝るべきでしょう?」
「………すいません。」
「僕が急に押しかけちゃったから、気にしなくていいんだよ?…ところで奥さん。しばらく彼と、2人きりにしてもらえますか?ここから先は大事な話なので。」
「もちろんです!私は2階におりますので、何かあればお呼びください。」
「ありがとう。そうしてくれると助かるよ。」
男は再びにこやかに笑って見せた。こころなしか、母はそれを喜んでいる様に見える。
母と入れ替わるようにテーブルへ歩み寄ると、向かいの席に腰を下ろした。
「さてと…本題に入る前に、軽く自己紹介をしておこうかな。僕はレーガイルラギト。もう既に聞いたかもしれないけど、レジデンスの幹部なんだ。幹部と言っても、最近なったばかりでね。至らない所はあるかもしれ…」
「幹部の方が、どうして俺なんかと話をするんですか?理由を教えてください。」
「君はすぐ本題に入りたいタイプなんだね。…誰かさんとそっくりだ。」
「…何が言いたいのです?」
「まぁいいや。それじゃあ本題だけど…今日は君を迎えに来たんだ。」
男の言葉に、俺は耳を疑った。
幹部である彼が迎えに来ると言う事は、俺を幹部に推薦するという事だ。
本来ならば武器の扱いや魔法の知識を学び、それなりの実績をあげた者が幹部に任命される。ただし、今回のように幹部からの推薦を受けた場合は、例外として幹部になる事を認められている。
「何故俺を?」
「君の噂を聞いたんだ。誰にも教わってないのに、魔法が使えるんだってね。」
「…そんな噂、デタラメです。」
俺は目を逸らし、窓の外を見つめた。
そんな噂が流れたのは、今よりずっと昔の話だ。
「おーい!遅いぞフランー!」
「ごめんごめん!お待たせ!」
俺は幼い頃、外に出て遊び回る元気な少年だった。
そんなある日、友達と森へ遊びに出かけた。
「今日こそは、でっかい虫を捕まえよーぜ!」
「え~…。あたしは虫なんかより、綺麗なお花を詰みたいわ。」
「花なんか詰んでもしょーがねーだろー?なぁフラン。お前はどっちがいいと思う?」
虫取りをしたい少年と、花摘みをしたい少女が俺の方へ視線を向けた。
「虫取りもいいけど、母さんに花を摘んであげたいな。」
「はぁ!?どっちもやるなんて無理だろ!どっちかにしろよ!」
「それじゃあ、虫取りの帰りに花を摘めばいいわ。それなら文句はないでしょ?」
「わかったよ…。じゃあ、そうするか。」
こうして俺達3人は、森中を駆け回り夢中になって虫取りをした。
空がオレンジ色に染まり始めた頃、花摘みをしている俺達の元に1匹の狼が現れた。
「あ、あっち行け…!」
少年は虫取り用の網を身体の前で構え、迫り来る狼に対抗しようとしている。彼の背後には、怯えた少女の姿もあった。
「俺が何とかする!2人は先に逃げて!」
「なんとかって…どうするつもりだよ…!」
「えっと…確か…。“ミラの…加護を受けし者。…光の精霊と契…を交わし、我に力を与えよ。…レイ!”」
俺は、魔法の詠唱を大きな声で力一杯叫んだ。家に置かれていた本の内容を、この時たまたま思い出したのだ。
だが、本当に魔法を使えるとは思っていなかった。大きな声に驚いて、狼が逃げてくれるのではないかと…そう思ったのだ。しかし、予想していなかった事態が起きた。
伸ばした手から放たれた光線は、狼の身体を一直線に撃ち抜いた。周囲に赤い物が飛び散り、一瞬の内に草木が赤く染まった。
「こ…これでもう大丈夫…!暗くなる前に、早く家に帰…」
「………け物。」
「え…?…何?」
「ば…化け物!!!近寄るな!!!」
少年は、俺から逃げるように走り出した。
「ちょ、ちょっと!…待ってよ!あたしを置いていかないで…!」
少女は俺に目もくれず、その場から走り去って行った。
それから俺は、動物を容易く殺める事が出来る化け物だと噂されるようになった。
同年代の子供からはもちろん、周りの大人達も魔法を使った事を気味悪がり、誰も近寄らなくなっていった。友と呼べる者は居なくなり、何時でもどこでも1人でいる事が日常となった。
噂を耳にした母は、あの日森に行った事を酷く叱りつけた。それ以来…森へ行く事も、魔法を使う事もなくなった。
「だから確かめに来たんじゃないか~。ダメ元でもいいから、ここで魔法を使ってみてよ。」
「俺は幹部になるつもりなんてありません。少し魔法が使えたくらいで、簡単になれるものじゃないですよね?」
「それはどうかな?例えば君が、人間にしか使う事の出来ない魔法を扱えたとしたら?」
「それは…どういう…?」
「噂について調べさせてもらったよ。君が初めて魔法を使ったのは、まだ子供だった頃の話らしいね。魔法の才能は、産まれた時に授かる物だけど…実際に扱えるようになるのは何百年も先の事さ。それを君はすでに成し遂げた。幹部になれる才能は十分だ。」
「でも俺…幹部なんて…。」
「大丈夫。僕が君の面倒を見るよ。武器についても魔法についても、僕が一から教えてあげる。だから心配しないで?」
「………わかりました。あなたについていきます。」
「そうこなくちゃ。僕は先に、外で待ってるよ。お母さんに話をして、荷物をまとめたら出発しよう。」
「はい…。」
男の話を簡潔に説明すると、母は当然のように喜んでくれた。女手一つで苦労して育てた息子が幹部になるのだから、当然と言えば当然だ。しかし俺は、何とも複雑な気分だった。
自室に戻って荷物をまとめ、窓際に飾られた父の写真を握りしめた。
「父さん…。俺、これで良かったんだよな?」
にこやかに笑う父は、何の言葉も返してはくれない。
母さんを1人で残すのは少々心残りだが、きっと父が天から見守ってくれるだろう。
「行ってくるよ。元気でな…父さん。」
写真を机の引き出しにしまい込み、家の外に足を踏み出した。
壁にもたれかかって待っていた男が、こちらに気づいて歩み寄って来た。
「他に挨拶しておきたい所はあるかい?」
「いえ。ありません。」
「そう?なら、出発しようか。」
そう言うと、男は背を向けて歩き出した。
慌てて後を追いかけると、人気の少ない路地裏に入ってすぐの所で歩みを止めた。
「…?どうかし…」
「最初から謝りはしないよ。謝罪なんて、無意味だからね。」
こちらを振り返った男は、俺に向かって手を振りかざした。
俺が最後に覚えているのは、突然襲った身体の痛みと冷ややかな笑いを浮かべる男の姿だった。
どこからか、声が聞こえる。
「……ン?…ランー!」
肩の辺りがじんわりと温かくなり、身体が左右に大きく揺れた。
「あーもう…!やっと起きたわね。」
ぼやける視界に映ったのは、白いエプロンを身にまとった母の姿だった。朝食の準備をしていたのか、木のヘラが手に握られたままになっている。
「寝てる時くらいゆっくり寝せろ…。」
「そういう訳にはいかないわ!今、お客様が家にいらしてるのよ。あなたに用があるんですって。」
「…こんな朝っぱらから誰だよ…。ったく…。」
「こら!相手は幹部の方なのよ!?口の利き方には気をつけなさい!…とにかく、急いで寝巻き以外の服に着替えてちょうだい。出来るだけ早く支度するのよ?いいわね?」
「…。」
気持ちよく寝ている所を邪魔され、挙句の果てに罵声を浴びせられた…今の気分は最悪だ。しかし、滅多に会う事の出来ない幹部と呼ばれる連中が、家まで訪ねて来た理由には興味がある。
重たい身体をゆっくりと起こし、言われた通りに服を着替えて階段を下りていった。
「あ、おはよう。君がフランくんかな?」
こちらの存在に気付いた男が、俺に向かって微笑みかけた。2つの色が混ざりあったその髪色は、未だかつて誰も見た事が無い。
「ごめんね?寝ている所を起こしちゃったみたいで。」
「そんな…とんでもありません!どうかお気になさらないで下さい。…ちょっとフラン。何ぼーっとしてるの?幹部の方をお待たせしたんだから、あなたが先に謝るべきでしょう?」
「………すいません。」
「僕が急に押しかけちゃったから、気にしなくていいんだよ?…ところで奥さん。しばらく彼と、2人きりにしてもらえますか?ここから先は大事な話なので。」
「もちろんです!私は2階におりますので、何かあればお呼びください。」
「ありがとう。そうしてくれると助かるよ。」
男は再びにこやかに笑って見せた。こころなしか、母はそれを喜んでいる様に見える。
母と入れ替わるようにテーブルへ歩み寄ると、向かいの席に腰を下ろした。
「さてと…本題に入る前に、軽く自己紹介をしておこうかな。僕はレーガイルラギト。もう既に聞いたかもしれないけど、レジデンスの幹部なんだ。幹部と言っても、最近なったばかりでね。至らない所はあるかもしれ…」
「幹部の方が、どうして俺なんかと話をするんですか?理由を教えてください。」
「君はすぐ本題に入りたいタイプなんだね。…誰かさんとそっくりだ。」
「…何が言いたいのです?」
「まぁいいや。それじゃあ本題だけど…今日は君を迎えに来たんだ。」
男の言葉に、俺は耳を疑った。
幹部である彼が迎えに来ると言う事は、俺を幹部に推薦するという事だ。
本来ならば武器の扱いや魔法の知識を学び、それなりの実績をあげた者が幹部に任命される。ただし、今回のように幹部からの推薦を受けた場合は、例外として幹部になる事を認められている。
「何故俺を?」
「君の噂を聞いたんだ。誰にも教わってないのに、魔法が使えるんだってね。」
「…そんな噂、デタラメです。」
俺は目を逸らし、窓の外を見つめた。
そんな噂が流れたのは、今よりずっと昔の話だ。
「おーい!遅いぞフランー!」
「ごめんごめん!お待たせ!」
俺は幼い頃、外に出て遊び回る元気な少年だった。
そんなある日、友達と森へ遊びに出かけた。
「今日こそは、でっかい虫を捕まえよーぜ!」
「え~…。あたしは虫なんかより、綺麗なお花を詰みたいわ。」
「花なんか詰んでもしょーがねーだろー?なぁフラン。お前はどっちがいいと思う?」
虫取りをしたい少年と、花摘みをしたい少女が俺の方へ視線を向けた。
「虫取りもいいけど、母さんに花を摘んであげたいな。」
「はぁ!?どっちもやるなんて無理だろ!どっちかにしろよ!」
「それじゃあ、虫取りの帰りに花を摘めばいいわ。それなら文句はないでしょ?」
「わかったよ…。じゃあ、そうするか。」
こうして俺達3人は、森中を駆け回り夢中になって虫取りをした。
空がオレンジ色に染まり始めた頃、花摘みをしている俺達の元に1匹の狼が現れた。
「あ、あっち行け…!」
少年は虫取り用の網を身体の前で構え、迫り来る狼に対抗しようとしている。彼の背後には、怯えた少女の姿もあった。
「俺が何とかする!2人は先に逃げて!」
「なんとかって…どうするつもりだよ…!」
「えっと…確か…。“ミラの…加護を受けし者。…光の精霊と契…を交わし、我に力を与えよ。…レイ!”」
俺は、魔法の詠唱を大きな声で力一杯叫んだ。家に置かれていた本の内容を、この時たまたま思い出したのだ。
だが、本当に魔法を使えるとは思っていなかった。大きな声に驚いて、狼が逃げてくれるのではないかと…そう思ったのだ。しかし、予想していなかった事態が起きた。
伸ばした手から放たれた光線は、狼の身体を一直線に撃ち抜いた。周囲に赤い物が飛び散り、一瞬の内に草木が赤く染まった。
「こ…これでもう大丈夫…!暗くなる前に、早く家に帰…」
「………け物。」
「え…?…何?」
「ば…化け物!!!近寄るな!!!」
少年は、俺から逃げるように走り出した。
「ちょ、ちょっと!…待ってよ!あたしを置いていかないで…!」
少女は俺に目もくれず、その場から走り去って行った。
それから俺は、動物を容易く殺める事が出来る化け物だと噂されるようになった。
同年代の子供からはもちろん、周りの大人達も魔法を使った事を気味悪がり、誰も近寄らなくなっていった。友と呼べる者は居なくなり、何時でもどこでも1人でいる事が日常となった。
噂を耳にした母は、あの日森に行った事を酷く叱りつけた。それ以来…森へ行く事も、魔法を使う事もなくなった。
「だから確かめに来たんじゃないか~。ダメ元でもいいから、ここで魔法を使ってみてよ。」
「俺は幹部になるつもりなんてありません。少し魔法が使えたくらいで、簡単になれるものじゃないですよね?」
「それはどうかな?例えば君が、人間にしか使う事の出来ない魔法を扱えたとしたら?」
「それは…どういう…?」
「噂について調べさせてもらったよ。君が初めて魔法を使ったのは、まだ子供だった頃の話らしいね。魔法の才能は、産まれた時に授かる物だけど…実際に扱えるようになるのは何百年も先の事さ。それを君はすでに成し遂げた。幹部になれる才能は十分だ。」
「でも俺…幹部なんて…。」
「大丈夫。僕が君の面倒を見るよ。武器についても魔法についても、僕が一から教えてあげる。だから心配しないで?」
「………わかりました。あなたについていきます。」
「そうこなくちゃ。僕は先に、外で待ってるよ。お母さんに話をして、荷物をまとめたら出発しよう。」
「はい…。」
男の話を簡潔に説明すると、母は当然のように喜んでくれた。女手一つで苦労して育てた息子が幹部になるのだから、当然と言えば当然だ。しかし俺は、何とも複雑な気分だった。
自室に戻って荷物をまとめ、窓際に飾られた父の写真を握りしめた。
「父さん…。俺、これで良かったんだよな?」
にこやかに笑う父は、何の言葉も返してはくれない。
母さんを1人で残すのは少々心残りだが、きっと父が天から見守ってくれるだろう。
「行ってくるよ。元気でな…父さん。」
写真を机の引き出しにしまい込み、家の外に足を踏み出した。
壁にもたれかかって待っていた男が、こちらに気づいて歩み寄って来た。
「他に挨拶しておきたい所はあるかい?」
「いえ。ありません。」
「そう?なら、出発しようか。」
そう言うと、男は背を向けて歩き出した。
慌てて後を追いかけると、人気の少ない路地裏に入ってすぐの所で歩みを止めた。
「…?どうかし…」
「最初から謝りはしないよ。謝罪なんて、無意味だからね。」
こちらを振り返った男は、俺に向かって手を振りかざした。
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