エテルノ・レガーメ2

りくあ

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第1章︰騎士の道

第10話

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「次の4人行くぞー。よーい…始め!」

ダグラス教官の掛け声とともに、生徒達は前方に生えている木を目掛けて走り出した。

「なんで木登りなんかしなきゃいけないのよ…。」
「なんでって、森には木があるからだよ。」
「そんなの答えになってないわよ!」

騎士を目指す僕達生徒が、木登りをしている理由…それは、午後からの課外実習の内容が救出訓練だからだ。

「課外での騎士の務め、困ってる人助ける。木の上、助け求める人いるかもしれない。登れる、出来た方がいい。」
「教官の話だと…木から降りれなくなった子供を助けた事があったらしいよ…。」
「はぁ…憂鬱だわ。」

ニアは深くため息をつき、両手で顔を覆い隠した。

「珍しいね。ニアが実習の内容に文句を言うなんて。」
「何よ…あたしだってやりたくない事くらいあるわ。」
「やりたくない?ニア…木登り、嫌い?」
「嫌いだからやりたくないに決まってるじゃない。それ以外に何があるっていうのよ。」
「やりたくない、嫌いの理由なに?」
「理由を知って、どうするつもり?あんたそれを知ったところで、嫌いなものが好きになる訳じゃないのよ?」
「ちょっとニア!パルに八つ当たりしないでよ。」
「別に…八つ当たりしてるつもりはないわ。」
「私、気にしてない。ニアの言う事、正しい。理由、無理に話す必要ない。」
「どうせ…避けては通れない道なんだから、さっさと終わらせた方が気が楽だわ。」

すると彼女は僕達の元を離れ、順番を待つ生徒達の輪の中へ入って行った。



木登りの訓練を終え、1時間ほど休憩を挟んだ後…教官の後ろに続いて場所を移動する事になった。
しばらく歩き進めると、木々の間から岩肌が見え、目の前に大きな壁が現れた。

「次は、こういった崖を登る訓練を行う。今回の実習では、崖を登る感覚を覚える為にやる。従って、無理はせず登れる高さまでで構わない。これから配布する命綱を装着し、先程の木登りと同じ要領で実習を進める。」

命綱を受け取った生徒達は、続けて装着方法について学んだ。そして、実際に教官が崖を登りながら、崖登りのコツを丁寧に説明していく。

「ニア…。大丈夫?顔色悪いよ?」
「…一体何の心配?特に問題ないわ。」
「ちょっと来て。」
「なっ…ちょっと…!何するの…離して!」

彼女の腕を掴み、強引にダグラス教官の元へ向かった。

「ダグラス教官。」
「ん?どうした?」
「ニアの体調が優れないんです。崖登りの訓練を見学させてもらえませんか?」
「はぁ…!?あんた何言って…」
「それは構わないが…俺は他の生徒を指導するから、付き添いは出来ないぞ。だが、1人にする訳にはいかないから…お前も一緒に見学するというなら許可しよう。」
「わかりました。そうさせてください。」
「え、ちょっ…」
「いいだろう。横になれそうな場所はないが、あっちの方で座って見学するといい。」
「ありがとうございます教官。」

教官の側を離れ、指定された場所へ向かうと彼女を草の上に座らせた。

「あんた…馬鹿じゃないの?」
「それは仕方ないよ。元々勉強は出来る方じゃないし。」

僕は彼女の問いに答えながら、隣に並ぶようにして腰を下ろした。

「そう意味じゃないわよ!せっかくの課外実習なのに、どうして見学なんて…」
「ニアってさ、高い所が苦手なんでしょ。」
「な、なんでそれ…」
「なんとなくだけどそうかなーって。違った?」
「…そうよ。昔から高い所は苦手なの。高い所に行くと…足がすくむの…。」
「ニアにも嫌いなものあるんだね。初めて知ったよ。」
「あたしだって人間よ?嫌いな物も怖い物もあるわ。」
「じゃあ怖い物は?」
「あんたには教えない。」
「え~。残念だなぁ。」
「…そういうあんたはないの?嫌いな物とか怖い物とか。」
「うーん………。」

頭を抱え、しばらく考えを巡らせるが、思いつくものは何も無かった。

「その様子だと…ないのね。」
「あはは…よくわからないや。」
「あんたっていつもそうよね。何でもかんでも「よくわからない」で片付けるんだから。」
「だって、わからないのは事実だもん。」
「昔の記憶がない…んだっけ?それでよくわからない訳?」
「僕はそう思ってるけどね。」
「嫌いな物とか怖い物とか、そういうのって無意識のうちに避けたがるものだと思うけれど?」
「無意識に避けたいものかぁ…。…やっぱり無いんじゃない?」
「あっそ…。もうあんたには聞かないわ。」

彼女は深くため息をつき、ぼんやりと遠くの方を眺めた。視線の先には実習に励む生徒達の姿があり、彼女はそれをどこか悲しそうな表情で見つめている。

「嫌いな物はわからないけど、好きな物ならいっぱいあるよ?オムライスでしょー?プリンでしょー?卵焼きも好きだし、卵かけご飯…」
「卵ばっかりじゃない!しかも食べ物しかないし!」
「ご飯食べてる時が一番幸せなんだよね~。美味しいものを食べると元気になるでしょ?」
「その割にはあんた、太らないわよね。羨ましいわ…。」
「そういうニアこそ、食べてる割には細身だよね。ちゃんと栄養吸収出来てる?」
「食べた分動いてるからでしょ?って言うか…「栄養を吸収出来てるか」なんて聞き方、初めてされたわ…。」
「え、そう?うーん…じゃあ…」
「ふふっ。」

頭を悩ませる僕の隣で、彼女は小さく笑い声をあげた。

「どうして笑うの?」
「だって…あんたと喋ってると、どこか論点がズレてるのが可笑しいのよね。」
「それって良い事?悪い事?」
「さぁ?どうかしら。」
「え~…そんな風に言われると余計気にな…」
「ニア!」

話をする僕達の元へ、実習中であるパルが駆け寄って来た。その後ろには、シューの姿も見える。

「あんた達何しに来たのよ。」
「ニア、体調悪い、聞いた。フランが見学、付き添ってるって。」
「それで…自分達も教官にお願いして、ニアさんの付き添いを交代で出来ないかって話して来たんだ…。」
「別にそこまでする必要…。」
「私達、実習、一通り学んだ。フラン、今からでも間に合う。ここは、私達見てる。行って!」
「は、はいこれ…命綱。」
「ありがとう2人共。じゃあ、お言葉に甘えて…行って来るね。」

シューから手渡された命綱を受け取ると、生徒達が集まる崖の方へと走り出した。



「3日間って…長いと思ってたけど、思ったより早く感じたね…。」
「そうね。テントで寝泊まりするのもこれで最後だし。」

全ての課外実習を終え、夕飯の片付けを済ませた僕達は、テントに戻って寝る準備を進めていた。

「私も、あっという間、感じた。大変だったけど、楽しかった。」
「僕も楽しかったよ。学校では出来ない事ばっかりだったからね。けどまぁ…今日の実習は中々ハードだったから、僕もうヘトヘトだよ。」
「早めに寝た方が良さそうだね…。明日は学校に帰るから、朝食の時間がいつもよりも早いみたいだし…。」
「えぇ~…。僕、起きられるか心配だなぁ。」
「寝坊したら、朝食抜きになるだけよ。」
「それは嫌だな…。」
「大丈夫。私、起こす上手くなった。叩いて起こす、任せて。」
「起こしてくれるのはありがたいけど…優しく起こしてくれると嬉しいな…。」
「屁理屈言ってないで、さっさと寝るわよ。」
「はーい。」

それぞれの寝袋をテントの中に広げ、ランタンの明かりを消して眠りについた。



「ん…あれ?」
「あ、起きた?」

枕に突っ伏した状態で目を覚ますと、背後からかけられた声の方を振り返った。そこには、僕の上に跨るルナの姿がある。

「ルナ…なんで…。」
「なんでって…いつも寝る前にマッサージしてるでしょ?」
「あー…そっか。そうだったね。」
「途中で寝ちゃうくらいだから、今日はよっぽど疲れたんだねぇ~。あちこち凝ってたよ?」
「もしかして、寝てる間ずっとしてくれたたの?」
「うん。そのうち起きるかもと思って。」
「もう十分だよ。ルナも眠いだろうし、そろそろ寝よう?」
「はーい。」

ベッドから飛び降りた彼女は、扉の方へ駆け寄り、部屋の明かりを消した。
再び戻って来た彼女をベッドに招き入れると、足元の布団を身体にかけて横たわった。

「ねぇルナ。今日も本の話、聞かせてくれる?」
「うん、いいよ。じゃあ…『とある森の中で、1人の少女が目覚めました。彼女の名前はステラ。自分が何故ここにいるのか、どうしてここに眠っていたのか、彼女自身も覚えていません。』」

暗い部屋の中で隣に横たわるルナが、本の内容をハキハキとした口調で喋りだした。

「『右も左も分からない森の中をしばらく歩いていると、川辺で水を飲むキツネの姿を見つけました。
「キツネさんキツネさん。ここは一体どこなの?」
キツネは少女の方を振り向くと、こう答えました。
「ここは森さ。それ以外、何に見えるんだい?」
不親切なキツネは、少女の事など気にもとめず、茂みの奥へと去って行ってしまいました。』」

登場人物の台詞部分に少々ぎこちなさを感じるが、彼女なりに分かりやすく伝えようとする努力が伝わってくる。

「『しばらく川沿いを歩いていると、大きなクマが川の側で昼寝をしていました。起こしたら可哀想だと思ったステラは…クマを起こ……いように…』」

彼女の声が徐々に小さくなっていき、意識が遠退いていくのを感じた。
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