エテルノ・レガーメ2

りくあ

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第1章︰騎士の道

第15話

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翌日。騎士が扱う武器の中で最も難しいとされる、槍の扱いを学ぶ実習が行われた。
槍と言っても木製で、今回の実習では棍棒に似た道具を使用する。生徒達が1人ずつ前に出て、ダグラス教官と手合わせをするような形で扱い方を身につけるという内容だ。

「槍ってすごく難しいよね…。剣に比べたら…リーチが長いのが強みだけど…。長い分、思うように動かせないし…。」
「騎士団の人達で、剣じゃなくて槍を選ぶ人っているのかな?」

騎士団が使用する武器は主に剣だが、剣よりも弓や槍、斧などの扱いに長けている人が、それ等を使用する場合がある。ナルのように弓が得意であれば、剣の腕は関係なく、弓兵として騎士団に起用されるケースも少なくない。

「そういえば…ほとんど聞いた事ないわね。扱いの難しい武器を好き好んで使うなんて、普通はしないからじゃない?」
「パルはどう?槍は得意?」
「剣と弓、2つと違って、故郷で使わない。突く動作、槍独特で…難しい。」
「突くなんて、剣じゃあまりしないものね。」
「…次!ソンノ!」
「あ、ソンノの番だ…。」

名前を呼ばれた彼女は武器を手に取り、教官の元へ歩み寄った。

「よろしゅうお願いします~。」
「ソンノ…手加減は必要ないぞ?俺もそれなりに、鍛錬を詰んできたからな。」
「嫌やわぁ~教官。うちは手加減なんて、した事ありまへんで?」
「ならば、もっと本気を出してもらわないと困るな。」

2人は実習用の槍を構え、にこやかに笑い合っている。しかし、他の生徒とは明らかに違った、重たい空気が流れているように感じた。

「…ねぇ。なんかソンノだけ、他の生徒と対応が違うと思わない?」
「そ、そう…かな…?」
「空気、重い…。ソンノわからないけど、教官の気迫、感じる。」
「だから言ったろ。あいつはやらないだけで、なんでもこなせる奴だって。」
「あ…ナル…。」

背後から歩み寄ってきた彼は、人が1人座れるくらいの隙間を空けて、僕の隣に腰を下ろした。

「実習中に寝るような子が、なんでもこなせるですって?冗談でしょ?」
「は?冗談言ってどーすんだよ。もし冗談だったとしても、俺が得する事何もねーだろ。」
「僕も昨日聞いたんだ。一見やる気なさそうだけど、腕はいいんだって。」
「ふぅん…。」

ーコォーン!

生徒のザワつく声と共に、木と木がぶつかり合う音が訓練場に響き渡った。両者の槍が交じり合い、互いに出方をうかがっているように見える。
華奢で小柄なソンノが、ひと回りもふた回りも身体の大きな教官を相手に、互角とも言える戦いぶりをみせているようだった。

「すごい…。教官を相手に、あそこまで動けるなんて…。」
「槍、身体の一部なってる。まるで踊り!」

身体の小さなソンノは、素早い動きで攻撃を繰り返し、彼に攻撃する隙を与えないような立ち回りをしている。それに対して教官は、彼女の攻撃をしっかりと受止め、それを利用して反撃に転じようとしている様子が見て取れる。
そのまましばらく2人の攻防は続き、終わりを告げるブザーの音が鳴った。

「…ふぅ。ここで一旦休憩を挟もう。20分後に再開するから、遅れずに集合するように。」

訓練場から立ち去る教官を見送った生徒達は、各所に散らばって休憩を取り始めた。

「あんれ~?ナルはんが1人でおらん所、初めて見たかもしれへんなぁ~。」

先程まで教官と手合わせをしていたソンノは、手持ちのタオルで汗を拭きながら、僕達の元へ歩み寄って来た。

「は?誰かと一緒じゃ悪ぃのかよ。」
「別に~?珍しい事もあるもんやな~と思っただけどす。」
「さっきのすごかったよソンノ!話には聞いてたけど、槍をあんな風に扱える生徒がいるの初めて見たよ!」
「見てくれはったんどすか?そこまで褒められると、なんだか照れてまうなぁ~。」

彼女は頬に手を当て、照れくさそうな仕草をみせた。

「いつも真面目にやらねぇ奴がよく言うよ…。」
「ナルはん…どないしはったん?そんな風に褒めてくれるなんて、何か悪い物でも食べ…」
「褒めてねぇよ!」
「踊り、見てるみたいだった!槍上手く使うコツ、あるなら聞きたい。」
「ん~…コツどすか?せやなぁ~…。うちは、何も考えんで動かしとるだけやから…。何も参考になるような事、言えへんなぁ。」
「え…?何も考えてないの…?」

意外な答えが返ってきた事に、パルとシューの2人は揃って不思議そうな表情を浮かべた。

「そういう理屈は、教本読んだら書いてあるやろ~?身体を動かすんは、理屈やのーて…自然とそうなるもんやと思ってはりますわ。」
「はぁ…あんたもナルと、同じって訳ね。」
「こいつは特別だ。同じにすんじゃねーよ。」
「久しぶりに動いたもんで、脚がプルプルしてきはったわぁ~。うちはしばらく休ませてもらいますんで、堪忍なぁ~。」

彼女は僕達の元を離れ、訓練場から姿を消した。普段は真面目にやらない彼女の、意外な一面を目の当たりにした瞬間だった。



「今日の休みは…何しようかなぁ~…。」

それから数日後、自室のベッドの上で休息日の朝を迎えた。
いつもであればニアやシュー、パル達と一緒に過ごす事が多いのだが、今日は3人とも出かける予定があるらしい。
せっかくの休息日を寝て過ごすのは勿体無いと思い、遅めの朝食と着替えを済ませてギルドへ向かう事にした。



「ん…?あれは…。」

寮を出てしばらく歩いた所で、ソンノに似た少女が草の上に横たわっているのが見えた。

「やっぱりソンノだ…。せっかくの休息日なのに…こんな所でも寝てるよ…。」

様子が気になって近寄ると、静かに寝息をたてながら気持ちよさそうに眠っている彼女の姿があった。
彼女の側に落ちていた毛布へ手を伸ばすと、強めの風が毛布を吹き飛ばし、ふわりと宙に舞った。慌てて後を追いかけると、木の枝に引っかかった毛布を回収し、再び彼女の元へ戻った。
このまま放っておく訳にはいかないと感じた僕は、彼女の身体に毛布をかけ直し、その隣にゆっくりと腰を下ろした。

「…たまにはこうやって、のんびり過ごすのもいっか…。ギルドにはまた今度行こう…。」

彼女と同じように草の上に横たわると、小さな雲が右から左へゆっくりと流れている様子が目に映った。木の葉が風に揺れ、隙間から差し込む光の眩しさに、思わず目を細めた。
空に浮かぶ太陽は、いつも僕達を見守っているような気がする。けれども、懸命に手を伸ばしても触れる事は出来ず…僕達を照らすその光はあまりに眩しく、真っ直ぐ見つめる事も出来ない。
僕はそんな太陽の存在を、心のどこかで“ある人物”と重ねていた。僕の命の恩人である、ステラ様のようだ…と。



「ん…。」

目を開くと、木目調と思われる天井が視界いっぱいに広がった。光の差さない部屋の中は薄暗く、ベッドから壁を伝って部屋の外へ歩き出した。

「ルナー…?いないのー?」

彼女の名前を呼びながら手探りのままゆっくりと階段を降りると、裏庭へ続く大きな窓が開いているのを見つけた。
月明かりに照らされた裏庭には、鮮やかな青い花が咲き乱れている。この花は彼女が大切に育てているもので、アスルフロルと言う名前だと聞いた事がある。しかしそこに、彼女の姿は無かった。

「どこ行ったんだろ…。書斎かなぁ…?」

リビングを通り抜けて奥にある部屋の扉を開けると、本がずらりと並んでいる書斎へ足を踏み入れた。
本を読むのが好きな彼女は、書斎を自分の部屋のように使っているが、そこにも彼女の姿は見当たらなかった。床に本が落ちているのを見つけて拾い上げると、何気なく分厚い本の表紙を開いた。

「…うわぁ。字がびっしり…。一体、何の本だろう?」

その本は、見た事の無い文字で書かれていて、書かれた内容を読み取る事が出来なかった。それどころか、次第に文字が歪み始め、徐々に意識が薄れていった。



「…っ!」

勢いよく身体を起こすと、空高く登っていた太陽が山の陰に隠れて空を赤く染め始めていた。

「あ…れ…?僕…ここで何して…」
「あ。おはようさん~フランはん。よく寝れたみたいどすなぁ?」

声のする方を振り返ると、木にもたれかかってこちらに微笑みかけるソンノの姿があった。

「ソンノ…?あ、そうだ…!こんな所で寝てるから心配で、しばらく様子を見ようかと…。」
「そうなんどすか?うちが起きた時は、既に熟睡してはったみたいやけど~?」
「あはは…。いつの間にか、僕も一緒に寝てたみたいだね。」
「すまへんなぁ~…。うちのせいで、せっかくの休みが無駄になってしもて…」
「あ、ううん!そんな事ないよ。これと言って急ぎの用事は無かったし、たまにはこうやってのんびり過ごすのもいいかなって思うよ。」
「せや!ほんなら今から、ご飯食べに行かへん?お昼食べてへんし、お腹空きはったやろ?」
「そうだね…言われてみるとそうかも。夕飯までは時間があるし、今のうちに軽く食べておいた方がいいかもね。」
「なら決まりやね~。丁度行こう思っとった店があるから、 そこへ行こか~。」

彼女と共に遅めの昼食を食べる為、学校の敷地を出て街の中心部へ向かった。
街へ買い物に出かける事はたまにあるが、食事をするのは初めての事だった。



「いやぁ~。おいしゅおしたなぁ~。」
「え?おい…しゅ?」

料理を食べ終えて店を出ると、彼女の口から謎の言葉が発せられた。

「さっきの料理が“美味しかった”って事どす~。」
「あぁー…なるほどね。ソンノの喋り方は独特だから色々と勉強になるし、楽しく会話が出来ていいね。」
「そうどすか?これが普通やと思っとるから、独特やなんて感じた事ないなぁ~。」
「ナルと幼なじみなんでしょ?ナルはそういう喋り方しないよね?」
「ナルはんは、こっちに来てから喋り方を変えたみたいどすなぁ~。「田舎者や~。」って言われんのが、嫌やったんやろなぁ。」
「へぇ~…。そうだったんだね。」
「ほんでな?うちも、はじめの頃は…」

彼女とあれこれ話をしているうちに学校の敷地を跨ぎ、無意識のまま寮の階段を上り始めていた。ソンノの部屋の前に辿り着くと、足を止めた彼女がこちらを振り返った。

「今日はおおきになぁ~。ゆっくり寝れて、美味しいもん食べれて、最高の1日やったわぁ~。」
「ううん。こっちこそ、ご飯奢ってくれてありがとう。今度は僕が、美味しいご飯を奢るね。」
「それは楽しみやわぁ~…!ほな…また時間のある時に、よろしゅう頼んます~。」
「うん!またね。」

彼女と過ごした休息日が、空を流れる雲のようにゆったりと過ぎていった。
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