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第1章︰騎士の道
第6話
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「さぁ、次!かかって来なさい!」
訓練場の中央で、実習の講師を務めるアリサが大きな声を上げた。
「なんだか教官、張り切ってるわね。」
「そう?いつもあんな感じじゃない?」
今日は訓練場で、剣の実習が行われている。木剣を手にした彼女を相手に、生徒達が順番に剣を交えていく。
「気迫、いつもより強い。感じる…彼女の覇気。」
「パ、パルフェ…。覇気は大袈裟じゃ…ないかな…。」
順番を待つ生徒達は床に座り、その様子を見守っていた。シューと付き合う事になったパルも、僕達に混じって試合の様子を眺めている。
「何かあったのかしらね?」
「うーん…。あんまりいい事じゃ無さそうだよね。」
「どうして…そう思うの?」
「なんとなくだけど、怒ってるように見えない?」
彼女は以前から感情が顔や態度に出やすい。それに加えて怒りっぽい性格で、怒ると声や態度が大きくなる傾向がある。
「怒る理由…わからない。フラン、わかるの?」
「ううん。ハッキリした理由は、僕にもわからないよ。ただ…」
「…フラン!次はあなたの番よ!早く来なさい!」
「は、はい…!」
名前を呼ばれて慌ててコートの中へ足を踏み入れると、身体の前で木剣を構えた。
「どこからでも構わないわ。遠慮も要らない。」
「アリサ教官。何か嫌な事でもありました?」
「今は実習中よ。無駄話はいいから早くしなさい。」
「…わかりました。」
渋々話を中断すると、剣を持ったまま彼女の元へ走り出した。斜め下から振り上げるように剣を動かすと、当たり前のように彼女はそれを剣で防いだ。
「前に教官、言ってましたよね?心の乱れは剣の乱れになるって。」
「そうよ。的確な判断と行動が求められる騎士は、常に平常でいなければならないわ。」
「今の教官はどうなんですか?怒りで心が揺れ、剣が乱れているように思います。」
「私が今怒ってるのは、あんたのその態度よ…!」
彼女は剣に力を込め、僕を突き飛ばした。後ろに数歩後退すると、その隙に間合いを詰めた彼女が剣を大きく横に振った。
「わっ…!」
「騎士は遊びじゃないのよ!そんな生半可な気持ちでなれると思ったら大間違いだわ!」
次々と繰り返される彼女の攻撃を剣で防ぐが、その勢いは衰える様子がない。彼女の大きな一撃が僕の剣を弾き飛ばし、その反動で床にしりもちをついた。
「痛っ…。」
「怒りで心が乱れた私にすら勝てないようじゃ、まだまだ未熟ね。…あんたは騎士に向いてないわ。」
冷たい言葉を吐き捨てた彼女は、僕に背を向けてコートの外へ歩き出した。
「今日の実習はここまでよ。残りの時間は、各自で自習をするように。」
「は、はい…!わかり…ました。」
突然声をかけられた週番の生徒は、彼女の言葉に驚いている様子だった。その様子をぼんやりと眺めていると、床に座ったままの僕の元へシューが駆け寄って来た。
「フランさん…大丈夫?」
「あ…シュー…。」
差し伸べられた彼の手を握ると、その場にゆっくりと立ち上がった。
「何やってんのよ。」
「フラン、怪我ない?」
彼の後ろから、呆れた表情を浮かべるニアと心配そうにこちらを見つめるパルがやって来た。
「大丈夫。転んだだけだよ。」
「それにしては随分派手に負けたじゃない。」
「他の生徒だって同じだよ。教官は師範なんだから、勝てる訳ないでしょ?」
「あたしが言いたいのは、情けない負け方をしてるって事よ。負け試合だってわかってても、気合いで押し切ろうとするくらいしてみせなさいよ。」
「気合いでどうにかなるのは…ニアさんだけだと思…」
「シュティレ、あんたもよ。」
「う…っ…。」
「ニア、言い方良くない!フラン頑張った。シューも日々、訓練頑張ってる。」
「いいんだパル。僕は騎士に向いてないって、さっき教官に言われちゃったしね…。」
「フランさん…。」
「ちょっとトイレ行ってくるよ。みんなは先に、自習始めてて。」
僕は彼等の元を離れ、訓練場を後にした。
翌日、この日は講習や実習が休みで、気分転換に街中へ出かける事にした。特に用事がある訳でもなく、ぼんやりと風景を眺めながら歩みを進めていく。
しばらくして公園に辿り着き、近くにあったベンチに腰を下ろした。空には白い雲が浮かび、隙間から太陽が顔を覗かせている。
「はぁ…。」
晴れ晴れとした天気とは裏腹に、僕は大きくため息をついた。
昨日アリサに言われた言葉が、胸に刺さって痛む様な気がしていたのだ。
「…おや?そこにいるのはフランくんかい?」
「あ…デトワーズさん…。」
「こんな所で何してるんだい?」
「その…ちょっと考え事を。」
「よかったらその話、聞かせてくれないか?予定よりも早く着いてしまったのでね。」
「予定…ですか?」
彼は僕の元へ歩み寄り、隣にゆっくりと腰を下ろした。
「ここで二アーシャと待ち合わせをしているんだ。彼女と出かける用事があってね。」
「…そうでしたか。」
「僕の話はまた今度で構わないから、先程のため息の理由を聞かせてくれないかい?」
「あ、はい。…実は、昨日の実習でアリサ教官に言われたんです。僕は騎士に向いてないと…。」
「なるほど…。彼女は騎士の鏡の様な方だからね。あの若さで副騎士団長を務めているし、手厳しい方なのは僕も知っているよ。」
「それで…考え直していたんです。僕は騎士になる意味が、あるのかどうかを。」
「騎士になる意味…か。以前は僕も、そんな事を考えていた時期もあったよ。」
「え?デトワーズさんも?」
彼も僕と同じように空を見上げ、流れる雲に視線を移した。
「僕は幼い頃、貴族は皆…騎士になるものだと思っていた。父上も叔父上もそうだったから、僕も当然なるものだとね。」
「貴族についてはよく知りませんが…そういうものですか?」
「いいや?絶対と言う事は無いよ。たまたま騎士の知り合いに貴族が多かったと言うだけさ。ただ、騎士に対して憧れていた事は確かだよ。僕は父上や叔父上の様な騎士になる為に、騎士学校へ入学したんだ。フランくんが入学した理由はなんだい?」
「僕も憧れ…でしょうか?僕の命を救ってくれた恩人のように、沢山の人を助けられるようになりたいと思ったんです。」
命の恩人であるステラ様は、騎士ではないが多くの吸血鬼の命を救った。いつしか僕も彼の様に、人の助けになりたいと思うようになっていた。
「そのような理由があるのなら、迷う必要はないんじゃないかい?目標とする人物がいるなら、それを目指せばいい。」
「なりたいと思うだけなら簡単です。でも僕には…騎士になる才能が、ありませんでした…。」
「それは違うと思うよ。才能がないからと、人を助けてはいけない訳じゃない。助けたいと思う気持ちが大事なんじゃないかい?」
「気持ち…ですか?」
「あぁ。考え方は人それぞれだが…強い意志があれば、才能など無くても立派な騎士になれると…僕は思うよ。」
「ありがとうございますデトワーズさん。話を聞いて頂けて、なんだかスッキリしました。」
「それはよかった。ならば次は、僕の話でも…」
「あ。あそこにいるの…ニアじゃないですか?」
こちらに向かって歩み寄る彼女の姿をみつけ、彼の後ろを指さした。
「ん?あぁ…どうやらそのようだね。仕方がないから…僕の話はまた今度にしよう。」
「あ…はい。そう…ですね。」
彼はその場に立ち上がり、足元の荷物を肩に掛けた。そのまま立ち去るかと思いきや、数歩歩いた所で立ち止まり、こちらを振り返った。
「そうだフランくん。よかったら、僕の事はトワと呼んでくれないか?二アーシャの友人である君になら、そう呼ばれても構わないよ。」
「あ、はい!わかりました。」
「それじゃあ失礼するよ。また会おう。」
そう言うと彼は軽く手を振りながら、僕の元を離れて行った。
訓練場の中央で、実習の講師を務めるアリサが大きな声を上げた。
「なんだか教官、張り切ってるわね。」
「そう?いつもあんな感じじゃない?」
今日は訓練場で、剣の実習が行われている。木剣を手にした彼女を相手に、生徒達が順番に剣を交えていく。
「気迫、いつもより強い。感じる…彼女の覇気。」
「パ、パルフェ…。覇気は大袈裟じゃ…ないかな…。」
順番を待つ生徒達は床に座り、その様子を見守っていた。シューと付き合う事になったパルも、僕達に混じって試合の様子を眺めている。
「何かあったのかしらね?」
「うーん…。あんまりいい事じゃ無さそうだよね。」
「どうして…そう思うの?」
「なんとなくだけど、怒ってるように見えない?」
彼女は以前から感情が顔や態度に出やすい。それに加えて怒りっぽい性格で、怒ると声や態度が大きくなる傾向がある。
「怒る理由…わからない。フラン、わかるの?」
「ううん。ハッキリした理由は、僕にもわからないよ。ただ…」
「…フラン!次はあなたの番よ!早く来なさい!」
「は、はい…!」
名前を呼ばれて慌ててコートの中へ足を踏み入れると、身体の前で木剣を構えた。
「どこからでも構わないわ。遠慮も要らない。」
「アリサ教官。何か嫌な事でもありました?」
「今は実習中よ。無駄話はいいから早くしなさい。」
「…わかりました。」
渋々話を中断すると、剣を持ったまま彼女の元へ走り出した。斜め下から振り上げるように剣を動かすと、当たり前のように彼女はそれを剣で防いだ。
「前に教官、言ってましたよね?心の乱れは剣の乱れになるって。」
「そうよ。的確な判断と行動が求められる騎士は、常に平常でいなければならないわ。」
「今の教官はどうなんですか?怒りで心が揺れ、剣が乱れているように思います。」
「私が今怒ってるのは、あんたのその態度よ…!」
彼女は剣に力を込め、僕を突き飛ばした。後ろに数歩後退すると、その隙に間合いを詰めた彼女が剣を大きく横に振った。
「わっ…!」
「騎士は遊びじゃないのよ!そんな生半可な気持ちでなれると思ったら大間違いだわ!」
次々と繰り返される彼女の攻撃を剣で防ぐが、その勢いは衰える様子がない。彼女の大きな一撃が僕の剣を弾き飛ばし、その反動で床にしりもちをついた。
「痛っ…。」
「怒りで心が乱れた私にすら勝てないようじゃ、まだまだ未熟ね。…あんたは騎士に向いてないわ。」
冷たい言葉を吐き捨てた彼女は、僕に背を向けてコートの外へ歩き出した。
「今日の実習はここまでよ。残りの時間は、各自で自習をするように。」
「は、はい…!わかり…ました。」
突然声をかけられた週番の生徒は、彼女の言葉に驚いている様子だった。その様子をぼんやりと眺めていると、床に座ったままの僕の元へシューが駆け寄って来た。
「フランさん…大丈夫?」
「あ…シュー…。」
差し伸べられた彼の手を握ると、その場にゆっくりと立ち上がった。
「何やってんのよ。」
「フラン、怪我ない?」
彼の後ろから、呆れた表情を浮かべるニアと心配そうにこちらを見つめるパルがやって来た。
「大丈夫。転んだだけだよ。」
「それにしては随分派手に負けたじゃない。」
「他の生徒だって同じだよ。教官は師範なんだから、勝てる訳ないでしょ?」
「あたしが言いたいのは、情けない負け方をしてるって事よ。負け試合だってわかってても、気合いで押し切ろうとするくらいしてみせなさいよ。」
「気合いでどうにかなるのは…ニアさんだけだと思…」
「シュティレ、あんたもよ。」
「う…っ…。」
「ニア、言い方良くない!フラン頑張った。シューも日々、訓練頑張ってる。」
「いいんだパル。僕は騎士に向いてないって、さっき教官に言われちゃったしね…。」
「フランさん…。」
「ちょっとトイレ行ってくるよ。みんなは先に、自習始めてて。」
僕は彼等の元を離れ、訓練場を後にした。
翌日、この日は講習や実習が休みで、気分転換に街中へ出かける事にした。特に用事がある訳でもなく、ぼんやりと風景を眺めながら歩みを進めていく。
しばらくして公園に辿り着き、近くにあったベンチに腰を下ろした。空には白い雲が浮かび、隙間から太陽が顔を覗かせている。
「はぁ…。」
晴れ晴れとした天気とは裏腹に、僕は大きくため息をついた。
昨日アリサに言われた言葉が、胸に刺さって痛む様な気がしていたのだ。
「…おや?そこにいるのはフランくんかい?」
「あ…デトワーズさん…。」
「こんな所で何してるんだい?」
「その…ちょっと考え事を。」
「よかったらその話、聞かせてくれないか?予定よりも早く着いてしまったのでね。」
「予定…ですか?」
彼は僕の元へ歩み寄り、隣にゆっくりと腰を下ろした。
「ここで二アーシャと待ち合わせをしているんだ。彼女と出かける用事があってね。」
「…そうでしたか。」
「僕の話はまた今度で構わないから、先程のため息の理由を聞かせてくれないかい?」
「あ、はい。…実は、昨日の実習でアリサ教官に言われたんです。僕は騎士に向いてないと…。」
「なるほど…。彼女は騎士の鏡の様な方だからね。あの若さで副騎士団長を務めているし、手厳しい方なのは僕も知っているよ。」
「それで…考え直していたんです。僕は騎士になる意味が、あるのかどうかを。」
「騎士になる意味…か。以前は僕も、そんな事を考えていた時期もあったよ。」
「え?デトワーズさんも?」
彼も僕と同じように空を見上げ、流れる雲に視線を移した。
「僕は幼い頃、貴族は皆…騎士になるものだと思っていた。父上も叔父上もそうだったから、僕も当然なるものだとね。」
「貴族についてはよく知りませんが…そういうものですか?」
「いいや?絶対と言う事は無いよ。たまたま騎士の知り合いに貴族が多かったと言うだけさ。ただ、騎士に対して憧れていた事は確かだよ。僕は父上や叔父上の様な騎士になる為に、騎士学校へ入学したんだ。フランくんが入学した理由はなんだい?」
「僕も憧れ…でしょうか?僕の命を救ってくれた恩人のように、沢山の人を助けられるようになりたいと思ったんです。」
命の恩人であるステラ様は、騎士ではないが多くの吸血鬼の命を救った。いつしか僕も彼の様に、人の助けになりたいと思うようになっていた。
「そのような理由があるのなら、迷う必要はないんじゃないかい?目標とする人物がいるなら、それを目指せばいい。」
「なりたいと思うだけなら簡単です。でも僕には…騎士になる才能が、ありませんでした…。」
「それは違うと思うよ。才能がないからと、人を助けてはいけない訳じゃない。助けたいと思う気持ちが大事なんじゃないかい?」
「気持ち…ですか?」
「あぁ。考え方は人それぞれだが…強い意志があれば、才能など無くても立派な騎士になれると…僕は思うよ。」
「ありがとうございますデトワーズさん。話を聞いて頂けて、なんだかスッキリしました。」
「それはよかった。ならば次は、僕の話でも…」
「あ。あそこにいるの…ニアじゃないですか?」
こちらに向かって歩み寄る彼女の姿をみつけ、彼の後ろを指さした。
「ん?あぁ…どうやらそのようだね。仕方がないから…僕の話はまた今度にしよう。」
「あ…はい。そう…ですね。」
彼はその場に立ち上がり、足元の荷物を肩に掛けた。そのまま立ち去るかと思いきや、数歩歩いた所で立ち止まり、こちらを振り返った。
「そうだフランくん。よかったら、僕の事はトワと呼んでくれないか?二アーシャの友人である君になら、そう呼ばれても構わないよ。」
「あ、はい!わかりました。」
「それじゃあ失礼するよ。また会おう。」
そう言うと彼は軽く手を振りながら、僕の元を離れて行った。
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