エテルノ・レガーメ2

りくあ

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第2章︰失われた過去

第20話

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「それじゃあシェリア。行ってくるね。」
「いってらっしゃ~い。頑張ってねぇ~。」

翌日、兄のリーガルと共に役所へ向かい、建物内にある図書館で本の修復作業をする事になった。
僕が長期休暇でギルドにいる間、仕事を手伝いたいとクラーレに申し出ていたのだ。

「僕に本の修復なんて出来るのかなぁ…。」
「大丈夫だ。お前は、俺の手伝いをしてくれればいい。」
「手伝いってどんな事?」
「図書館に保管されている本はかなりの数だ。その中から、修復すべき本をかき集めるだけでも一苦労なはずだ。」
「それを集めるのが僕の役割って事だね。」
「そうだ。どんな本が修復すべきなのかは、実際に本を見せて教える。」
「わかった。頑張るよ。」



大きな扉をゆっくりと開くと、視界一面に本が並べられていた。設置されている棚の中には当たり前のように本が並べられ、机や椅子の上にまで本が積まれたままになっている。

「こちらが、本の保管庫になります。何か御用がありましたら、何でもお申し付け下さい。」
「わかった。」

案内係の女性は扉の前で頭を下げ、部屋から立ち去って行った。

「図書館って言うから、人に貸す為の本を修復すると思ったけど違うんだね。」
「見える部分は綺麗にできても、見えない部分までは手が回らなかったんだろう。こうして保管しておく様な貴重な本は、時間が経って風化し、修復も難しくなる。」
「へぇ~…。」
「さて、作業を始めよう。まずはどんな本を修復すべきか教える所からだったな。」

彼は机の上から1冊の本を手に取り、それを僕に差し出した。

「こんな風に、傷がついているものを直す。表紙が剥がれていたり、ボロボロになっているものがあったら持ってきてくれ。」
「うん。わかった。」
「とにかく傷が目立つ物だけでいい。小さいものは無視してくれ。」
「え?どうして?」
「これだけの量を全て見る事は出来ない。特に酷い物を見落とさないようにする為だ。」
「なるほどね。じゃあ探してくるよ。」

僕は彼の元を離れ、部屋の中を歩き回って本をかき集めた。



「ぅわあ!?」

机の角に足を引っ掛け、腕に抱えていた大量の本が床に撒き散らされた。

「大丈夫か?」
「あはは…。調子に乗って沢山持ちすぎたみたい…。」
「む…。これは…」

彼は本を拾い上げ、その表紙に目を落とした。

「あ、それ…特に傷が酷かったやつだ。表紙が擦れて、ほとんど残ってなくて…。」
「これは、ミラの備忘録だな。」
「どうしてわかるの?」
「冒頭部分が、幼少期に読んだ絵本に類似している。」

表紙をめくり、パラパラとページに目を通す彼の表情は、どこか寂しそうだった。

「昔の事を覚えてるほど、印象深い絵本だったんだね。」
「あぁ。寝る前によく、母が読んでくれた。」
「母さんが…?」
「内容は幼児向けだが、ミラの備忘録を元に書かれた本でな。その本を母が読む時は、兄さんや姉さんと母の隣を奪い合ったものだ。」
「…ねぇリーガル。子供の頃の話、もっと聞かせてくれない?母さんや父さんの事も。」
「そうだな…休憩がてら、話してやろう。」

僕達兄弟の父は猟師で、知人の誘いでディオース島へに来た時に母と知り合って結婚した。温厚な性格で、怒っている姿を一度も見た事がないそうだ。身体が大きい割に器用で、料理を作るのは父の役割だったらしい。
母は元々シスターで、教会で司祭を務めていた。自分にも他人にも厳しい人で、長男であるクラーレは特に厳しくしつけられたそうだ。その一方、辛い事や悲しい事があった時は優しく抱きしめ、慰めてくれたらしい。
彼の話を聞きながら、記憶に残っていない母と父の姿が目に浮かぶようだった。



1日の作業を終えて、日暮れと共にギルドへ帰ると、受け付けの掃除をしているイルムの姿を見つけた。

「ただいまーイルム。掃除は順調?」
「あ、おかえり!うん。もうちょっとで終わるよ!あとは、ここを拭いて…っ!?」
「イルム!」

踏み台の上でバランスを崩し、彼女の身体が大きく揺れた。慌てて彼女の元へ駆け寄り、手を伸ばした。しかし、予想していたよりも勢いが強く、支えきれずに床へと倒れ込んでしまった。

「いたた…。」
「ご、ごめんフランくん!大丈夫!?」
「それは僕の台詞だよ…。大丈夫?怪我しなかった?」
「私は大丈夫…ありがとう。」

慌てて起き上がった彼女の手を取り、ゆっくりとその場に立ち上がった。

「僕の方こそ、急に話しかけてごめんね?イルムに話したい事があって…」
「話したい事?」
「うん。ここに居る間、全然剣を握らないのもまずいかなって思って…訓練に付き合って欲しいんだ。」
「え、私!?」
「もちろん実剣じゃなくて木剣を使うよ。あ、もしかして…ギルドの仕事が忙しいから無理かな?」
「ううん!そんな事ないよ!明日は来客の予定無いし…朝なら時間が作れると思う!」
「じゃあ明日の朝食後でいい?訓練場で待ってるよ。」
「う、うん!わかった!」

その場で彼女と別れ、2階にある自室へと向かった。



「ん~!…っ…はぁ~。」

自室のベッドに横たわり、大きく伸びをした。一日中本を運ぶだけの作業だったが、何度も往復して動き回ったせいか知らない間に疲労が溜まっていたようだ。

「夕飯まで…ちょっと寝よっかなぁ~…。」

寝返りを打って壁際を向くと、壁掛けの絵画が視界に入った。僕がこの部屋を使う前から、この場所に飾ってある風景画だ。輪郭のハッキリしない淡いタッチで、風景の一部に赤い屋根の家がぼんやりと描かれている。

ーコンコン

ぼんやりと絵を眺めていると、背後から扉をノックする音が聞こえてきた。

「はーい…!どうぞー?」

扉の向こうへ声をかけると、小さな手編みのカゴを持ったリアーナが部屋の中へ足を踏み入れた。

「ごめんね急に…。ちょっとお願いしたい事があるんだけど…。聞いてくれる?」
「お願いって…どうかした?」
「この子が木の側で倒れてるのを見つけて、連れて帰って来たんだけど…。どう手当したらいいかわからなくて…。」

彼女が持っていたカゴの中には、小さな鳥が横たわっていた。ぐったりした様子で、羽の付け根部分が薄らと赤くなっているのが見える。

「クラーレは居なかったの?」
「ギルドの仕事で忙しそうで、声かけづらくて…。お願いフランくん!力を貸してくれない?」
「あんまり自信はないけど…。出来る限りの事はやってみるよ。」
「ありがとう…!」

彼女のお願いを断りきれず、苦手な治癒魔法を駆使し、小鳥の治療を試みた。



「出血は抑えられたから、これでなんとか大丈夫だと思うけど…飛べるようになるまでしばらく世話した方が良さそうだね。」
「それならあたしに任せて!リーガルに本を借りてなんとかやってみるわ!ありがとうフランくん。」
「どういたしまして。早く元気になるといいね。」
「うん!」

治療を終えてほっとしたのか、彼女は強ばっていた表情を緩ませた。

「あ、そうだリアーナ。リアーナは、この絵が僕の部屋に飾ってある理由って知ってる?」
「あーそれは、ルナに頼まれて飾ったってマスターが言ってたよ?詳しい理由は分からないけど…。」
「え?ここって、ルナの部屋だったの?」
「ううん。元々ルカくんが帰って来た時の為に残してた部屋だったんだけど、それまで客間として使ってたの。一時期ルナが使ってて…その後ルカくんが帰って来て、この部屋を使ってたよ。」
「ルカとルナって名前が似てるけど…兄妹なの?」
「2人は双子なの。結局すれ違ってばっかりで…一緒に居るとこ、見られなかったなぁ…。」
「そっか…。教えてくれてありがとうリアーナ。」
「ううん。こっちこそ、治療してくれてありがとう!じゃあ、そろそろ部屋に戻るね。」
「うん。またね。」

彼女の足音が徐々に遠のいて行き、静かになった部屋でゆっくりとベッドに寝そべった。

「ルカにルナ…。君達は………一体何者なんだ…?」

何かを思い出せそうで思い出せないもどかしさが、僕の胸を締め付けた。
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