エテルノ・レガーメ2

りくあ

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プロローグ

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「起きて…。…ねぇ。起きてよフラン。」
「ん…。」

ゆっくりと目を開くと、1人の少女がこちらを見ていた。沈みかけた夕日が彼女の白い髪をオレンジ色に染め上げ、群青色の瞳がほんのり黄色味がかったような色をしている。

「ルナ…。なんで…?」
「なんでって…フランが寝たいって言うから、膝枕してあげたんだよ?」

彼女は呆れた表情を浮かべながら、僕の頭を優しく撫でた。程よい手の重さが不思議と心地よく、それと同時に懐かしさを感じた。

「…そうだっけ?」
「そうだよ!ほんと、フランっていつも眠い眠いって寝てばかりいるんだから…。」
「そんなに寝てるつもりはないんだけど…。ルナと居ると、安心するからかな?」
「え?そうなの?」
「ルナはそう思わない?」
「わ、私に聞かないでよ…。」
「あはは…そうだね。ごめんごめん。」

彼女が座るソファーに手をつき、重い身体をゆっくりと起こすと窓の外に視線を移した。

「綺麗な夕日だね。明日はいい天気になりそうだ。」
「それ、昨日も同じ事言ってたよ?夕日が綺麗だったけど、今日は生憎の雨模様だったでしょ?」
「そう…だっけ?うーん…よく覚えてないや。」
「起きたばっかりで寝ぼけてるの?お風呂場で顔を洗ってきなよ。私、ご飯の準備してくるね。」

立ち上がった彼女は僕に背を向け、調理場へと歩き出した。
ソファーで横になっている時、彼女の髪は肩にかかる程の長さだった。しかし、調理場へ向かう彼女の髪は、白いうなじが見える長さに短くなっている。そんな彼女の後ろ姿が、見覚えのある少年の姿と重なって見えるような気がした。



「…起きなさい!フラン・セシル!」
「っ…!?」

突然聞こえてきた大きな声に驚き、ビクリと身体を震わせた。
目の前に置かれた机の上に数冊の本を広げ、その横に1人の女性が立っていた。彼女の名前はアリサ・クラーレ。僕の兄であるクラーレの娘である。親しい間柄ではあるが、今の彼女は勉学を教える教官であり、僕はその生徒にあたる。

「私の講義で居眠りなんて、随分余裕なのね。」
「…余裕だなんてとんでもない。少しづつ瞼が重くなり始めたものですから…目を開けていられなく…」
「言い訳は結構よ!講義が終わり次第、教官室に来なさい!」
「…はい。」

講義を終え、彼女の指示通り教官室へと足を運んだ。

「あのねぇ…フラン。講義中に寝るなんて、一体何のつもり?」
「それはさっきも話したけど、瞼が急に重くなって…」
「だからって、寝ていい理由にはならないわ!眠いのを我慢するのも大事な事だって思わないの!?」
「具体的にはどう大事なの?」
「それは…」
「決められたルールを守るのは、騎士の基本だからだ。規則に反する行動は規律を乱し、周りに迷惑をかける。それくらいは分かるだろう?」

どこからともなく聞こえてきた男性の声に、僕は後ろを振り返った。

「ダグラス教官…。」
「フラン…また居眠りしたのか?お前がアリサと親しいのはわかるが、ここは騎士学校だ。規則も大事だが、格上の人物に対する礼儀も必要だぞ?それと、あんまりアリサを困らせるんじゃない。」
「そうですね…。すみませんアリサ教官。以後気をつけます。」
「…わかればいいわ。けど、規則は規則よ。居眠りの罰として全講義終了後、校舎の周りを10周走ってきなさい。」
「わかりました。」



僕が勉学を学ぶこの場所では、騎士を目指す人達が集まり、毎日のように講義や実習が行われている。講義では騎士に必要な教養を身につけ、実習では剣の扱いを学ぶ。僕がこの学校に来てからおよそ半年が経ち、ここでの生活に少しづつ慣れ始めていた。

「おー…い!フラーン…!」

遠くの方から甲高い声が聞こえ、身体の動きを止めて後ろを振り返った。数十メートル離れた場所から、こちらに向かって手を振る女子生徒の姿が見える。

「あれ…ニア?どうしたの?」
「どうしたの?…じゃないわよ!今日の放課後、あたしと受け身の練習をするって約束したじゃない!」

僕の前に立ちはだかった女子生徒は、同じクラスの同級生であるニアーシャだった。転入当初、右も左も分からない僕に対し、隣の席に座っていた彼女が様々な事を教えてくれた。それから少しづつ仲良くなり、こうして彼女と一緒に過ごす時間が僕の日常になっている。

「あー…そうだったね。…ごめんごめん。校舎の周りを走るように言われたせいで忘れてたよ。」
「そりゃあ…講義中に居眠りするようなら、走らされて当然よね。それはそうと、時間かけすぎなんじゃないの?いつまで走ってるのよ。」
「これでも頑張って走ってるつもりだよ?」
「じゃあ後どのくらいなの?」
「確か…あと8週かな。」
「はぁ!?まだ2週しかしてない訳?」
「そんな訳ないじゃないか。もう12週は走ったよ。」
「えっ…20週も走るように言われたの?アリサ教官、いつもなら校舎の周りを10週って言うはずなのに…。」
「僕が勝手に増やしただけで、本当は10週だよ。」
「ならもういいじゃない!約束通り、今からあたしと受け身の練習付き合ってよね。」
「えー…でもまだ途中…」
「つべこべ言わず来なさい!」

彼女に腕を掴まれ、半ば強引に校舎の中へと引き込まれていった。
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